Epilogue

to be continued

「そうやって逃げ帰るなんて、愛花らしいわね。負け犬っぽくて」

「うっさいな〜。ほっといてよ!!」


 学校の近くにある喫茶店。入学式が終わると、悠斗、そして御咲と合流してその場所を訪れた。駅近くの大手チェーン店ということもあって人もそこそこに多いけど、ほのかに香るコーヒー豆の匂いが少しだけわたしたちを落ち着かせてくれる。

 ちなみに、御咲と悠斗の二人だけでこんな店に入るものなら良からぬ噂を立てられてしまう可能性もあるだろう。ただしそこへわたしが加わるだけで、ただの普通の高校生グループに見えてしまう……と悠斗は断言しているんだ。だから今日もこうしてわたしは御咲に捕まり、二人のデートを邪魔してるってわけ。もちろん不本意なのはわたしの方である。


「でもお前、それと全く同じセリフでファン第一号を思いっきり振ったんだよな?」

「べ、別に……そういうわけじゃないもん……」


 そしてわたしは二人に白状させられた。体育館シューズを取りに行っただけのはずのわたしの顔を見て、一目散にその異変に気付いたのは悠斗だった。『後で御咲と尋問だな』って、乾いた涙を拭いた黒い痕を見てそう言ったんだ。てかそれはそれで酷くない? 普通心配するとかの方が先のような気もするんだけどな。


「確かにアイドルがそんなセリフ、キッツイわね〜。あんた、アイドルとしてやる気あるの?」

「それを今こうして男とデートしてる売れっ子アイドルには言われたくないんだけどどうかな?」


 まぁわたしがこの場にこうして居座ってる時点で、デートという雰囲気をぶち壊している気もするんだけどね。でもこういう状況を作ったのは御咲の方だ。だからその件で御咲にとやかく言われる筋合いはないはず。むしろ逆に今この場から逃げ出したいのはわたしの方なんだから。人の話を肴にして、こうやってデートが盛り上がってるわけだから。


「それにしても和歌山の声を集めて音声合成させるとか、随分と物好きなファンもいるもんだな」

「あら。悠斗は私のモーニングコールで毎朝目覚めたいとは思わないの?」

「ご、ごめん。それはちょっと遠慮しておくよ……」


 悠斗は御咲の提案をあっさり拒否していた。二人はアイドルとファンではなくて恋人同士なんだから、そういうのはあってもいい気もしたんだけど、悠斗にそういう趣味はないのかもしれない。むしろ御咲の方が不敵な笑みをくすくすと見せていて、そんな悠斗の態度を弄んでいるようにも見えた。魔性の女? 端から二人のそれを見ているとやや不思議な気配もした。


「私は悠斗の声で毎朝起きたいのにな」

「ごめん俺の生声ならともかく、音声合成は流石に怖いのでやめてください」

「じゃあ私に毎朝音声チャットで起こしてよ。それなら電話代もかからないし」

「売れっ子アイドルに毎朝モーニングコールとか難易度高くないかそれ?」

「いいじゃないのそんなの。私達付き合ってるんだし」

「いやだからその……あのな……」

「ごっほん!!」


 もちろん最後のわざとらしい咳払いはわたしだ。頼むからお願いだから、そういうのはわたしのいない場所でやってほしい。

 でも話を聞いていると、この二人がわたしの知ってる場所以外で本当に会ってるのかな?という疑問もあった。だっておよそ悠斗は『御咲と二人でいると他のやつに見つかったらさすがにやばいだろ』っていつもわたしを誘ってくるんだ。それを御咲もわかっているらしく、わたしを特に邪魔者扱いはしてこない。だけど結局のところはわたしの存在など気にすることもなく、こんな有様なんだ。

 本当にこの二人、なんだかよくわからないんだよなぁ〜……。


「そもそもなんでアイドルって、恋愛禁止なんだろうね?」


 ふとわたしは思わず、こんなことを口に出していた。

 それを後になって、『しまった』と思ったのも事実だった。だが時は既に遅し。わたしは御咲の顔を伺い、御咲は悠斗の顔、悠斗はわたしの顔を互いに伺っているようだった。てか何このトライアングル……!?


