第3話
「っ…! 何が…起きたんだ…? 」
ライブの視聴中に強烈な立ち眩みのような感覚に襲われ、どうやら一時的に意識を失っていたようだ。
(あの後配信はどうなったんだ…? 魔神は倒されて、たしか…)
「ん…? 」
ふと、喉に違和感を覚え手を首に当てる。
(声が、おかしい…? )
もともと高い声だったわけではないが、普段よりも一段と低く…それでいて聞き取りやすい声。
イケボと呼ばれるようないい声ではあるのだが、自分の口からこの声が出てると思うと不自然さを感じてしまう。
「これ、俺の…声なのか…? 」
改めて言葉を口にし、ハッとする。
おかしいのは声だけではない。
(なんだ、この匂いは…)
鼻を刺激してくる謎の異臭。
それに加えて、EGOをプレイするのには欠かせないVRゴーグルの感触が先程から完全に消えている。
一先ず、異臭の原因を探ろうと辺りを見渡せば。
パタパタと見た事もないサイズの蝶が視界を横切った。
薄暗い森の中のようなこの場所。
普通に考えればこの場所は、ジークがクエストで赴いていた夜霧の森なのだろうが…。
(ここが
あまりにも、リアル過ぎる。
グチャリ。
状況が呑み込めず、考え耽っていた俺は耳障りの悪い音と共に足元のナニカを踏みつけてしまった。
「これは…。 ブラウンスターウルフの死体か」
自分でも驚くほど冷静に。
足元に散らばったグロテスクな死体を確認していく。
(どうにもおかしい…。 どうして俺はこんなに落ち着いていられるんだ? 明らかに異常な状況なのに、焦燥感がまるでない…)
ブラウンスターウルフというワードが自分の口から飛び出た時点で薄々察していたが。
案の定俺は、いつの間にか部屋着のヨレヨレTシャツではなくファンタジー映画の中でしか見た事の無いような重厚な甲冑に身を包んでいた。
(この鎧、確かに見覚えがある…。 俺がジークに装備させていたものだ)
真・竜血の黒鎧<長>。
職業がヘビーウォーリア、もしくはウォールセイントかつ種族がドラミンであることという特殊な装備条件のこの防具。
竜の血を引く騎士団を率いる部隊長のみが着用を許された特別な鎧とゲーム内では記されていた筈だ。
その名の通り漆黒の鎧に金の飾り模様が施されており、マントや風でたなびく兜の房は血のように紅く染まっている。
(馬鹿みたいな話だが…。 俺はジークになっちまったのか…? )
自分でも、考えながらそんなことあり得ないだろと思ってしまうが。
足元に転がるブラウンスターウルフの死体は、たしかにライブの視聴を始めるまでジークが戦っていた相手と一致している。
いくらEGOが次世代のVRMMOとはいえ、倒した魔物の血生臭さが嗅覚に伝わってきたり現実と見分けがつかない程リアルなグラフィックで世界が構成されてはいなかった筈だ。
(この状況は一体…)
「……!!
不自然に。
まるで、何者かに記憶を植え付けられたかのように。
頭の中に突然降って湧いたその言葉。
EGO、ゲームブック召喚。
この言葉を俺が口にするのを待っていたかのように、虹色に輝く儀式的な紋様が突如空中に映し出された。
ちょうど視線の高さに合うような位置に現れた紋様、その中央部から分厚い書物がズルズルと徐々にせり出てくる。
(滅茶苦茶胡散臭いが…。 無視するわけにもいかない…よな)
自分の身に何が起きているのか、今は現状を把握する手掛かりが少しでも欲しい。
手品のように、何もない空間から表れた本に手を出すのは正直に言って気が引けるが。
状況が状況なだけに多少のリスクは避けられない。
(触った瞬間に、爆発したりしないよな…? )
ケーキ型や傘型など様々な爆弾が登場するお気に入りのB級映画「インフィニティボマー」のワンシーンを思い出しながら恐る恐る本へと触れる。
赤茶色のカバーにEGOと刻印されたその本は、拍子抜けするほどあっさりと俺の手元に収まった。
「まあ…こんなもんだよな」
(……とにかく、読んでみるか)
不思議な事に手甲に覆われた状態でもスラスラと捲れるその書物は、このような書き出しではじまっていた。
> 拝啓、親愛なる我が民へ。
> まずはおめでとうと、君たちの誕生を祝おう。
> さて、早速本題に入らせてもらうが。
> これから君たちはこの世界で様々な課題をこなしてもらう。
> これは強制ではないが、残念な事に課題をこなさなければ君たちはこの世界から永遠に開放されない。
> 課題は個人に個別に与えられるが、課題解決の為に他者と協力する事は許可されている。
> はじめに宣言しておくと、この世界での死は君たちがかつていた世界での死とは直接繋がっていない。
> ただし、ある特殊な条件下で死亡すると君たちはこの世界だけでなく全ての世界から永遠に消滅することになる。
> さて、突然の事で混乱している者も多いだろうが君たちが恐らく一番知りたいであろう事をこの序章に記そう。
