想いをかけて
「藍。あの……、ね。私、謝らないといけないことがあるんだ」
「なに?」
陽のすっかり落ちた公園のベンチは、暖色の街灯の下でもやけに暗く感じる。
藍に『話がある』とメッセージを送ったら、珍しく返事はすぐに返ってきた。その気まぐれも、今は恐怖をあおるばかりだ。
今度こそ嫌われたらどうしよう。息が苦しい。こんなに寒いのに嫌な汗が滲んで、手足が氷みたいに冷たくなる。
でも、言わなきゃいけない。震える膝の上で拳を握って、私は重い口を開いた。
「藍に告白を十回断られて、どうしようもなくなってさ。バレンタインチョコに魔法をかけたんだ。食べたらとっても怖くなる魔法を。そこで告白したら吊り橋効果で藍が私のことを好きになってくれるかもって。本当にごめんなさい。気持ちを受け入れて貰えないからって、酷いことして」
──最低だよね、こんな奴。もう仲良くなんて、してくれないよね。
目を逸らさないって決めていたのに視界がぼやける。鼻の奥がツンと痛む。涙なんて甘えなのに。今の私には許されないっていうのに。どうして?
街灯の落とす陰と宵闇が、滲んだ景色と混じりあって。藍がどんな顔をしているのかも分からない。
「知ってる」
「──え?」
「初華がくれたチョコに怖くなる魔法がかけられていたことも、それがあたしへの告白を成就させるためのものだったことも。なんとなくだけどね」
想像していなかった言葉に頭が真っ白になる。制服の袖で涙を拭うと、藍はとてもやさしい顔をしていた。
「じゃ、じゃあどうして藍は、あの時私の告白を受けてくれたの?」
「それは──」
藍は深く息を吸ってから、話し始めた。
「あたしも初華が好きだったから。初華みたいに一目ぼれじゃないけど、気づいたらドキドキするようになってた」
心臓が止まりそうになる。言葉の先が見えなくて、期待と不安で息ができない。
「けど、怖かったんだ。出会ったその日に告白なんてしてくる初華だから、あたしを好きっていう気持ちも一時のものとか、独占欲を恋と勘違いしているんじゃないかって。だから断ってきた。告白を受け入れてから初華がさめてしまったらあたしはきっと耐えられない。それならいっそ、このままの方がいいんじゃないかって。ずっと思ってた」
「……ごめんね。私がもっと慎重だったら、藍を苦しませずに済んだんだね」
「ううん、そんなの初華じゃないよ。いつも元気いっぱいであたしを連れまわしてくれるあなたが好き」
「それでね」
藍は立ち上がり、東に浮かぶ黄色い満月を見ながら続ける。
「初華がくれたチョコが普通じゃないのはすぐに分かったよ。怖かったのは本当だけど。試してみたんだ。初華があたしに魔法を使ったことを打ち明けてくれたら、信じてもいいのかなって」
藍の言葉が胸に刺さる。私があのまま浮かれていたら、今この瞬間もなかったんだ。私達の関係を、私自身が壊すことになっていたんだ。
「そんな顔しないで」
そう言って、藍は私の前に立つ。座ったまま見上げる私に長いまばたきを一つすると、一度も見たことのない真剣な顔をした。
「本当にあたしのこと好き? 友達じゃないよ? 恋愛対象としてだよ?」
「友達としても、恋愛対象としても大好き。出会った日から今日まで、変わらないよ!」
「一緒に魔法部入らないよ? 面倒だから帰宅部だよ?」
「うん。藍は好きにしてていいよ。気ままな藍が、私は好き」
「メッセージもそんなに返さないよ?」
「知ってるから大丈夫。私は藍に送るけどね!」
「好き嫌い多いよ? わがまま言うかも知れないよ?」
「トマトにピーマン、それと犬と高いところと海。朝も苦手。他にもたくさんあるけれど、私にはわがままも遠慮しないでいいよ。もちろん私も遠慮せずに藍を連れまわすけどね!」
「……女同士だよ。きっと色々、大変だよ」
「誰にでもある壁が、私達にとっては同性だったってだけだよ。藍となら、乗り越えられるって信じてる!」
「…………もしいつか好きじゃなくなったら? 友達に戻れなくなって、後悔するかも知れないよ?」
「十回告白して断っても断られても一緒にいるんだから。私達なら絶対に大丈夫だよ!」
私は藍の何もかもを受け止める覚悟をしている。どんな魔法でも、この気持ちを変えられはしない!
「ふふ……そうだね。一年間ずっと、初華はそうやってあたしを幸せにする魔法をかけてくれてた」
俯いた私の手を優しく握る藍。私は引かれた手につられて立ち上がる。
藍は私との出会いを、とても嬉しそうに振り返った。
連休に行ったピクニック。早起きしてお弁当を作ってくれたよね。
一つだけの傘で帰った梅雨の日。あたしが濡れないように肩がびしょ濡れになっていたことは忘れないよ。
二人で浴衣を着た夏祭り。暗い夜道も初華がいれば怖くなかった。
放課後の図書室。たくさんの物語を教えてくれて楽しかったよ。
ささやかなクリスマスパーティ。プレゼントに悩み過ぎて寝不足になってたでしょ?
カウントダウンを終えてすぐの初詣。願ったのは二人の未来。
「そうだ。あたしに魔法を使ったこと後悔しないで。『時代遅れ』とか言ってても、魔法のこと話す初華はキラキラしてて、そこも好きだから」
藍の言葉が幸せで苦しくて、胸がつかえる。あふれた涙がローファーを鳴らす。
今は私の番じゃないんだ。涙を拭いて深呼吸して。まっすぐに藍を見つめて。
「藍。台無しにしちゃったチョコ、もう一度受け取ってほしい」
クラフト紙で作られただけのハート型の箱を渡す。ここに来る直前まで銀の庭のキッチンを借りていたので、ラッピングをする時間もなかった。
けれどこれが私の、せいいっぱいの藍への想い。
「何これ、重っ……」
藍はゆっくり蓋を開ける。
こげ茶に薄茶、ホワイトにピンクに抹茶色。つやつやのもの、粉をふったもの。色もサイズも味もバラバラだけど、ぎっしり詰めたハート形のチョコレートたち。
少しでも早く作り上げるためにたくさんの魔法を使ったけれど。
チョコレートに込めたのは『藍を笑顔にしたい』という願いただひとつ。
「……それじゃあ、いただきます」
藍はピンクのハートを恐るおそる口へと運ぶ。
いつもはクールな目がぎゅっとつむられて、すべすべの頬が少しだけ動いて、それから。
もう白くならない吐息といっしょに、満面の笑みが咲いた。
「──とけちゃいそう」
魔女はオモイをチョコへとカケテ 綺嬋 @Qichan
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