第29話~~願い~~

 あの襲撃からどれほどの時間が過ぎたのだろうか。無事であってくれ、そう祈りながら僕は襲撃地点へと向かっていた。エバンズ警部と僕、そしてもう一人警官が乗せて走るパトカーの後ろを、エバンズ警部が招集した4人の警官が乗るパトカーが追う。

 ほどなくしてあの場所に到着すると、そこには奴らの姿もアイヴィ―の姿も見当たらない。

 車両が停車すると僕はすぐに外に飛び出し、周囲を探ってみたがやはり何の痕跡も残っていなかった。あの怪物による破壊跡も、血痕も影も形もない為、少なくともここで彼女が奴らに殺害されたという訳ではなさそうだ。

 僕は満月と街灯に明るく照らされたその場に立ち尽くしたまま思考を巡らせた。

 ともすれば、彼女は連れ去られたのだろうか?しかし、わざわざそんな事をする理由が奴らにはない筈だ。現に、以前僕たちを襲撃した際、あの怪物はどう見ても僕らを殺す気だった。ならば、殺害する必要が無くなったという事だろうか?だから、別の目的で彼女を連れ去ったという事なのだろうか?

 殊更に気になっているのは、あの時アイヴィーはわざとあの場に残ったようにも見えた。彼女は奴らに連れ去られるのを目的としていたのだろうか。だとすれば、その行動自体には納得がいくがそもそもとしてどうして連れ去られようとしたのかその理由の見当が付かなかった。

 

 「遅かったようですな……しかし……」


 いつの間にか僕の横に立っていた、エバンズ警部の声で僕は思考の海から浮上する。彼らも既に各自で現場の調査を始めているようだった。


 「ええ、少なくとも殺されたという訳ではなさそうです」

 「となると、連れ去られたと考えるのが妥当か……彼女の言っていた通りに、連続殺人と失踪事件が繋がっている、同一犯の仕業であるというのであれば可能性としては十分。しかし、今度はなぜ彼女が誘拐されたのかという疑問が出てくるわけですが」

 

 やはり、奴らが彼女を連れ去った理由については警部も検討が付いていないようだった。しかし、問題点としてはそこではなく、どこに連れていかれたのかという点だ。彼女が無事だとしても、その所在が分からなければ助けようがない。奴らが何事もなく彼女を解放するというのもありえないだろう。

 再び思案に更けかけたその時に、彼女からの荷物を渡し損ねていた事を思い出す。


 「ああそうだ、エバンズさん。アイヴィーからの荷物を確認して貰っても大丈夫ですか?」

 「おっと、そうでしたな」


 今度こそ、僕はエバンズ警部にその箱を手渡した。


 「ちなみに、中身をお聞きしても?」

 「いえ、僕もまだ確認していなくて……何が入っているのかは把握できていません」

 「なるほど、では確認してみる事にしましょう」


 そう言って、エバンズ警部は僕にも見える様にそこ箱を開封した。警部の手元にあるそれを覗き込んでみると、そこには一枚の紙といくつかのおもちゃの宝石のようなものが入っていた。

 警部は訝し気にその紙を摘まんで取り出すと、その表面に視線を泳がせていた。


 「メモのようですな、なにか書いてありますが……これは……」


 その紙を見ていたエバンズ警部は、突然苦々しい表情を浮かべた。そのメモの内容を自分でも確認しようと、警部に声を掛けようとすると、現場を調べていた警官の一人が駆け寄ってきた。


 「警部、犯人や被害者に繋がるような痕跡はまだ発見に至っていませんが、このようなものが現場に」


 警部は、紙を片手に持ったまま、差し出されたビニール製の袋に入れられたそれを受け取った。透明な袋の中身はそのままでも視認できる。それは見覚えのあるもの……というよりかはついさっき同じ物をこの目で見たばっかりの物だ。

 プラスチック製の宝石、つまりおもちゃの宝石だ。あのアイヴィーから渡された箱の中に入っていたそれをほとんど同じ物だった。


 「おっとぉ?」


 エバンズ警部が、ビニール袋の中の宝石と箱の中の宝石を交互に見比べている。その二つの宝石を見て、僕はあるか考えに思い至った。


 「もしかしたら、それはアイヴィーがわざと落としていったのかもしれません。自分の無事を僕たちに伝える為……いや、この誘拐が彼女の作戦だという事を示しているのかも」

 「だとすれば、相当な胆力な事で……正直な所、彼女にはそういう類とは無縁なものかと思ってましたよ」


 正直言えば、僕も警部と同じ意見だった。しかし、彼女は探偵なのだ。きっと、それだけの理由だろう。

 その時、電子音が鳴り響いた。携帯の着信音だろうか。


 「おっと、すみませんね」


 警部がスマホを取り出す。そして、それを耳元にあてると、先ほどおもちゃの宝石を持ってきた警察官に手で合図を送り、捜査へと戻らせる。

 その後暫く、誰かと通話をしているエバンズ警部は相手と会話をしているというよりかはただ相槌を打っているだけだった。そして最後に「わかった」と一言だけ言って、彼はスマホをサッと仕舞い込み僕の方を向き直した。


 「向こうの現場の調査もそれなりに進んだみたいですが……いよいよ奇妙な事になってきましてね」

 「一体どうしたんです?」

 「それがですね……どうにか暴走集団の何人かから話を聞いた所、全員口を揃えて化け物に襲われたと言っているみたいなんです。無我夢中であそこまで逃げてきたという訳ですな」

 「化け物……もしかして……」

 「まだなんとも言えませんが……それに加えて、残念ながら亡くなった仏さんを調べてみた所、どうも死因があの事故ではない仏さんがいるみたいでしてね。なんとも奇妙ですが、以前ライブラさんや貴方が仰っていた事の裏付けるような出来事が起こっているようなんですよ」


 僕たち以外にもあの怪物に襲われた人間がいる。なんだか様子がおかしいようにも感じられた。どうして今更、そのような事が行われたのだろうか。仮に、今までのあの殺人事件、それにあの怪物が関わっているとしても、それらは全て隠密に行われた事だ。現に、そんな怪物を見たなどという証言は一切出てこなかった。にも拘わらず、なぜ今回はこんなに堂々と事を起こしたのだろうか。

 空を見上げてみれば、満月が怪しく光を放っている。

 この事件の真相がもう少しで分かるのかもしれないという期待感と、早くアイヴィーを見つけなければという焦燥感が混ざり合う。

 

 「さて……よろしいですかな。ライブラさんからの荷物についてなんですが」


 ああそうだ、あのメモの内容。それを確かめてみなければいけなかったのだ。僕は静かに頷いた。


 「まず、あのメモについてはアイヴィーさんからの伝言が書かれていました。警察に対する要望と、連日の事件の首謀者についてです」


 事件の首謀者……ああ、あのメモにはアイヴィーが導き出した事件の真相があるのだ。僕は心臓が高鳴った、期待と緊張と……とにかくいろんな感情があったに違いない。

 しかし、なぜわざわざ彼女はその事をわざわざメモに残して渡したのだろうか。既に彼女の中で推理が固まっていたのであれば、直接その事を警部たちに伝えられた筈だ。なにかそれをできない理由があったのだろうか?彼女の行動に対する疑問はますます深まっていく。

 ともかくとして、犯人が特定できるのであればアイヴィーの居場所も分かるかもしれない。そんな期待を抱いているとエバンズ警部から思っても見なかった言葉が語られた。


 「彼女の示した事件の首謀者ですが……もし、それが事実であったとしても、警察は手出しが出せないかもしれません」

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