END 2

 涙は、その涙腺に蓋をすることを忘れたように、どんどん、どんどん、流れ出していく。それは、人生がクソだと思っていても、まだそれでもまだ、何かに期待なんかしてしまって、生きたいと、無意識に何かが叫んでいる証拠なのだろうか。

 そんなこと、自分の中で簡単には認められない。そんな期待なんかしたって、どうにもならないことを、散々思い知らされてきたのに。

 それでも……。

「往生際が悪いなぁ……」

 つぶやく私から不意に目を離して、男はナイフをひらひらと振って見せる。

「このバタフライナイフ、覚えてない?」

「は?」

 急に何を言い出すのか。

「三日くらい前に、自分で買ったでしょう」

 そんなことあったっけ。

 三日前の自分が何をしていたかなんて思い出せないし、どうでもいい。だけど、どうしてこの男がそんなことを知っているのだろう。

「その時レジ打ったの俺だから」

「そうなの?」

「そう。あのホームセンターの店員」

「へー……」

「なんか、まずい事態になりそうな予感がしたから、悪いけど、ちょっと君のことを見てた。でも、助けたいっていうより……きっと好奇心だね。死の匂いのする人に対する」

 そりゃ、あちこち痣だらけ、ボロボロの身なりで死んだ目をして、バタフライナイフなんて買って行ったら、何か怪しまれるのは不思議じゃない。

 ああ、そうだった。

 私はすでに三日前に死のうとしていたんだ。

 だけど、その時も今みたいにやっぱり泣いた。悲しいんじゃなくて、悔しくて。搾取されたまま、私の人生の幕が閉じられるのが。何が出来るわけでもないけど、このまま死んでたまるか、なんて、意味の分からない意地がそこで出てきてしまった。

 だから、私はそのナイフを適当な街中のゴミ箱に投げ捨てたはずだ。

 手放すのと、しがみつくのと、その繰り返し。

「俺、それを見ていてさ、死にたがっている人なのに、何故か不思議と、そこらへん歩いている人よりよっぽどこの人は生きているな、って思った。だから、決めたんだ」

「何を?」

 男はナイフを私の手に握らせた。

「生きるにしても、死ぬにしても、俺が見ているよ。君がそこにいたってことを。だから、決めて」

 目が覚めたように、私は身を起こした。まだ覚醒前のようで、頭がぼんやりするけれど。

「それって……生きていたら、これから私のことを見ているの?」

「うん」

「そっか」

 私はじっと、ナイフの刃先を見つめた。

 それこそ馬鹿みたいだ。こんな、どこの誰とも知らぬ男、今、ホームセンターの店員だと言うことはわかったけれど、でも、それだけしか知らない男が、私のことを見ているなんて言ったって、それこそまた搾取されるだけかもしれない。

 けど。

 ナイフをベッドに突き立てた。そこで、すべてを断ち切るように。

「じゃあ、とことん付き合ってもらう」

「いいよ」

 彼が笑った顔を、初めて見た気がした。

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Your Choice 胡桃ゆず @yuzu_kurumi

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