はじめましての距離

新巻へもん

ロングレンジスナイプ

「そんなに緊張しなくっても噛みつかれたりしねえから安心しな」

 私の横に立つキバヤシ曹長が投げやりな敬礼をしていた。そう言う口はアルコール臭い。目の前のシュワルツ中尉は私と曹長の敬礼に完璧な答礼を返す。カリストの有名人は気さくな笑顔を見せた。


「折角、憧れのエースに会えたんだ。自己紹介しろよ」

 シュワルツ中尉はちょっと小首をかしげて私の発言を待つ姿勢を取る。口を開けてしゃべろうとするが喉が麻痺したかのように声が出てこない。キバヤシ曹長が私の肩を抱いてしなだれかかってきた。こちらまでアルコールの臭いが写りそう。


「こいつは新人パイロットのルーシー。こんな感じなんですけど、射撃の腕はいいですよ。シミュレーターで92点たたき出してます」

「それは凄いわね」

 憧れの中尉に褒められて私は頬が熱くなるのを感じた。


「いえ」

 中尉には遠く及びませんと言いたかったのだけれど、口に出せたのは極短い言葉だけ。中尉は笑顔を引き締める。

「曹長?」


「中尉なんでしょう?」

「傍目にはハラスメントに見えるのだけど」

 キバヤシ曹長の手が私の方から外れる。

「やだなあ。同僚同士の親愛さの表れですよ」


 中尉は曹長を無視して左手の甲を上にして差し出してくる。

「ルーシー。あなたの認識票をかざして」

 ためらったが笑顔で促されて私は自分の手首の認識票を中尉のものに近づける。小さな電子音が鳴って接続完了を告げた。


「何か困ったことがあったら、いいえ、起きそうになったときでもいいわ。気軽に連絡をして頂戴。曹長は操縦席に居る時以外はちょっとアレだから」

「さすがにそのセリフはどうなんです?」

 中尉は腰のホルスターに手を当てながら冷ややかな目をした。


「なんなら先に去勢してあげてもいいのよ。アントニオの操縦に3本目の足は要らないって知ってるかしら?」

「そうだ。航法装置のチェックがまだだった。中尉失礼します。おい。ルーシー。4番ハンガーに戻るぞ」


 慌ててキバヤシ曹長は走路の側面から突き出しているバーにつかまって移動を始めた。私も慌ててキバヤシ曹長を追う。バーをいくつか替えて、休憩室に到着する。

「航法装置のチェックはいいんですか?」

 私の問いかけには答えず、キバヤシ曹長は飲み物のカウンターからチューブを投げてよこした。


 自分もチューブから飲むとキバヤシ曹長はニヤリと笑う。

「中尉の前でもそれぐらい口をきけりゃ良かったんだがな」

 手元のチューブの飲み口をくわえチューブを強く握る。各種ビタミンが配合された飲み物はオレンジ風味。私の好みを覚えてくれていたんだ。


「階級がかなり上の方の前に出れば誰だって緊張します」

「そんなもんかねえ。うちの隊長の前だとそうでもないじゃん」

 キバヤシ曹長の笑みが大きくなる。

「やっぱり憧れの人ってわけだ」


 ううう。シュワルツ中尉に憧れて機動ユニット科を志願したなんて話すんじゃなかった。過去の軽率な発言を後悔しているとキバヤシ曹長は飲み終えたチューブをダストボックスに向かって投げる。ふわふわと漂っていったチューブは見事に5メートル先のダストボックスに入った。


「まあ。初対面の挨拶としちゃ悪くないんじゃねえか。俺ぐらい図々しくできないんだったらな。俺だってまだゲットしてない個人的な連絡先教えて貰えるなんて、羨ましいぜ。まあ、行きつけのバーに行ってタイミングが合えば会えるけどな。この間も1杯ゴチになった」


 中尉に奢って貰えるなんて羨ましすぎる。羨望の眼差しを向けていると鋭いサイレンが鳴り響いた。

「敵影発見。推定接触時間は630秒後。アルファ及びベータ小隊は直ちに発進せよ。残りの各隊は各機にて出撃準備完了のこと」

「よっしゃ初陣だぜ」

 

 キバヤシ曹長に従って、ハンガーデッキに移動し自機のコクピットに潜り込む。いくつかに分割されたモニターの中の曹長がヘルメットのバイザーを上げて笑いかけてきた。

「さっきは上手くいかなかった初対面の挨拶ばっちりきめろよ」


 カタパルトに自機のアントニオ・スナイパーの脚を固定する。発進のシグナルと共に急加速して気が付けば宇宙空間に放り出されていた。なんとか機体を安定させ敵の位置を探る。大口径のレールガンを構えて射撃管制モニターの中央に敵機を捉えた。敵機の周囲に二重丸が表示され緑色に変わる。


 火器のトリガーを引くと機体に発射の反動が響く。劣化ウラン弾が射出されて飛翔を続け、敵機に命中した。さすが新型の狙撃専用機。ロングレンジから一方的に攻撃できる。私は次のターゲットを探しながら呟いた。

「初めまして。さようなら」 


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