リドメード・オーズロワ

 地面に押し付けられた衝撃で、頭を打った。一瞬くらりとしたけれど、そんな余裕はない。

 痛みをこらえて、のしかかってくるものを押しのけようとするが、相手の方が力が強かった。

「誰か!」

 声をあげたつもりだが、思ったより声が出ない。

 後ろ足を突き上げて、何とか蹴り上げようとしたのだが、反対に背中を殴られてしまった。

「くぅ」

 あまりの痛みに私は動けなくなる。

 気が付くと、あおむけにされて、のしかかられていた。

「相変わらず、気取った女だ」

 低い男の声。この声が聞き覚えがある。

 薄暗くて、ハッキリ顔はわからないけれど。

 リドメード・オーズロワだった。

 叫ぼうとした私の口に手をおしあてた。

 苦しい。

 なぜこの男がここにいるのか。

「魔術が使えなければ、お前はただの女だ。泣いて、俺に許しを乞うがいい」

 舌なめずりをするように、リドメードは下卑た笑いを浮かべる。

 リドメードは、優秀だった。

 体術に多少自信がある私でも、リドメードには敵わない。もがいてももがいても、振りほどくことが出来ず、自分の体力が奪われていくのを感じる。

「お前、まだ独り身だというじゃないか。俺を待っていたんじゃないのか?」

 何を言っているのか意味がわからない。そもそも私がなぜ、この男に許しを乞わねばならないのか。

「いや、放して!」

 抵抗はしているつもりなのに、全く動けない。

 リドメードはくつくつと笑い、私の軍服のボタンに手をかけた。

 怖い。

 結界を壊したのはこの男だろうか。

 まさか、こんなことをするために?

 私がこの男に何をしたというのだろう。私は、この男と一緒に仕事をしたことはない。

 むろん軍にいたから、数回話をしたくらいのことはあるけれど、内容も忘れてしまうようなことだ。

「やっ」

 リドメードの手が私の素肌を這う。にたりと笑うその顔におぞけが走った。

「誰か!」

 かすれる声で助けを求める。

 魔術さえ使えれば、こんな男、簡単に吹き飛ばせる。体術で負けても、魔術があれば私はこの男に勝てる自信があるのに。悔しくて涙がにじむ。

 結界を張り直しさえしなければよかった。私はなんて間抜けなのだろう。

「バーナードさま!」

 思わずその名が自分の口からこぼれる。何故その名が頭に浮かんだのだろう。

 そして気づく。

 これは意趣返しかもしれない。

 自分を告発したバーナードの祝典で、彼のかつての部下を犯す。

 相手は私でなくても良かったのかもしれないが、私は十年バーナードの下にいた。格好の獲物だったのかもしれない。

 結界を壊せば、役職的に私が対応する可能性が高かったのも事実だ。

 そう。結界だ。私はその時、気が付いた。

 さきほどの魔石を移動させれば、私の魔術は使えるようになるかもしれない。

 木の根元に置いた石はすぐそこだ。

 私は必死で手をのばす。こんな男の好きにさせてたまるモノかと思う。

 指が届きそうで届かない。ほんの少しの距離なのに、それがとても遠かった。

 絶望と焦りと恐怖に襲われる。

 息を荒くしたリドメードの口からだらだらとよだれがこぼれ、私の肌を濡らしていく。吐き気がした。

 いっそ、気を失ってしまったら楽になるのかもしれないとも思う。

「デートリット?」

 バーナードの呼び声が聞こえた。

 幻聴だろうか。

 近い靴音。

「バーナードさまっ」

 現実なのか、それとも幻聴なのか。私はその声に答える。

「デートリット!」

 もう一度、バーナードの声がした。

「何をしている!」

 幻聴ではない。本物のバーナードの声だ。

 今日の主賓であるはずの彼が、なぜ、こんなところに来てくれたのだろう。

「ほほう。ルイズナー将軍のお出ましか」

 くくっと、リドメードは私に馬乗りになったまま、勝ち誇ったように言った。

「お前の女があられもなく喘ぐのをみせたかったぜ」

「貴様、なぜここに」

 バーナードの顔は見えないけれど、声はかなり怒っているようだ。ひょっとしたら、うかつな私にも怒っているのかもしれない。

「この国を守ってくださった将軍閣下に、ぜひ、お礼をしたいと思ってね」

 リドメードは、どこからか小さなナイフを取り出した。

 冷たい刃先が私の喉に触れる。ツンとした痛みのあと、温かなものがにじんだ。

「俺はお前のおかげで何もかも失った。だからお前の一番大事にしているものを奪ってやるのさ」

 リドメードの意識がバーナードに向いたおかげで、少し力が緩んだ。

 魔石になんとか手が届く。

 私はそれを、結界が私から遠ざかる方へと転がした。

「貴様っ!」

 バーナードが怒りの声をあげる。

「ふふっ。その顔をみたかった」

 リドメードは嬉しそうに笑った。

 魔石が転がっていったおかげで、わずかだがマナを感じる。

 大きな魔術は使えない。だけど。

「光よ」

 私はリドメードの目の前に光の玉を出現させた。

「なっ」

 リドメードが叫び声をあげる。

 次の瞬間、リドメードの身体は植え込みへと吹っ飛んでいった。

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