買い物 2
店を出た私たちは、再び街を歩き始めた。
夕刻が近づき、人通りが多くなりつつある。
家路を急ぐもの、夕餉の買い物をするもの、さまざまだ。
「どういたしましょうか?」
日が暮れぬうちに、バーナードは屋敷に戻った方がいいのではないかとも思う。
安全面もだし、バーナードは愛しいひとに求愛中、もしくは求愛しようとしているのだ。
私と二人で遅くまで歩き回るのは、さけたほうがいいような気もする。
「そうだな、もう少し付き合ってくれるか?」
「私は構いませんけれども」
もちろん、まだ、カフェに入っただけで、何のプレゼントも選んでいない。
お店は気に入ったみたいだけれど、今日、買うつもりはなかったみたいだし。
「じゃあ、こっちだ」
突然、バーナードは、私の手を取って歩き出した。
「バーナードさま?」
私は驚く。
道は確かに人通りは多いんだけど、私的には手を握らなければ、見失ってしまうというほどではない。
なぜ、手を引かれているのか理由が全く分からない。
よほどの方向音痴と思われているのか、それともバーナードは、街を歩きなれていないから、これでもはぐれてしまうと思っているのかもしれない。
とはいえ、ふりほどくのも失礼だし、何よりも嫌ではなかった。
むしろ女性として扱われているような気がして、勘違いで顔が熱くなるという意味でやめて欲しい。男性に手を握られて、ドキドキって歳でもないけれど、私は免疫がない。
バーナード的には、なんてことのない行為なのかもしれないけれど。
「ここだ」
バーナードに案内されたのは、帝都でも有名な宝石商。
ちなみに、私は、店内に入ったことはない。
「入ろう」
「はい」
促されて、扉を開いて中に入った。
バーナードの手が離れてほっとすると同時に、少し寂しさが胸に広がる。
かなり高い天井。天井に近い壁は珍しいガラス窓になっている。店内は魔道灯が灯っていて、とても明るかった。
カウンターがあって、客の求めに応じて品を出してくるタイプの店だ。
さすがにお高い店であるから、店員の服装も貴族の礼服と変わらない。
お茶会の帰りで良かった。いつもの服装だったら、とても中に入れそうもない。
「これはルイズナー閣下」
バーナードの顔を見ると、店員がにこやかに出迎えた。さすがに顔パスらしい。やっぱり住む世界が違う。無論、私も最近の給金なら、ここの商品が、買えない訳ではないけれど、顔を覚えてもらえるほどは来れそうもない。
「髪飾りを見せてもらえないか?」
「はい、ただいま」
カウンターの奥のソファに案内されて、バーナードと並んで座る。
何の気なしに座ったけど、小さめの二人掛けなので、体格の大きいバーナードとだとちょっと狭い。
「お相手の方の髪の色は何色なのですか?」
私はこっそりとバーナードに尋ねた。
「こげ茶だな」
バーナードはなぜか私の髪を見ながら答えた。
「長さは?」
「うーん。多分長いと思う。おろしたところをあまり見たことがない」
「そうなんですね」
社交の場の婦人はたいてい髪を結い上げているし、私も仕事の邪魔になるから普段は髪を結っている。軍の女性は、結うか、短いかの二拓で、ロングヘアでおろしたままの者はまずいない。
私の年と同じくらいの女性で独身というなら、当然仕事持ちで不思議はないし、ひょっとしたら軍の人間なのかもしれない。
「お待たせいたしました」
店員が大きな盆を持ってきた。
赤い柔らかい布の上に、きらびやかな髪飾りがならんでいる。
金や銀、宝玉をふんだんに使った、贅沢なもので、しかも意匠も凝っていた。
私の給金一年分が軽く飛ぶのではないかとちょっと思う。
「どうでしょう。こちらのものは、お連れさまにお似合いではないかと」
店員が差し出したのは、金の縁取りで、大きなダイヤをあしらったものだった。
「えっと、私では」
「どう思う? デートリット」
私のものではないと否定しようと思ったのに、バーナードに質問された。
「そうですね。素晴らしい細工ですし、たいていの方はお喜びになるかと」
もっとも。突然これを差し出されたら、速攻でノーかイエスって状態になる気がする。
「ただ、お値段が高価なので、受け取りにくいこともあるのではないかと」
「そうかもしれないな」
バーナードは顎に手をあてて考え込んだ。
世の中の女性には、貰える物なら、何でも貰ってしまえというタイプもいないわけではないけれど、バーナードのお相手は、きっとそういうタイプではなさそうだ。
「ご婚約が決まってからなら、話は別ですけれど」
私ならそれでももったいなくて頂けないけれど、それは私が貧乏人上がりだからであって。
将軍閣下であるバーナードが、自分の婦人に贈るのであれば、ふさわしい気もする。
「すまないが、もう少し落ち着いた感じのものを持ってきてくれないか?」
「わかりました」
店員は頷いて、また別の髪飾りをいくつか選んで持ってきた。
先ほどの豪奢な感じとは違って、落ち着いた感じだ。
その中の一つに、私は思わず目を引かれた。
それは、ヒスイの細工ものだった。美しい色の石に花が彫ってある。
丁寧な細工だ。実に美しい。
「へえ。ヒスイか」
バーナードが私の視線に気づいたらしい。
「見事な細工だな」
「ええ」
私は頷く。
「ご婦人の目の色と同じで、よくお似合いだと思います」
店員がにこやかに口をはさむ。
「えっと」
「うん。これにしよう」
「こちら、ネックレスとペアになっておりまして……」
「うん。そちらもみよう」
店員の誤解を解こうとする私を無視して、バーナードは話をすすめる。
誤解を受けたままでいいのだろうか。
もっとも、この手の高級店の店員は、次にバーナードが別の女性を連れてきたところで、眉一つ動かしはしないだろう。それが、プロというものだ。
バーナードとしては、下手に説明すると、変な噂になるかもという危惧があるのかもしれない。
「あの、私、バーナードさまが商談をなさるあいだ、もっとカジュアルにつけられる髪飾りをみせていただいてもいいですか?」
「はい。ではあちらのカウンターの方にお出しいたしますね」
「デートリット?」
不思議そうにバーナードが私の名を呼ぶ。
「せっかくなので、仕事でつけられるものを自分で買いますね」
私は笑んで、カウンターへと足を向ける。
バーナードが、意中の誰かへの贈り物を楽しそうに選ぶ姿をなぜか見たくなかった。
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