Episode9『反逆』
シルバリオは一人、暗闇の中に進む。
金庫扉の向こう、屈強な巨大金庫の跡地を無理矢理掘り進めた洞窟の内部には桃色の香煙が充満している。
脳味噌を溶かすような甘ったるい薫り、それが足元に転がり蹲る信者であろう人々を悶えさせ、苦しめている。
ノア。その言葉が執念のように彼の頭の中を満たし、削られぬ。
自分の体を化物にした謎の人間を許すまいと突き進むが、時折信者の手が行く手を阻む。
しかしそれでも彼の足は止まらない。
"同胞"であり敵。その気配を感じて、突き進んでいた。
Episode9『反逆』
[廃銀行_金庫扉前]
「よし、応急処置終わりっと……」
エースが頬のオイルを拭い取り、ジョーカードの内部に入り込んだ装甲の破片をかき集める。
「いてて……応急処置はありがたいけどよォ、応急が過ぎるんじゃねえのかいこれ」
リペアキットと呼称されているコズミックロボ向けの絆創膏のような物が、彼の傷口を塞ぐ。
皮肉にも斬り捨ててきたクローン兵士の体液と同じ緑色をしたゲル状のそれが時間経過と共に凝固していく。
耐久性にこそ難があるが、傷口を放置しておくよりは遥かにマシと言った所であった。
「物資に積んでおいて良かった……」
ミケ達が研究所を出る時から保存してあった物がようやく役に立った瞬間である。
そして炎の海と化した十字路から少し離れた場所に半壊して置かれたホバー・トラックからそれを持ってきたのはミケであった。
「しかしなんでこんなリペアキットなんて物を?民間だとそこそこ値段が張るはずですけど」
「そっ……それは……研究者ですし……」
何かに気付かれそうな気配を察して、ミケがメガネをかけて顔を逸らす。
「……おぉ!思い出した!確か惑星ポルダのマタビ研究所の所長さんじゃないか!」
返り血を拭き取るグワンが手のひらを叩き、老いた頭脳からその名前を引き出した。
どこかで見たような顔だとずっと疑問に思っていたのだろう。
「そんな有名なの?」
心底興味の無さそうなブラクネスが、姉の横に座りながら銃の手入れをしつつ喋る。
その銃身にこびりついた返り血は既に焼け付いて、永遠に取れる事のない染みとなって銃を汚す。
「有名も何も、波動エンジンに必要なクルトー粒子を発見した研究者、"キャリコ・タングステン"の家系だ」
「そのナントカ粒子とかって余程凄いのか?」
落ちていたコインでコイントスをして暇をつぶしていたクレナがさぞ退屈そうにしている。
彼女にとっては波動エンジンもクルトー粒子も、ミケの祖父の名前も初めて聞く単語であった。
「まず波動エンジンはジョーカードみたいなコズミックロボ由来の飛行技術をパワードスーツにも転用できる技術でして……」
「その波動エンジンを人体に無害な方法で動かせるのがクルトー粒子で、それを見つけたのが私の祖先です」
「まぁ、そのプライドだけで先祖代々研究者ってつまらない家系ですけどね……」
何か気まずそうに、頬を掻きながら視線を遠くに向ける。
……実のところ、彼女の家系は散々たる有様であった。
一定以上の成績を残さねば容赦なしに孤児院に預けられ、時代によっては抹殺すらされていた。
科学者であり研究者で有り続ける事を強要され、まともな育ち方などしたことのない彼女だったが、転機はついこの間訪れていた。
それは年上のエリート研究者であるシアヴに惹かれ、人並みに恋い焦がれ始めた時であった。
