Episode4『紫電』

―――シルバリオ達が研究所に入ってから3時間が経った。

SINという単語の意味が何を指すか分からぬまま、アーマーの力を借りて様々な物資をホバー・トラックへと押し込み終えた彼は、その鎧を脱ごうとしていた。

「……む、脱着機構が無いな」

「あ、それならこれを」

ミケが手渡したのは、腕輪型の携帯端末。姉妹は見慣れない物だったが、シルバリオは以前触ったことを僅かながらに思い出した。

「これは……粒子化収納か」

「何よそれ」

首を傾げ、未知のシステムにブラクネスが少し距離を置きながら疑問に思う。

その様子はさながら、慣れないものに警戒する野生動物の様で、覗き込むその顔は、興味と恐れが混じった複雑な表情だった。

「ではでは私が説明しましょう」

ここぞとばかりにミケが濃紺の上下一体服の上に羽織った白衣の胸ポケットからメガネを取り出し、無い胸を張って自信満々で話し始める。

かけた眼鏡のレンズ部分の内側には何らかの文章が浮かび上がり、次に図式のような物が浮かんでいた。

そしてテンプルに配置されたスイッチを押すと、空中にブレスレットの立体図式が空中投影で出現した。

「まずこのブレスレット内には約2トン分のストレージ容量があって、そこに粒子化したパワードスーツを収納します」

「その粒子化というのは無機物を"クルトー粒子"に一次変換して、ブレスレット内に存在する疑似四次元ストレージにイベリアの方程式を適用して……」

「あー…………ごめん、もうちょい短く」

同様に胸ポケットに入っていた指示棒を片手に早口で喋るミケの言葉を遮るように、ブラクネスが難しい顔で、眉間を人差し指で抑えながら言う。

「……つまるところ、アーマーをクルトー粒子にして格納する事だ」

「ッスー……そゆこと……」

アーマーを収納したシルバリオが会話に割り込み、ミケの顔がひと目で見て分かるほどに、やってしまった、という顔で少し青ざめる。

自分のした事でトランプタワーの一つでも潰してしまったほどに、気まずそうな顔が伺える。

研究者特有の知識量を早口で解説してしまった事への猛省だろうか、徐々に俯きかける彼女の襟をシルバリオが掴む。

「御託を並べる時間は終わりだ、そろそろ行くぞ」


Episode4『紫電』


シルバリオ達が荷物を丸々入れ替えたホバー・トラックに乗り込み、また一段と狭くなった座席に4人が乗り込むと、冷却が終わった車体は再び浮き出した。

「別れは惜しくないか」

「別に惜しくないけど……なんか悲しいですね」

「……そうか。ならば出発するぞ」

エンジンを始動させて、それなりの時速でホバー・トラックは研究所を離れていく。

『ポケットカロリー』と黄色いパッケージに書かれた携帯非常食を頬張るホワイティスの横で、ミケは過ぎ去っていく研究所を見送る。

(待っててくださいシアヴ……いつか助け出してみせます……)

