買い物 3
店員が用意してくれた品は、私が普段買うものよりは高いけれど、手が出ないというほどのものではなかった。
この店、意外とリーズナブル(と言えるか微妙だけど)なものも置いてあるらしい。
多分、今、私がしている髪飾りを目利きして、払えそうな金額のものを出してくれたのだろうと思う。さすが、プロ。客の懐をきちんと見ている。
その中で目を引いたのは、琥珀の玉を使った髪飾りだった。シンプルで、品がよく、仕事に行くのにも良さそうだ。
「お手に取ってみてください」
店員に言われて、私はそれを手に取った。髪の毛の色と、そっと合わせてみる。
「ああ、良くお似合いです」
サービストークかなと思いつつも、自分でも似合っていると思った。
「では、これ、いただきたいです」
私は、自分のお財布を出そうとした。
「よく似あうな」
先ほどのお買い物は済んだのだろうか。
いつの間にか、バーナードが隣に立っていた。
「先ほどのと一緒でかまわない」
バーナードが横から支払おうとする私の手を制した。
「あの、バーナードさま」
「承知いたしました」
店員はバーナードに深々と礼を返す。私の方を見てくれない。当たり前と言えば当たり前だけれど。
「でも、バーナードさま」
「今日の礼だ。ぜひ、今、ここでつけてみてくれ」
「ですが」
言いかけて。ふと気が付く。
今の私は、天下のバーナード・ルイズナー将軍の『連れ』だ。私が個人で買い物をすると、中には将軍はケチだったとか言うやつもいるかもしれない。
あとで何らかの礼はかえすとして、ここは素直に頂く方がいいようにも思えた。
「……ありがとうございます」
少なくとも先ほどのヒスイの髪飾りと違って、私が買える程度の値段だ。何かお返しをするにしても、誠意をもって出来る価格ではある。
「それでは、ブラシをお持ちしますね」
店員がいそいそと奥に行って、ブラシを持ってきてくれた。
人前で髪をおろすのはちょっと恥ずかしいが、つけてくれと言われたのだから、仕方がない。
私はつけていた髪かざりをはずした
バサリと、髪が肩に落ちる。私の髪は、おろすと鎖骨のへんまであって、ちょっと鬱陶しいのだ。
「思ったより、長いな」
バーナードが呟く。
「上にあげちゃうと、わからないですよね」
私は言いながら再び髪をかき上げて、琥珀の髪飾りで止める。
落ち着いたデザインなので、非常にしっくりくる感じだ。
「とても素敵です」
店員が私を褒めてくれる。どこまで本音かはわからないけれど、自分でもいいな、と思った。
「よく似あってる」
「ありがとうございます」
バーナードに褒められて、思わず顔が熱くなる。
ちょっと褒められてのぼせ上るなんて、小娘じゃあるまいし、と思う。
「では、こちらはお持ち帰りで。先ほどの品は、お屋敷の方へお持ちするで、よろしかったでしょうか?」
「ああ。よろしく頼む」
店員の質問にバーナードが答える。
ああ、そうだ。
私のこの髪飾りは、いわば日当みたいなもの。
そう思ったら、急に心が冷えた。
もちろん。バーナードがほめてくれた言葉は、嘘ではないだろうけれど。それこそ、誰にでも言える誉め言葉の部類。
舞い上がってはいけない類のものだ。
「デートリット」
バーナードが私の顔を覗き込む。
「どうかしたのか?」
「なんでもありません」
私は首を振る。
「こんな素敵なものをいただいたら、私も何かお返ししないといけないなと、つい思ったもので」
それも本当のことではあるけれど、実際に考えていたのは別のことだ。
「デートリットは真面目だなあ」
バーナードは私を見て笑う。
「じゃあ、お返しの代わりに、もう少し付き合ってくれないか」
「……はい」
本音を言えば。
もう、家に帰りたかった。
これ以上バーナードといると、ふたをしていた何かが開いてしまう。
開いても、その望みが叶うことはなくて、つらいだけの何か。
「またのお越しをおまちしております」
店員たちが並んで、出口で頭を下げる。そんな状況に私は全然慣れていなから。
「おじゃましました」
思わずそう返してしまった。
店員たちは何も言わなかったけれど。
ひょっとしたら。バーナードに恥をかかせてしまったかもしれない。
そう思うと、いっそう心が重かった。
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