Episode8『天翔』
[ボンバ整備工場]
「エース、例の蝙蝠教の拠点のような場所はあるか」
シルバリオが青く光る立体地図を前に、ミケの指示棒を借りて喋る。
戦う事を許諾したブラクネスとホワイティスもその会議へと参加する。
巨大な扉を閉じきって、衣服で窓を塞ぎ、外部から見えうる部分全てを隠した状態で会議は始まった。
「うぅ……さむさむ……ありますよ……確か廃銀行とかウェブで噂になってましたね……」
持ちうる全ての衣服をカーテン代わりにされ、下着姿になったエースが両肘を抱く。
ほぼ外気に晒されている状態の保温性の無いガレージの気温計は10℃を示していた。
「で、どうすんのよ」
恥じらいか寒さか、顔を少し赤らめたブラクネスがエースから目をそらして話す。
「例の教団の場所が分からない以上分かれてローラー作戦しか無い」
「俺とジョーカードは単体で行動する。ホワイティスとブラクネスとクレナは3人で行動、ミケはバックアップを頼む」
「分かったわ、とにかく廃銀行を探せばいいのよね」
「目標を特定次第連絡してくれ、では行くぞ」
修復が終わったパワードスーツを同様に修復されたブレスレットに格納し、3組に分かれた彼らは夜明けの街に散っていった。
Episode8『天翔』
「で、アイツの言ってた廃銀行ってどこらへんにありそうだと思う?」
ブラクネスが身の丈に余るライフル銃を背負って、日が昇っているはずなのに薄暗い街を歩く。
その後方には刀を身に着けたホワイティスと、修復されたグローブを身につけたクレナが列を成して、周囲を警戒しながら歩いていた。
「街中を一旦探してみましょうか」
「って言ってもすぐ終わりそうだよな、人も全然居ねえし」
涼しい風が時折ビルの間を通り抜け、ホワイティスのざっくばらんに斬られた黒髪と、ブラクネスの長い黒髪が風になびく。
左右を見回すクレナのポニーテールは風に関係なく揺れ動き、彼女の忙しなさを表している。
街並みが放つ青い光が、曇天を照らしている街並みが彼女たちを見下ろしている。
しかしながら、すれ違った待ちゆく人々やコズミック・ロボは片手で数える程であり、店があったとしてもシャッターで閉じられていた。
「にしても変な街だよな。キャバクラも無ければ風俗も無いしストアも無い……なんでこんな所住んでんだろうな」
「貴女……見られててもそんな事言うのね」
「あ?見られてるって?誰に……」
鈍感なクレナにとっては何も気づかなかったが、居住区であるビルからは無数の視線が彼女たちを見ていた。
まるで隠れ住むように、彼らは姿を見せる事無く視線だけを向けていた。
聴こえはしないが、時折呪詛のような謎の言葉を口ずさみ、その窓の隙間からは桃色の香の煙が流れ出ていた。
「こちらC-1、目標を追跡中」
薄暗い部屋の中から囁かれた声も、僅かな風にかき消えた。
―――
「ハァ、旦那も面倒な事するぜ……俺1人で探索なんてよ」
ジョーカードも時を同じくして、冷たい風が通り過ぎる街外れを探していた。
ただでさえ何もない街の何もない場所、最早人の気配すらない辺鄙な場所であった。
その証拠と言わんばかりに周囲には草木が生い茂って、光を発さなくなった街頭につるんでいた。
「ったく、キツいし汚えし危険だし、面倒ったらありゃしねェ。労働基準法が欲しいぜ」
まるで人間のように小言を呟きながら廃銀行を探していると、明らかに怪しげな場所が見え始めた。
十字路の一角、巨大なビルには植物が生い茂り、所々にヒビが入る無残な姿。
その十字路の中央には、同様にヒビが入る少年とロボが手を取り合う平和の象徴像が佇む。
かれこれ5000年程前に絆を結んだ1人と1機の童話か神話じみた物語の痕跡ですら、最早廃れきっていた。
「やれやれ、死んだ本人が見たら泣くぜこんなの」
首を横に振りながら、突如として彼は左腕のブレードを展開する。
「最も泣かしてる相手は建築家だけじゃないようだがな。……居るのは分かってんだぜ」
瓦礫の影から、無数の影が姿を表す。
黒い衣服の袖には、金色の蝙蝠の模様があった。
―――
シルバリオは街外れの街外れ、戦火で焼けただれた色のない街並みにへとたどり着いていた。
パワードスーツの飛行機能を存分に活かし、隠れ住む人々の視線に晒される事もなく順調に着地した。
黒く焼け焦げた頭身の低いコズミック・ロボの亡骸を踏み潰し、くすんだ瓦礫を押しのける。
(同じだ。ここも……あの研究所のようだ)
自分がかつて目覚めた場所。アングルボザ研究所の瓦礫の山を、彼は思い出していた。
(もしあの瓦礫の山を生み出したのが俺だとしたら……俺はあの時と同じように化物として目覚めていたのか……?)
自身の過去の記憶を取り戻したとは言え、彼があの場所に倒れ込み、そしてあの姉妹と出会った時よりも以前の記憶は具体的に残っていない。
結局の所、彼に残ったのは争いを止める信念と、自身に宿る謎の力、そして頼れる彼女たちだけであった。
(例の力を開放すれば周囲にも被害が及ぶ。そうしない為にも戦略を考えねばな……)
(それにしても俺は一体何のために戦うんだ? 争いを止めるとは言ったが、これが俺の本心なのか……?)