風に遺伝子改造由来の青い髪をなびかせて、心に誓っているとホワイティスに肩を叩かれる。

「あんまり思い詰めても良いことないわよ、ほら。今は腹ごしらえでもしなさい」


2/4個が残された携帯非常食を手渡されると、汚れた白い衣服が風に揺れつつ、妹を支えてきた母性に満ちた顔が優しく微笑んでいた。

栄養が小さな固形ブロックに詰まった味気ない食事を頬に詰めて、これから始まる波乱の冒険に不安と期待を積もらせる。

助手席ではその姉に支えられた妹が、膝の上で何らかの機械を抱えていた。

怪しい駆動音を鳴らしては、内部に収められた片刃の宝剣がスキャニングされている。

赤色の非常用電源の残量ゲージが80%を示す横には『フルオートリペアシステム』とグレーの本体に白く書かれていた。

ミケの言う限りでは、この内部では先程のクルトー粒子化されたコズミタイドでインプットされた形状に自動修復を行う装置らしいが、ブラクネスはまるで信用していなかった。

「こんなので本当に直るのかな……」

緑色のラインがスキャニングを繰り返しては、雨後の筍の如く金属が成長するように元の形へと修理を行っている。

「こんなのとは失礼な、この装置が一体どれぐらいするのか今すぐ説明を……」

再び胸ポケットから指示棒を取り出そうとした時であった。

目の前には巨大なターミナルと、乗客を待つ巨大な宇宙船が待機していた。

輸送船サイズかつ客室を兼ね備えたタイプらしく、特殊ガラスが上部に点在している。

「説明する所悪いが、宇宙港とやらに到着したぞ」

『ポルダ・ターミナル』と書かれた看板を通り過ぎ、ホバー・トラックは関係者通路へと入っていく。

「ミケ、お前が説明しなければいつまでも待つ事になるが」

「んにゃ、じゃあ私が説明してくるのでホバー・トラックはそのまま待機で……どっか行かないですよね?」

「無駄な心配をするな、早く行って来い」

早足で駆けていくが、運動不足が祟ったのだろう、50メートル程で息切れを起こし一時立ち止まるが、再び早足で駆けていく。

「……ホワイティス、ブラクネス、お前たちは荷台に乗っていろ」

「なんでよ、あんな狭苦しい場所に置いとく気?」

「俺達が一度客室に座った後に貨物室へ侵入する、その後積荷をあさる」

「……そういう事ね、随分と盗みを重ねちゃったけど、そろそろ捕まりそう」

納得こそしたが、相変わらずの窃盗続きに嫌気が差しているのだろう、ブラクネスは不機嫌な様子を見せる。

「…………」

その後ろで、ホワイティスは何かを思い詰めた顔をしていた。



ミケが顔を覗かせて、上手いこと行ったと思わしきにやけ面で帰ってくるまでおよそ10分を要した。

運転席側からシルバリオが顔を出すと、ホバー・トラックを近づける。

宇宙港の職員であろう男がミケの後ろから近づくと、何らかのチケットをシルバリオに差し出す。

「こちら惑星ゲルニカまでの切符です、まずは貨物室へ車両を載せてから内部搭乗口よりどうぞ」

「どうも」

さぞ興味が無さそうな顔でシルバリオが応答すると、車体が貨物室へ続くスロープを登る。

その荷台の中、小柄なブラクネスとやや大柄のホワイティスの二人は声を出さずに、静かに揺られていた。

アイコンタクトでいつ降りられるのだろう、とやり取りをする中で揺れ動いてた車体が止まる。

後は警備員にバレないように物静かに過ごすだけだったが、姉妹はひっそりと、荷物の山に埋もれて小声で喋っていた。

(やっと到着したみたいだけど……)

(そうね、ところでクロちゃん……)

(そのあだ名やめてって、……で、何?)

(貴女、シルバリオが気に入らないんじゃないの?)

(そりゃ……そうよ、急に付いてこいって言ってあんなメチャクチャされちゃ嫌になるわよ)

(でもね、私から見て貴女、あそこを出る前より感情豊かになった気がするけど)

(それはっ……そうなのかもしれないけど……)

(私、それだけであの場所を飛び出て正解だったと思ってるわ)

(お姉ちゃん……)

