第30話~~崩壊~~
色々と後悔を巡らせ、祈りを捧げる私などお構いなしに、儀式決行が告げられる。
天窓から煌々と満月の光りが差し込み、床に描かれた魔法陣が心なしが光を帯びているように見えた。
「さぁ、準備は整いました。今こそ、神のお呼びして世界を作り替えるのです!! 我々の願いは……!! 人類……いや、全生物の願いは今此処に叶うのです!!」
シンシア氏が大袈裟に手を広げ満月が浮かぶ空を仰ぐ。その号令と共に、ローブを纏った信者たちが短刀を手にゆっくりとにじり寄って来る。
なるほどなるほど、やっぱりこういう儀式的なものでは銃器ではなく刃物、特にああいった短刀をわざわざ使うものなのだと感心する。今まで調べたオカルト関係の文献でも数多くの儀式行事では短刀が用いられてきた。やはりそういう形式的なものは大事なのだな……などと考えてる場合ではない。
その様子を見て、自分の末路を悟ったのか他の女性たちも騒ぎはじめ、当然の事ながら逃げ出そうとする者も現れた。
銃声が鳴り響き、遠くの方で短い着弾音が聞こえた。
短刀を持って近寄ってくる信者以外の、魔法陣の周囲を取り囲んでいる銃器で武装した信者が逃げ出そうとした女性に向かって拳銃を発砲したのだ。
その銃弾は女性に当たる事はなかった。威嚇射撃だろうが、それでも女性たちの逃亡する気力を奪うのには十分だった。へたりとその場に座り込んでしまった女性に向かって、短刀を持った信者は更に近づいて行く。
と、他人に気を取られている場合ではない。いつのも何か私の担当者の信者も既にかなり近くまで来ていた。
「おおおおお……!! ちょ……ちょっと待ってください!! 心の準備がまだ!!」
「大丈夫です、すぐに終わりますから」
微笑みを向けてくるシンシア氏の姿が、にじり寄って来ている信者の背後に見えた。
「だ、大丈夫じゃないです!! ストップ!! ストップです!!」
「止まりません」
「ほほほほ、ほら!! こんな大掛かりな儀式なんかしてたら警察も流石に気が付いてますって!! ここに警察が来るのも時間の問題ですからここは一旦中断して離れた方が……」
「警察は外で起きてる騒ぎに気を取られていて他に手なんか回りませんよ。それに貴女は私どもに辿り着きましたが、他の方々では私どもを疑う事すらできませんよ。それに貴女が手を回して万が一、その事実に気が付いたとしても……ええ、警察の方々では私どもに手出しはできませんよ。それに警察が踏み込んで来た所でこちらには天使の加護もありますし、そもそも神の召喚が成ってしまえばもはやなんの意味もありません」
必死に対話を試みて時間を稼いでみようとした所で、全くもって効果はないようだった。かくなる上は土下座なんなりして命乞いをするべきかとも思ったが、どの道意味はなさそうだ。
短刀の切っ先がジリジリと近づいて来る。ここは一か八か出入り口に向かって全力で駆け抜けてみようかとも考えたが、自分でもびっくりするぐらいピクリとも足が動かせなかった。
目の前まで来た短刀を持った信者の手に、一段と力が入ったのが分かる。
ここで私に、合気道という東方の武術の才能が開花して見事にこのピンチを切り抜けられるなんて事が起きないだろうかという都合の良い事を考えてもみるが、命の危機を前にしてはなんの気休めにもならなかった。
もはや、逃げる為に体を動かす事もできない私は、少しでもその恐怖から逃れる為に目を瞑る……その瞬間。
「総員突入!! 発砲許可も威嚇射撃も知らん!! 好きに撃て!!」
そんな大声を聞き目を開けると部屋の唯一の扉が開け放たれ、大勢の警察官がなだれ込んで来た。
その光景を私は呆気に取られて見ていたが、私を今まさに刺そうとしていた信者や、シンシア氏に至っても突然の事に気を取られているようだった。
すると間髪入れずに銃撃音が次々と鳴り響き始める。信者たちによるものではなく、突入してきた警察官によるものだった。
「おのれ……っ!! む、迎え撃て!! ……ぎゃあ!!」
彼らが放った銃弾は次々と信者たちの手足を打ち抜き、無力化していく。
「なぜ……!! くっ……!!」
常に笑みを絶やさず、余裕を崩さなかったシンシア氏が焦りの表情を見せる。かと思えば、あの謎の言語を口ずさみ始め、その周囲にいた信者たちも同じように謎の言語を口走り始めた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
そんなけたたましい咆哮と共に、空間が歪んで天使と呼ばれた四足歩行の獣ともなんとも形状しがたい怪物が姿を現して、一斉に警察官たちに向かい突進していく。
