惻隠

トゥルル、トゥルル、トゥルル、

「はい、もしもしぃ」

「ばあちゃんか? 信二だけど」

「信二、信二かえ。ああ、神様はいるんだねえ、おばあちゃん、信二がいなくなったって聞いて胸のつぶれる思いで神社にお詣りして、毎朝仏さんにも」

「……カワレ! オイ、信二ノ親族カ。オマエノ信二、トンデモナイコトシタ。イマカラ信二ヲブチ殺ス。アンタノ家モ知ッテル、火ツケテ燃ヤス……ちょっとちょっと、それはまずいですよ、お気持ちはわかりますけどね、あ、どうもすみません、東荒川法律事務所で弁護士をしております、花田と申します、突然のお電話ですみません。落ち着いて聞いていただきたいのですが、あなたのお孫さんの信二さんがですね、お付き合いしていた女性が、そのう、言いにくいんですけどね、旦那さんがいましてね、旦那さんがね、外国人の少々気の荒い方でしてね、いわゆる外国のヤクザ……ヤクザヤナイ、自営業ト言エ!……ああ、興奮しないでください、話が聞こえなくなるから。それでね、信二さんが、どう落とし前つけてくれるんだ、って先方からね、迫られてましてね、先程の様子でおわかりと思いますが、信二さんの腕一本じゃ済まない勢いなんですね。ただ、信二さん、一般人ですからね。ここは穏便に示談でどうか、と提案させていただきました。先方も、先程のようにお怒りではあるのですが、最後はなんとか飲んでくださいまして。相応の慰謝料を払ったならば、今回のことは不問にしようと。ところが信二さん、お金がなくて払えないと言うじゃないですか。聞くところによると、ご両親やご兄弟とは縁を切られているということで、お祖母様であるあなたしか頼れる人がいない、ということでご連絡が行った、という訳なんです。信二さん、今動転されてて、お話できる状態にないんですね。それで、ご事情を説明するために、信二さんから依頼を受けましたわたくしが」

「いくらかえ! いくら払ったら、信二ば助けてくれるんかえ」

「そうですねえ……言いにくいのですが、先方から提示されているのは、日本円で500万円」

「そんなに、かかるもんかえ」

「わたくしの弁護士の経験から申し上げますと、その筋の方の場合は、通常の相場といいますか、その範囲ですね」

「そうかえ……預金をかき集めて、保険も全部解約したら、なんとか……いや、信二がわしを頼ってくれたんなら、なんとかするえ」

「お祖母様、横で信二さんが、泣いてます。(すまねえ! ばぁちゃあん! ばぁちゃあん! )信二さんの会社に知れたらね、信二さんの信用にかかわることということで、信二さんも表沙汰にはしたくないらしいんですね。振り込みですと、履歴が残ってしまいますからね、わたくしの事務所の者に、ご自宅近くまで、直接取りにいかせます。保険の解約等あると思いますから、少しお時間を置いて、夕方4時でよろしいですか? こういう色事はね、民事なんで。警察だとね、管轄外だから、ではねられるんですよ。取りに行かせる事務所の者は、田村と申します。はい。よろしくどうぞ」

ピッ。


いける。

一つの携帯電話の前に集う三人の男は、ハイタッチした。


「500万は張りすぎかなーと思ったんだけどさ、意外にいけたわ」

「今のジジババはそんぐらいは貯めてるよ。まったくジジババの奴ら、もうすぐ死ぬのに使わないで千万単位の金溜め込んでる。どうせ死蔵の金だ。貧乏人から搾り取るより百倍は善行だ」

「富の再分配、てやつっスか?」

「お前、頭いいな。泣きのアレンジもよかったぞ。よし、今度は弁護士役やってもらうか」

「マジスか。ボロでそうで怖いっス」

「大丈夫だ。今回手に入れた名簿は高いだけあって、家族情報が半端なく充実してる。家族の名前を複数ちらつかせて、間髪いれずに喋り倒せば、わけないさ」

「マジ名簿詳しすぎてビビりましたよ。ちなみにこの信二って奴、今も生きてるんすかね?」

「さあな」

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