第20話 あの日から
特殊な金属を仕込んだリストバンド。小さいが、ひとつ10kgある。
足首。脛。膝。太腿。
無数に身につけた重りを、一つづつ外しては地面に放り投げる。静寂の闇に、鈍い衝突音が響いた。
シュシュの魔術には自分より軽いものしか転送できないという縛りがある。
しかし、制約となる重量は“体重”ではなく、“地面にかけている重さ“が適用される。
小柄なシュシュより体重の軽い成人は珍しい。そのためシュシュは、護衛すべき王やキャロルをいつでも転送できるよう、常に重りをつけて生活していた。
七ツ宝具である彼女にとって王族の命より重いものはない。余程のことがなければ外すことはなかった。
それこそ、七ツ宝具クラスの相手と戦うような場面でもなければ。
「ひめさまの護衛はウィルに任せるよ。
わたしはミュゼ、あんたをぶちのめすことに全力を尽くす」
護衛の放棄。そして戦闘に全てを集中させる選択。
ミュゼですら、シュシュのそんな姿を見るのは初めてのことだった。
両腕にそれぞれ10kg。両脚にそれぞれ40kg。全身で100kgのリストバンド。
重りをつけて生活しているのは知っていたわよ。
それにしたって……なんて数つけているわけ?
ざっと体重の倍以上の重りをつけていた計算。あれでどうやって生活していたのだろう。
もしシュシュが重りを外せば体術が向上する。それはもちろん計算に入っていた。
けどあの数が外れたら動きが軽くなるどころか別物になる。
(シュシュが重りのついた状態で発揮できる身体能力は“フラット”で経験したことがある。でも、これは)
固唾を飲むミュゼに向かって一歩を踏み出すと、シュシュはそのまま思い切り地面を蹴った。
小さな靴の踏み締める地面にヒビが入る。ほとんどその直後にはシュシュの蹴りがミュゼの首元に迫っていた。
「っ!」
すんでのところで右腕を滑りこませ、上段の蹴りを防ぐ。あまりの重さに骨が軋んだ。
間髪を入れずに迫る拳。こちらは紙一重で回避する。指紋を付けられる可能性がある以上、素手での攻撃は避ける以外にない。
しかしミュゼの頭に、長く攻撃を回避し切れるイメージはとても湧かなかった。
毒が回りきるまで時間を稼げば勝ち。なのだが、満身創痍に陥ってなお、シュシュの動きはミュゼのそれを遥かに上回っていた。
——シュシュの戦い方。好む武器。性格。行動の傾向……。
私は長い時間をかけて調べ尽くしてきた。対策を練ってきた。だからこそ先手を打つこともできたし、今の一撃を防ぐこともできた。
でもそんな私の積み重ねをあざ笑うかのような、底の見えない才能の暴力。
ギリ……と歯を食いしばり、ミュゼが拳を握る。
繰り出した一撃は空を切った。伸びた腕に、いつの間にかシュシュの手に転送された短刀が突き立てられる。
右腕の真ん中に真っ赤な穴が空いた。
同じ一撃を急所に受けるのは時間の問題。遅れて襲ってきた痛みの波に耐えながら、ミュゼは全身の魔力を一気に放出した。
(どんな小細工も積み重ねも通じなかった。
悔しいけれど、認めたくないけれど……それほど全力のシュシュは私よりも強かった!
でも相手が強いなら、それをアドバンテージにできるのが私の魔術。
この距離なら外さない!)
重りを外した今のシュシュの身体機能に近付け、条件をイーブンに持ち込む。
毒に侵された体の状態に近づけるのは不安があるけれど、私には解毒剤もある。
あれこれ言ってはいられない!
フラット!
ミュゼの魔力がシュシュの身体を覆う。その身体能力を自分に重ねる。
みぞおちに向かって放たれていたシュシュの拳がミュゼの視界に入った。模倣した強烈な身体能力を以って、それを防ぐ動きを体に命じる。
しかし、動かすことはできなかった。
全身どころか、指先ひとつ動かそうとするたびに、意識を刈り取られるかのような痛みが走った。
体を重ねてみることで初めて。
シュシュがどれほどのダメージを噛み殺しながら、戦っていたかを知った。
届かないのは才能だけじゃなかった。
腹に拳がめり込む。
全ての力が抜け、ミュゼの体は膝から崩れ落ちた。
動かなくなったミュゼの体を探るシュシュ。懐から2つの解毒剤を拾い上げた。
ひとつをミュゼの喉に押し込み、それからもうひとつを、口に溜まった血とともに飲み込む。
「——うー、しんどい。早く効いてよ」
そう言うと、シュシュはミュゼの横に大の字で倒れた。
「ミュゼ、あんた相変わらずむちゃくちゃする女よね。
アカデミーの頃から変わってない。突き放そうとしても、狂ったような努力と戦い方で追いついてくる。
結局また引き分けじゃない……」
意識を失ったミュゼに毒づくシュシュ。
ミュゼの方がダメージが大きいのは確かである。しかし、この後のクロードとの連戦には耐えられない状態に追い込まれたことは、シュシュにとって“勝利”とは受け取れなかった。
「厄介なライバルをもったわよ。このやろう」
パチン、とシュシュの中指がミュゼの額を弾く。デコピンを受けたミュゼの額が赤くなった。そしてシュシュの指先も。
この石頭。そう呟いて、シュシュは空を仰いだ。
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