「別にうちの事務所は恋愛を禁止してるわけじゃないし、それはアイドルも同じ対応だってこと、そんなこと愛花も知ってるわよね?」

「あ、うん。禁止にはしないけどそれ以上に結果を出せって話だよね?」


 わたしと御咲が所属する芸能事務所『デネブ』では、先代の社長の頃から『所属タレントの恋愛は自由』ということになっていた。むしろ恋愛一つもできないような人間が観客の心ひとつを掴めるわけがないって、そんな制約のようなものよりもまず結果を求めてきたんだ。その伝統は先代の社長が亡くなった後、今の社長になっても引き継がれている。今の社長は先代の社長の未亡人だった人。だけどもう既に再婚しているとのことだ。

 つまりうちの事務所の言い分としては、タレントだろうとアイドルだろうと、恋愛して人間として成長しなさいということらしい。……うん、わたしには今ひとつ実感の湧かない話であるけどね。


「だけど実際どうなんだ? アイドルってイメージみたいなものがあるだろうし、そんなアイドルが彼氏いるって言ったら、そのイメージもぶち壊れるんじゃないのか?」

「だったら悠斗は……悠斗が今最も大好きなアイドルに彼氏がいたら、そんなアイドルのこと嫌いになるのかしら? それがたとえ、白馬に乗った王子様みたいな人だったとしても」

「べ、別に今はそんな話してないだろ」


 御咲にそう問われて、悠斗はどこか慌てていた。わたしとは視線を合わせてこなかったけど、顔が少し赤らめているように見えて、少しばかり可愛い。そんなこと口に出して言ったら、当然悠斗からはグーのパンチが飛んできそうだけど。


「じゃあ悠斗はさ、仮に御咲が浮気してても全然平気ってことだね!」


 とりあえずわたしはそこへ追い打ちをかけるように、こんなことを言ってみる。


「あ、ああ。御咲が別に彼氏ができても、俺はそれを応援するよ」

「それ。自分の彼女の前でそのセリフはさすがに傷つくわね。いっそのこと本気で浮気してやろうかしら?」

「ああ待て待て。俺は応援するとは言っても、嫌いになるとは言ってないぞ」

「ねぇ悠斗。それ、自分で言ってて全然フォローになってないって気づいてる?」

「すまん。今度パフェ奢るから今の全部まとめて許してくれ!!」

「私をパフェひとつで手懐けようとするとはいい度胸よね?」

「す、すまんって……」

「だ、だからあのね〜!!!」


 なお、最後に叫んだのは御咲でも悠斗でもなく、わたしだ。いつの間にかいい感じになってて、完全にわたしが置いていかれてる。本当にそういうのはわたしのいない場所でやってほしいものだ。


「つまりそういうことよ」

「つまり、どういうことでしょ?」


 と、唐突に話を切り返してくる御咲。本当についていくのが大変だ。


「あなたも今日学校で、白馬に乗った王子様から『ずっと応援したい』って言われたんでしょ?」

「その彼が白馬に乗った王子様だったかどうかはともかく……うん、まぁ」

「そんな彼が、仮に百人いたとして……」

「あんな彼が百人いたら、わたしビルの屋上から本気で飛び降りるかも」

「その百人が百人とも、愛花に彼氏がいたくらいでそっぽを向くとでも思うのかしら?」

「う……それは……」


 なんとなく御咲の言いたいことはわかる気がした。わたしが待ち続けている白馬の王子様というのが今この世のどこかにいたとして、だけどその王子様は他の誰かと付き合っているとしたら……。仮にそこに運命の赤い糸がなかったとしても、二人はしっかり幸せそうで、わたしにはどこにも入る余地などないかもしれない。わたしはそんな王子様を自らの手で奪いたいとか本当に思うだろうか。

 確かにわたしはヘタレかもしれない。だからそもそも奪いたいという発想に至らないかもしれない。だけどそれ以上にわたしはその二人のことを、しっかり応援してみようって思うんじゃないだろうか。


「アイドルなんて所詮偶像。だけど偶像だからこそ、そこに輝いている何かを見つけると思わず応援したくなる。つまり私達はその輝きに魅せられた時点で負けなのよ」


 わたしは思わずぽかんとした。それと同時に納得もした。だってそんなわたしは御咲に魅せられているんだもん。だから御咲と悠斗の関係を応援したい。そんな風に思っているんだ。


「おい、御咲……」

「いいわよ。どうせ愛花には気づかれないんだから」


 そんな二人の会話の声は、わたしの右耳から入って、左耳からそのまま出て行ってしまっている。今のわたしの頭の中には、御咲と悠斗の二人を応援しようってことで頭が一杯だったから。


「それより明日はデビューライブよ? 愛花、あんた本当に大丈夫なの?」

「あ、うん。少なくとも御咲よりは上手く歌ってみせるよ!」

「言ったわね? この負け犬が!!」


 どうせわたしは御咲に比べたら負け犬ですよ〜だ。

 彼氏もいないし、人間的にもまだまだかもしれない。彼氏もちゃんといてわたしなんかよりずっと大人びてる御咲と、そしてもう一人、リーダーの……あのおちゃらけた顔で一番人に対して客観視できる夏乃なつのに比べたらわたしなんてまだまだ全然だ。

 だからわたしは背伸びしてでもチャンスを掴み取るしかない。今はまだ少ないチャンスかもしれないけど、それを見落とさないように……。


 そう。せっかくのアイドルデビューなんていうチャンスを、今この手から手放してはいけないんだよね。

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アイドルなのに恋愛できないほんとの理由 鹿野月美 @shikanotsukimi

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