第2話 浮かされる赤
なんでも一緒だったはずの
彼氏とのデートがあると告げてきた次の日は、約束通りわたしとも帰ってくれた。けど、いつもならお互い会っていない間のことなんて自然にどちらからともなく話し始めていたはずなのに、凜華は何も話してくれなかった。
『え、昨日のデート? えぇ、気になるの?』
はにかんだような、どこか艶のある笑顔。
『そりゃそうでしょ、だってずっとわたしの後ろにいた幼馴染のデートなんだし?』
うまく笑えていただろうか、自信がない。
凜華の返してきた顔に、
そうやって帰った日のわたしは、どうしてだろう、ずっとそっくりだと思っていた凜華の顔とはひと目見てわかってしまうくらい別人のように思えた。
* * * * * * *
遠ざかってしまった距離を埋めようとする時間は、なんとも言えない虚無感に包まれていた。
何をどう揃えたらわたしたちは元に戻れるの? もうお互いどこまで揃っているかわからないくらい揃っていたはずなのに、いざ意識してしまうともう、何もかもが不揃いであるように感じられて仕方なかった。
だってこれ以上何を合わせたらいいの?
こんな風に、
そんなわたしを嘲笑うように、凜華はどんどん変わっていく。
服の趣味もどこか暗めの色味になってきたり、髪型も変わってきたり、休みの日に付ける香水も少しだけスッとした香りのものに変わってきているようだった――どんどん、わたしの知っていたはずの凜華が遠くなっていく。それが苦しくて何度手を伸ばしても、凜華は笑顔のまま、わたしの前では何も変わっていないような態度を崩さないまま、けれど確かにどんどん遠ざかっていく。
中学校の頃に凜華がほしそうにしてたからあげたシロツメクサをモチーフにしたアクセサリーがいつの間にかクロユリのものに変わっていた――聞いてみると彼氏が買ってくれたのだとか……そんな話聞きたくなかったよ、凜華。
どんどん変わっていく。
どんどん離れていく。
一緒だったころに戻ろうとすればするほど、昔のわたしたちがどんな風だったか思い出せなくなっていって、その間に季節は流れて、追いかけて入った部活にも顔を出さずにデートするようになっていたり、進学塾だってサボりじゃないようになんか事情を説明してなんて頼みを聞いたのは一度や二度じゃない――ねぇ、ねぇ凜華。
追いかければ追いかけるほど、あなたが遠くなっていくよ。
もう、どうしたら昔のようになれるかわかんないよ。
子どもの口約束で、その場の勢いだったかもしれないよ。
でも、あの頃からあの
凜華は全然そんなことなくて、きっとこの先もわたしたちは重ならないままで……。…………っ!!
鏡に写った顔は、もう昔みたいに凜華そっくりだなんてとても言えない。見る人が見ればまだ似てるのかも知れないけど、わたしからしたら凜華はもう、全然知らない女の子だった。
わたしといろいろなものをお揃いにして、その頬を少し赤くして笑っていた凜華は、もうどこにもいない。
それなら、わたしは何のためにこんな苦労をしてるの? こんな苦しい思いをして、凜華がどういう風に
曇った鏡の向こうで、凜華とわたしのことをよく知らない人たちからしたら『見分けがつかない』らしい顔が、ぐにゃりと歪んだように見えた。
* * * * * * *
「あれ、凜華ちゃん? ずいぶん地味っつーか、大人しめっつーか……なんか付き合い始めたばっかりのときみたいじゃね?」
……なんだ、この人そうなんだ。
わかんないんだ。
心のなかで、今まで知らなかったわたしがほくそ笑む。
ねぇ、凜華。
わたしばっかり苦しいのは、もう疲れたよ。
だから、後で教えてあげるね――あなたが好きな人は、あなたとわたしの見分けもつかないようなやつだったよ、って。
殺風景なワンルーム。
ねちっこいキスが鬱陶しくて、きっと凜華以外の何人にもしているだろう手慣れた愛撫が白々しくて、触れさせられたそれがただ浅ましくて――口に含まされた味も臭いも、とにかく独りよがりなものにしか思えなかった。
「なーんか辿々しいね。今日はそういう感じでやるの? じゃ、それっぽくリードしてやるからさ、ほら」
面白がるような笑い声と共に押し倒されて、ベッドのスプリングに包まれることなく跳ね返されて――見上げた視界に映る汗の滲んだ下卑た顔が少し怖くて、ねぇ凜華、これでわたしとあなたの違いがまたひとつなくなっ、
間接照明の灯された仄明るい部屋。
ぬらりと光る顔の後ろにふと、影が現れて。
ぐしゃっ
湿った、鈍い音。
欲望に歪んでいた顔が、怖いくらいの勢いで右に吹き飛んで、そのまま身体ごと倒れ込んだ。何が起きたかわからない――裸のままピクピクと痙攣している彼を見ていると、「チッ、」と舌打ちが聞こえた。
「油断も隙もない……まさか
知っているはずなのに、今まで聞いたことのない低い声。そして手に持っていたゴルフクラブを振り上げて――
「気安く私のモノに触んなよ、この下半身野郎が!!」
ぐじゅっ
……鈍く湿った、絶望的な音がひとつ聞こえた。
どれくらい時間が経っただろう。
肩で息をしていた凜華がふっと冷静な顔つきになって「はい」とベッド脇に脱ぎ捨てた服を投げて寄越してくる。
そして、微笑みと共に一言。
「遅かったね、ずっと待ってたんだよ、瑠花」
「……え?」
その笑顔はあまりにも穏やかで、そしてどこか嬉しそうにさえ見えた。
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