……その時だった。

「おい、お前たち出てこい」

重く硬いドアロックが解除されると共に、シルバリオとミケが合流してきた。

「え、ええ。ところで何するのかしら」

「一先ず次の惑星ゲルニカに到着するまでの間に物資を頂戴する。……そうだな、あまり大規模にやると後が面倒だ、3点程にする」

「すっかり手慣れたもんね」

「……資金が少ない以上こうせざるを得ない」

後ろで話を聞いているミケがどこか遠い顔で『さようなら私のキャリア』と小声で囁いたのは、誰にも聴かれなかった。



シルバリオ達が必要になる物資を吟味してから20分が経過した。

一向に物資を決められず、一旦確保した物を荷台に載せては保留にしてを繰り返していた。

そして2着の衣類を持って、ホワイティスがズタボロの下着姿になり、隠れながら着替える。

白いドレスに青銅色の装飾が施されたロングスカートの衣服が恐ろしく似合う彼女と、その後ろでパーカーのような黒い衣服を着たブラクネスが立ち並ぶ。

方や女性らしいシルエットになり、方やどこにでも居る少女のようなシルエットになっていた。

「たぶん似合っているけど……いくらするのかしらこれ」

「さぁね、でもあんなボロ布みたいな恥ずかしい服よりは遥かにマシよ」

「これで2点か。……残りの1点を早く決めないと大気圏突入が近いぞ」

彼らに残された時間はおよそ15分、激しい揺れに耐える為にもホバートラックへの搭乗を急ぎたい所ではあったが、残る1点をどうするか決めかねていた。

「あのー……シルバリオさん……」

「シルバリオでいい。……で、なんだミケ」

「コズミックロボを見つけまして……それも動力を抜かれた状態の」

「……ほう」


シルバリオ達が向かうと、そこに鎮座していたのは紫色のボディを持つコズミックロボだった。

大きさはシルバリオよりも少し小さく、ホワイティスよりは大きい程で、背の高い青年程のサイズであった。

右腕にライフル、左腕にブレードを装備して、所々鋭いシルエットをしたその躯体は動力を抜かれ、さながら眠っているようである。

「どうすれば動く?」

即座にシルバリオが聞くと、ミケは同梱されるように丁寧に保管された動力源らしきパーツを指差した。

「あれを胸部パーツの内部に装填して起動プログラムを動作させればなんとか……」

「よし、今すぐ開始だ。俺は動力源の装填を行う、ミケは起動プロセスの開始を頼む」

「は、はい……」

躊躇う事もなく、動力源の収まるケースに手を付けたシルバリオは、一つの異変に気がついた。

普通のコズミックロボによく見られるコアパーツの保存よりも遥かに厳重かつ異常なまでに梱包に手が込んでいたのだ。

パーツさえあればいくらでも生まれる彼らのパーツは多少粗末にしても動作する程には堅牢で、梱包される事自体が珍しい事であった。

「怪しいが……今は構う暇など無い!」


左腕でケースのロック機構を捻り潰すと、ケースの透明な部分から見えたコアパーツを握りしめる。

どことなく鼓動するような気さえするそのパーツを持ち、ミケが胸部パーツを開いてプロセスコードを探す後ろで、コアパーツを空洞になっていた部分へと押し込む。

ガチャ、とロック機構が作動する音と共に駆動音を放って、内部機械が徐々に光り出す。

非常用電源では動作しきれなかった部分が動いたのだろうか、ミケのブレスレットから空中投影されたモニターに動きがあった。

『JOKER_SYSTEM_ ...START UP.........』

「プロセスコードを入れずに動き始めるだなんてそんにゃ……」

例外中の例外、起動プロセスコードを入れずして動き出したそのコズミックロボに驚くあまり、つい素の口調が垣間見える。

無数の起動コードが高速で書き起こされ、2分程経過すると、その紫色のボディを持つコズミックロボは遂に動き出した!