突如として飛来した鴉によってその想いは儚く散りかけ、今はシルバリオ達と共にその彼を探す旅へと出ている。
彼女の中では、彼はさながら太陽のような男であった。
今まで経験した事のない過酷な旅路だが、ミケは今までの人生の中で最も楽しんでいた。
だが、銃すら撃てず刀も握れず、拳も振るえない自分の無力さにその心は揺らいでいた。
今まで積み上げてきた知識を活用する事は僅かながらあったものの、自分の中では何かがひび割れて欠けていくような気さえしていた。
忌々しい思い出の数々と共にそれが琴線に触れたのだろう、彼女の意思とは違ってその青き瞳からは一筋の涙が流れる。
「あれ……おかしいにゃ……なんで涙なんか……」
あいも変わらず猫人(キャットシー)特有の"な行"の発音が弱い声が、より弱々しく聴こえる。
エースの顔が青くなり、一気に気まずそうになって、話を振ったグワンの顔をぎこちなく見つめだす。
当の本人は達観した様子で彼女を見つめていたが、根っからの善意を持つ彼は気が気でなかった。
「あーあーあー!急に泣くなよぉ!だぁっ……だからさ、今はほら、その……なんだっけ、そのでっけ~奴直してやろうぜ」
誰よりも女の涙に弱いクレナが、言葉に詰まりながらもあまりの重量に床に転がさざるを得ない燃料切れの飛行ユニットを指差す。
実のところ燃料を補充するだけで十分だったのだが、機械に疎いクレナはさっぱりであった。
「うぅ……はい……」
「戦えないって事気にしてるのか?だったら別に気にすんなよ!アタシが居りゃ100人力なんだからさ!」
そう言うとクレナはバランス良く筋肉が付いた胸を叩くと、再びミケの肩に手を置く。
傍から見たら危ない女に絡まれる一般市民のようにも見えるが、目に見えない信頼関係は築けていた。
本来ならば交わる事もない二人だったが、過酷で奇妙な旅路で友人と言えるような仲にもなっていた。
「へっ、仲がよろしいこって」
そんな二人を茶化すのは、コズミタイドの体を再び動かそうとするジョーカードだった。
「ちょっと!弾丸も無いのに行くつもり?」
「決まってんだろ、旦那の所だよ!俺なら香だかガスも無事なんだからよ!」
そう言うとジョーカードは金庫扉に手をかけて、内部に広がる地下迷宮へと歩みだす。
「待ちなさいよ!」
「待てるかよ!」
置き去りにするように波動エンジンを光らせて、高速移動で彼は闇に消えていった。
―――――
[廃銀行_地下]
蟻の巣のように張り巡らされた地下洞窟の中を、シルバリオは罠に警戒しつつひた歩く。
どれぐらい下がったのかも上がったのかも分からない薄暗い中を進んだ事を証明するのは時折横たわる信者の存在。
空気が淀み陽の光を遮る地下の中で横たわるだけでも異常だと言えるのだが、それ以上に不可解な様子が見て取れた。
進むごとに信者の顔からは生気が失われていき、今彼が立つ場所には干からびて生きているのか死んでいるのかも分からない信者が座り込んでいる。
(異常な光景が続くな。……SINの存在も近いか)
彼の中に芽生えた新たな感覚が、同胞の存在を知らせる。
すると、彼の耳に謎の呪詛めいた呪文のような言葉の羅列が聴こえた。
何かの儀式をしているのだろう、その音のする方へを歩く。
次第に薄明るくなっていく暗闇の中、儀式の正体は明らかになった。
(……!これは一体何だ……?)
