第10話
「俺、思うんだ」
死神は一つ手に取り、しみじみと語る。いつもと同じ空き地で、いつもと違う黒い肌を自慢げに見せながら。死神曰く、ハワイ産の日焼け、とのこと。
「なんでワイハの土産って言うと、マカダミアナッツになるのかねぇ」
虚空を眺めながら、丸々一個そのまんま、口に頬張った。片目を強く閉じながら、奥歯で必死に噛み砕いている。ガリガリと大きな音が聞こえてくる。
「というと?」
「ほはにもひろひろありゅじゃんか」
上に向けた口を覆いながら、喋り出す死神。一応は聞き取れた。言っていたのは、他にも色々あるじゃんか、だと思う。
しかしそれ以前に。「食べてから喋りなさいな」
「ではいからふぐはむいはんだよ」
おそらく、でかいからすぐは無理なんだよ。
「すぐにとは言っていない。ゆっくり食べてから喋ればいい」
次第にバリバリという音に変わっていく。「ひゃべれてるひゃんか」
「まあな」多分、喋れてるじゃんか。
死神はごくりと音を立て、喉と肩を動かしながら飲み込むと、「話題変えられる前に繋ぎ止めたかったんだよ」と口にした。
「はいはい、それで?」軽くさばいて次へ。
「当然他にも沢山あるし、美味しいものだってある。けど、ワイハといえば、マカダミアナッツって、もうイコール関係みたいになってないか」
随分な主観が混じっているな……そんなことはないだろう。少なくとも近年は色々と出てきていると聞く。
しかし、死神の口調は如何にもそうに違いないと言わんばかり。まあ、少しぐらいは乗っかってあげるか。
「まあ、これさえ買っておけば、無難だからじゃないか。ほら、お土産は何がいいかっていうのは、答えのない問いみたいなもので、訊ねない限り、いくら考えても正解は出ない」
「そんな無駄な作業みたいな、悲しいこと言うなよ」
「違うよ。何を選んだとしても間違いでも正解でもないってこと」
「分かるよ。言いたいことは十二分に分かる。けどな、土産というのはね、その土地土地の名物や近くではなかなか買うことができない、そんな希少性が混じっているからこそ、価値が付加されるんだ」
続けて、「昔ならばね」と話す死神。どうやら独壇場となってしまったようで、暫く私が喋るタイミングは無さそうだ。
私はマカダミアナッツを一つ手に取り、いただきます、と心で呟いてから、食べた。丸々一つだと大きいので、半分。
「たとえよくあるパターンのマカダミアナッツでも喜ばれた。知り尽くしてるパッケージで、商品の見た目で、味だったとしても、簡単に買うことができなかったからだ。食べたことあるな〜なんて思っても、どこかその懐かしさを感じることができたわけよ。けど今はさぁ、輸入品とか広めのスペースで扱ってる、ちょいとお高めのスーパーでも売ってるだろ? いとも容易く、お手軽に買えちゃうだろ? 現地でしか見られなかった、っていう、食べることがなかなかできないっていう、希少性が無くなっちまった」
「輸入品扱うスーパーって、そう近くにあるものなのか?」
「ええっと……まあ、ある場合もあるだろう。ほら、都心中心部とか」
「そんな降雪の時の天気予報士みたいな言い方するな」
私はもう半分も口に放る。
「うるせぇ」しかめ面の死神。
私はナッツを頬に寄せる。しっかりと話せるように。「というか、これまでのその言い分だったら、田舎はどうなんだ?」
「ええっと……あっ、通販。通販」
さも最初から思っていましたよ、とばかりに鼻息荒く口にした。けど私には、切羽詰まりながらも偶然にも閃いた、ようにしか見えなかった。
「ほら、地球の裏側でしか売られていなかったようなものでさえ、ボタン一つで買うことができてさ、数日待てば宅配してくれる。読んで字の如く、自宅の玄関まで配達してくれるんだ。もう家を出ることすらしなくなってよくなっちまった。ほれ」
なんの、ほれ、だ。なんの。
「成る程な」一度は理解した素振りを見せる。「しかしだ。そういうことを理解しているのなら、何か別のものを買ってくるべきじゃないか」
「いや、お前が食べたことないようなもの珍しい物を買おうと思っていたよ? 思っていたんだ。けどさ、飛行機に間に合わない可能性あってね、実はこれ買ったの日本に帰ってきてからなんだよねぇ〜」
「おまっ」衝撃のせいで私は言葉に詰まる。
