第2話

 動画の配信者であるレナという人物は低質な合成音声ソフトを使用しているのか、機械音声感まる出しの声で実況しておりその人物像を掴む事は出来ないが。


 操作するフェアリート…妖精族の巧みな操作で、新規も多いであろう視聴者の心をしっかりと掴んでいた。


爆裂華ばくれつばなの蕾を打ち込みました、皆さん集中砲火を」


 魔法短弓をメインウェポンとするマジックアーチャーであるレナが、味方の攻撃に連動して爆破ダメージを与える爆裂華の蕾を放つと。


 味方へ攻撃を爆裂華の蕾に集中させるよう指示を出す。


 魔神レイドに限らず、最大八人で挑める超高難易度クエスト…レイドは仲間との連携が必須なのでレナ達も恐らく何らかのツールで会話しながらやっているのだろう。


(ヒーラー二人に、アタッカーが六人か…やっぱ、タンクの入る余地はねぇよな…)


 レイドにおける最大の敵は制限時間。


 フルパーティー用に各種ステータスが調整され、ただ倒すだけでも相当に時間が掛かる敵に加え厄介なステージギミックなどがわんさか用意されているレイドは、クエストに設定された復活権を使い切り失敗することより時間切れで失敗する事の方が多いのだ。


 それ故にレイドは、通常のクエスト以上にパーティーの総合火力が重視される。


「いいペースで削れています…これなら――」


 魔神が常にその身体から放ち続けているオーラ型の魔法攻撃は肉薄しなければ攻撃することが出来ない近接系のアタック職へ毎秒一定のスリップダメージを与えるのだが。


 ヒーラーが付与した自動回復魔法の治癒力がスリップダメージを上回っているので実質無効化されている。


 本当に中身が人間なのか疑わしくなるほど、無駄のない動きで魔神の攻撃を躱し最大限の威力が出せるベストコンボを次々と叩き込んでいく六人のアタッカーと、それを支える二人のヒーラー。


 画面に常時表示されているクエストの残り時間を見る限り、俺が配信に辿り着いた時にはすでにこのレイドは終盤戦に突入していたようで。


 魔神は攻略サイトで拝んだ事のある姿よりだいぶボロボロになっていた。


「ダウン、入ります。 カウント三十。 ここで仕留めましょう」


 幾度となくトライ&エラーを繰り返し行き詰る度にビルドを練り直しこのレイドに挑んできたであろう猛者たちが八人が魅せる連携は息を呑むほど高い練度に達していた。


 執念すら感じさせる怒涛の攻撃を受け魔神の象徴、背輪と呼ばれる部位が轟音と共に砕け散った。


 魔方陣のような巨大な輪を常に背負い続けていた魔神は、背輪を失ったことでバランスを保てなくなったのか大きく体勢を崩し足場の一部を破壊しながらぐらりぐらりとその巨体を揺らし始めた。


(うお! こんな展開初めて見たぜ…! マジでコイツら、クリア出来るかもしれないぞ…! )


 気付けば。


 クエスト中のジークを放置したまま、配信画面に釘付けになっていた俺。


 様々な言語が飛び交う国際色豊かなライブのチャット欄もとんでもないスピードでコメントが流れており、レナたちのレイド挑戦、そのライブ配信がもの凄い盛り上がりをみせている事が一目で分る。


「カウント二十、バフ盛り全開お願いします」


 今まで回復にも割いていたMPを全投入し。


 二人のヒーラーは詠唱時間、消費MP共に計算し尽くしたマジックサイクルでありとあらゆる攻撃バフを絶え間なく仲間に付与していく。


 最初に唱える魔法から最後に唱える魔法までを予め決めておき、それら全ての魔法を一つのスキルコマンドに圧縮する高等テクニック、マジックサイクルは詠唱時間を短くし消費MPも大きく軽減出来るが、その代わり通常の連続詠唱のように魔法の順番を途中で入れ替えたり、魔法の発動を途中で止めることは出来ない。


 つまり、ここで魔神を倒しきれなければ暫くの間ヒーラーによる回復は望めず。


 優勢から一転、一気に窮地へ追い込まれる可能性もあるのだ。


(それでも、ここでやるんだな…! )


「カウント十。 ラスト三で弱体入れます。 皆、ここで押し切りましょう」


 レナのキャラが持つ魔法短弓が点滅し、槍のように巨大な矢へと姿を変える。


 マジックアーチャーの固有スキル「虚弱の一矢」。


 自身のメインウェポンである魔法短弓を一本の矢へと変化させ、敵へ直接、銛のように突き刺すことで一定時間弓が使用不可になるデメリットと引き換えに相手の防御力を大幅にダウンさせるデバフ系スキルだ。


「カウント五。 四。 いきます…! 」


 これまでの淡々とした口調とは違い。


 興奮がこちらにも伝わってくる語気と共に、臆することなく魔神の胸へと飛び込んだレナは。


 ズブリ、と。


 虚弱の一矢を、魔神の胸へと突き立てた。


「■■■■…!! 」


 言葉にならない苦悶の叫びを上げ、ついに地面へと膝をついた魔神は己が敗北を察したかのように、首を垂れる。


 背輪を破壊したお陰なのか、いつの間にか魔神の身体からは厄介なスリップダメージを生む紅い靄のようなオーラも消え失せており。


 まるでトドメを刺せと言わんばかりに、無防備な状態でその動きを止めていた。


「ここで勝ちましょう!! 」


 魔法短弓を一時的に失ったレナは、サブウェポンである双短剣に持ち変えると仲間たちと共に、最後の猛攻へと乗り出した。


> うぉぉぉぉぉ!


> やっちまえ!


> いけぇぇぇ!


 ここが勝負の分かれ目。


 ここで倒し切れなければ、恐らくこのレイド攻略は失敗する。


 視聴者たちの熱い声援が滝のような勢いで、魔神を討たんとする八人の冒険者たちに送られていくなか。


「皆、頑張れッ! 」


 柄にもなく。


 届く筈もない応援の言葉を、自然と俺も口にしていた。






「ごめんなさい、皆さん。 でも、今度こそ絶対に…」


(…なんだ? )


 眩い光を放ちながら、魔神が討たれるその瞬間。


 ふと、レナが謝罪の言葉を口にした気がした。






 ◇◆◇






EGO > 試の魔神、討伐を確認


EGO > これより世界に変革をもたらす






 2XXX年、春。


 俺達の運命は大きく狂い始めた。


 これは世界の存亡をかけた試練か。


 はたまた個人の生存競争か。


 俺は竜血をこの身に宿し。


 冒険者、ジークとしての物語が幕を開ける。

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