地上で切り裂いた漆黒のパワードスーツに装飾が施され、より強化された物が鎮座する前に、すっかり青白くなった肌の信者達が崇め奉る。
到底言葉として認識できない謎の呪文を合唱し、両手を合わせ、蝋燭が灯され香の薫りが充満する中で焦点の合わない目で崇める。
その光景を10秒ほど眺めていると、空洞に声が響いた。
『やはり来おったかイレギュラー……いや、狼のSIN!』
「……!誰だ!」
腰に吊り下げていた大型拳銃を構えると、その音の先から黒く巨大な帽子を被った男が現れた。
不気味な黒い隈取のような顔は皺にまみれて、腰を曲げて怪しげな機械を手にしている。
「動かない方が良いぞ。このボタン一つで地上の廃銀行ごと仲間を粉砕できるんだからな」
「……!卑怯な手を……!」
「さあそのコスモキャリアを渡せ!」
コスモキャリア、それはシルバリオ達がパワードスーツを格納したり通信をしていた端末の事であった。
しかし、シルバリオはその名前を知る事すら無く過酷な戦いの中を過ごしていたのである。
「コスモキャリア……?何のことだ」
「とぼけるでない!その腕輪の事だ!」
「これか。こんなものくれてやる!」
シルバリオがコスモキャリアを引き剥がして、猛烈な勢いで投擲する。
しかしその腕輪は、身を挺して守ろうとした信者に当たり、小さく何かが砕ける音と共に天井に跳ね上がった後土床へと転がる。
内部には粒子化されて格納されたパワードスーツがあるにも関わらず、その腕輪は謎の男に片手で軽々と持ち上げられた。
「手間を取らせおってからに……さあ信者共!構えい!」
その掛け声と共に、どこに潜んでいたのかも分からない信者が立ち上がり、青白い肌でナイフを構える。
洞窟内でも振り回しやすいようにと考えられたのであろうそのナイフは、肉を裂くような刃の形状をしていた。
「これだけ居ればそう簡単に撃てまい!やれい!」
掛け声一つで声も出さず、信者達はわらわらとよろけ気味の足でシルバリオに迫りくる。
生命活動をギリギリ維持できているような見た目をしている信者に向かって、彼は容赦なく大型拳銃を向けた。
トリガーを引くと共にその銃身は回転を始め、1秒後には弾丸の雨が洞窟内を駆け巡った。
……と思われたが、セミオート連射で放たれた3発の銃弾が信者の隙間を縫うように飛んで、謎の男の頬と肩へと風穴を開ける。
「……ぐあああっ!? バカな、ここまで容易に当てるとは……」
男の頬に空いた銃弾の風穴が、徐々に塞がる。
やがて苦しそうな声と共に、その風穴からは銃弾が落ちた。
「ヒュブリス様……お助け……ください……」
干からび、息も絶え絶えの信者が彼の白い衣装に手をかけると、その目はギロリと足元を見た。
「やかましい!貴様らなどの相手をしている暇など無いわ!」
ヒュブリスは足元の信者を一蹴し、やがてその信者は動かなくなる。
そして自分の手元に握っていた装置が足元に転がっているのを確認すると、それを手に取り顔を上げる。
装置を落としたことに気を取られたのだろう、落とされたシルバリオのコスモキャリアは部屋の隅へと追いやられた。
「貴様……我を見下しているな?」
自ら頭を下げたというのにとんでもない言いがかりを付ける彼は、まさしく傲慢そのものであった。
血走ってシルバリオを見上げる目は狂気そのものであった。
「我を見下すなど不届き千万!行け!かかれ信者共!」
既に大量の血液を失っていそうに肌色が悪く、死屍累々の信者達が再び立ち上がり、シルバリオにナイフを振るう。
シルバリオは大型拳銃でそれを防ぎ、体を蹴飛ばしてはヒュブリスへの発砲の機会を伺う。
大型かつ空転時間があるが故に混戦状態では不利な武器を手に、ひたすらに信者たちを蹴散らしていく。
(ククク……この隙にこのボタンを押して奴を地獄に叩き落としてくれるわ、我の前で動きよってからに……!)
後方で嘲笑うヒュブリスが装置に指を置いた瞬間であった。
洞窟内を一筋の何かが通り過ぎ、それはヒュブリスの指ごと装置を壁に突き刺して破壊した。
「やれやれ、この一発は使いたく無かったんだけどよォ」
