最終章 You Only Live Twice 33

先ほどまで俺がいた場所に、爆風にのってダイブしてくるビルシュがいた。


しかも、ご丁寧にズボンのベルトまで外されている。


これはアレだな。


有名なル〇ンダイブというやつか。


いや、感心している場合じゃない。


恐るべし媚薬効果である。


男女の区分がまったくない。


胸ポケットから新たな手榴弾を取り出してピンを抜く。


起爆時間を逆算しながら、ビルシュのダイブを回避する。


頭から地面に突き刺さるという漫画的なアクションを魅せるビルシュに、恐怖をおぼえながらも手榴弾を投擲した。


小さな爆発。


殺傷力はない。


しかし、そこから飛散したのは粘性が異常に高いタール系の物質である。


質量はそれほど高くないが、短時間の足止め効果は機能した。


ビルシュの身体にまとわりついたそれは、地面との接地で高粘度の性質を発揮する。


俺はすぐに疾走して、数百メートルの距離を置いた。


反転し、空間収納から新たな武器を取り出す。


目の前には大型の火器が顕現していた。


UAEが開発したMultiple Cradle Launcher。略してMCLだ。


MCLは本来車載される自走式の武器だが、今回は本体そのものだけである。


元の世界で地上最強のロケットランチャーと呼ばれているこれは、二百四十発のロケット弾を搭載して一斉発射を可能としていた。


実際には軍用車両に牽引された十輪のコンテナ車両に搭載される四基の多連装ロケットランチャーである。


各ロケットランチャーは二十発✕3の合計六十発のロケットチューブで構成されており、四基の計二百四十発のロケット弾を装填できるのだ。


さらに最大射程は三十七キロメートルにも及び、爆発半径は最大二十メートル。毎秒二発を発射して二分以内に全弾発射、約四平方キロメートルの範囲···東京ドーム三百個分の広さを焼き尽くすことができるのである。


元の世界では照準発射は全て射撃管制システムによって自動化されているが、こちらの世界ではそのようなシステムを構築することができなかったため、感覚的に照準を大雑把に決めて発射させた。


着弾点は対ベリアルを仮定していたため、半径百メートルの範囲に収まるようにクリスには計算してもらっている。これには高い技術が必要なのだが、クリスのことだから多少の誤差を生むものの、ある程度は基準内にのせてくれていることだろう。




予想よりも火力が大きい。


着弾点はそれほどブレず、二百四十発のロケットはその弾頭を半径三十メートルの範囲内に集約していた。


射程が近すぎるため、ほぼ真上に打ち上げての急降下である。


本来なら自身も被爆する可能性が高いため、このような使い方はしないだろう。


俺自身もここまで強力な武器を扱うことは少なかった。


あくまで計算上は大丈夫だろうと安易に考えていたが、素人のようなミスをしていたことに今頃になって気づいたのだ。


ロケットが着弾した位置から地面が捲れ上がり、外側に向けて広がっていく。


まるで土砂の高波のように押し寄せるそれを見て、もっと距離をとるべきだったと後悔した。


こういったケースに陥っても離脱する方法はいくらでもあったため、大雑把に考えすぎていたのだ。


やはり二百四十発の連射の威力は相当なものである。


しかも、122mm口径のTR‐122のロケット砲だろうと勝手に考えていたのが間違いだった。


クリスの専門的過ぎる説明にウンザリとしてしっかりと聞いていなかった。これではプロ失格である。


このMCLには同じ122mm口径でもTR‐122ではなく、おそらくTRB-122拡張射程ロケット砲が装填されているのだろう。


TRB-122拡張射程ロケット砲はTR‐122の倍の威力を持つものである。


そう考えると、安全圏の距離は今の倍以上···いや、状況を見ていると少なくとも四倍は必要だったのではないかと思えた。


しかし、今更後悔しても仕方がない。


俺は押し寄せる土砂の高波から回避するため、背中に翼を顕現させてその場を離脱した。


すでにビルシュの気配はどこにいるのかわからなくなっている。


一度回避した後、上空から奴を探そうと考えた。


その矢先である。


地面を蹴りあげて飛翔した俺の足首が掴まれた。


ハッとして下方に視線をやる。


今の今まで気づかずに接近を許していたのだ。


右手で俺の足首を掴んだのは、すでにビルシュの面影をなくした人外だった。


黒い肌に黒い翼をはやしたそれは、亀裂のような両目と口をつりあげていた。


笑っているのか怒っているのかわからない。


ただ、その異様な雰囲気に飲み込まれないよう、頭を冷静にしておくことだけを心がけた。




禍々しさを感じさせる存在だと改めて思った。


人としての外見やこの世の生物からはほど遠いイメージ。


俺の足首を掴んだそいつは、まさに邪悪を体現しているといってもいいかもしれない。


奴には奴なりの概念があり、正義だとか悪だという一般的なくくりはないのだろうがやはり消し去るべきだと思う。


それで何らかの均衡が崩れてしまうのであれば、そこはルシファーや四方の守護者がどうにかすればいい。


おれはHG-01を顕現させて真っ直ぐに頭部へと向けた。


大きな亀裂のような口がさらに広がった気がする。


そこから何かが発せられるかと思ったが、声や言葉が出てくることはなかった。


ただ、足首に伝わる不快な振動を感じて目をこらす。


どうやら、小刻みに腰を振っているらしい。


変わり果てた異様な姿に失念していたが、媚薬の効果はまだ続いていたようだ。


ドッパァーン!


ドッパァーン!


背筋に寒気を感じた俺は、自分の足を撃たないように注意しながらビルシュであったものを撃ち抜いた。


足首から手が離れたが、着弾時の光景を見て上昇スピードを上げることにする。


生物や固形物に当たったというよりも、液体に近いペースト状のものを撃ち抜いた感じがしたのだ。


ドッパァーン!


ドッパァーン!


ドッパァーン!


撃たれた衝撃で四散した奴に向けて、さらに残弾を発射させる。


爆散するといった方が正しい風景が広がり、やがてそれが再び同じ箇所へと集まりだした。


テトリアの精神体アストラルボディとは異なる状態に、焼き払った方が有効かと意識を切り替える。


その刹那、先ほどと同じ人間サイズに再生した奴が視界から消えた。


そしてすぐに俺の背後にまとわりつくものが現れる。


不覚だった。


どうやら奴は瞬間移動を使って俺の背後を奪ったようだ。


俺を羽交い締めにするような体勢をとられ、身動きができなかった。


これは···もしかして命よりも貞操の危機だろうか。


頭によぎったのはそんなことだった。


こんな状態でも随分と余裕じゃないかと、俺は自嘲する。


右手にあるHG-01を収納した。


この体勢で反撃するのは難しい。


奴と俺の体の間で翼を圧迫され、飛行もまともにできそうになかった。


他の武器を顕現したところで、背後に密着して両手両足を四肢に見立てたもので抑えられていることから狙いをつけることも無理だろう。




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