トーマス式電占術
古木しき
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午後九時半、安房は駅の改札を抜け、人気のない全てのシャッターが閉まった、街灯のみが点々と照らしている商店街へと向かってとぼとぼと歩んで行った。
溜息を一つ吐き、寂しい道を歩いていると、ふと安房を呼びかける声。
「お客さん、お客さん、ちょっと来て見なさいな」
街灯の下に、紫の布で覆われた机が一つ、その隣に「評判の易」と雑に書かれた立て看板。椅子が二つあり、椅子には占い屋らしき風貌の爺さん。紫色をした修道士のような着物を身にまとった爺さんが、座り込んでいる。
「こんなところに占い屋か」
ただ、その占い屋は水晶もカードもサイコロも筮竹も算木も方位盤すらなく、台の上に電球が一本挿されているのみ。安房はそのバカバカしさに呆れて、悪戯心と好奇心により、その占い屋に近付いて行き、冷やかしに声をかけた。
「おいおい爺さん、こんな人を馬鹿にしたような占い屋なんてやっても儲からないよ。第一、なんだいその電球は。あれかい。梅崎春生がやっていた肝臓が悪いと明かりが点く機械だと言ってやらせて、足元のスイッチを押して驚かせるやつだろう。狐狸庵先生のエッセイで読んだぞ」
占い屋の爺さんはにやにやと笑って、
「馬鹿にしちゃア困りますよ、お客さん。これは単なる占いと全くもって違うもんです。まず見てみなさい。この電球は特別なもんで、東芝製でも松下製でも中韓製でも、ありません」
ただの丸々とした電球も、そう言われてみると確かにどこの会社の印もないし、どこか異様な気がする。爺さんは言う。
「まずこれはただ、お客さんの運勢やら将来やらを占うんじゃアない。その結果の通りに人の、これから先の未来、できごとがわかってしまうもんなんだ。どうです。試しにやってみましょうや」
安房は戸惑った。この爺さんの顔が常にニヤニヤと笑っているのだから、まあ戸惑うのも無理はない。
「爺さんがずっとニヤニヤと笑っているのだから、どうも信用しづらいんだよなあ。そんな電球で自分の未来が決められるのも何だかいやな話だ」
爺さんは、手を横に何度も振り、
「いやアもう本当に面白いくらいあんたの未来が見えるもんでね」
「なんだい、気になるじゃないか」
「お金を払ってくれなきゃ教えられませんよ。いちおう危険な商売なんですから」
どうも怪しさが満点なインチキとしか思えないものに金を出すのは惜しい。しかし、爺さんの態度が気に食わなかった安房は更に食らいつく。
「その商売の占いのことをもっと詳しく訊いておきたいね。そんなに自信を持って言っているのだから、ちゃんとした由緒正しい占いなのだろうね?」
占い屋の爺さんは曲がった腰を伸ばし、下から茶を取り出し、ひと飲みする。爺さんは、ニヤニヤとしていた顔つきが気難しい顔に一変し、語り出した。
「この電球というやつの発明者はジョゼフ・スワン。トーマス・エジソンはそれを本格的に商用化したのだがね。まア、それはお客さんもご存知のことだろうがね」
占い屋の爺さんは続ける。
「この有名なエジソンは、発明以外にも超自然的な事物も研究していたのですよ。霊界と交信する機械やらの開発、研究というやつを」
爺さんは煙草に火をつけ、更に続ける。
「その研究中の一九〇一年に知り合ったってエのが、操觚者であり霊媒師でもある二歳年下のウィリアム・トーマス・ステッドだったんだな。エジソンは彼の降霊術に魅せられていたわけだ」
占い屋の爺さんは茶を一飲みしてまた語る。
「二人は真剣にこの電球で研究を始めました。しかし、十一年後にステッドさんのほうは、あれです、タイタニックの事故に運悪く巻き込まれてしまって、亡くなってしまいましてね、ええと――」
爺さんは煙草を置き、
「そのステッドというのは、結構前から、この電球占術で沈没が起こるのを予知していたんですよ」
「ハハァ」
