第2話「燃え盛る炎の中で微笑む美女」

 孟卓が戦場へ出向き留守の時に、近くの山で山火事が発生した。

 強風にあおられた 火の勢いは、村の民家まで到達した。

 延焼する家の中には逃げ遅れ、泣き叫ぶ幼い兄妹の声。

「かあちゃん! 熱いよぅ! 怖いよぅ! かあちゃん! かあちゃん!」

 燃え盛る家に狂乱で我が子を助けようと飛び込もうとしている母親の腕を、必死でつかみ止める村人たち。

「もう助からねぇ! おまえさんまで、焼け死んじまうぞ!」

「手を放して、家の中に子供が! あぁぁぁ!」


 炎に包まれていく家を沈痛な面持ちで村人たちが眺める中──燃え盛る炎に向かって、りんとした表情で歩き出す竜妃の姿があった。

 その顔には気品さえあった。

 炎の熱波に村人が腕や手で顔を覆う中、竜妃の手の中に吸い込まれるように炎が集まってきて、

両手で持てるほどの大きさをした陶器の瓶〔かめ・ビン〕が現れた。


 竜妃がその瓶の口を炎に向けると、燃え盛る炎が吸い込まれる。

 見る間に火災は鎮火した。幼い兄妹も顔や手足に軽い火傷はしていたが無事だった。


 母親が助かった子供に駆け寄って、抱き締めたのを確認した竜妃は一言。

「良かった……」

 そう呟くと、空に向かって網のようなモノを放り投げ。

 網は空一杯に広がって霧雲に変わり、大量のつゆが山火事を消した。


 不思議な術に呆然とする村人たちを背に、自分の家に帰った竜妃の噂は瞬く間に広がり。

 戦場にいた、すでにかなりの実権を握っていた孟卓の耳にも届いた。

『不思議な術で山火事を消した女』の美談を。

 事あるごとに干渉をしてくる竜妃の存在が、野望を達成するには邪魔だと日頃から感じていた孟卓は。

『人心を惑わす怪しい術を使う女』と、自分に都合がいいように手を加えて。

 竜妃を魔性の者として、ロクに審議もされないまま火刑に処するために牢に閉じ込めた。


 捕らえられても、なんの異議も言わない竜妃が牢に閉じ込められて二日目──一人の若い男が、竜妃が入れられている牢の前に現れた。

 三尖刀を持った、道士のような雰囲気の美形の男だった。

 竜妃の前に現れた美形の男──軍人の『超雲ちょううん』が言った。

「あなたが、どうして? こんな狭い牢に……あなただったら、こんな牢を抜け出すコトくらい簡単でしょう」

 石畳の床に座っていた、少しやつれた竜妃が顔を上げて微笑む。

 竜妃と超雲は知り合いのようだ。


 竜妃が言った。

「久しぶりですね、鳳凰山ほうおうさん以来ですね」

「噂で美女が不思議な瓶で火を吸い込んで火事を消したと聞いて……すぐに、あなただとわかりました……火を吸い込んで家の火を消したのは宝貝パオペイの『 四海瓶しかいへん』ですね」

 竜妃は、微笑みを絶やさずに懐かしそうに超雲の話しを聞く。


「人間界に転生しても仙女の力と仙界での記憶は失っていなかった……そうですね、仙女の竜吉公主りゅうきつこうしゅ

「その名で呼ばれたのは久しぶりです……超雲、いいえ。誰も聞いていないので楊戩ようぜんと、一度だけ呼んでもいいですか」

「竜妃、あなたが『万仙陣の戦い』で、夫であった洪錦こうきんと揃って頭を割られて死亡してから……洪錦は、記憶も力も失い。普通の人間──徐瑜じゅゆとして人間界に転生した……あなたも洪錦を追って、竜妃として転生を」

「天帝であるお父さまは、娘のわたくしが普通の人間として転生するのを良しとしなかった……だから生まれながらの仙女に転生を」

 竜妃は少しタメ息を漏らして言った。

「あたしは、普通の人間に転生でも良かったのに」


 超雲が竜妃に、今一度訊ねる。

「このまま、人間として火刑で火炙りになるつもりですか?」

 竜妃は何も答えずに、微笑むばかりだった。


 数日後──戦場から孟卓が帰ってきた日に、竜妃の火刑処刑が行われた。

 村人が涙を流しながら見つめる中、牢から火刑場に引きずり出された竜妃は、地面に立てられた丸太に後手と両足首を炎の中から逃げ出さないように金具で拘束され。

 竜妃の周囲に油を染み込ませた薪が積み上げられていく光景を、腕組みをして立つ孟卓は竜妃をジッと眺める。


 腰の辺りまで薪が積まれると、竜妃をあわれむ目で燃え盛る松明を持った火刑役人が、竜妃に訊ねる。

「最後になにか言い残すコトはないか?」

 首を横に振って、微笑みながら前方に立つ、夫の孟卓を優しい目で見つめる。

 まるで、優しかった時の孟卓を思い出しているかのように。

 まるで、孟卓の慢心した暴挙を止められなかった自分の非力を、自分で嘲笑っているかのように。


 薪に火が放たれ、一気に燃え上がった紅蓮の炎が竜妃を包む。

 空に黒雲が急に広がり、今にも雨が降りだしそうな雲域を見た竜妃が、空に向かって叫ぶ声が聞こえた。

「やめてください、お父さま……娘を本当に想うのでしたら」

 燃え盛る炎の中で、孟卓を見ている竜妃の唇が動く。

 離れていて声は聞こえないはずなのに、孟卓には竜妃がなんと言ったのか……不思議と理解できた。

 その言葉の意味を知った孟卓は怯えた。


 炎の中で竜妃は、孟卓に向かってこう呟いていた。

『あなたは、このまま人を裏切り続ければ……数年後には灼熱の美女と抱き合って焼け死ねことになるでしょう』と……その言葉を残して竜妃の全身は炎に包まれた。

 竜妃は炎に全身を包まれても一言の悲鳴も、断末の叫びも発しなかった。


 それから数年後──悪行を尽くしていた孟卓は実権を失うと、兵に捕らえられた。

 そして、美女の姿が表面に浮き彫りされた真っ赤に燃える銅柱に手足を縛りつけられ焼き殺される『炮烙 ほうらくの刑』に処された。

 孟卓の絶叫と人肉が焼ける臭いが周囲に漂う中で、孟卓は自分の過ちに気づき今はいない竜妃に詫びた。

「すまなかった竜妃! わたしが悪かった! ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


 孟卓は天帝に誓った言葉通りに……灼熱の炎によって、皮膚が焼けただれ、肉が焦げ、血が沸騰して、骨が炭になって焼け死んだ。

 灼熱の美女と抱き合って。


  ~おわり~



※この作品を書くために、図書館で少しばかり【封神演義】と【三国志】を調べた程度ですから。

二作品に対する愛着は、マニアの方から首根っこ捕まれて大気圏外に、おっぽりだされるレベルです。


興味がある人は【封神演義】で人名検索

『竜吉公主』〔りゅうきつこうしゅ〕・『洪錦』〔こうきん〕・『楊戩』 〔ようぜん〕


興味がある人は【三国志】で人名検索〔二つの人名を組み合わせたり、漢字を変えて登場人物は創作しています〕

【董卓】〔とうたつ〕・【孟達】〔もうたつ〕・


【徐庶】〔じょしょう〕・【周瑜】〔しゅうゆ〕


【趙雲】〔ちょううん〕

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竜妃は火刑の炎の中で微笑む 楠本恵士 @67853-_-

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