最も神に近づいた男と新世代ラインナップ

渡貫とゐち

第1話


 ――人間。

 完成されたその体に、意図的に欠陥を作る。


 その空いた穴を埋めるように別のなにかをはめ込むならば。

 ……神を誤魔化せると企んだ科学者がいた。


 彼の名は鴉野(からすの)


 現代の非人道的な研究の第一人者であり、

 そんな不名誉を欲しいままとした彼は、秘密裏に研究を進めていた。


 身寄りのない子供を引き取り、欠陥を作るためだけの実験体としたのだ。

 もちろん、穴を埋めるので元通り――とはならないものの、空いた穴が塞がることは保障されていた。それでも多くの子供たちが犠牲となったのだが――。


 同時に、成功した子供もいる。人間としての欠陥を抱えた者は、新しい機能を受け入れやすい体になっているのだと――実際、失った子供は新たな機能を得たのだ。


 これが鴉野の実験。

 成功者。神をも越えたと思わせる、人間の次のステージだ。



「障がい者は神の失敗作だ。元々の才能のでかさに、人間としての容量オーバーを招いた。そのオーバーした分を削り取ろうとした結果、人間として必要不可欠だった部分までまとめて奪ってしまった――恥ずかしい失敗だよ。

 俺は、神のような失敗はしない。新たな力を得るには、それに適した欠陥が必要なのだ……それが分からぬ神ならば、その席に座るのは俺の方が相応しいだろう? ……くく、だが、その席はもういらない。なぜなら俺が、神を越えるからだ」


 たとえば。


 喜怒哀楽を奪うことで怪力を与え、

 両手両足の機能を奪うことで超能力を与えた。


 記憶を維持させないことで未来を見ることができ、

 痛みを感じないことで頭の回転速度を倍にした。


 人間の枠を越えた力を得るにはそれ相応の容量が必要なのだ。

 だから――奪う。そして与える。簡単な話だ。


 鴉野に引き取られた子供たちは実験に――環境に適応していく。

 日常生活を奪われたわけではない子供たちは、最初から『実験の日々が当然の日常』だと思っていれば、どんな苦痛も受け入れるのだ。


「くはは、また成功だ。これで、俺は神に近づいた科学者に――」



 その時、扉の向こうで銃声があった。

 どたどたどた! とひとりではない足音が聞こえたと思えば、勢いよく扉が開く。


 現れたのはよれよれ黒スーツを纏った、だらしない男だった。

 無精ひげを生やしたまま。

 ……しかし只者ではない雰囲気であることは伝わってくる。


 その手には拳銃だった――


 銃口が向けられた。


 鴉野と、謎の男。

 白衣と黒スーツ。正反対なふたりの対面である。


「面白い実験してんな、てめえ」

 ――と、無精ひげを片手で触りながら。

 彼の手癖なのだろうか。


「……誰だ、貴様。ここは俺の研究室だ。鍵はどうした?」

「んなもん、ぶっ壊したに決まってんだろ」


 そもそも壊すまでもなく開いてたぜ、と言われて、鴉野がはっとする。

 実験に夢中で鍵をかけ忘れた、なんてことはざらにある。


 今回も鍵をかけていなかった、という可能性は充分にあった。

 結局、壊されてしまうなら鍵をかけても意味はなかったようだが。


「――辰見(たつみ)一元(いちげん)。オレの名だ。こっちこそ褒められた仕事はしてねえが、お前とはどっこいどっこいな気がするぜ」


「辰見……? 聞き覚えがあるが…………まいったな、覚えていない」


「世界の裏っかわを知っていればさすがに聞いたことはあると思うぜ。……んなことはどうでもいいんだ、お前が奪って、改造しやがったガキどもはこっちで回収するぜ。悪いが問答無用だ」


「……おいおい、子供たちは貴様ら戦力強化のための道具じゃないんだが……。子供たちを助けるヒーロー気取りか? そんな貴様の方が、子供たちを苦しめているのではないか?」