「化け物が出たぞ!! なんだこいつは……!!」
「なんだっていいから撃ちまくれ!!」
警察官たちは向かって来るその怪物たちに一斉射撃を浴びせ、まるで雨のように降り注ぐ銃弾の音が私の鼓膜を激しく揺さぶっている。
それだけの銃弾を撃ち込まれた怪物たちは怯む事なく突進を続け、みるみるうちに警察官たちとの距離を詰めていった。
「マジかよ!! 全然利いてないぞ!!」
「下がれ!! 先遣隊は退避しろ!!」
前線で銃撃を行っていた警官たちが一斉に後ろに下がると、それと入れ違うように今度は何か機材を持った警官たちが前へ進み出た。その警官達がその機材を設置すると、素早くそれを操作する。すると、その機材から強烈な光が怪物に向けて照射される。
「ギギャァァァァァァァ!!」
銃弾の雨を物ともしなかった怪物たちは、その光を浴びせられた瞬間にもがき苦しみ始め、転がるように転倒するとその場で光から逃れるように這いずっていた。
どうやらあの機材は強力な照明機器のようだ。
「天使様を援護しろ!!」
「くそっ、こいつら銃で武装してやがる!!」
残っていた信者たちも銃で反撃を始め、警察官たちとの銃撃戦が始まり、部屋には銃弾が飛び交っていた。銃弾は部屋を覆っているガラスを打ち砕き、その破片がキラキラと飛び散っている。
銃で武装しているといえ、本職の警官たちには叶わず、信者たちは次々と無力化させられていく。
更には、謎の言語で何かを唱えていた信者が銃弾で打ち抜かれて、その痛みで床に触れ伏すと、天使と呼ばれていた怪物の姿が宙に溶ける様に崩れていき、そして最初から何もなかったかのように消えてしまった。
「なにをやっているのですか!! 早くその女たちを殺しなさい!!」
シンシア氏が聞いた事もない怒声で叫んでいる。
すると茫然と手を止めていた短刀を握っている信者が、ハッとして私の方へと振り向き、短刀を私に向けて振り降ろして来た。
瞬間、信者の握っていた短刀が弾け地面に転がり、その信者もまた床へと崩れ落ちた。
「ごめん、遅くなった」
そこには、銃口から煙を吐いている拳銃を構えた私の助手……アンダーソン君が立っていた。
「ア、アンダーソン君……!! アンダーソン君!! 本当に遅いですよ……!! なにやってたんですかぁ!!」
彼の姿を見た瞬間に、私の体は一気に軽くなり、先ほどまで全然動かせなかった足も軽やかに動くようになった。そしてその足で彼の元へと駆け寄って彼の足へとしがみ付く。
「おい!! 後にしてくれよアイヴィー!! まだ、奴らは――」
「おのれ……おのれ……っ!! まだ……まだだ!! 私自らお前らを……!!」
その鬼気迫る声を聞いて、私の背中を悪寒が走る。驚いてしがみついた手をパッと放して振り返ってみると、あの穏やかだった顔を見る影もなく憎悪に歪ませてこちらを睨みつけているシンシア氏が、短刀というよりかは短剣に近い武器を持ってこちらに迫ろうとしていた。
「あわわわわわっ!! アンダーソン君!!」
私は慌てて彼の後ろに身を潜ませる。
彼は素早く拳銃を構え直すと、迫りくるシンシア氏に向かって放つ。しかし、その銃弾は彼女に命中する事はなかった。
「ああくそっ!! やっぱ普段から練習しておかないとダメだな!!」
「それはいい心がけですが、しっかり許可を取らないと問答無用で捕まえますからね」
憎まれ口を叩きながら、アンダーソン君の横に何者かが立っている。その何者かは慌てる事もなく、無駄のない動きで拳銃を構えていた。
「探偵が暴いた犯人の抵抗で殺されるだなんて、笑い話にもなりません」
そんな一言と共に2発続けて弾丸が発射される。その弾丸は立て続けに短剣を握るシンシア氏の手元に直撃し、短剣を落としたシンシア氏は手を押さえて動きを止める。
銃弾を放った、その人物は間髪入れずに彼女へ駆け寄ったかと思うと、彼女の手をそのまま彼女の背へ回しそのまま彼女の体を床へと押し付け拘束してしまった。
彼女を取り押さえたまま、眼鏡の向こう側にある鋭い目でこちらを見ているその人物は、ロックウェル氏その人だった。
その時、また違う人物が私たちの傍に近寄って来た。
「どうです? トニーの奴、なかなかやるでしょう」
そこにはなんだか自慢げな表情を浮かべたエバンズ警部が自分の左肩を揉み、軽く首を回しながら立っていた。
シンシア氏の無力化を最後に、かの連続殺人鬼……殺人集団の制圧を完了した。
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