第31話~~解決~~
青色と紫色と茜色が混ざり合う空に、朝日が姿を見せ始める。その反対側のまだ薄暗い空には薄っすらと満月がまだ浮かんでいた。
あの突入作戦の後、無事に今回の事件の首謀者及びその信者たちを確保し、そして行方不明になっていた人々の救出に成功した。
アイヴィーも無事に保護され、今はその後の処理の為にエバンズ警部たちを待っている所だ。尤も、あれだけの事件の後始末がそう簡単に済む訳もなく、結局夜が明けるまで待ちぼうけを喰らっている訳だが。
「あーあ……もう疲れちゃったんでさっさと家に帰って暖かいベッドで安らかに眠りたいんですけどね~~」
「まぁ、これだけの大仕事を終わらせたんだ。当分の間、好きなだけゆっくりすればいいよ。これだけの大手柄を立てたのだから、もしかすると取材とかで忙しくなるかもしれないけどね」
「えぇ……それは困りますよ、私は名誉だけあればいいので取材はアンダーソン君が受けといてください」
朝と夜が混ざり合うそんな不思議な時間、その雰囲気に包まれた場所で僕たちは談笑に花を咲かせていた。警察署付近のまだ人気のない公園のベンチに座って、穏やかな風を感じている。その風に揺られ、さざめく木々の葉の音が心を癒してくれるような気がした。
「しかし、あんな怪物だの儀式だのなんでもありな事件で犯人を特定できたね。あんな出たり消えたりする怪物を利用した犯行だなんて、もうトリックもクソもないじゃないか」
「だって、そもそもどうやって犯行に及んだなんて考えていないですもん」
「ええ……」
「推理をするにあたって、重要となる三つのポイントがあるんです。一つは、どうやったか。まぁ、これが犯行方法なんですが、あんな魔法のようなものが出てきた時点でこれは成立しません。二つめは、いつか。犯行時刻とか死亡時刻とかですけど、これも一つめと同じくどうにでも出来てしまうのでなしです。最後はどうしてやったか。つまり犯行動機ですね、これに関してだけは他の二つと違って例え魔法が使われた事件だとしても関係なしにアプローチできる可能性があります。なので、誰ならこのような事件を起こそうとするかという視点から逆算したという訳です」
アイヴィーは自慢げにそう言ってのける、まぁ今回の所は見逃しといてやろう。嬉しそうに笑う彼女だが、その表情にはやはり疲れが色濃く見えていた。
「なるほどねぇ……それにしても、わざと捕まってみせるだなんてキミにしては随分と珍しい事をしたもんだね。ビビりの癖に、よくそんな事ができたもんだ」
「そりゃもう怖かったですけど、ああ言う状況が想定される以上、私が直接あの場に行って時間を稼ぐしか方法がありませんでしたしね。……まぁ、碌に時間稼げなかったですけど」
「十分さ」
「それに、我が助手のアンダーソン君ならしっかりと仕事してくれると信じていましたから」
「…………」
アイヴィーは柔らかい笑みを浮かべたまま、真っすぐに朝焼けを眺めている。僕もなんだかこそばゆくなり、彼女の横顔から視線を逸らして彼女と同じ朝焼けを見る事にした。
彼女が言うには、一時はこのような事件は収まるだろうが、時間が経てば恐らく同じような事件が起きるかもしれないという事だ。つまり、彼女はシンシア氏が全ての真犯人だとは思っていないようだった。いろいろと彼女に聞きたい事はあったが、一先ず今は今回の事件を無事に終える事が出来た事を喜んでおくことにしよう。
「や、お待たせいたしました」
革靴の足音が聞こえたかと思えば、声を掛けられる。その声の先へと振り向いて見れば、気の抜けたような顔をしたエバンズ警部と、しかめっ面をしたロックウェル氏が立っていた。
「いや、お見事なもんです。血は争えないって奴ですな」
「えへへ……それほどでも……ありますけど」
アイヴィーは目を瞑り照れくさそうに笑う。
警部は僕たちが座るベンチの背もたれに手を置いて、そこに体の重心を傾ける姿勢を取ってそのまま話を続ける。
「やはり行方が分からなくなっていた人物は全員あそこに集められていたようです。おかげさまで全員無事でしたよ。オリビアさんも大変感謝していました」
「警部、まだ処理する事は山程残っているんですから手短にお願いします」
「トニー、相変わらずお堅いな……まぁ、仕方ない。取り敢えず貴女方から報告してもらう事は片付きましたんで、後はご自宅でごゆっくりお休みください」
