素敵なゴールを目指しましょう【KAC202110】

amanatz

素敵なゴールを目指しましょう


思ったより、続いてるな。

このところ、夫は毎晩、風呂上がりにリビングの隅を占拠して、筋トレに励んでいる。励んでいるといっても、ごろんと寝っ転がって、ちょっと足を上下させたりとか、腰をひねってみたりとか、ほんの五分程度のことではある。


でも、「ちょっと余分な贅肉を落としてみようと思って」とぽつりと言ってから、気がついたらもう一か月ほど、ほぼ毎日欠かさずやっている。そして、その光景が日常として定着していることに気がついて、少し驚きを覚えたのだった。


「なんだかんだ頑張ってんじゃん」

「いや、別に頑張ってはいないよ」


褒めたのに速攻で否定された。この人はこういうところあるよね。


「頑張らなくてできる範囲だけやっているんだ。頑張ろうと思ってやっていたら、気負ってしまって、きっとすぐにダメになってしまっていただろうからね」

「でも、続いてるでしょ。頑張ろうと思わないようにしてるったって、頑張ってるんじゃん?」

「気の持ち方の問題だからなあ。できるだけ続けるために、意識しないで『当たり前』のこととしてやろうとしているだけだよ」


うん、要は、気負わないで気楽にできる範囲だからこそ続けられている、ってことだな。なるほどね。


「でも、また、なんで今回は思い立ったの? 今までは私が一緒にやろうって言ってもやらなかったのに」


そりゃあ、以前よりは彼もやや体型は崩れてきてはいるけど、本人はまるで気に留める様子は見られなかった。私も、太ってきたね、みたいな言葉をかけた覚えはない。健康診断の結果が悪かったという話も聞いてない。


「今までは特段、何かやんなきゃいけないってほどの必要性を感じていなかったからね」

「必要性を感じるようなことがあったってこと?」

「うーん、どちらかというと、『ゴールの目指し方がわかった』ってところかな」


あ、これ、たぶんちょっとメンドクサイやつだ。

やたらと理屈っぽいというか、何かと独自の理論を展開しがちな夫のツボを刺激してしまったらしい。まあ、でも、運動を続けているのは偉いし、いつも途中で終わってしまう私自身のダイエットにも、ヒントになるものがあるかもしれない。少し付き合ってみるか。


「へえ、どういうこと?」

「ダイエットでもよく、『何キロ痩せるか』とか、『ウエストを何センチ以内にする』とかってゴールを設定しがちだろ。筋トレだと、『腹筋が割れるまで』とかさ」

「まあ、それが普通だよね。メーカクなスーチモクヒョーってやつでしょ?」

「そう、数値目標を目指して達成することは、指針としては大事だ。だけど、そこは、ゴールじゃないんだよ」

「ふんふん?」

「大事なのは、そのさらに先にゴールを設定することだ」

「あー」


なるほど。ちょっとわかってきたぞ。


「筋肉つけたり痩せたりして、それから『何がしたいのか』まで考える、ってこと?」

「そう、そのとおり。まあ、大したライフハックでもないけどね」

「でも、よくわかるよ。あなたの話にしては珍しく」

「ちょっと引っかかる言い方だけど、やっぱり、ただ数字を詰めていくだけっていうのは、しんどいからね。その先に、素敵で楽しいゴールが待っているって思ったほうがいいだろ?」

「確かにね。これまでも、『あと何センチ縮めたら、あの服がまた着られる』くらいのゴール設定はしてたけど」

「それはそうだな、『その服を着て、いつもよりも遠出してみる』とまで考えたらいいんじゃないかな」

「あー」

「もう自分でご褒美を決めたっていい。欲しかったバッグを買う、とかでもね。そしたら、やる気も出るだろう?」

「うん、なるほど」

「ただし、勢いで初めから飛ばしすぎてもいけない。頑張ろうと思いすぎない、できたらいいなくらいのゴールを設定する。そこのバランスが大事なんだと思う」


言っていることは腑に落ちた。

素敵なゴール、若い頃は意識しなくても自然と設定できていた。たとえば、目の前のこの人を振り向かせるため、とかね。

だから、頑張れていたんだな。


ただ、ひとつだけ、まだ腑に落ちないことがある。


「で、あなたの考えているゴールって何なのよ」

「え?」

「いや、今の話だと、いいゴール設定ができたから頑張ってる、いや、頑張らないくらいで続けてるってことでしょ? 今まで別に、痩せたり、動ける身体にしたりって、興味なさそうだったから、どこにゴールしたいのかなって」

「太ること」

「え?」

「ゴールは、太れるようになること」

「……はい?」

「ある程度効果が出たらさ、『その気になれば、これだけ痩せられる』ってことがわかるだろ? なら、今回のトレーニングを始めた状態までは、太っても大丈夫』ってことだ。だから、ある程度身体が引き締まったら、思う存分、好きなものを食べて、ゴロゴロする。罪悪感なく怠惰になれると考えれば、こんなに素敵なご褒美はなかなかないよ」


うん、うん。

わかった、よくわかった。

やっぱりあなたの理論はよくわからない、ってことが。

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