最終章 You Only Live Twice 36

空気銃のメリットは銃声の小ささや反動の低さである。


いいかえれば、無理な体勢や負傷時の発砲でも反動が少なく命中精度が高いといえるだろう。


さらに弾薬は圧縮空気で代替えすることができる。そちらは風属性の魔石を使用することで、こちらの世界でも高威力を実現することができた。


ベースにしたモデルはトルコのハッサン ヘラクレスバリー7.62mmである。


こちらのモデルは一般的な空気銃の5倍の威力があり、エゾシカを一発で倒せるほどの火力と100m先の着弾点を500円玉くらいの範囲にまとめる程の命中精度を誇った。


破壊力だけでいえば同じメーカーのパイルドライバー 7.62mmの方が圧倒的なのだが、単発式で銃身が長く扱いずらい欠点がある。因みに、ヘラクレスバリー7.62mmの装弾数は5発で、銃身もパイルドライバー 7.62mmよりやや長いが実用性は比較にならないといえた。


ベレットと呼ばれる弾を使用し、風と飛距離の影響を受けやすいというスナイパーライフルに近い特性を持つ。


なぜわざわざ空気銃にしたのかについては、竜孔流の伝導性を最大化する目的があったからである。


クリスの検証から、火薬の爆発を模した構造では竜孔流の弾丸への伝導が非効率であるとの結果が出ていた。


これは単に爆発の衝撃で一度伝達された竜孔流が飛散化するのが原因である。こちらの世界では厳密な数値データを叩き出せるシステムが皆無なため、あくまでクリスの計算値によるものにはなるが残存率は50%程度となるらしい。


およそ半分という数字は、非効率なだけでなく敵に対しての致死率の低下をまねく。


特に相手が悪魔以上の存在であれば、そのリスクが非常に高いことがわかるのである。


そのために爆発を伴わない高効率の銃器としてチョイスしたのが空気銃だった。


さらにベレットには竜孔流の伝導率がもっとも高い純銀を使用し、強度を高めるためにミスリルを表面にコーティングするいわゆるフルメタルジャケット弾にしている。


クリスの計算によると、竜孔流の伝導率は電気伝導率とほぼ同義だそうだ。


電気伝導率の高い金属のトップツーは銀と銅で、ミスリルは高い硬度と銅とほぼ同程度の電気伝導率を有していた。因みに三番手は金だが、銀や銅と比較すると電気伝導率は30%程度低下する。


このトップスリーの金属は熱伝導率でも同じ効果を発揮するのだが、金や銀は貴金属として高価なため元の世界でも多用しにくかった。電気のケーブルや料理人が使用する鍋や鉄板には銅が使用されていることが多いというのは費用対効果が原因なのである。




発射の反動はそれほどでもなかった。


しかし、そのタイミングでの吐血は瞬間的に増す。


傍から見れば、俺の口から下は鮮血で真っ赤だろう。


だが、そんなことにかまっていられる状況ではない。


一発目のベレットが竜孔流がほぼ完全といえる状態で内包され、ビルシュのゲル状の体内に侵入して核を追った。


誤算だったのは想像以上に核の反応が速かったことだ。


ほんのわすかながら弾道から回避し、ベレットは核に触れることなく体表を内側から貫いて排出することとなった。


その直後、どのような原理かは不明だが、ビルシュの体の質量が増加する。


膨張するような様相を見せてすぐに分岐し、二桁を優に超える触手が生成された。


あれがこれまでと同様のスピードで襲い来るなら、いかにルシファーの翼といえども間に合わないかもしれない。


これまでの状態から、ルシファーの翼は人の反射と同じ作用で動くと見られた。


反射とはその都度の情報を得てからの動きになる。


ルシファーの翼は熾天使が持つとされる3対6枚を超える12枚の翼を有していた。


しかし、それでは間に合わない。


反射による防御はそれほどの余裕を持った対処ではなかったのだ。


このままではすぐに対応が遅れ、俺の体はビルシュの触手に再び貫かれてしまうだろう。


そう思ったときにソート・ジャッジメントがオーバーフローを起こした。


オーバーフローといってもソート・ジャッジメントのそれは、四則演算時における記憶装置上の格納域に記録できる範囲を超えてしまう現象に近いものだ。


この状態は、きっかけは異なるが以前にも何度か経験している。


クリスいわく、脳が超越トランセンデンスした状態。


ある事件の後、ソート・ジャッジメントが限界を超えて相手の思考を演算し、行動パターンを瞬時に推測する究極の致死装置デッドリーデバイスと呼ばれた能力-Judgment calculation of thoughtが無意識に発動したのである。


