隠されていた真実
「デートリットが珍しく酒を飲んで、私が送っていったことがあっただろう」
「はい」
もちろんそのことは覚えている。でも、それとこれと、どう関係があるのかわからないけれど。
「あの日は、軍の祝賀会で、他の隊と合同の祝宴だった。俺の隊と奴の隊はテーブルも近かった。他の隊との交流が目的の会だったからな。お前もリドメードから酒をすすめられてた」
「そうかもしれませんが、あまり覚えていないです」
私は首をかしげる。
あの日のことは、ほぼ何も覚えていない。あとから同僚などから、漏れ聞いたことで推測するしかないほど、お酒をどれほど飲んだかもわからないのだ。
「あの日、最初、私は他の隊の隊長と話をしていた。しばらくして隊のテーブルに戻ってくると、リドメードが、お前を抱き上げようとしていた。何をしているのかと聞くと、眠っていたお前を医務室に運ぶと言った」
バーナードの顔が険しくなる。その時のことを思い出しているのかもしれない。
「とっさに、私は自分の部下だから、自分が面倒をみる。余計なことはしなくていいと奴からお前を取り返した」
そんなことがあったなんて、全く知らない。
「その時は、別段、奴を怪しんだわけではなかったのだが」
バーナードは首を振った。
「眠るお前を見ていたら、いつもはほとんど飲まないデートリットが、意識がなくなるほど飲んで眠ってしまうなんておかしいと、ふと思った」
言われてみればそうかもしれない。
でも、自分では、全く記憶にないのだ。
「周囲の他の隊員も、誰もお前の様子を見ていなかったから、どれだけ飲んだのかもわからなかった」
リドメードと何か話していたということしか周囲の者は見ていないかったらしい。それはそうだ。私が何杯飲んだかなんて、誰も気にするわけがない。
「嫌な予感がした。それで、お前の飲んだコップを捜した」
「コップですか?」
「ああ。だが、コップはどこにもなかった」
もし私が酒を飲み干したのであっても、空のコップはそこにあるはずである。周囲の者の話では、私はテーブルから離れた様子はなかったらしい。
「むろん、給仕の者が下げた可能性もゼロではなかったが、結局わからなかった」
バーナードは息をつく。酒の席のことだ。ひとも多かったし、私をずっと見ていた者もいない。
「証拠はない。だが、私はデートリットが誰かに一服盛られたのではないかと、その時思った」
「睡眠薬ですか?」
「たぶんな」
そういうことだったのか、と思う。だからこそ、その時の記憶が全く残っていないのかもしれない。
「最初からリドメードを疑ったわけではなかったのだが、周囲の人間の話をまとめると、薬を使えたのは奴だけだった。それで祝賀会の後、私は、奴の身辺の調査をはじめた。すると、奴にレイプされた女性が何人もいることが分かった。さらに、賭博で作った借金のために、軍の金にまで手を付けていた。すべての証拠をそろえて、告発するのには、だいぶ時間がかかったけどな」
馬車は、石畳をすぎて土の道を走る。街明かりが遠くなっていき、あたりはさらに暗くなってきた。
「どうして、その時、話してくださらなかったのです?」
「デートリットのことに関しては、証拠がなかった」
バーナードの表情は苦い。
「それに、デートリットは正義感が強い。下手なことを言ったら、おとりになって奴の罪を暴くとか言いかねないと思った」
「そんなこと……あるかもしれませんね」
私は頷く。もし知っていたら、なんとしても証拠をつかもうと突っ走ってしまったかもしれない。
今はともかく、あのころはまだ三十代で肉体も若かったから無理もできたし、無茶もした。
「デートリットは強い。強いけれど危険な目に遭ってほしくなかった」
バーナードの優しさが胸に染みてくる。
「それに」
「それに?」
「いや、なんでもない」
バーナードは口ごもる。
「バーナードさま。全部話していただけませんか? 少なくとも今日の私は、その権利があると思います」
あの日の真実をずっと伏せられていたのは、私のためかもしれない。
でも、リドメードとバーナードの間に何があったか、私はきちんと知りたいのだ。
「そうだな」
バーナードは頷く。
「少し昔の話をしようか」
バーナードは私の頭に手を置いて、ゆっくりと髪をなではじめた。
「私も二十代後半から三十代まで、かなりの縁談があった」
「はい」
それは当然だと思う。家柄も良くて、実力もあって、しかも二枚目のバーナードは、社交界でも軍の中でも人気があった。
「私にはずっと心に決めたひとがいた。だが、思われている自信が全くなかったのと、彼女を選んだ時、私の周囲の人間から彼女を守れる自信が無かった」
胸がチクリと痛い。
恋心を自覚してしまった今、バーナードの想い人の話は辛かった。
「全ての縁談を断りながら、ずっと彼女を思っていた。でも、全く彼女には通じていなかった」
バーナードは苦笑する。
「ただ、周囲には私の想いは丸わかりだったようだ。彼女に気のある男も、そのせいで声を掛けることをためらうらしかった」
「そうなんですか……」
随分とバーナードの身近にいた女性のようだけれど、いったい誰なのだろう。
バーナードの部下だったころ、私は随分彼の近くにいたけれど、全く心当たりがない。
「話はもとに戻るが、リドメードは昔から、私を敵視していてな」
「わかる気がします」
同じ貴族の次男で、同時期に士官になっている。しかし、バーナードの方が人望があった。
単純に資質の問題なのだが、バーナードは公爵家。リドメードは侯爵家。貴族としての格はバーナードの方が上だったこともあり、リドメードが不公平感を抱いたとしても不思議はない。
「奴は、たいてい侯爵家の権力でねじ伏せられる女性を狙っていた」
「はい」
なるほど。私は平民出身だから、その条件に当てはまる。
「だが、デートリットの場合は、そうじゃない。奴は、私からお前を奪いたかったのだ」
バーナードはそう言って、私の頬に手をあてた。
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