「エジソンは、発明した霊界通信機でステッドを呼びだすことに成功したんです。ステッドはこれ以外にも各地の交霊会にも現れていますが、他の交霊会で使われるものは、あまり通信が良くない。しかし、この電球通信が一番良い代物でしてね」
占い屋の爺さんはこの、電球を撫でだした。
「まァ、つまりこの電球占術はトーマス・ステッドとトーマス・エジソンが発明した斬新であり、正確な占いの道具なんですよ」
自信満々の占い屋の爺さんに、安房は訊く。
「その電球占術っていうのは、具体的にはどんなことをするんですかね」
「それは、霊界にいる人間が尋ねたいことの答えを出してくれます。その訊きたいことを電球に吹き込むと、電球が暗号のような点滅をするんです。これが霊界からのメッセージというやつです」
「その、暗号のような点滅を占い屋はしっかりとわかるんですか」
「そりゃア、もちろん。この商売も長い。安心しなさいな」
爺さんは自慢げに言うが、安房はどうしても信用できなかった。確かに発明王エジソンなのだから、霊界との通信機を作っていてもおかしくない。が、その占う方法が電球の点滅とは、どうもアホらしくも思える。しかし、その点を抜いても安房は全く信用する気はなかった。
「その暗号っていうのはモールス信号だったりするんですかね」
爺さんはまたニヤニヤと笑い、
「いいえ、ちょっと特殊なもんでしてな。わざわざイギリスまで修行に行かないと会得できないもんだ。日本国内にこれを会得しているのは少ないだろうなあ」
「・・・・・・じゃあ爺さんもロンドンまで行って修行したんですか」
安房はもう限界がきていた。
占い屋の爺さんは、首を縦に振る。
「ええ。イギリスでも都会のほうではなくて、もっと片田舎のほうでしてね。それはもう大変でした。霊を交霊させることのできる電球は少なく、その地方でしか手に入りません。これはその修行のときに持ち帰った貴重なものなんですよ」
「それなのに、こんなド田舎の駅前で細々とやっているんですか」
「ここはとても静かで良く、霊界と通信しやすい。都会になると、どうしても通じない。だからこうして、細々とやっているんだが、評判は結構良いんですよ」
「いい加減にしてくれ!」
唐突に安房はピカッと叫び散らした。
「何故、二人でやっているのか、不思議でたまらないし、さっきから二人の言っていることが、どうも辻褄があってないような気がするんだがねえ!」
二人の爺さんは驚いた顔を見合わせる。安房は続ける。
「さっき爺さんは占うだけじゃなくて、出た通りの未来になると言っていたが、占い屋は霊界の人間と交信して訊きたいことの教えをもらうと言っていた。まるっきり違うじゃないか! もっと二人で話を練るべきだと思うし、ついでに言うなら二つしかない椅子を占領して、お客を立ちっぱなしにするのはどうかと思うんだがね!」
爆発した安房はひと息つき、穏やかな表情に戻ってから尋ねた。
「それで、本当にその電球占術っていうのはアテになるんだろうね?」
占い屋の爺さんは顔を赤くして、
「い、いえ、今日はちょいと電磁波が弱いようで、またの機会にしてください」
隣の爺さんも慌てて、
「い、いやあスマンスマン。今日はどうも霊波が弱いようなんだか、どうも反応が悪い。では失礼!」
そういうとさっさと片付けて駅のほうへいそいそと逃げて行った。
「台本通りにやってくれって言ったでしょう!」
「いやァ、あんたが俺の言うとおりにやってくれればいけたんだろう!」
二人の老人の大きい喧嘩は遠く離れていってもよく響いていた。
それから毎日のようにその街灯の下に行ってみるが、怪しい占い屋も爺さんたちもおらず、街灯の電球が何もない地面をチカチカと照らしているだけだった。
安房は怒りを爆発させた時、確かに電球がピカッと点滅したのが忘れられなかった。あの光にどのような意味があったのか、それだけが安房の頭からしばらく離れぬ問題になった。
トーマス式電占術 古木しき @furukishiki
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