「ン……ア……あぁ、よく寝たぜ……やっと次の現場に付いたのか……」

思わぬ第一声、ブラクネス達はただでさえ分からないプロセスコードの対応に次いでその口調に驚愕した。

ただでさえコズミックロボを見たことのない彼女達が、まるで人間が朝、目覚めるような対応をするコズミックロボを見るのは初めての事であった。

「っと、お前らか。俺の新しいマスターってのは…………ってオォイ!!!」

「マスター?……何のことだ、それに急に大声を出すな」

「大声を出すなだァ!? そのきっねえ服装でよく言えるぜ!それに俺のマスターは綺麗好きでキレイなネーチャンにしてくれって望んだはずだぞ!」

目覚めるや否や、大声で文句を付けだした彼の動作や口調は、さながら人間のそれであった。

そして彼は、この場に居る誰よりも偏屈で潔癖症だった。

「何が起きてるの……?」

「さぁ……随分とすごい性格のコズミックロボみたいだけど……」

「オレはなぁ!潔癖症なんだよ!その汚れまみれの服装が許せなっ……」

紫色のコズミックロボの視線がホワイティスに向くと、マスク状の口元に握った拳を近づけると、その体を動かした。

鋭く水色に光る瞳が、一心に彼女を見つめる。

「レディが真のマスターって事でいいか?」

「れ、レディだなんてそんな……それに動かしたのはシルバリオとミケだし……」

「シルバリオ?……そうかそこの小汚いのがシルバリオって言うんだな」

「今の所汚れを落とせる場所を知らんからな」

そんなやり取りを続けていると、艦内アナウンスが流れ始めた。

『本艦に乗船の皆様にお知らせします、当機体は只今より惑星ゲルニカに突入します、ベルトを締めて指定の座席に……』

「お前に構っている暇など無い、俺は戻らせてもらう。お前たちも早く空席に座っておけ」

事前に空席を確認していたシルバリオが3人を引き連れて格納庫を出ていこうとした時、紫色のコズミックロボは慌てながら止めに入った。

「オイオイ!オレはどうするんだよ!」

「名前も知らない罵声マシンに明け渡す席など無いだろう」

「オレには"ジョーカード"って立派な名前があるんだ、お前らと同じように綺麗な座席に座らせてもらうぜ」

「……ええい、知るか!勝手に来い!」

最早面倒になったのだろう、シルバリオはあの日のように勝手な言葉と共に背を向ける。



シルバリオ達が座席にたどり着く直前ぐらいには、機体はガタガタと揺れだして、他の乗客は軒並みベルトを装着していた。

格納庫から続く通路を突っ走り、既の所でシルバリオ達は座席に捕まる。

「揺れるぞ、掴まれ」

空いた4つの座席に3人の手を取って次々と乗せると、残った席に非常食が詰まった荷物を載せて、シルバリオは再び格納庫に戻ろうとする。

「俺はそこのコズミックロボと一緒にホバー・トラックに戻る、後で合流だ」

「大丈夫なんですかぁ!?」

「大丈夫だ!」

そう言うとシルバリオ達は再び格納庫に戻り、その直後に機体が強く揺れだす。

惑星に落とされる隕石のごとく摩擦熱で特殊ガラスが赤く染まる。

最早慣れた様子で誰しもが声を上げる事がないが、ホワイティスとブラクネスだけは頭を低くして、これから来るであろう衝撃に備えていた。

大小のスペースデブリが時折ぶつかる音が聴こえるが、多重のコズミタイドから成形された機体にはまるでダメージを与えられない。

「いつまで続くのかしらこれ!」

「大体10分ぐらいです!」

激しい音の中で必死に声を出すホワイティスとミケだったが、ミケの顔は髪の色と同様に真っ青になっていた。

ブラクネスは長い黒髪が振動で揺れる中、目を瞑って何かをブツブツと囁いていたが、それは全て激しい音に飲まれて消えていく。



[貨物室]

