エピローグ

荒川が流れている。

千の桜並木がざわめく。

無数のはなびらが帯をなし、道へ川へとふきあがる。


川べりで男たちが話している。

「あのばあさん、新顔だな」

「オレオレでやられたらしい」

「あの歳で、路上生活はじめるのは、きついわな」


きいっ、きいっ、きいっ、きいっ、とさびた自転車の音が響く。

テカテカの制服を着た女の子が一人、桜吹雪の中、猛然と立ち漕ぎしていく。


「信二」

老婆は思い出す。桜の降る日、初めて買ってやった自転車に表情を輝かせた幼い信二の顔を。ばあちゃん、ばあちゃん、と、自分にだけはなついていた、丸顔のかわいい信二を。信二、どこさ行った。一目、信二の顔を見て、大好きなだし巻き卵を作ってやって、死にたかった。

ぽつり。

目から落ちた滴が、やわらかい土に吸い込まれていった。


地上に、地下に。

川は今日もよどみなく流れている。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

むつかしきもの 和泉眞弓 @izumimayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