第3話 暴かれ、染める黒
「遅かったね、ずっと待ってたんだよ、
「……え?」
待ってたって何? どういうこと? それに、なんで
「わかるよそんなの? 瑠花は、私が瑠花から離れていっちゃったのが寂しくて、私からこいつを寝取ろうとしたんでしょ? すっごいよねぇ、いつまでも純粋で子どもみたいだと思ってたけど、そういうとこはちゃんとオトナになってんだ……まぁ、もっと早く来るかと思ってたけどね」
まだ服を着られていないわたしの身体をじろじろと値踏みするように見ながら、凜華は
「ねぇ、瑠花」
ベッドで上体を起こすのがやっとだったわたしをそれ以上動かさないとでも言うように身を寄せてくる。熱に浮かされたようなその顔は明らかに普段の凜華とは別人なのに、それでもやっぱり綺麗で、思わず見とれてしまう。
そんなわたしを真正面から見つめながら、凜華はまた嗤った。
「私がずっと、ずっとずっとずっと瑠花のこと嫌いなの、知ってた?」
「え……?」
突然の言葉に、言葉が繋げない。
凜華はそんなわたしの反応を楽しむようにまた笑ってから、そのままわたしの上に覆い被さってきた! 首に回された手はとても冷たくて、それなのにドクンドクンと確かに鼓動を感じる――一瞬事態も忘れてその感触を噛み締めてしまいそうになる。
「あのさ、瑠花? 本当に私たちがおんなじだと思ってた? 何もしなくてもたまたま? 偶然? 服のチョイスも見る番組も全部全部同じになるような、そんな偶然、本当にあると思ってたの?」
「ねぇ、なに言ってるの、凜華?」
やっぱりわかんないか――そう言いながら、凜華は嗤う。けど、その声はどこか啜り泣きのようにも聞こえた。胸が痛い、少しずつ力を込めて絞められていく首よりも、胸が苦しかった。
凜華が泣いていることではない、凜華のことを理解できないわたしがいるというのが、たまらなく苦しくて、そんなわけないって否定したいのにできない事実があまりにも痛かった。
「私さ、小さい頃あんたの家で遊んだことあったよね、1回だけ?」
「う、うん……」
「うちじゃ、あんな温かいご飯は出なかったよ」
「え、」
「あんな風に家族で穏やかに会話する時間なんてなかったし、テレビなんてつけてたらいつ物投げられるかってビクビクしっぱなしだった、それになに、瑠花の家ではあんなに自由にいろいろしていいの……? 生活費を稼げって言われたり、その為にしたくもないことさせられたり、何もなかったよね、お父さんとお母さんだって仲良さそうで――ううん、仲良かったよね、あんな光景うちじゃ絶対に見られないよ。物心つく前に離ればなれになってるし、“
ねぇ瑠花、あんたの家じゃ親の機嫌次第で灰皿を頭に叩きつけられることがあるの、必死に嫌なこと我慢して手に入れたお金を当たり前のように取られることは? ふふっ、なにその顔? 言わなかったもんね、知らなかったよね、だってこんなの言えるわけないじゃない!」
ぎゅうぅぅぅぅぅ……っ!!
「ぅぐっ!? ぐぁっ――――」
首を絞める力が更に増して、だんだん息が苦しくなってくる。
「瑠花、ねぇ瑠花、あんたが当たり前な顔して生きてるあの家がどんなに幸福な景色だったかわかる? 自分の家しか知らなかった私がどんだけ苦しい気持ちになったかわかる? これが普通なんだって思い込めてたのに、それを真正面から否定してきたあんたのせいで、その後の私がどれだけ苦しかったか……」
聞かされる恨み言が、止まらない。
滲んでいく視界に、ぽつりぽつりと温かな雫。
泣いてるの、凜華? そう声をかけたくても、もう声も出せないくらい首は絞まっている。頭がぼうっとして、意識が少しずつ曖昧になって、そんな中に凜華の声だけが確か。
「瑠花の“普通”に近付きたくていろんなことしたよ、瑠花の好きなものを好きになって、瑠花の知ってることは何でも知って、瑠花の見てるものは何でも見て、瑠花の後をずっと追いかけてたの。だって私にとって“幸せ”って瑠花の“普通”だったから。だから必死に瑠花を見てた、必死に瑠花に
でもね、それをやればやるだけ、どんどん自分が惨めになっていくんだよ。ちょっとの
「ぁ――――、」
更にきつく絞まる首。
本能が生きるために腕を動かして、瑠花の柔らかくてしっとりした腕を掴む。すると伸ばした腕が掴まれて、少し息が楽になって。
目に映ったのは、わたしの腕にキスをして涙を流す凜華の姿。やっぱり、どんな状況になったとしても凜華はとても綺麗で。殺されそうだっていうのに、わたしは見惚れずにいられなかった。
「だから、嬉しかったよ。恋人を作った私を必死に追いかけてくる瑠花を見られたの、すっごく嬉しかった。気付いてたよ、アクセもメイクも変えて、必死に“私の鏡”になろうとしてくれた。あの瑠花が私を見てる――そう思っただけで、こいつには何の感情もなかったけどすっごく気持ちよかった。こいつと肌を重ねた分だけ瑠花が私を想って壊れてくれるって、嬉しかったんだ」
わたしを見下ろす頬は、きっと照明の色なんか関係なく赤く見えて。
「ねぇ、瑠花」
「ん、」
急に
「もっと壊してあげる。今度は、私があんたを壊す番だから――」
腕から首へ、首から唇へ。
マーキングするように押し当てられる唇と吐息から、わたしはもう決して逃れられない。全てが曖昧になっていく世界のなかで、それだけははっきりしていた。
鏡よ鏡、嘘つき鏡 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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