第6話

 犬のような特徴をもつ獣人族のイヌミン。


 EGOでの獣人族は、耳や尻尾…翼などの特定の部位以外は人と変わりない姿をしており。


 一括りにイヌミンといっても、柴犬のように立ち耳のものやパピヨンのようなバタフライイヤーのものなど耳の形一つをとってもそれぞれに個人差がある。


 近付いてくる俺を、不安そうな表情で見上げているこの女の子はゴールデンレトリバーのような垂れ耳の持ち主だった。


「…怪我はないか? 」


 左手の大盾も武装解除し、丸腰になって敵意はない事を伝えながら地面に座り込んでいる少女に手を差し伸べる。


 声をかけてから気付いたのだが、そもそも彼女に日本語は通じるのだろうか?


「あ…」


「? 」


「あ、あなたちゃまは…魔徒まとしゃん、でしゅか…? 」


 実際に少女が日本語を話しているのか、はたまたゲームブックのように俺の想像では及びもつかないような不思議な力が働き日本語に変換されているのかは分からぬが。


 少なくとも、日本語での会話が出来るのかという不安は杞憂に終わった。


 まだ幼く、たどたどしい口調で話す彼女の言葉、その単語の意味ですら問題なく理解できている。


(魔徒しゃん、か。 もしかして…俺のことを魔族だと思っているのか…? )


 単語の響きだけでは何なのか判断し難い”まと”という言葉を聞き、彼女が魔族の一種である”魔徒”のことを話しているのだと自分でも驚くくらい瞬時に理解できたことから、何らかの力でお互いの話が翻訳・意訳されているという説の信憑性は増していた。


「いや、違うぞ。 俺はドラミンの冒険者だ。 なぜ魔徒だと思ったんだ? 」


「しょ、しょれは…」


 リアルでも大男だった経験から、相手を見下ろした状態でいると恐怖心を与えてしまうかもしれないと思い一度しゃがんでから再び手を差し伸べる。


「ほら、立てるか? 」


「あ、あいがとでしゅ…」


 目線を近付けた事で、警戒心が少し薄れてくれたのか。


 小さな手で俺の手の平を掴むと「よいちょ」と可愛らしい掛け声と共にようやく立ち上がってくれた。


「どこか痛んだりするか? 」


「だいじょび…」


「そうか、なら良かった。 一先ず君を安全なところまで送ろうと思うのだが…」


「う…。 冒険者しゃんなら…ねーねと同じでしゅ。 しょの…さっきは、魔徒しゃんっていってごめんちゃい…でしゅ」


「…そんな顔しなくても、別に怒ってなどいないから大丈夫だぞ。 ただ…魔徒と口にした理由が気になっただけなんだ」


 EGOでは人型の魔物の総称であった魔徒という言葉。


 単純な戦闘力の高さに加え、魔物にはない高度な戦略に基づき行動してくる強敵として知られる魔徒がこんな序盤のエリアに居るとしたら大問題だ。


(この子を護る為にも、怖がられるかもしれないが武器は出したままにしておくべきか…? )


「おにいしゃん…。 強いのに男のひとだったから…ねーねがいってた魔徒しゃんだと思ったでしゅ」


(強いのに男の人だったから…? )


「そ、そうか。 この辺りで魔徒が目撃されたとかではないんだな? 」


「あい…」


「なら…大丈夫だ。 先程も言ったが俺はドラミン、竜人族だ。 急に現れた男を信用しろというのは無理があるが…君に敵意はない。 安心してくれ」


 話ながら素顔を兜で覆い隠していた事を思い出し。


 一時的に兜を武装解除して顔を見せる。


 ドラミンがもつ特徴的な捻じれ角は、本人の意思で自由に出したり消したり出来るのだが。


 その理由は、ドラミンが自分の意思でどこまで竜に近付くかを調整出来る事にある。


 職能に関係なく、レベル100に到達したドラミンであれば完全竜化という種族スキルを覚えることが出来。


 カンストしていない状態でも、レベルが上がるごとに角を生やす翼を生やすなど本人の意思で竜の力が自由に操れるようになっていくのだ。


 ちなみに、完全竜化を発動した時の姿はかなりの個人差があるのだが。


 俺の場合は巨大な黒竜へと変身することが出来る。


「ほら、頭に角が生えてきただろ。 お望みなら翼も生やせるが…竜への変身は疲れるからここでは勘弁してくれ」


「ふぁぁぁ…! 」


「ど、どうした…? 」


「おにいしゃん、しゅごい美男しゃんでしゅね…! 」


「なっ…! そ、そうか? って…そうじゃなくて。 このとおり、俺はドラミンの冒険者だ。 この森はあの毒蛇たちのような魔物が出て危険だから、君を安全な場所まで送り届けたい。 一緒に来てくれるか? 」


「あい! ちゅいてくでしゅ…! あと、あたちのことはキミじゃなくて、ヌイちゃんと呼んで欲しいでしゅ! 」


「ああ。 じゃあ、そろそろ行くぞ」


「むぅ~」


「…? 」


「ぶぅ~でしゅ! 」


「……! そうだ、迷子にならないよう手を繋いでいこうか。 その…ヌイちゃん? 」


 まだ小さかった頃、大のお兄ちゃん子だった妹とのやり取りを思い出しそうヌイちゃんに提案すれば。


 ぷく~とした膨れっ面から一転し、俺の手を掴むとこちらを見上げニコニコと嬉しそうに笑ってみせた。


「あいっ! しょれじゃ、しゅっぱーつでーしゅ! 」







 ◇◆◇






「しょれででしゅね、その時ねーねが…」


(ん…? アレは)


「ほら、ヌイちゃん。 街が見えて来たぞ、もうすぐだ」


「ぶぅ~でしゅ! あたちのお話なち、ちゃんと聞くでしゅ! 」


「悪い悪い。 それで、ヌイちゃんのお姉ちゃんがどうかしたのか? 」


「うみゅ。 しょれで、ねーねがでしゅね…」


「あー!!! いた!!!! 」


「…!! 」


 突然、遠くのほうから聞こえてきた大声にビクリとヌイが体を震わす。


「おーい! ヌイっ!!! やっと見つけた!! アンタ、今までどこ行ってたのよっ!! 」


「お、おにいしゃん…」


「どうした、知り合いか…? 」


 念のため。


 不安そうな声で繋いでいた俺の手を引っ張ってきたヌイを、後方に隠しながらそう問いかける。


「たしゅけてくだちゃい」


(こんなに震えて…もしかして、ヌイは誰かに追われて森まで逃げていたのか…? クソ、街の近くまで連れてきてしまったのは迂闊だったか…! )


「安心しろ、誰が来ても必ず俺が護ってやるッ」


「ねーねが来ましゅ」


「……へ? 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る