「あだだだだ!!汚え手で触るなって言ってんだろ!!」

右腕をシルバリオの左腕で掴まれた状態のジョーカードだが、黙って引っ張られたままでは終わらぬ彼である。

左腕に格納されていた剣を衝動的に動かして、一部が粒子化されていた腕と同等以上の長さのブレードを展開した時だった。

シルバリオがいつの間にか拳銃を取り出し、彼の眼前に向けていた。

「煩い」

冷酷な瞳でジョーカードの水色のカメラアイを見つめ、激しい揺れの中でジョーカードは突如として笑い出す。

「…………HAHAHA!!!……気に入ったぜシルバリオの旦那、オレ、こういう刺激的なのが好きなんでね」

「物応じしないのがそこまで愉悦か」

「ああそうさ、オレのブレードを見てビビらない奴なんか今まで居なかったぜ」

「……お前がそれを俺に突き立てていたら破壊していた」

「おぉ怖いねェ、まるで自分を超人とでも思ってるみたいじゃないか」

シルバリオの返答を待たずして、激しい揺れが荷物と一人と一機の足元を揺らす。

「……旦那、そろそろ捕まってたほうがいいぜ」

「……そのようだな」

丁々発止寸前の所で互いに向き合った武器を下げると、近くに配備されていた無重力下点検用のレールに手をかける。

機体外部は徐々に赤熱している頃だろう、声すら聴こえない中で一人と一機は睨み合っていた。

(コイツ、中々やるな……ただのロン毛野郎だと思って油断したぜ)