これが人を超えた存在に対応するかはわからない。


しかし、俺に勝機があるとすれば、これに頼らざるを得ないというのが実情だった。


第六のアージュナーと第七のサハスラーラで核の位置の特定は常態化している。


竜孔流の充填も問題ない。


俺は再び腰だめで照準を合わせ、引き金を絞った。




二発目のベレット弾を発射後、すぐに竜孔流の再充填を行い次弾の準備を行う。


ロスが少ない分、ベレットへの充填にはほとんど時間はかからなかった。


同時に襲い来るビルシュの触手は超高速によって残像を生んでいる。


しかし、それと違わないスピードでルシファーの翼も迎撃して奴の攻撃を弾いていった。


Judgment calculation of thoughtが思考を読み、攻撃の先手を取る。


二発目のベレットが体表を貫き核に肉薄した。


しかし、先ほどと同様に核が加速された動きをする。


核に命中することなく通過するベレットだが、それを次弾の布石としていた俺はさらに引き金を絞った。


触手の攻撃と同様に核の動きは予測していた。


三発目のベレットは、核が移動する先へと向かって空間を穿ちビルシュへと着弾する。


核を捉えた瞬間、凄まじいまでの波動が発生して俺の意識は刈りとられた。




「どうやら終わったようだな。」


「みたいだね。」


何の感慨もなく答えるルシファーにシェムハザは問うた。


「かなり回りくどい手法を講じていたが、目的は達したのだろう?」


「ああ。彼が想定通りに上手く機能してくれたよ。」


「だが、ベリアルの波動で別の次元に追いやられたようだ。」


「それは当然の結末だ。むしろ人の身で最後までやり遂げたことを称賛したいところだがね。」


「神力と超自然、それに科学による合わせ技というところか。」


「そのすべてを合わせ持つことができるのは彼くらいだろうから。この結果を見ると、召喚された意味は十分に果たしてくれたと考えるべきかな。」


「力を分け与えていたが、あのままで良いのか?」


「ああ、あれはベリアルの波動で解除されたと思う。代わりに傷の治癒はしておいたから、後は勝手にどうにかするさ。」


「まだ何かの駒に使う気なのか?」


ルシファーはシェムハザのその言葉に意外そうな目を向けた。


「もしかして、彼を気に入ったのか?」


「いや、おまえが存在を消し去らないことが意外だっただけだ。」


それを聞いたルシファーは微笑んだ。


「そのうちまた混沌とすることがあるかもしれないから、その時には出張ってもらおうかと思ってる。」


その笑顔は見る者によっては邪悪な、そして魅惑的なものだった。




以前に味わったものと同じだった。


凄まじい衝撃の後に、全身が原子レベルにまで分解されたのではないかという違和感と苦痛が絶えず襲いかかってくる。


実際には刹那の時間かもしれないが、このまま自分という存在が消滅するのではないかという感覚まで覚える。


ただ、これが無意識下の意識であることをなんとなく理解していた。


ビルシュの核を破壊した瞬間に強大な波動が発生し、俺はそれに巻き込まれてしまったのだ。


そこまでの記憶はしっかりと残っている。


しかし、手足の感覚や負傷した箇所の痛みはなく、あれだけ吐血していたのにそれを感じる味覚すらないのだ。


しばらくして、体が浮遊感に包まれる。


スカイダイビングで急降下しているかのような錯覚。


長く、同じ感覚が続いている。


···これはもしかして、本当に上空から急降下しているのではないだろうか。


努力して瞼を開けようとするが、その感覚すら何も感じられない。


違和感や不快感の連続。


視覚や嗅覚など、あらゆる感覚が麻痺している。


それが無意識下である証明だとは思ったが、嫌な気分だけはリアル過ぎた。


ルシファーの翼を動かせるか試みたが、何の反応もなくその機能が解除···消失といった方がいいのか、すでになくなっていることを認識する。


いろんな意味で終わってしまったのかもしれない。


ビルシュとの戦い。


異世界での生活。


そして自分の人生も。


そう思った瞬間、全身に圧迫感を感じた。


痛みはなく、ほどほどの内包感程度のむしろ心地のいいものだ。


まるで母胎の中にいるかのような安心感に包まれる。


いや、息苦しい。


これは···違う。


俺は水中に放り込まれ、溺れかけているのだった。




波の音。


そして、白い砂浜と強烈な陽射し。


何もなければ南国でのバカンスだと思いたい。


実際は突然どこかの海に投げ出されて溺れかけ、潮流に呑まれながらも何とか見知らぬ砂浜に流れ着いたのだ。


漂流していたというのが正しいのかもしれないが、なぜそうなったかは不明だ。


荒い息を吐き、上体を起こした。


感覚に問題はない。


どうやら意識もしっかりとしており、なぜだがビルシュに貫かれた傷も癒えていた。


意識を集中させるが、やはりルシファーの翼は顕現しない。


ビルシュを倒したことで彼の干渉から離れたのだろうとなんとなく思った。


試しに武器を顕現させてみる。


今回は問題なく使えるようだ。


続けて転移術が使えるか試そうと思った。


そしてその矢先に重苦しい邪気を感じ、その存在がいると思しき所へ目を向ける。


ここは大きな孤島なのかもしれない。


中心部に向かって傾斜がきつくなり、中央には火山のような地肌剥き出しの山が聳えたっていた。


視界には映らないが、その山に何かがいる。


「お次は何だ?」


俺はいつものように気負うことなく立ち上がり、AMR-01を顕現させるのだった。





~Fin~





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『エージェントは異世界で躍動する!』 琥珀 大和 @kohaku-yamato

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