声の主はジョーカード。壁に突き刺さっていたのはジョーカードのブレードだった。
「ジョーカード、地上の見張りはどうした」
「俺抜きでもやれるってよ、ここでこんな奴ら相手にしてたらやりにくいったらありゃしないし地上に戻るぜ旦那!」
「待て、俺はコスモキャリアを奪い返す。援護を頼めるか」
「コスモキャリア……なるほどね、了解!」
シルバリオから大型拳銃を投げ渡されたジョーカードが銃弾を抜き取り、自らの右腕に装填する。
ナイフを握った信者たちがそこに迫り、その群れを突っ切るようにシルバリオは自らのコスモキャリアを奪い返しに突っ走る。
「ぬごおお……貴様ら!我の体に傷を付けるなどォォ!」
痛みに慣れていないのだろう、SINという不死の体で痛みに悶えるヒュブリスの胸元に、シルバリオの拳が叩きつけられた。
「ごがあっ!」
あまりにも一瞬すぎる拳の一閃は、さながら一発の砲弾の如く彼を壁に叩きつける。
「俺を信じてくれた奴らの物、返してもらうぞ」
足で蹴り上げたコスモキャリアを腕に付けると、ヒュブリスは怒りの形相でシルバリオに目を向ける。
「貴様……!我を誰だと思っている……!」
「知ったことか!着装!!」
六角形のエフェクトと共にアーマーが全身を包み、シルバリオの体に装着されていく。
時間にして1秒もしない内に、その躯体は銀色に輝いた。
「我こそが……我こそが真の統率者だ!」
窮地に追いやられた彼が取ったのは捨て身の特攻。
傲慢たる彼には見すぼらしいと言う他ない体当たりだが、シルバリオの拳が頬をぶち抜いていく方が速かった。
最早声にならない悲痛な音を吐血と共に吐き出すと、口と鼻から血を垂れ流し、壁にかかっていた剣を引き抜く。
「貴様如きに……我が……やられるわけには……いかん……」
意識朦朧としているであろうヒュブリスがその剣を革製のカバーから取り出すと、その切っ先を自分の胸元に突き立てた。
「……!野郎、自害か!」
壁に突き刺さったブレードを回収し、再び装着するジョーカードが驚愕する。
「宗教の先導者がこんな呆気ないなんてな……」
「……!待てジョーカード、様子がおかしいぞ」
「我こそ……我こそが罪の一角を担う神の使い……!我こそが全ての頂点!」
虚ろな目は次第に赤く染まり、光る物も無いのに光り出す。
顔を覆っていた赤い血は次第に銀色に染まり、内側から食い破るように銀装甲が飛び出す。
やがてその銀装甲は体を覆い尽くし、一つの繭のようになる。
「伏せろ!」
ジョーカードの後頭部を掴んで地面に顔を叩きつけるように伏させると、その銀装甲の繭が開くと共に無数の破片が飛び散った。
対人地雷のように飛散したその欠片は土塊をも貫通し、上層部に這いつくばる信者の胸元に突き刺さる。
隣接する部屋に飾られ、装飾の施されたパワードスーツは見るも無残な程に傷にまみれていた。
「ワれ……コそガ……傲慢ノ……罪……!」
人語を喋るのにも限界が見え始める様子の、ヒュブリスの真の姿とでも言うのだろう。
醜悪で巨大な銀色の蝙蝠が、シルバリオ達の眼前に翼をひろげていた。
繭のように見えたそれは羽根であり、飛ばしたのは不必要な銀装甲であった。
「ヒれ……フせ……!▲▲▲ーー!!!!!」
甲高い叫び声が洞窟を揺らし、その声とともに狭い室内で銀翼が羽ばたく。
そして次の瞬間にはその躯体は土を掘り進めて、地上へと向かい出した。
「あのSIN、逃げるつもりか……! 追うぞ!」
「追うったってどうすんだよ!向こうはかなりの速度だぞ!」
「燃料さえあれば例のユニットを使う」
シルバリオが奪還したコスモキャリアを展開し、通信回路を開く。
ノイズまみれだがなんとか通信可能な状況下でミケの顔が映る。
「燃料補給は済んでいるか」
「もちr……す!燃りy……いm……」
ザッピングした音声が跡切れ跡切れで伝わるが、意思は伝わった。
燃料補給が済んでいる事を信じて、青白い波動エンジンの光と共にシルバリオは洞窟の出口へと走る。
「旦那!この信者たちはどうする!」
「構っている暇など無い!俺は先に行く!」
彼が薄暗くなった洞窟内の闇に消えていくと、ジョーカードは床に這いつくばる信者達を見つめる。