無言で振動に耐えるシルバリオを水色のカメラアイで見つめ、一時的に左腕のブレードを格納する。

シルバリオも真紅の瞳でジョーカードの紫色のボディを見つめ、拳銃を再び隠す。

一時休戦という言葉があまりにも相応しい程に視線を火花で散らしていた。


―――宇宙船が揺れだしておよそ10分後。大気圏を突破したのだろう、揺れは徐々に収まっていった。

「フゥ、やっと終わったようだぜ旦那ァ」

「そのようだな……」

再び丁々発止寸前の所で、今度は別の揺れが起こった。

大きな横揺れ、まるで大砲でも撃ち込まれたような強い衝撃だ。

その時、艦内アナウンスが全体に鳴り響く。

作業員にも向けてだろうか、貨物室にもアナウンスを知らせるスピーカーが存在していた。

『当機体は只今謎の武装グループによって襲撃されています!しかしご安心ください、当機体には強力なバリア・フィールドが……うわあっ!』

『今からこの輸送船は我らモノライダースが占拠した!死にたくなければ金目の物を出せ!』

恐らくコズミックロボであろう独特のエフェクトがかかった声が、艦内放送をジャックする。

「……シルバリオだったな」

ジョーカードが抜刀したブレードを再び格納して、シルバリオの方を見る。

「あのモノライダースとやらを多く倒した方が勝ちって事にしようじゃないか」

「……了解した」

今、ここに利害の一致はあれど、一人と一機が共に歩み始めた。

同等の速度で先に行く事もなく、コズミタイドの足と人間の足が共に歩む。

二人はやがて貨物室を抜けて、客室へと戻る。

「シルバリオ、貴方また戦いに……」

「戦う事が俺の使命だ。……ミケ、ブレスレットのアーマー展開コールは何だ」

「はいっ……『着装』です……」

乗り物酔いでもしたのだろう、青い顔で俯くミケが荒い息を吐き出すように喋る。


「……着装!」

―――その言葉に反応するように、ブレスレットの内部から粒子化されたパワードスーツがシルバリオの全身を包む。

長い髪がメットの中に持ち上がるように格納され、四肢には銀色のアーマーが次々と装備されていく。

未塗装のままの、その銀色のアーマーが装着されると共に、その目は真紅に光る。

「いい服持ってるじゃねえの旦那ァ」

「……御託はいい、行くぞ」

「……分かってるぜ」

先程の共に歩む姿とは異なり、全力疾走とも言える速度で当のモノライダースが潜むであろうコクピットへと突撃する。

「全く、どこ行ってもとことん治安が悪いったらありゃしないわ」

「でもクロちゃん、今じゃ彼が居るじゃない」

「私達もしっかり戦えるって事、忘れてんじゃない?」

ブラクネスは再び悪態をつきながら、突撃していく二人の背中を見送った。


コズミタイドの鎧で包まれた二つの足が、コクピットへの分厚い扉を蹴破ると、今にも副操縦士へ安物の剣を突き立てようとしていたモノライダースに出くわす。

だが、その安物の剣はジョーカードの右腕に装備されたライフルにより一撃で砕け散ると共に、シルバリオが顔面を殴った。

圧倒的なまでの質量攻撃、一撃で頭部を破壊されたモノライダースのカメラアイが床に叩きつけられると、赤黒いオイルが窓を汚す。

「チッ、まずは1点って所か。……でもよ、獲物は外に居るぜ!」

非常脱出口の僅かな特殊ガラスから見えるのは、徐々に高度を落としていく輸送船の隣に横付けするように、別の黒い宇宙船が停まっている様子。

船体には『クック・ロビン号』と薄汚くペイントされている、恐らくどこかで強奪した船だろう。

「よーいドン!と行こうじゃねえの!」

ジョーカードは、背面のブースターから青白い光を放つ。

波動エンジンから放たれたその光が熱を発する事はなく、冷気のように地面を薄く漂う。

それと共に右腕のライフルから5発の弾が放たれ、薬莢が通路に転がると、ブレードを展開して突き刺すように直進を始めた。

飛翔し、金属部品が外れる激しい音と共に、非常脱出口だった場所から猛烈な風が吹き込む。

直下には広大な赤砂の大地が無限に続き、小さな村のような場所が時折見える程度である。

それなりの高高度で吹き込む風を防ぐのは、1箇所の密閉型シャッターのみであった。

激しい気流の中、ジョーカードは青い光と共に黒い船へと飛び去っていく。

「……このパワードスーツにも飛行能力はあるようだな」

視界に全身図が記載され、シルバリオが背面ブースターの操作を知り尽くすまでそう時間はかからなかった。

内部機械の高速回転する例えがたい音が鳴り、ジョーカードの波動エンジンブースターと同様に青い光が輸送船の床を光らせる。

「……行くぞ!」

地面を踏みしめ、外に飛び出すと共にその体は黒い宇宙船へと飛び立つ。



……シルバリオが難なく黒い宇宙船に到着すると、既に甲板には無数の残骸が転がっていた。

とある機体は頭部を撃ち抜かれ、とある機体は胴体から両断されている。

「遅かったじゃねえの旦那」

視線の先には赤黒いオイルを振り払うジョーカードが立っていた。

「何故待っていた」

「競争のスタートは対等じゃねえとな」

「……殺すのに競う事など必要ない、降り掛かった火の粉を消すだけだ」

「おおっと良い殺意してるぜ。……じゃあ行くぜ旦那」

「言われるまでもない、行くぞ」

ジョーカードがブレードで入り口を難なく両断し、シルバリオが突撃する。

「迎撃しろ!」

内部で待ち伏せていた機兵が取り回しやすい小型ビームガンでシルバリオを狙うが、銀色の装甲は対ビームコートでそれらを全て跳ね返した。

青い弾丸に屈すること無く突撃する様は、さながら驚異が実体化したような姿である。

「冗談だろ! ぐえっ!!」

片目が潰れたコズミックロボの頭部を掴み、そのまま壁へと叩きつける。

その後に金属同士が擦れる激しい音、安々とコズミタイド製の体を壁に引きずり回して擦り減らしていく。

銃撃を尽く回避して、赤黒いオイルが船内に飛び散っていく。

貧相な片腕が転げ落ちると共に、その体は防壁に投げられて大破、爆散してただのガラクタと化す。

「……次はどいつだ」

戦鬼が如き真紅の瞳が、群がる機兵を捉える。

「クソッ、オレが汚えの嫌いな上であんな事しやがって……!」


壁越しに右腕のライフルを出しては華麗なるヘッドショットを決めて、ジョーカードも次から次へと機兵を破壊していく。

銀色の左腕が胴体をぶち抜いて、内部のケーブルを引きずり出してトドメを刺している後ろでは機兵がジョーカードのブレードで両断されていく。

殺戮の如き殲滅の嵐、生きて帰れる者など誰も居なかった。

旧式の薄っぺらいドアが機兵の頭で破られ、その残骸がシルバリオの足で踏み潰されると共に、視界の隅に何かが目に入る。

シングルポイントのクリスタル状でオレンジ色の光を放つそれは、如何にも大事そうに鎮座していた。

(この形状は……動力か)

シルバリオが足元に転がる残骸を拾い上げて、全力投球してクリスタルに狙いを定める。

凄まじい勢いで放たれた残骸は直前で跳ね返り、赤熱化して壁に当たり跳ね返る。


「ならば強硬手段だ」

アーマーを付けたまま、熱量バリアの張られたクリスタルに手をかけると、案の定アーマーの表面がジリジリと焼かれだす。

内部では警告表示が出るも、シルバリオはそれに構う事無く掴み続け、やがて引き抜く事に成功した!