ロックウェル氏に急かされて、渋々と姿勢を直すと改めて僕たちの正面に立ち、敬礼をした。
「協力、誠に感謝いたします。今回の事件におけるご活躍、称賛に値します」
いつも適当なエバンズ警部に、突然そんな改めてられた事をされ、アイヴィーは手をぶんぶん左右に振って制止する。
僕もどんな反応をしていいか対処に困る。
「お、おおお構い無く!!」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
彼はあっさりと敬礼を止め、いつものように気だるそう含んだ笑みを浮かべている。
思わず、ずっこけそうになるが僕たちとしてはこの方が落ち着く。
「ま、敬意は送らせて頂きますよ。お偉いさんたちは私立探偵に手柄をとられた事が気に食わんって様子ですが、共に調査にあたっていた現場の我々はその活躍っぷりを知っていますからな」
地平線から昇る太陽が眩しく輝き、まだ薄暗さを孕んでいたこの街を明るく照らした。
「そんなところです。お互い今回のヤマでの苦労を語り合いたい所ですが、トニーの奴が急かすんでここいらで失礼させていただきますよ」
そう言って体を翻そうとした警部たちに、僕は声を掛けていた。
「こちらこそいろいろ助けて貰って、本当にありがとうございました。それに――」
僕はロックウェル氏を一瞥した。それに気が付いたロックウェル氏の瞼がぴくりと動いたような気がした。
「あの時、ロックウェルさんに助けてくれなければ、僕たちはきっと殺されていました。ほんと命の恩人です。あの時のロックウェルさんの勇姿ときたら、惚れちゃいそうでしたよ」
そう言い終わるや否や、ロックウェル氏は鋭い目つきで僕を睨み付けてきた。
「我々の仕事ですから」
「おいおいトニー、珍しく照れてるじゃないか」
エバンズ警部がニヤニヤと、ロックウェル氏の顔を覗き込むと、ロックウェル氏は明白に舌打ちをして、歩き去って行ってしまった。
「おっと……待ってくれよトニー。……ま、そういう訳です。また時間があったらゆっくりお話をしましょう」
そう言い残してエバンズ警部はロックウェル氏を追って歩いていく。その途中でこちらに背を向けたまま手を振り、去っていく警部とロックウェル氏、その二人の背中を姿が見えなくなるまで見送った。
「は~~なんか気が緩んだのかドッと疲れたような気がしますね~~」
「気なんかいつも緩んでる癖に」
「う、うるさいですね!! とにかく疲れたんで帰りますよ!!」
「はいはい、了解しましたよ」
そんなやり取りをしていると、何故だか僕たちは思わず噴き出して笑ってしまった。
ベンチから立ち上がると、昇る太陽の光を背中に浴びながら僕たちは歩き出す。
「そういえば、フィリップスさんの嘘って結局なんだったんだい? どうしても分からないんだ、まさかあの犯人連中と繋がりがあったとか……」
「……なんの話でしたっけ?」
「いや、だからフィリップスさんが依頼をしに来た時に、彼は嘘を言っている。隠し事がある。とかなんとか意味ありげにキミが言ったんじゃないか」
アイヴィーは暫くの間、記憶を辿っているのか目を瞑って小声で唸っていたかと思うと、突然にあっと小声で漏らした。
「……思い出したかい?」
「あ~~それはですねぇ……」
「それは?」
彼女は暫く、もじもじと言い淀んでいたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「えっと……そんな感じの事を言っておけばなんなカッコいいような気がして……魔が差したと言いますか……」
「つまり、それ自体が嘘だったという訳だ」
「そういう事になりますね……」
静寂に包まれた僕らは、暫くの間無言で歩く。
「アイヴィー、当分の間おやつは抜きだ」
「うぇぇぇぇ!? そ、そんな殺生な!!」
彼女は僕にすがり付くように纏わりつきながら弁明を述べる。
非常に情けなく子供っぽい彼女だが、僕はそんな彼女の強さを知っている。探偵として、真実に立ち向かったその姿を。
薄明の中、ぼんやりと浮かんでいた狂気を孕んだ満月は、朝を迎えた空に溶けて消えていた。
星海の天秤~~悪魔の審判~~ 八雲 鏡華 @kaimeido
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