「いやぁ、今は空港でなんでも買えちゃうよ。それこそまるで輸入品を扱うスーパー。いや、まさにアマゾ……」
「ありきたりどころか、ハワイで買ってすらいないじゃないか!」
怒りではない。驚きにより、声が荒くなっただけだ。
「仕方ないだろ。寝坊したせいで飛行機の時間がギリギリだったんだからさぁ」
「さっきから言ってることが無茶苦茶だって、分かってるか?」
思わず片眉をひそめる。これも時差ボケのせいなのか? いやいや、当初の原因はまったくもって関係ないな。
「許してくれや。ほれ」箱の側面を見せてくる。「原産国と製造国は一応ワイハ。現地のものを使って現地で作られてる」
「……もういい」
呆れて物も言えない、というのはまさにこのこと。
「そういや、俺がワイハ行く前に資料渡した死確者は? 偏屈な人間らきかったが、上手くいったのかよ」
「急ハンドルにも程があるぞ」
「どんな物事にもエラーは出る。これ世の常」
「なんの話だ、突然?」
「えへへ」
はぐらかすように、死神は人差し指で鼻の下を擦って続けた。
「いや、行き帰りの飛行機が大幅に遅れたことを思い出してさ。特に日本人って時間に正確で、公共交通機関に遅れが出ることは少ないじゃんか。だから、ふと、勤勉で細かい日本人でもエラーって出るんだから、どんなことにもエラーって出ちゃうよなぁって感傷に浸ったってわけよ」
「わけよ、じゃないよ。急ハンドルに急ハンドル、ってもう会話の制御ができてないじゃないか。完全に事故寸前じゃないか」
「おおお」死神は嬉しそうに反応を示した。「これはまさに、話の
親父ギャグの類いに場の空気は
「あれ、お後はよろしくない?」
今度は
「……ちょ、悪かったって。話題戻すから、許してくれ。会話に参加してくれって」
謝罪ポーズを片手で見せてきた。あくまで、ポーズ。気持ちが伴っていない。いたとしても、残念ながら伝わってはきていない。
相も変わらず飄々としている、と最初は思ったが、なんだろうか、態度の軽さはいつにも増している気がする。なんというか、海外のコメディアンっぽい雰囲気がしてならない。
「んで、どうなのよさ」
ため息を一つしてから私は、「なんとかなったよ。まあ、未練なく成仏できた」と応えた。
「一応は?」
「失敬な。ちゃんとだ」
「骨が折れたろ?」
「まあな」
「ま、俺らに骨は無いんだけどな。ハッハッハッ」
相変わらずその冗談が好きなこったな。何十年使い回しているんだよ。
「そんな冷たい顔をすんなよ。冗談冗談、冗談だってぇ。ほら、あれ。ジョ~クだから。アメリカンジョ~クってやつだから」
ケタケタと満足そうに笑っている死神を見て思った。
ははぁん。コイツ、感化されたな。
スタンドアップか、シットコムか……テレビで見たのか、劇場に足を運んだのか……とまあ、疑問はいくつか脳内をよぎるものの、正直聞くほどではない、というかどちらでもよかった。
海外のコメディアンから影響を受けたということに、違いはないのだから。
「確か、一人だったよな? 俺さよく知らないんだけどさ、そういう場合、葬式とかって、老人ホームの人がやってくれたのか? 家族とも連絡取れないって話だったし」
「いいや」私もそういった諸事情は詳しくない。だが、今回は別に確かな情報がある。
「娘さんが遺体を引き取った」
「あっ、会えたんだ」
「ああ。それで、娘の家族だけで葬式を」
「家族葬ってやつか」
この口ぶりだとなんとなく情報は頭に入っているようだな。
「ちなみに、娘は泣いていたぞ」
「あれ? その親子って、相当不仲だったはずだよな。だから、連絡先どころか、生きてるか死んでるかすら知らなかったはずだし」
やはり覚えていたか。
「ああ。数年ぶりに再会した時は、死確者は酷く罵られていた。結局は生きてる間に仲が直ることはなかったがな」
「死んでから、ってことか。まあ、よかったんだろうけどさ、それはそれで、だな」
どんな気持ちの変化だよ、と言われるかと想像していた。しかし、死神は特にそこに突っ込むことはなく、しみじみとした表情で虚空を見上げた。二重人格を疑いたくなるほど、さっきまでの彼とは異なっていた。