> 君たちがこの世界から無事に脱出する方法はただ一つ。
> 全十章で構成されているこのゲームブックを最後まで進めきる事だ。
> 導入部であるこの序章を除き、各章につき君たちには特別な課題が一つづつ用意されている。
> 課題をクリアした時、章が一つ進むと理解してもらえばいいだろう。
> 合計十個の課題をクリアした時、おめでとう。 君たちはこの世界から解放される。
「……」
正直、今すぐにでもこのふざけた内容の本を地面に叩き付けてしまいたいが。
今この身に起きている事から考えて、この本に記載されている内容は全て事実なのだろう。
ご丁寧な事に、序章にはこの特殊な本の操作方法も事細かく記されており。
ゲームのメインメニューのように、このゲームブック一つで様々な事がこなせるらしい。
(一先ず、何か試してみるか…)
「我がステータスを、ここに示せ」
序章と第一章の間に用意された、白紙のページを開きそう宣言すれば。
俺の現在のステータスを記した文章が、じわじわと浮かび上がってきた。
▽公開ステータス
・盾の駒
・名称 ジーク
・種族 ドラミン
・性別 男
・総合LV 100
・超過LV 1568
・メイン職能 ウォールセイント
・サブ職能1 ヘビーウォーリア
・サブ職能2 ガーディアンソルジャー
▼隠蔽ステータス
・オリジン パーフェクトバランス
・生命星残量 20
・第一章個人課題 重要人物一人の死を一度回避する
(……本当にステータスが出てきたな。 だが…)
ところどころ、ゲーム内では見た覚えのない項目が存在している。
(盾の駒にオリジン、生命星残量…それに第一章の課題か)
今ピックアップしたものが、ゲームのステータスには存在していなかった項目だが。
スマホの画面のように、気になる項目を指でなぞると自動的に説明文が浮かび上がってきた。
・盾の駒
>貴方のこの世界での役割を示しています。
盾の駒は他者を守護することでより多くの課題ポイントが入手でき、ポイントを貯めていく事で章ごとの課題をクリアするのに必要なヒントが文書として各章に追加されていきます。
・オリジン
>この世界で付与される特異な力です。
オリジンの内容は人により異なります。
・パーフェクトバランス
>一日に一度、自身のステータスを再配分しその状態を一定時間保つことが出来ます。
各ステータスの限界値を超えた配分も可能です、ただし体力が0になるような調整は行えません。
・生命星
>貴方が現在許容されている死の最大数を示しています。
生命星の初期数には個人差があります。
※注意※
死亡するごとに総合LVが10、超過LVが20低下します。
生命星が0の状態で死亡、もしくは総合LVまたは超過LVが0以下になると貴方は全ての世界から完全に消滅します。
(特殊な条件下での死亡ってのは…こういう事か)
俺の生命星残量である20という数字が多いのか少ないのかは分からないが。
総合LVが100である以上。
デスペナルティでレベルが低下したあとレベルアップを挟まずに10回連続で死亡したらアウトという事だ。
「……」
安全な自宅の中で、ゲームを遊んでいた時は無縁だったであろう死という概念。
そんなものを突然、目の前に突き付けられたというのに俺はそこまで動揺していなかった。
(だんだん分かってきたぞ…)
恐らく、今の俺にはこの簡易的なステータスには表示されていないジークとして所持しているスキルや身体能力が自分の力として反映されているのだろう。
そう考えればこの驚く程安定した精神状態や、くそ重そうな鎧を着ていてもまったく疲れない状況にも説明がつく。
多少筋トレなどはしてたとはいえ、現代人の俺がガチガチの鎧を全身に纏って平然として居られるわけがないし。
この落ち着きようにしたって、何か理由が無ければおかしい。
もともとあまり感情が表に出るタイプではなかったが、生まれてから二十年も経っていないただの男子高校生の俺が、異世界といっても差し支えがないこの場所に放り出されてここまで冷静でいられるわけがない。
「ッ…!! そうだ、優斗は…! 」
ゲームブックを読み、その内容を大まかに理解してきたところで。
つい先程まで、同じゲームを遊んでいた友人の事を思い出した。
俺だけがこのわけのわからない状況に巻き込まれたならそれでいいが。
どう考えてもこの異常事態にはEGO、あのゲームが大きく関わっている。
どれだけの規模、どれだけの人々がこの事態に巻き込まれたのか分からないが。
あの時、俺と同じようにEGOにログインしていた優斗がこの
>特殊な条件下で死亡すると君たちはこの世界だけでなく全ての世界から永遠に消滅する
(まだ、何が何だが全然分からねぇけど…! まずは、アイツを探さないと…! )
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