告白の結末

「藍の手、あったかいね」


「心が冷たいからだよ」


 そんなこと言いつつも、隣を歩く藍が手を握る力は強くなる。私達が付き合い始めてから二週間。関係は確実に変わっていた。

 今日も授業を終えるとすぐに二人で学校を後にする。


「初華、部活行かなくていいの?最近ずっと休んでる」


「……うん。最近ちょっと、上手く魔法を使えなくて。スランプかな?気にしないで!それより今日はどうしよっか?」


 繋いだ手をぶんぶん振ってごまかす。

 上手く魔法が使えないのは本当だけど、スランプなんかじゃない。

 藍の恐怖に怯えた顔が頭に焼き付いて、上手に魔力を束ねられないからだ。


 自分で望んだことなのに。藍と付き合えて幸せなはずなのに。

 ──どうしてこんなに胸が苦しいのかな。


「辛そうな顔してて初華らしくない。何かあるなら話してよ」


 心配そうに見つめてくる。私は藍にひどいことをしてしまったのに、どうしてそんな顔をしてくれるの?罪悪感で胸がどうしようもなく痛む。

 ──もう、ダメだ。


「ごめん。私、今日は用事があったの忘れてた。必ず、かならず連絡するから!」

 それまで、待っていて欲しい。



 私は藍を置いて、銀の庭へと走り出す。いつもならすぐにたどり着く道のりも遠く感じて、ドアを叩く時には肩で息をしていた。


「恐怖の魔法を解く方法を教えてください!」

「ないね、残念だけど」


 あまりにもあっけなく答える。だからこそ事実を突きつけられて、走ったばかりの心臓がさらに締め付けられる。

 安楽椅子を揺らしながら左手でポップコーンをつまむディアナさんは、断末魔を上げるテレビから目を外さない。


「想像できなかったかい?」


「……自分のことばかりで、藍が見えなくなっていました。今は藍の怯えた顔が頭から離れなくて、苦しくて」


「まぁ、若いころの恋愛なんてそんなもんさ。魔法を使ったからどうこうの話じゃくてね。初華ちゃん、こっちにおいで」


 ディアナさんは立ち上がり、私に安楽椅子に座るよう促した。

 言われるがままに腰掛けるともう随分と減ったポップコーンの器を差し出される。鬼火で炒った、恐怖のポップコーンだ。


「食べてみるといい」

 諭されるような口調に唾を飲み込む。また藍の顔が頭をよぎった。ここで食べなければ、私には藍を好きでいる資格なんてない。そう言い聞かせて一粒を手に取る。あまりに軽いからつい大したことないだろうと思っていたけれど。


 ──怖い。

 姿かたちのない無数の何かがあらゆる場所から私を狙うような。

 宇宙空間に一人で投げ出されるような。断頭台に立たされるような。

 そんな感情が身体の奥からぞわぞわと湧いてきて、思わず背中を小さく丸めるしかなかった。涙が止まらない。呼吸が追いつかない。


 私はこんな辛いを思いを、藍にさせちゃったんだ──。


 ‡


「そろそろ落ち着いたかい?」


「はい……すみません」


 鼻をすする私に、ディアナさんは白いマグカップを差し出した。

 ふわりとチョコレートがあたたかく香って、自然と肩の力が抜けていく。


「落ち着く魔法をかけたんですか?」


「そんなものはかけてないよ」


 ディアナさんはお揃いのマグカップから一口を飲み、揺れるチョコレート色の水面を見ながら話を続けた。


「チョコレートには人を幸せにしてくれる生まれ持った『魔力』がある。分かるだろう?」


 私のあげたチョコレートを食べて嬉しそうにする藍の顔が浮かんで、私は頷いた。


「そして手作りしたものには、さらに魔力が宿る。『心』とでも言い換えるべきかな。魔女がこんなことを言うのもなんだが、チョコに恐怖を込める必要はなかったのかも知れない」


「でも、もう何回も告白を受け入れて貰えなかったんですよ……何回、も?」


 そうだ。藍は私の告白を断っても、決して離れなかった。二人の形が違うとしても、藍にとって私は大切なものだったんだ。

 それで十分だったはずなのに私は。自分のことばかりで。


「……藍が私のそばにいてくれる限りは、きっと魔法なんて使わなくてよかったんですね」


「大方、良心の呵責に耐えかねてここまで走ってきたんだろう? もう初華ちゃんの答えは見つかったんだ。早く藍ちゃんのところへ戻ったらどうだい?」


「いいえ、藍が好きなチョコを悪用してしまったんです。このまま戻るわけには……」


 藍を泣かせてしまったバレンタインデー。やり直しはできないけれど、このまま終わりにするわけにはいかない。


「キッチンなら、好きに使うといいぞ」


「……ありがとうございます! あぁでも、材料が……」


 今から街に買いに行っては時間が足りない。明日なんて待っていられないのに、どうしよう。

 あるものでどうにかしようか、急がば回れで今日は諦めるかを悩んでいると。

 ディアナさんはいつの間にか紫根染めさいこうきゅうの魔女帽とマントを纏い、漆黒の箒を携えていた。


「私の箒に乗れる機会は滅多にないぞ。ハチ、店番は任せたよ」

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