「あーあ!オレこういうの嫌なんだよな!」
そう言ってジョーカードが波動エンジンを起動させた時であった。
死にかけの信者が彼の脚を掴み、残った僅かな体力で話す。
「頼む……俺たちの代わりにあの男を……殺してくれ……」
「……ああ、オレの信頼する奴がやってくれるさ」
「そう……か……」
力が抜けた腕が床に落ちると、そのまま青白い光が洞窟内を照らす。
先に駆けていったシルバリオを追いかける為のブーストダッシュが、淀んだ空気を切り裂く。
だが、突如としてその体の勢いが止まった。
「……だあーっ!チクショウ!なんで俺はいつもこうなんだかなァ!」
硬い頭を掻きむしり、踵を返して再び洞窟内へと潜っていった。
洞窟内には蝙蝠が無理矢理穴をこじ開けた影響か、各所がひび割れていた。
―――
[廃銀行 地上]
辺りを埋め尽くすビルだった物の山がズレて動き、やがてその山が弾け飛ぶと同時に銀翼の蝙蝠が地上へと飛び出す。
「スば▲▲▲……チか▲だ……コ▲▲……ノあヲ……コろ▲ル……!」
最早自我すら危うい傲慢の蝙蝠が羽ばたき、辺りを見回し、とある方角を向くと凄まじい速度で飛んでいく。
銀色の翼が曇天に輝き、ようやく鎮火した炎の海から立ち込めた黒煙を切り裂く。
「うわっ……!あれって何だ!?」
激しい突風が巻き起こされ、エースが愛用のキャップを抑えながらもその姿を見る。
「あの銀色……まさかシルバリオと同じ……?」
ホワイティスが感づくと共に、その後ろからシルバリオがブースターの出力を切って洞窟内から飛び出す。
「今銀色の奴が通らなかったか!」
「ええ、今あっちの方へ向かったわ!」
「西に行った……って事は戦場にでも行くんじゃないか!?だとしたら相当やばい事に……」
「あの蝙蝠は俺に任せろ、ホワイティス達は洞窟内の人間を救助してくれ」
「え?ええ……」
するとその時であった。すっかり痩せこけた信者の男を両肩に載せたジョーカードが遅れて脱出に成功して飛び出してきた。
「旦那、中にはまだ何人も居るぜ」
「ああ、洞窟崩落前に救出を頼む。ジョーカードは最奥を、ホワイティス達は上層を頼んだぞ!」
「シルバリオ……」
「なんだ、今は忙しい」
「貴方、いい意味で変わったわね」
「……ああ。だったらいいな」
廃銀行の周囲には洞窟内から漏れ出した香の残り香が漂い、洞窟内の湿気った空気も仄かな血の臭いと共に地上へと流れ出ていた。
その地下洞窟へとホワイティス達が乗り込む中、ミケはただ1人シルバリオのコスモキャリアを操作する。
粒子化されてコスモキャリアに取り込まれた飛行ユニットがシルバリオのパワードスーツの脚部へと転送され、装着されていく。
群れを切り裂いたウィングも未だ健在のまま、その翼を広げる。
「ミケ、救助者の看護を頼めるか」
「ええ……不安ですけど……」
「俺は必ず帰る、安心しろ」
そう言うとシルバリオは脚部のジェットエンジンを稼働させて、周囲の空気を取り込んでいく。
今すぐにでもジェットファイアが辺りを包み込みそうな中、スタートアップ動作と共にシルバリオは廃銀行の外へと歩き出す。
「ミケ、もう一つ言うぞ」
「は、はい……」
「お前の開発と整備の腕は確かだ、それを誇りに思え。……退いていろ」
「はい!」
夕日の向こうに僅かながら銀色の装甲が人工太陽に照らされ反射する中、シルバリオの脚部からは太陽にも勝るとも劣らない光が発せられる。
「CSP-01スコル!発射!」
ようやく認められた彼女は嬉しそうに、子供のようにはしゃいで、その顔からは陰りが消え去っていた。
彼こそが陰の自分を照らしてくれる存在だという事を、悩んだ彼女は確信したのだ。
そして彼の脚部の特殊兵装に名付けられた新たな名前、それは太陽を追いかける狼の名を冠していた。
―――
[フロントライン]
エース達が住むスート地区が曇天になる切っ掛け、それはこの最前線にあった。
長年の戦争で生い茂っていた木々は荒れ果てた荒野へと姿を変えて、周囲には墓標の代わりにコズミックロボのパーツが散乱する。
夢幻泡影、その言葉は血肉も無いコズミックロボ達にも十分理解できる程の破壊と死の大地。
