第8話
顔を隠せるようなら隠しておいた方が良いとロゼに言われ、理由を尋ねる間もなく歩き始めてしまったので、とりあえず一度外した兜を再び装着しパンダムの街中へと足を踏み入れる。
パンダムがヒトミンと獣人族の街という設定はゲームと同じなのか、街行く人々の殆どは何かしらのケモ耳が生えた獣人族か、地球で暮らす人間と見分けがつかないヒトミンで構成されていた。
(だが、なぜだ…? )
行き交う人々の中に男性の姿が見当たらず、思わず。
「やけに女性が多いな」
と零した瞬間、人波に騒めきが広がっていき俺たちへと向けられる視線の数が一気に増えた気がした。
「しっ! 静かに」
「っ…。 すまない」
ロゼに小声で注意され、足早にその場を後にする。
「この辺りは、ただでさえ”鼻が利く子”が多いんだから…注目されるような行動は控えて」
「……」
何故一言喋っただけであそこまで注目されてしまったのかは分からないが、ここは大人しくロゼの指示に従っておいたほうが良さそうなので無言で頷いておく。
とはいえ、ただ黙って歩いているのも暇なので…不審に思われない程度に周囲の様子を探ってみれば。
やはりパンダムという土地がゲーム内ではスタートエリアという扱いだったためか、EGOで見慣れた低ランクのコモン装備を身に着けている駆け出し冒険者と思しき者の姿が数多くみられた。
(あたりまえだが、頭上に名前が表示されていたりはしないな…)
ゲーム内では一目でNPCとプレイヤーを見分けることが出来たが、この世界では俺のような元プレイヤーと元々この世界にいた住民を簡単に見分けることは出来なさそうだ。
また、行き交う冒険者の中にはルーキーだけでなく高ランク装備を全身に纏ったベテランと思しき者もおり。
さらには、攻略サイトを日常的に閲覧していた俺ですら見た事も無いような武具を身に着けている者もいた。
未知の装備に関してはそのレア度も、強いのか弱いのかも分からず、ゲームの知識が通用しない物事への無力さをここにきてハッキリと思い知らされた形だ。
(場所が場所だけに新米らしき冒険者の数が多いが…。 謎の装備が存在していることや既存のマップに詳細不明の場所があることを踏まえて考えると……パンダムがゲームの開始地点だったからといってその周辺がレベルの低いエリアになっているという甘い考えは早々に捨てておくべきだな…)
EGOと同じ感覚で物事を考え、ここが序盤の街だからとカンストしたレベルに胡坐をかいて安心しているようではすぐに痛い目を見るかもしれない。
(それに、ロゼが口にした書の民という言葉)
”書”というのがゲームブックの事を指しているなら、今回俺たちプレイヤーが巻き込まれた事態は想像以上に複雑なものになりそうだ。
「さ、着いたわ。 ここが私たちの家よ」
俺がいろいろと考え込んでいるうちに、どうやら目的地に到着していたらしい。
ロゼたちが暮らす家は真っ白な壁に赤い三角屋根が良く映える二階建ての一軒家で、正面門から裏手へ回れば小さな庭もあるらしい。
「どーじょ、お入りくらしゃいでしゅ」
「おお、こいつはご丁寧にどうも」
「ふふっ、ヌイったら。 アンタそれ、母さんのマネでしょ? 」
「ひひっ、しょーでしゅ! ママちゃま~! たらいまでしゅ~! 」
「ヌイ!? ロゼと一緒なの…? とにかく無事でよかったわ…。 と、あら? あらあら?? そちらの方は? 」
「お母さん、気持ちは分かるけど一旦落ち着いて」
「ロゼちゃん、貴女まさか…彼―― 」
「違うからっ。 とにかく、あんまり玄関で騒いでると…ご近所さんに気付かれちゃうでしょう? ほら…」
「あっ…そ、そうよね。 とりあえず…どうぞ、中へお入りになって? 」
「ああ…それじゃあ、お邪魔します」
◇◆◇
「ロゼたちの母のメイと申します、娘が大変お世話になったみたいで……その、ゆっくりしていって下さいね」
