第21話 喧嘩

 シュシュとミュゼの戦いが終わったほぼ同刻。キャロルとウィルの二人は目的地に足を踏み入れた。


 一定の間隔で行われていた二人の“転送”が途絶え、シュシュが戦闘に入ったと判断。ルートを変えて貧民街への侵入を果たしていた。


「しかしこの展開は予想してなかったな」


 ウィルの言葉に頷くキャロル。


 目の前には、七ツ宝具のクロードが一人で立っていた。


 薄闇に目を凝らすキャロル。聞いていた衛兵300人の姿がどこにもない。

 

 予想していた七ツ宝具との遭遇もなかった。“秤“のミュゼと“冠”のヴォルク。最大の障害だと覚悟していただけに戸惑いを隠せない。


「みんなは……」


 誰に尋ねるでもなく口にしたキャロルに、クロードは恭しく応じた。


「お答えいたします。キャロル姫。

 

“秤“には“剣”と“籠”の足止めを命じました。“籠”の姿がないところを見ると、おそらく彼女と遭遇し、戦闘に入ったのではと推測します。


 衛兵は詰所に控えさせております。キャロル姫がここに来られることは予測しておりました。乱戦になり、お怪我が及んではなりませんゆえ。


 そして冠は」


 クロードはいつもの口調で。極めて事務的にこう続けた。


「彼は貧民街を視察するという私の命令を拒否いたしました。ゆえにここにはおりません」




 貧民街を攻撃するにあたり、クロードは戦力の招集を試みた。


 リーダーのレイが国を離れている今、七ツ宝具の長はクロード。ミュゼは戸惑った表情を浮かべながらも応じた。


 しかしヴォルクは違った。


「今の時点じゃ、クロード。お前の考えが正しいか、お嬢の判断が正しいかわからねえな」

 

「——我々七ツ宝具は、キャロル姫に迫る危険の排除が責務であり、存在意義のはず。

 いくらあなたでも命令の拒否は許されません」


「拒否ってわけじゃねえよ。ただ自分自身どちらが正しいか迷っているのに、片方に肩入れするのは早計だって話だ。

 早とちりはソレイユ王家の紋に傷をつけることになりかねねえ」


 貧民街が王族にとって危険な存在か。それとも救うべき存在か。


 今の時点で答えは出せない。そういう言い分だ。


「とはいえクロード。お前の考えもまるで的ハズレなんて思わねえ。


 衛兵たちの軍団長は俺だ。視察に衛兵を同行させるのには協力してやるよ。


 だが、お前を説得しようと動くお嬢の邪魔はしない。何が正解かはそれから見極める」


 



 状況だけを端的に話すクロードに「事情が見えないところもあるが」と口火を切った。


「ともかく衛兵や、七ツ宝具の妨害は入らないようだぞ。

 チャンスだキャロル。言いたいこと言ってやれ」


「う、うん。

 えと、クロード! とにかく貧民街への攻撃をやめなさい」


 いきなりウィルに背中を押され、まとまらないままキャロルはクロードに言葉を発した。


「私が一度危険な目に遭ったからといって、街そのものを攻撃しようだなんて間違っているわ!」


「——私の目的は攻撃ではなく視察です」


「攻撃を見越した視察じゃない。刺激をすれば争いの火種になる!」


「それで攻撃をしてくるようであるなら、やはり危険な存在であるとの推測が成り立ちます。


 この国を良くしたい。全ての人を幸せにしたい。キャロル姫のお望みはとても立派なものです。


 あなたはいずれ、たくさんの人を救う立派な王になる。


 だからこそキャロル姫。あなたのような為政者を失うリスクを残す方が、国にとっての損失なのです」


 必死に声をかけるキャロルだが、クロードには取り付く島もない。


 七ツ宝具の理念は「王のため」「姫のため」。それは共通している。


 だがそこへ至る道筋はそれぞれで、交わることのない部分もあるようだ。


 これは説得でどうにかなるんだろうか。もし説得できなければ、明日にでも視察は実行される。


 おそらく戦争になるだろう。ここにいたらキャロルが巻き込まれる恐れがある。


 どうする? ウィルがそんな風に考えていると、


「クロード。あなたが命令を聞くまで、私はここを動かない」


 ザッと靴音を鳴らし、キャロルはクロードを見据えた。

 

「あなたが視察をやめなければここは戦場になる。

 あなたの判断で、私は命を落とすことになるでしょう」


 その一言にウィルは息を呑んだ。


 キャロルは貧民街の住民に命を狙われた。自分を襲った彼らを救うために……キャロルは自分の命を人質に取った交渉を仕掛けたのだ。


 まともな心臓ではない。だが。


「それでは、危険の及ばない場所にお引き取りいただきます。少々、手荒な手段をとることをお許しください。

 全てが終わった後、どのような罰も受けますゆえ」


 クロードは揺らぐことなく言い切ると、その手に魔力を込めた。


 自分が何を失っても、全ては姫君の為。掲げる理想の為。


 そういう覚悟。それが七ツ宝具。

 

 姫が姫なら、従者も従者か。


 ニヤリと笑うウィル。そして。


「どいつもこいつも自分の正義を譲らない。やりたい放題だ。

 キャロル。お前も少し暴れてやれよ」


「暴れる?」


「剣ならここにある」


 そう言って自分の心臓に手を当てた。


「俺も含めてだが、どうにも七ツ宝具ってのは聞き分けがない。国をまとめる前に足元からだ。

 あの硬い頭を、ちょっと冷やしてやろうぜ」

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