最終章 You Only Live Twice 35

こういった戦いは近接戦らしく、戦況の見極めや戦術の選択などする余地がない。


有効なのは一瞬の閃きと備えた引き出しの数である。


引き出しというのは知識であり経験、そしてこれまでに蓄積したすべてのことだといえた。


当然、引き出しの数が多ければ多いほど、手法や手数の多さにつながる。


あとは常に冷静さを保つことが重要だ。


どのような場面であっても、このふたつがブレなければ100%に近い実力を発揮できるだろう。


あとは30%の強運と40%の努力、残りは意思の強さが状況を大きく変えると思っている。因みに、普段の努力や意思の強さを欠いては強運など引き寄せることはできない。


こういった思考は個々にパーセンテージの差異はあれど、どのような場面でも必要な要素である。


臆病さが重要でそれを30%としたある漫画の伝説的なスナイパーがいるが、あれはあのキャラクターにとっての矜恃であり間違いなどでは決してない。


臆病さや慎重さがなければ生き残ることは難しい世界である。


ただ、俺の場合はその臆病さや慎重さは準備段階で集約し、本番ではその準備と普段の努力で打ち消すようにしていた。


プロフェッショナルに限らず一流になるためには個人個人のこだわりと、機微を読む聡さが必要である。時流に乗るともいえるが、機微や時流というものはその場その時で一瞬にして形を変えるものだと認識しておかなければならない。


それができないものは時代に置いていかれ、二流やかつては一流であった者として引退か命を落とす選択に迫られる。


エージェントなどはその際たるもので、肉体的な能力、頭の柔軟性、その場その場の状況判断力が衰えると即死に至るのであった。


そして、この窮地に俺が咄嗟に選んだ打開策はこれだ。


「アイ~ン!」


そう、この恥ずかしい掛け声のアレである。


この言葉が必要かどうかはわからない。


自らも脱力系だと思えるレジェンドの代名詞だが、使う度にあまり頼らないようにしようと検証を怠っていた。


要するに、あまり積極的に使おうとは思わないが、その効果は意外なほど大きいためつい使ってしまう能力なのである。


だったら効果検証はしっかりやっておくべきなのだが、あの言葉を発しているところをできればもう誰にも見せたくはなかった。


はっきり言えば、かわいそうな子を見る目で見られるのはもういやなのである。


声帯を通した竜孔流は、高振動を伴った裂帛の雄叫びアンカーハウルである。


一瞬硬直したビルシュを確認し、すぐに第六の竜孔アージュナーに竜孔流を注ぎ込む。鎌首のようにこちらを狙っていた触手が動かないのを見越して、その刹那にやるべきことをやってしまう。


アージュナーは理性から感性に切り替える孔である。そして、第七のサハスラーラをも連動して活性化させた。


第六のアージュナーで感性による認識を行い、第七のサハスラーラで意識を解放させる。


これにより、感覚視で見る物質は視界とは異なる反応を示す。


見えた。


感覚視による核の位置の特定。


しかし、今の硬直状態を抜け出せば、すぐに核は移動してしまうだろう。


そのタイミングまでわずか数秒に過ぎない。


「アイーン!」


さらにアイーンを連発し、奴の硬直時間を持続させる。


同時に両手にHG-01を顕現させて引き金をしぼった。


ドッパァーン!


重なり合う銃声。


そして一発は大腿部に突き刺ささった触手を破壊、もう一発が核へと向かっていった。


しかし、わずかなタイミングで核が移動してしまったようだ。


ビルシュのゲル状の体を破壊しながらも、核はそこから逃れてしまった。


俺は大腿部を開放されたことにより体を捻りながら移動する。


ビルシュが新たな触手を生成してまた俺を狙ってきた。


コンマ何秒かの攻防が再開する。


頭で考えるのではなく、感覚と反射で互いに攻守に移行していく。


こういった戦いは大なり小なりミスをすれば終わりだ。さらに流れを掴んだ者が押し切ることで勝利につながる。


右手のHG-01を連射しながら、左手はSG-02に持ち替えて次から次に生成される触手に対処した。


核は高速で移動し、HG-01が吐き出す50口径弾の破砕に追いつかれることなく逃げ惑う。


全弾を撃ち尽くしたHG-01をもう一丁と入れ替えてさらに連射するが、ビルシュの体が逃げ惑う核を誘導するかのようにあらゆる方向に伸びていく。


進行方向を予測して撃つのは無理だろう。


ビルシュとて、核を破壊されては立て直しがきかないと見える。


逃げに専念するビルシュか、残り数発を撃ち切りそうな俺か。


ほんの数秒で優劣が決まりそうな瞬間だった。


「!?」


いや、甘かったようだ。


いつの間にか背後に触手を伸ばしていた奴が、俺の胸を貫く方が早かった···。


胸を貫いた触手は急所からはずれていた。


背中の翼が致命傷となるポイントをカバーしていたのが功を奏したといえる。


しかし、ダメージがないわけでもなく、肺が損傷したのか口から血を吐くはめとなった。


銃器を収納して聖剣ライニングに瞬時に持ちかえ、背後に向かって振るう。


いまだ胸を貫いたままの触手を根元から断ち切った。


そのまま体勢を崩し、地表へと落ちていく。


油断といえばそうだった。


気配を察知することをさぼっていたわけではないが、結果としてそうとしかいえない。


視界の端にビルシュが新たな触手を生成しているのが映った。


実際にはほんのわずかな時間だろうが、不思議なくらいスローモーションに見える。


やはり、自分の力だけではどうにもならないようだ。


痛みはあまり感じない。


肺からの出血で、息苦しさと口から溢れかえった血がとめどなく流れ出ていることはわかった。


焦り、後悔、気負い。


そんなものは何も浮かんでこなかった。


ただ、感覚だけで体や思考が動いていく。


頭の中でひとつのキーワードが紡がれ、新たに顕現された武器の重量だけがはっきりと感じられた。


逆さまに落ちていく状態のまま、両手でその武器をしっかりとホールドして狙いをつける。


竜孔流を練り上げて銃身へと流し込んでいった。


ビルシュの触手が複数に別れて攻撃態勢に入っていくのが見える。


しかし、竜孔流の充填はまだ不十分だ。


俺は意識の大半を竜孔流へと傾け、同時に翼へと意思を通す。


鎌首を持ち上げるような動きの後、鞭のようなしなりで襲いくる触手を翼による防御で弾く。


やはりルシファーから与えられた翼は、意思の力で自由度の高い動きを見せる。


続けざまに襲いかかってくる攻撃も危なげなく対処できていた。


この翼の防御機能というものは、人の反射が高い精度で連携されているように見える。


攻撃に対して自分の手足のように反応するところを見ると、これ以上にないシールドだと思えた。


先ほどの攻撃時に発動できていれば胸を貫かれることもなかったのだろうが、そこは今更考えても仕方がない。


竜孔流の充填が完了した。


第六のアージュナーと第七のサハスラーラで核の位置を特定する。


防御反応を繰り返す翼の間隙を縫うように、狙いを定めて引き金をしぼった。


パシューン!


一般的な銃声とは異なる少し甲高い音が鳴り響く。


手にしているのはライフル型の銃器で圧縮空気を用いる空気銃である。


ただし、普通のものとは一線を画していた。





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