「ありがとう。 俺はジーク、ドラミンの冒険者だ。 突然押しかけてしまって済まない」
軽い自己紹介を挟み。
ふと、家の中でまで全身鎧を着こんでいるのもいかがなものかという思いに駆られた。
「来て早々…申し訳ないのだが。 どこか、着替えを行えるような場所はあるだろうか? 家の中でまでこの格好というのも、おかしなものだろうし」
「あっ、それなら――」
「私が案内します、どうぞこちらへ」
「ちょっと、母さん! 」
「ロゼはヌイちゃんと一緒に、お客様に何かお飲み物を準備しておいて? ヌイちゃんはいい子だからお手伝い出来るわよね~? 」
「あいっ! できるでしゅ! ヌイちゃんいい子でしゅよ~! 」
「はぁ~もう…。 ほら、ヌイ。 お姉ちゃんと台所に行くわよっ」
メイさんに案内され、洗面所に通されたので礼をいい着替えのために中へと入れば。
「では私は外で着替えが終わるのを待っていますね」
と、部屋の外で待たれてしまった。
ゲームブックの転送機能を使えば一瞬で着替え終わるとはいえ、着替えの間中ずっと扉一枚挟んだ部屋の外で待たれているというのは…少し気になりもするが。
状況的には見知らぬ男が家の中にいるのとそう変わりが無いので、二人娘をもつ母親のメイさんが俺を警戒するのあたりまえの事だろう、ここはあまり外の事は気にせずさっさと着替えてしまう他ない。
「お待たせしました」
「えっ、も、もう着替え終わったんですか…? 」
「はい。 着替え終わったので、扉を開けますね」
「あっ…は、はいっ」
扉越しに聞こえたメイさんの声が何故か少し上擦っていることを気にしつつも、廊下に通じるドアを押し開けた。
「あっ、あああ…あのっ、その…! 」
「メイさん……? 俺の格好…何処か、変でしょうか? 」
「いえ、そ、そんなっ! き、綺麗ですよ…と、とても」
(綺麗…? そう…だろうか? だがまあ、不評ではないようなのでそれはよかった)
俺はEGOでハウジングの要素もかなりやり込んでいたので、自身で設計し建てた家の内装に合わせて部屋着風の防具もいくつかコレクションしていたのだ。
今回は、その中の一着である部屋着風防具一・シャツ&スキニー(黒&白)をチョイスした。
俺が防具セットに付けたセンスの欠片もない名称は一旦置いておくとして、この防具は主にマイハウス内でのアイテム作成時に使用していたので、調合やクラフトに適したスキルを多く積んでいる。
とはいえ最低限の防御力と戦闘系スキルの枠も確保しており、装備品質も百レベル…カンスト基準のもだ。
俺は防具セットに分かりやすさを重視した名前を付けているので、今回選んだ防具セットは名称そのままに、シンプルな黒いシャツに白のスキニーパンツを合わせたデザインになっている。
自分なりに頑張ってイケメンにキャラメイクしたジークに着させているとはいえ、服装自体は無難中の無難、まさかメイさんから綺麗という感想が出るとは思わなかったが、もしかするとこういったスタイルの服装がこの世界では珍しい故の感想なのかもしれない。
「母さん、なに変な声出してるのよ……って」
「ふぁぁ! おにいしゃん、お着替えちたでしゅか! 」
フッションに興味があるのだろうか?
俺とメイさんの様子を窺いに来るなり、食い入るような視線で俺の全身をガン見し始めたロゼと。
「美男でしゅ! おにいしゃん! とちぇも綺麗でしゅ! 」
と親子揃って同じような感想を口にするヌイ。
三人が集まったことで廊下への進路が塞がれてしまい、洗面所の中で俺が立ち往生していると。
遠くから、お湯が沸騰し中身が噴いてるような音が聞こえてきた。
「あっ、マズっ。 火、つけっぱなしだった! 」
「あわわぁ~! 大変でしゅっ」
「あらあらもう、この子たちったら」
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