「子供の苦しみか……それをてめえが言うのかよ」


 勢い余って――辰見が引き金を引いた。

 銃声――

 そして、カァン、と、銃弾が弾かれた。


「あぁ?」


 鴉野の額に当たった銃弾が、弾かれて宙を舞った。

 潰れた弾丸が地面に落ちる。

 ……もちろん、おもちゃの弾丸ではないのだが。


「まずは自分だろう? 俺は改造技術に自信がなかったのでな。だからまず最初に、自分を実験体にしたんだ。

 まあ、子供たちのように規格外の能力をはめ込むことはできなかったが……しかし、人間を捨てることはできたわけだ」


「……そうか、てめえは他の科学者とは違うわけか……頭のネジが随分とまあ飛んでやがる」


 辰見が銃口を向け直す。

 子供たちの前に、まずは自分を。その覚悟には賞賛を送るが、だからと言って子供を犠牲にした実験を認めるわけではない。


 子供たちを、これ以上『身勝手な欲望』に付き合わせるわけにはいかないのだ。


「……なぜ、貴様は邪魔をするんだ。人が神に近づくための実験だぞ? 貴様が興味ないとしても、この実験で貴様はなにか困るのか?」


「あー……まあ、オレらも同じ穴のムジナではあるんだが……。悪いな、てめえのその行為にオレがなにかを言えるわけじゃねえ……ただ。

 てめえが奪ったガキの中に顔見知りがいてな。てめえに自覚がなくとも許せねえんだわ」


「……許さない、か。その感情を否定はしないが。とにかく、連れ戻しにきたのか? だったら探してもらって構わない。その子供だけを回収して素直に帰るなら――」


「素直に帰る? いやいや、見逃せるわけねえだろ。個人的にムカつくからぶっ壊す――笑っていいぜ。ガキみたいな感情論だが、構わないだろ?

 否定をしてもいいが、それを聞き入れるとは思わねえこったな」


「……無知はこういうことをするからめんどうなんだ……っ」


 鴉野は頭を抱えるが、次の一手は既に頭の中にあるようだ。


「これは神を越えるための実験だ。貴様に、邪魔する権利があると思っているのか!」


「ああ、あるね。ここはオレのシマだっつの。知り合いじゃねえが、ガキどもがこれ以上奪われても困るんだよ……こっちにも都合がある。だから力づくで奪うぞ。文句があんなら、戦争だ」


「ッ、これだから――裏側の人間はクズばかりなんだ……! 人の迷惑を考えず自己利益のためだけに動く! こっちは世界を救うための一歩目を踏み出しているのにッ!!」


「世界を救う? はっ、世界を救う、ねえ。……悪党ってのはよくある理由にそれを使うもんだ。世界を救うことがまるで正義のように、口に出しやがる。んなわけねえだろ。

 破綻したこの世界は、それはそれでバランスが保たれてる世界かもしれねえぞ?」



 ――鴉野と辰見の衝突。


 鴉野は実験体となった子供たちを放出する――

『ラインナップ』と呼ばれる、規格外の能力ギフトを持つ子供たち。


 そんな彼らを迎え撃つのは、辰見一元を頭とした、『辰見ファミリー』だ。


 拳銃が猛威を振るわない大騒動の末に、鴉野は姿をくらませたのだった。

 が、首謀者を逃がしてしまったのは痛手ではあるが、しかしこれまでの実験データの破壊には成功している。鴉野の研究所も使えなくなるほどに大破させた――


 子供たちは能力の弊害なのか、長時間も動いていれば、唐突に線が切れたように意識を失っていった。


 彼らは辰見ファミリーに引き取られることとなり……子供たちの監視は辰見一元がおこなうことになった。



「ボス、うちで引き取ることになった子供たちについてなのですが……」

「おう、連れていけ。そいつらにはまともな教育を受けさせろ……いいな?」


「はい。……もしかして、将来は手駒として使うつもりですか?」

「それ以外に使い道があんのかよ?」

「……いえ……了解です」


 部下に子供たちを保護させ――先に全員、引き上げさせた。

 ひとり、大破した研究所に残る辰見一元……彼は子供たちの未来を考える。


 もちろん、手駒として使うつもりはなかった。立場上、部下にはそう言っただけだが……、

 単純に、辰見が欲しかったのは手駒ではなく、ひとり息子へ贈る家族だ。


 同世代の子供を、息子の周りに置きたかったのだ。


 世界の裏側を牛耳る辰見ファミリー。こんな家だと友達などできそうにもないだろうから……、父親としてできることをしたかっただけなのだった。


 ――人間の欠陥。

 その穴を埋めた特別な――ギフト。


 引き取った子供たちを手駒にするかどうかは、将来の息子が決めることだ。



「鴉野、か……確かに、最も神に近づいた男かもな。まあ、神が高いところにいるとも限らねえわけだが……。手の届く位置に神が降りてきた可能性もあるんじゃねえか?」



 だから、自分が高みへ上がったとは思わない方がいいだろう。




 … 読切 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最も神に近づいた男と新世代ラインナップ 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