お茶会 2
「え?」
一瞬、私は耳を疑った。
決して若くないバーナードが少年のような目で見ている。
「レイラさまにお渡ししたもの?」
再度確認してみた。
「ああ。義姉から話を聞いて、ぜひと思ったのだ」
バーナードは拳を握り締める。
ちょっと待って。自白剤を誰に使うというのだろう? 仕事で必要ならば、わざわざここで言うことではないし、そもそも顔を赤らめる必要も全くない。
「あの……ひとつ伺いたいのですが、それをどうなさるおつもりで?」
「どうって……その……」
勇猛果敢な将軍とは思えない歯切れの悪さだ。
こんな姿は今まで見たことがない。
「失礼ですが、レイラさまからはどのようなものだとお聞きになられましたか?」
「想いが……通じる薬だったと」
バーナードはさらに顔を赤くした。
なるほど。納得だ。レイラさまには自白剤だと説明はしていないから、そんなふうに思っていても不思議ではない。
つまりは、バーナードには好きなひとがいるのだろう。薬に頼りたいとまで思うほどに。
そういえば、彼はまだ未婚だ。モテないというよりは、軍務が忙しいせいだろう。そもそもついこの前まで、国境線の砦に赴任していたはずだ。
ようやく帝都勤務に戻ったから、家庭を持つ気になったのかもしれない。
「私がレイラさまにお渡ししたのは、『自白剤』です。素直になれないというレイラさまにはそれが一番でした。もともとお二人は、両想いだったわけで、私の薬はただのきっかけでしかありません」
レイラにとっては大切なきっかけを作ったのかもしれないけれど、遅かれ早かれ、薬などなくても二人は結婚したように思う。なんといっても、見ているだけで、砂糖を吐きたくなるほどにいつまでも甘いカップルなのだから。
「自白剤?」
「はい。ですからバーナードさまが、お相手の前でどうしても素直になれなくて困っているというのであれば、十分お役に立てるとは思いますけれど」
バーナードは明らかにがっかりしたようだ。
ひょっとしたら、惚れ薬と勘違いしたのかもしれない。
「そうか。そういうことだったのか」
バーナードは大きく息をついた。
「つまり、相手の想いが自分に向くという薬ではないのだな」
「……残念ながら」
私は首を振った。
そもそもそんな薬が作れるのであれば、私だって、男を手玉に取って、楽しんでいても不思議はないのだ。もっとも、作れたとしても、やっぱり枯れた独り身を好んでいる可能性もあるけど。
「誰かの気持ちを変えるというのは、難しいことです。惚れ薬と呼ばれるものも確かにございますが、実際は媚薬にすぎなかったりします」
「そうか……」
バーナードの表情は苦い。
媚薬は本能をかきたてる効果はあるけれど、相手の感情を変えることは出来ない。
無論、本能に感情がひきづられることは皆無ではないから、『惚れ薬』と呼ぶことは間違いとも言えないのだけれど。
「恐れながら、バーナードさまなら、そのような薬に頼らずとも、正攻法で攻めればいいのではないかと思いますが」
「正攻法?」
「プレゼントをしたり、デートに誘ったりなさればいいのではないかと」
私の提案を聞いて、バーナードはじっと私を見ている。初恋の人にそっくりな真剣なその瞳に胸がドキリと音を立てた。
私は慌てて視線を外す。
ここでときめくのは、完全に無駄なことだ。
「……私が言っても説得力はないですかね」
恋愛らしいものと言えば、片思いの初恋だけ。
男所帯の軍にいたにもかかわらず、恋愛のレの字もなかった私に、アドバイスをされたくはないだろう。
「いや、すごく参考になる」
バーナードが力強く頷いた。
「私は軍務一筋だったから、その、そういうことに疎くてな」
「バーナードさまなら、いくらでも女性は寄ってくるでしょうに」
なんと言ってもこの国の軍を率いる将軍である。年齢は四十一歳だから、さすがに若い子は難しいかもだけれど、まだまだその気になればいくらでも縁談だってありそうだ。
「お相手はどのような方ですか?」
「え?」
突然の質問にバーナードは困ったような顔になる。また少しだけ顔が赤くなった。
「いえ、別にお名前を伺おうと思ったわけではなくて。お若い方ですか?」
「いや……私とそれほど変わらない」
バーナードは答える。それにしても、はっきりしない。らしくないと思う。有能な指揮官としての姿を知るだけに、どうにも納得できない。
「まさか、既婚者とか?」
「違う! 恋人がいるかどうかは知らないが」
なぜか、私を睨むように見つめる。
いや、私を見つめても、あなたの想い人の恋愛関係はわからないと思うけれど。
とりあえず、道に外れた恋ではないらしい。
「将軍ともあろうお方が、なぜそんなに臆病なのです?」
バーナードは軍にいる女性にも人気があるのも知っている。バーナードの下にいた頃、随分と他の隊の女性に羨ましがられた。
誰よりも優れた上司であるし、強くて二枚目だ。初恋のひとの弟ということもあって、私はそういう目で見ないようにしていたけれど、心ときめく女性たちは多かったように思う。
「それは相手が私をなんとも思っていないのがわかるからな」
バーナードは苦笑した。
「そうなのですか?」
ちょっと不思議な気がする。
バーナードと同じくらいの年で独り身の女性という前提自体、かなり特殊だ。しかもバーナードに見向きもしないという。はっきり言って、かなりの変人なのではないだろうか。
「とりあえず、プレゼントを贈ってみるとか?」
バーナードは私の顔を見て頷いた。
「そうだ、デートリット。一緒に選んでくれないか?」
「はい?」
なぜ私がバーナードの想い人へのプレゼントを選ばなければいけないのか。
「頼む! 礼はする。女性に何を贈ったらいいのかなんて、全く分からないのだ」
バーナードが私に向かって手を合わせる。
「あの、それこそレイラさまにご相談なさってはどうでしょうか?」
そもそもお財布の事情からして、バーナードは私と世界の違うひとだ。バーナードの想い人さんもきっとそちら側の世界に住んでいるに違いない。
「お待たせしたわ。お茶をどうぞ」
レイラがメイドたちと一緒にティーセットを運んできた。
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