「血の繋がった家族ってこともあるとは思うが、過去にどんなに恨んで憎んでいても、心の中では寂しくて悲しくて、どこか忘れられなくて、そして愛しているものなのさ」
「愛と憎しみが共存するなんてあるのか? 愛憎というのは相反する感情のはずだろう」
「色々な感情が入り混じっていたんだろうよ。頭と心ってのは同じ身体にあっても、全くの別物なんだよ」
「人間ってのは矛盾だらけで、説明できないことだらけ。人間というのは複雑怪奇の極みだな。なんともめんどくさい」
「それこそが人間ってヤツの面白さじゃね?」
死神は口元を親指で掻いた。
「てか、はじめてみたいな言い方してるけど、これまでにも似たようなこと経験してるだろ? 何度もさ」
「まあー……な」
思い当たる節はいくつもある。いつまでも慣れず、未だ理解の及ばぬことだけれど。
あっ。理解の及ばぬこと、といえば。
「そういえば、少し不思議な経験をしたんだ」
「不思議な経験?」
死神は片眉をひそめ、首を傾げた。そんな彼に私は、体験した
「え……ちょっと待って」
死神は虚空を見る。さほど驚いてはいないようだ。
「気のせいではなく?」
「と思う」
「けど……それはぁ、普通ぅ、あり得ないことだよ……な?」
「それどころか、前例がない」
「そっか。ああ、そうだよな。聞いたことないもんな」
沈黙が流れる。
「いや、超怖ぇえじゃん!」
死神は突如として叫び出した。そうか。反応が薄かったのは、理解が及んでいないせいだったのか。
「いやいやいやいやいや、何その怖い話っ。不思議な話っていうか、もうそれ怪談っ。これまで聞いた中で一番怖ぇよ、それっ!」
そうだよな、こんなこと無いもんな……
確認はしていないから、答えは分からないままだが。
「申し訳ありませんでした」
振り返ると、急ぎ足で向かってくる若い男性が。
私以外誰も反応していない事や私と同じような身なりである事、なにより霊安室の扉を開けずにくぐり抜けてきた事から誰なのかは分かった。そして、私を見て「長いことお待たせしてしまって」という台詞で、確定した。彼は先導課の天使だ。
「いえいえ」何事も社交辞令から会話は始まる。「トラブルの方はもう?」
「まだ完全復旧とはまでは言えませんが、とりあえずどうにか。時間の問題ではあるかと思います、はい」
「そうですか。大変でしたね」
「いやぁ、こんなこと滅多に無いですから、少しばかりパニックにはなってましたよ。なんかの前兆じゃないといいんですがね。ハハハ」
私が浮かべた笑みが愛想笑いであることに気づいた瞬間、この天使は私とはあまり相性の良くないと理解した。
「それじゃあ、後は宜しくお願いします」
私は会釈し、扉に向かう。
扉の前に着いた時、ふと視線を感じ、振り返った。
何かありましたか、と先導課の彼に声をかけようとした。しかし、そもそもこちらを見ていなかった。
では誰が?
視線を落とすと、茉耶さんの肩越しにあやちゃんがこちらを見ていた。思わず身体が反応する。
冷静な目で見てくる姿に一瞬どうしようと動けなくなる。けれど、あやちゃんは口角を小さく上げ、手を振ってきたことで、妙な故意が無いことはすぐに分かった。
お別れの挨拶か。よく出来た子だし、何よりも可愛いらしいじゃないか。私は強張っていた表情を笑みに変え、手を振り返した。
よし。
正面を向き、跳んで扉をくぐり出た。
よし、これで仕事は終わ……ん?
思わず振り返る。今私から見えているのは扉だけ。部屋を出てしまっているため、その中の様子は見えない。私は身体の真ん中にズンと重い物が残っている感覚のまま、諦めて歩き出した。
そもそもの話過ぎて思考が追いついていなかったのだが、私のことは死確者以外には見えない。仮に別の死確者が居合わせていたとしても、自身に付いている担当の天使しか見ることはできない。
しかし、あやちゃんは私を見ていた。私のそばのどこかをぼうと眺めていたとかではなく、真っ直ぐ確かに見ていたのである。見える見えないの定義は絶対で、例外などない。そう習った。
フッ。思考が一周巡って私は思わず笑みを浮かべた。
いや、ただの気のせいだ……多分な。
天使と老婆〜天使と〇〇番外編〜 片宮 椋楽 @kmtk
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