ガラクタばかりが集まるダストシュートのような生き地獄の上空に、蝙蝠は羽ばたいていた。
「オもシ▲▲……マずハ▲ノがラ▲タどモかラだ……!」
地上には人とそう変わらないサイズのコズミックロボ達がサバイバルナイフを片手に切り裂きあっていた。
物資も底を尽きかけているのだろう、ガラクタのパッチワークめいたビジュアルの頭部と四肢を持ち、意識も危うい彼らは黙々と戦い続ける。
戦場に言葉は不要。そう語りかけるようにそこかしこから金属がひしゃげる音が響き渡っていた。
そして今まさに、手首を切り落とされケーブルと共にずるりと拳パーツが流れ出るように地に落ちた時だった。
『▲▲▲ーーー!!!!』
周囲に響き渡る例えがたい奇声。それは破滅の声だった。
その声と共に首を切り落とそうとサバイバルナイフを振りかざしていたコズミックロボも、手首を失ったコズミックロボも動きが止まる。
一瞬の間を置いてバイザー型の瞳が光を失い、装甲の切れ間から煙を出し、小爆発を起こして地に崩れ落ちた。
皮肉にも倒れた2機の拳が重ね合わされる中、切れ間からの噴煙は止まる事がなかった。
地上へと降り、残骸を前にケタケタと不気味な笑い声のような声を上げる蝙蝠が次の獲物を狩ろうと飛び立とうとした瞬間であった。
一閃の激しい爆音と共に、出力を瞬間的に抑えられたジェットエンジンがその顔に向けられていた。
その直後に激しい爆炎が蝙蝠の顔の熱量を急激に高めた。
それでも、蝙蝠には傷一つ負わせる事ができない。
「キさマ……わレのジゃマを……!」
「貴様のような奴をのさばらせる訳にはいかない!俺が!お前を狩る!」
「オもシろイ!きサまカらコろシてヤる!」
どことなくジャミングが混じるような声は、最早人として認めたくないようなおぞましい声をしていた。
現にシルバリオの眼前に佇むのは4メートルはある巨大な銀色の蝙蝠。
既にヒュブリスは人の身を捨て去って、SINとしての覚醒を得ていた。
獰猛なる赤い瞳がシルバリオを見つめ、相対した時。シルバリオの体は後方へと突き飛ばされていった。
「がっ……!?」
ジェットエンジンを搭載した脚部、もといCSP-01スコルが大地に転がり落ち、荒野で研磨される。
蝙蝠の叫びを聞いた事で、彼のパワードスーツ自体も各機能を停止していたのだ。
筋力を大幅増強する鎧もこうなってしまえばただの重り、シルバリオの立ち上がりを阻害するのみとなっていた。
コスモキャリアに格納する事すらままならぬ状況下に追いやられた彼がなんとか立ち上がるも、それに追い打ちをかけるような突風で片膝をつく。
「ユえツ!キさマはナぶリごロしニしテやル!」
SINの力にヒュブリスの意識が侵食しているのか、声以外は人の身とさほど変わりないように喋ってみせる。
脚部のブースターが邪魔になって風に立つことすらままならないシルバリオは窮地に追い込まれていた。
「お前を止めなければ……散っていった信者たちが報われない……!」
装甲がめくれ上がって内部回路が露出したアーマーが荒野に転がり落ち、傷だらけのシルバリオがようやく立ち上がる。
「イまサらマじメぶルな!キさマはワれラと同胞!オなジSIN!」
「見下し裏切るだけの貴様とは違う!俺には背負うべきものがある……それに気づいた!」
「俺は……贖罪の為に闘う!」
赤い瞳が銀色の蝙蝠と化したヒュブリスを睨む。
背負うべきものに気づいた彼の、その瞳が一瞬光り輝いた。
(次回予告)
荒野に舞い降りる蝙蝠の傲慢たる笑い声、それは電子を狂わす声。
魔の香を漂わせていたその翼は死の風を巻き起こし、破滅の旋風へと変えていく。
しかしシルバリオは奴を止めねばならぬ、その獲物を狩らねばならぬ。
信念が集って願いになる時、彼の右腕は輝いた。
次回「破壊」
目には目を、歯には歯を、罪には罪を。
銀牙流狼/The Silver Wolf Slicing Through the Darkness いんぬくん @IN_NU_KUN
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