最終章 You Only Live Twice 34
今の状況を考えれば、選択は一つしかなかった。
後先を考えて利口な立ち回りができるならいいのだが、この状態ではそうはいかない。
俺は羽交い締めにされて可動域が狭くなった右手を、手首と肘で適切だと思う角度に向けた。
先程のHG-01の銃弾には竜孔流をまとわせていたが、それでもビルシュの動きを止めることができなかったのだ。
そう考えると、まともに銃口を向けることのできない体勢からできることといえばこれしかない。
俺は背中にある翼を解除し、聖剣ライニングを顕現させた。
その剣身は、俺の腹を貫いてそのまま背後のビルシュへと向かう。
神殺しの剣。
それが想定通りに効果を発揮するかは賭けだった。
自らも神力を用いた翼を生やしたままでは自傷行為だと思ったのだが、それを解除したため剣の挿入口からは一滴の血も流れない。
人を傷つけず、神格だけを斬る剣。
その効果が発揮したかどうかは、俺を羽交い締めにしていたビルシュの腕の力が弱まったことでわかった。
一度、聖剣ライニングを消して拘束から逃れる。
翼のない俺は空中に静止することなく落下していく。
地表までは十メートル程度の高さだろうか。
再度翼を顕現させて体勢を立て直した。
「ぐ···ぐ···」
唸るような声を出すビルシュを見て勝機だと感じる。
すぐに再び聖剣ライニングを顕現させ、間合いを詰めて奴を両断しようとした。
「!?」
黒い両腕が伸びた。
その拳が俺を狙う。
空中で無理に旋回して奴の攻撃をかわしたかに思えたが、左手首を掴まれてしまった。
伸びた腕が急速に縮み、奴の体に引き寄せられる。
···おい、その唇を伸ばすような顔は何だ?
まだ媚薬効果は続いているのか?
クリスよ···おまえ、何かの配合をミスっただろう。あれの効能がヤバすぎて草しか生えないのだが。
近づいてくる顔···いや、唇に聖剣ライニングを一閃した。
首を両断する手前で頭部がまるごと消えたように感じる。
そう思った刹那、俺の体に伸びたゴムの様なものがまとわりついた。
こいつ···変な実でも食べたのか!?
何とか右腕だけは拘束されないように回避したが、まとわりつかれた所からまた小刻みな振動を感じた。
また···奴が腰を振っている気がする。
本当にいい加減にしてくれないものだろうか。
まだ自由がきく右手でもうひとつの注射器を取り出した。
これを突きさせば媚薬効果が解除される可能性が高い。
しかし、後先が逆であることから仮死化効果は望めないだろう。
だが、副作用というものは薬品を注入して瞬時に解除されるものではない。
精神や神経を麻痺させるほんの一瞬のタイムラグ。
それがあれば、今の状況を打開できる可能性があった。
念の為にビルシュの視界に映らないように注射器を忍ばせる。
この弾力性のある物体に突き刺さるかはわからない。とりあえず針が折れないように細心の注意を払いながら、胴体にまとわりついている所へと近づけた。
ぺしっ!
触手のようなものがいきなり出てきて俺の手を払い除けた。
なんとか注射器を壊されないように手の甲でガードしたが、痛みで取り落としそうになる。
手首を返して耐え凌ぐ。
一体どこから見ているのかはわからない。
奴の頭部は俺の後ろにあり、どう考えても死角に位置している。
注射器を口にくわえ、また聖剣ライニングを顕現させた。
それを目のあたりにしたのか、ビルシュが拘束を緩めて距離を置こうとする。
すぐに体を反転させて上段から斬り下ろす。
奴は絶妙な間合いで斬撃を避けた。
左手にスタンスティックを顕現させる。
右手の聖剣ライニングをフェイクに使い、同時に下段からスタンスティックを奴に接触させた。
「アババババババババババ···。」
明らかに感電したはずなのだが、目に見える表情は喜んでいるように見える。
ビルシュがもともとそうなのか、潜在的な欲求が顕在化したのかはわからないが、どうやら奴はムッツリのドMじゃないかと思えた。
過度なボディタッチに加えて感電に至福を感じるなど聖職者としては失格だろうと内心で毒つきながら、もう一度聖剣ライニングで首もとと思しいところを斬りつける。
どう見ても目や口と思われる亀裂は笑っているように見えたが気にしないようにした。
左手のスタンスティックをもう一度接触させ、感電に快楽を感じているわずかなタイミングで注射器を射ちこんだ。
一瞬、奴の表情が真顔のようになったが、大したダメージを感じずに安堵したのかニタァと嫌な笑みを見せた。
仕方がないので同じ質感の笑みを返しておく。
それを見た奴の表情が強ばった。
いや、実際には俺の笑顔を見てではなく、薬品に即効性があったのかもしれない。
ほんのわずかな硬直。
それを見逃さなかった。
聖剣ライニングを突き刺して手首を返し、そのまま上方へと斬り上げる。
裂いた部分が微かに陽炎のような状態を見せたが、凝視することなく連続で斬りつけ刺し貫いた。
悪魔や魔物を斬るときとは明らかに違う感覚がする。
手ごたえがまったくないわけではないが、粘度の高いゲル状の物質を相手にしているかのようだ。
ダメージがどの程度通っているかはわからない。
しかし、陽炎のような揺らめきが大きくなり、目や口と思しき亀裂が硬直したままだった。
『奴の核を破壊しなければ、致命傷にはならぬようだ。』
聖剣ライニングの声が直接頭に響いた。
どうやら、悪魔と同じ攻略をしなければならないようだ。
「核の位置は?」
『絶えず動いておる。ただ、斬撃が加わるごとに動きは遅くなっているようだ。』
神殺しの効能が働いているのかもしれなかった。
その辺りに関しては具体的な理屈はわからない。
ただ、聖剣ライニングの誕生にはルシファーが関わっている。竜孔流と似たような作用を持つ力が、神力に影響を与えているのかもしれない。
この世の理である表裏一体。
神力と相反する力が発揮されていると思うことにした。
手近な部分を斬り払い、今や人型を維持していないビルシュの質量を削っていく。
核が絶えず動いているのであれば、その動ける範囲を狭めていくしかなかった。
非効率な力技だが、攻撃を加える度に核の動きが鈍くなるのならあながち間違いではないはずだ。
ただし、その間に奴の正気が戻り、反撃に転じられてしまう可能性はあった。
全体の質量が半分以下になった頃合だろうか、そこまではわずか数十秒しかかかっていない。
しかし、危険を勘が知らせていた。
「!?」
咄嗟に鋭角な触手が俺の鳩尾を狙ってきた。
体をそらせてかわすが、脇腹に鋭い痛みを感じる。
体勢を立て直した瞬間、次は二本の触手が襲ってきた。
片方は聖剣ライニングで逸らすが、残る一方が俺の大腿部に突き刺さる。
薬の効果が切れたのだろう。
この距離はマズイと思ったが、大腿部に突き刺さった触手のせいで間合いをとることができなかった。
さらに細い触手が三本あらわれ、まるで鎌首をもたげた毒蛇のように身構えている。
「く···。」
この距離では防ぐのは無理だろう。
俺は防御のために左手を首当たりにさりげなく上げ、聖剣ライニングを少し前にかかげて奴の攻撃を待った。
おそらく大腿部の触手を断ち斬る動作をすれば、防ぐ手だてなくやられてしまうだろう。
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