その腕でクリスタルが砕かれると余ったエネルギーが行き場をなくし、次第にスパークとなってエンジンルーム全体に広がる。

「なんだこのスパーク……ッッ!シルバリオの旦那、アンタまさか熱量バリアを……」

シルバリオが熱量バリアを無視して突っ込んだ銀色の左腕が、オレンジ色になるほどに熱量が高まっていた。

普通の人間であれば火傷では済まない程の熱量が、彼の体を襲った結果の証である。

「あとは船が墜ちるだけだ、今すぐ脱出するぞ」

「オレの行った格納庫も碌なもん無かったしな!ずらかろうぜ!」

「……!後ろだ!」

背後からの突然の奇襲、油断しきったジョーカードに振り下ろされた刃を、シルバリオの右腕が掴んだ。

先程までの機兵とは装甲と武装が異なり、片腕が大型の剣に換装していた。

出力も大きく、ジリジリと刃が下がる中、シルバリオは未だ熱が冷めぬ左腕を握りしめて、機兵の頭部を殴り抜ける。

頭部がひび割れ、小さなパーツやケーブルが見える中、ギリギリと戻りかける頭部の隙間に手を差し込む。

「今だジョーカード、ぶっ刺せ!」

「……!分かってるぜ旦那!」

ジョーカードの左腕のブレードがその隙間に差し込まれると、その機兵の後頭部から貫通し、パーツとオイルを撒き散らす。

致命傷を与える突き刺さったブレードを引き抜くと、少しの間をおいて機兵は後方へと倒れた。

殲滅を確認した二人は言葉を交わす事もなく、動力を失って徐々に降下していく輸送船を後にした。

特殊ガラス越しに乗客の群衆が白熱する様を知る由もなく、再びホワイティス達が待つ宇宙船へと戻っていく。



「ヘイ旦那、さっきはどういうつもりだったんだい?」

着装していた装甲を再びブレスレットに格納して、後は赤砂の大地に着陸するのを待つだけのシルバリオに、ジョーカードが話しかける。

「見殺しに出来なかっただけだ」

「……見直したぜ旦那、ただのロン毛野郎じゃねェってのは確かに分かったぜ」

「撃破数争いなんて関係ねえ、俺はアンタに付いていくつもりだ」

「競い合うような事を言っておいて急にどうした」

「戦ってる途中から知ってたんだぜ、お前さん、思ったより他人を見殺しに出来ねえタイプだってな」

「言いづれェけど、オレ何よりもそういう奴が一番好きだぜ。シルバリオの旦那」


ジョーカードが武器を格納した右腕をスッと差し出す。

「……何のつもりだ?」

「握手ってんだろ?人間同士がやる奴さ、でもオレみたいなコズミックロボがやったっていいだろ?」

「…………そうだな」

無表情のまま、シルバリオはその手を強く掴んだ。

人の腕と機械の腕が硬く握りしめられる中、宇宙船は赤砂の惑星ゲルニカへと降下を続けていくのであった。



(次回予告)

赤砂の惑星ゲルニカに降り立ったシルバリオ達、吹きすさぶ砂嵐にまみれた彼らを待ち受けるは、またもや試練だった。

暴力が横行する危険な街ディエゴに蔓延る何かが、新たなる刺客を呼んだ。

突如として襲いかかる異形の怪物、その名を知る者はおらず、また怪物もその名を知らない。

醜悪なる怪物が人工太陽の光を遮り、巨大なる躯体が街へと突き進む中、彼らは一人の女傑と出会った。


次回 「放たれた者」

狂気と脅威は常に形を変える物。


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