想い
自分の気持ちに気づいたからと言って、どうしたらいいのか、私にはわからなかった。
もし。
ヒスイの髪飾りの女性が私の前に現れたとしたら、私はどうするのだろう。
初恋をあっさり諦めた時のように、私はこの恋を捨てられるのかわからない。
四十歳、平民女。魔術の他に取り柄なし。
バーナードは優しい。いくら身分違いで、分不相応な思いにも笑ったりはしないだろう。
首席魔術師になった今なら、隣に立っても少しは許される立場になったのかもしれないけれど。それでも、彼ならもっと素敵な女性がいくらでも選べるはずだ。
想いを想い出に変えなければいけなくなった時、私は、今までのように今の生活を幸せと思えるだろうか。
全く自信が無い。
医務室といっても、医者が常駐しているわけではないので、ほぼほったらかしだ。
重症だったら話は変わるだろうけれど、せいぜい
あちこち痛むとはいえ、しだいに、いろんなことが気になりだして、そわそわし始めた。
魔術警備担当の責任者の私が、負傷して離脱してしまったのは、あまりにも無責任にも思えたし、バーナードに運ばれるのをかなりのひとに見られてしまった。
昔。
酔って寝てしまった私を送ったバーナードとが噂になった時、露骨ではないにしろ距離を置かれたような気がしていた。
それから一年後、私はバーナードの隊から、研究室に移動。
噂ではバーナードの推薦だったらしい。私の適性を考えてだったのか、そばに置きたくなくなったのか。どちらにせよ、物理的にも精神的にも、私とバーナードは遠くなった。
また、あの時のように口さがない噂が立ってしまったら、もっと彼は私から離れてしまうのだろうか。
せめて仕事場に一度戻りたいとも思うが、バーナードの軍服を着ている今の状態で、仕事場に戻ることは無理だ。
バーナードが戻ってきたのは、かなりの時間がたってからだった。
リドメードを兵に引き渡した後、招待客に不審者が他にいないか早急にチェックをしたらしい。
私以外の被害者はいないことと、魔力結界もしっかり張られていることから、慰労会は、取り調べ後、再開したらしいけれど、バーナードは退出してきたとのことだ。
「本当によかったのですか?」
「別に。それより、デートリットを医者に見せないといけない」
「大丈夫です、よ?」
「ダメだ。デートリットは医者ではない」
確かに私は医者ではないけれど。
「後遺症が残ったりしたらいけない。最初は見てもらった方がいい」
「そうでしょうか」
医者に見せても打ち身数か所の湿布をもらうだけのような気もする。
とはいえ。私ももう若くない。一つの怪我でも、治るのに時間がかかる。
素直に医者に診てもらって、薬を処方してもらうのは大事なことかもしれない。
「既に私の屋敷に医者を呼ぶように連絡した。デートリットの家にもそのように伝えたから、一度私の屋敷に来るといい」
「そこまでしていただかなくても」
「行くぞ」
バーナードは私の返事を待たずに、私を再び抱き上げた。
「バーナードさま」
「今日は、私の好きなようにする」
恋心を自覚してしまった今、バーナードの優しさを拒むことは難しい。
私は彼の胸に抱かれて、つかの間の幸せを感じていた。
バーナードの屋敷の馬車は四頭立ての四人乗り。
四人乗りなので、向かい合わせに座れば広く座れる気もするけれど、私とバーナードは二人並んで座席に座る。
正直に言えば、狭い。
身体はしっかり触れ合っていて、体温をしっかり感じる。
このまま時が止まればいい。そんなふうにも思う。
宮殿を出ると、馬車はバーナードの屋敷へと向かう。バーナードの屋敷は、公爵家の屋敷の隣だ。
馬車は暗い夜道をカタカタと音を立てて走る。あまりスピードを出していないのは、私の体調に気を使ってくれているのだろう。
「リドメードは、偽名で招待客として入ったようだ」
ぽつりと、バーナードが口を開いた。
「会場に引き入れたのはブルーム・オーズロワ。奴の父親だ」
「縁を切ったと聞いておりましたが」
家とも縁を切って、リドメードの行方は不明だと聞いていた。
「オーズロワ侯爵とはな。もともと兄弟仲が悪かったらしいし、真面目で裏表のないひとだから、そこに偽りはないだろう。実際、父親がリドメードを引き入れたことを知って、一番ショックを受けていた」
「そうかもしれませんね」
バーナードの話を聞きながら、私は頷く。タロス・オーズロワの実直な人柄を思うと、縁を切ったのは本当なのだろうと思う。
「ま、オーズロワ侯爵家について、何か処分があるとしたら、陛下がなさるだろう」
「はい」
襲われたのは警備担当の私だけだし、タロス・オーズロワ本人に不手際があったわけではないけれど、陛下の出席する会での不祥事には違いない。
「ブルームさまはなぜ、リドメードを?」
軍を追放された息子をなぜ、軍の慰労会に呼んだのか。そうとわかれば、後ろ指をさされることの方が多いだろうに。
「実際、縁は切ろうとはしていたらしいんだが、息子なだけに、多少の援助はしていたらしい」
バーナードは大きくため息をついた。
「リドメードが会って話すことは出来なくても、私の栄誉を私の見えるところでひっそりと称えたいと、ブルームに頼み込んだそうだ」
バーナードは首を振った。
「ブルームは、息子の改心を喜んだ。実際、ここ一年、真面目に働いていたらしい。親だからな。息子を信じたい気持ちが強かったのだろうとは思う。すっかり丸め込まれた」
「そう……ですか」
「リドメードが人ごみを避けて庭に出て行ったのも、知人に見られたくないからだと思ったらしい」
「それは、かなりショックでいらっしゃるでしょうね」
ブルーム・オーズロワはかなり高齢だ。
タロス・オーズロワが取り仕切った慰労会に泥を塗ることにもなって、その心痛はいかばかりかとも思う。
とはいえ。リドメードのやったことを無かったことにできるかといえば、私の心はそれほど広くない。
「親をだましてまで、なぜ……」
「リドメードの取り調べは、明日以降だから、ハッキリしたことはわからない。ただ、気の迷いで結界石を壊そうとは思わないはずだ。奴は、最初からデートリットを狙っていた」
「そう……でしょうか」
「やつは、気の迷い、出来心と言い訳するかもしれないがな。今回の件は、完全に俺への復讐だ」
バーナードはリドメードを告発し、軍から追放した。
自業自得とはいえ、素直に自分の間違いに気付けるような人間なら、そもそも軍を追い出されるようなことはしないだろう。
バーナードを恨むのは、完全に逆恨みだ。
「でも、なぜ、私なのです?」
もちろん私は十年バーナードの部下だった。でも、私以外にも、女の部下はいる。
体術面では一般兵に劣るので、そういう面での狙いやすさというのはあったかもしれないけれど。
「理由はある。第一に、私が奴を告発したきっかけは、奴がお前に目を付けたからだ」
バーナードは大きく息を吸って、語り始めた。
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