心で頭を抱え、考えながら歩いていると、とある物が目に入った。
半壊した民家の中、今にも風化して朽ち果てそうな白骨が一冊の本を握りしめていた。
表紙が薄汚れ、生前着ていた衣服に守られたであろう本を手に取ると、表紙には読みづらくはあるが『銀獣神話』と書かれていた。
乾ききった体液や煤で内容も冒頭が読めずにはいたが、とあるページにたどり着くと読める程には汚れが薄まっていた。
『第3章第1節 銀色の獣王君臨せし時、眼下に銀色の獣が倒れるであろう』
『第3章第2節 銀色の獣が空を翔る時、仮染の翼を持つ者は滅し、闇は朽ちる』
『第3章第3節 銀色の獣迷いし時、緋色の羽根を持つ使者が現れ道を示すであろう』
『第3章第4節 銀色の獣の心壊れし時、銀河は大いなる暗闇に満ち溢れ滅びゆく』
(迷信ばかりだな……だがこいつは死ぬ間際に神話に縋ろうとしたのか)
手にとった本を再び白骨に抱かせるように戻すと、風に揺られた骨が本を抱きかかえるように動いた。
揺れ動いた骨の、その傍らには子供と思わしき骨の欠片が転がっていた。
それを見届け、本に載った神話を迷信と思った彼だが、その神話には思い当たる節がいくらかあった。
銀色の獣、彼には自分のその姿が分からなかったが、後にホワイティス達から聴いた話では自分はそうなっていた。
否、そうなってしまっていた。
視界の一部だけを共有しているシルバリオにとっては、到底信じがたい話ではあったが、彼女たちが嘘をついているとは微塵も思わなかった。
(銀色の獣か……それに体を乗っ取られても尚、俺の戦う理由は一体……)
考え、立ち尽くしていると、ジョーカードからの通信が入った。
『旦那、見つけたぜアジトをよ!今交戦中だ!』
通信回路が切断され、シルバリオの装着するパワードスーツの波動エンジンが青白く輝いた時であった。
緋色の羽根がふわりと彼の眼前に舞い落ちて、地に落ちると共に小さく燃ゆる。
そして彼の眼前に降り立った者は…………
―――
[スート地区_街外れ_廃銀行前]
「クソッ!なんだコイツら!」
ジョーカードが低空飛行で飛び退いて、次々と襲いかかる影を撃って斬る。
連射して赤熱する右腕のライフルから煙が立ち上り、左腕のブレードは既に緑色の血に塗れていた。
廃れきった街並みの中、簡易的な爪で武装したクローン人間の群れが、ジョーカードを取り囲んでいた。
彼の装甲の各部位には掻き傷が見られ、冷静な状態であれば怒り狂っていたであろうが、今はその暇すら無かった。
周囲には10人程が存在し、その足元には20人程が緑の血を流して倒れている。
薬莢が転がり落ちてその死体にぶつかり、銃弾が頭部を貫くが、その後ろからはまた数人が援軍に駆けつける。
「ハハ……オレも人気者になったな……コイツはファンサービスだ!食らいな!」
相当頭にきているのだろう、汚れる怒りに身を任せながらブレードを振り回し、爪ごとクローンの腕を斬り飛ばす。
刃には再び血がついて、乾ききった地面を緑に塗った。
それでも終わらぬ影に次ぐ影、補給したばかりの弾丸も尽きた彼はシルバリオの到着を待たずして窮地に陥っていた。
―――その時であった。
遠くから聞こえるホバー・トラックの駆動音、見慣れた浅葱色のボディ。
その運転席に居たのは、しっかりと前を見据えてハンドルを握るエース少年であった。
車体がドリフトで影の群れを薙ぎ払い、開けっ放しの荷台が向けられると、そこには誰かが立っていた。
「潔癖症ロボ!援軍だ!」
作業服にガンベルトを巻いて、手には銃弾のカートリッジが装填された機関銃を握ったグワンが、振動を物ともせず立っていた。
「急に拾われたから何かと思ったらこういう事ね!」
その後ろにはライフルを構えたブラクネスがしゃがみ、トリガーに指をかけていた。
ホバリングで薄っすら浮かび上がり移動し続ける車体の中には、ホワイティスにクレナ、ミケの姿も見えた。
次の瞬間、ジョーカードの左右を無数の銃弾が飛び交い、緑色の血飛沫が紫の装甲を濡らす。
銃身の煙が止まる頃には、周囲を埋め尽くす程の数だった影は10体程にまで減っていた。
「ったくお前ら……もうちょっと早く来ないと俺が全部倒す所だったぜ!」
「アタシ達が出る事も無かったな……っとぉ!?」
さぞ退屈そうなクレナが荷台の壁に手を付けていると、その車体が大きく揺れた。
急激な横からの衝撃。何かがぶつかり、その荷台を大きくへこませ、ホバーの1基を破砕した。
激しい横回転の中、荷台からホワイティス達はタイミングを見計らって転がり落ちる。
完全に制御を失ったホバー・トラックはそのまま遠くへ飛び去り、廃ビルにぶつかって停止した。
「クロちゃん、大丈夫?」
愛する妹をかばうように転がり落ちたホワイティスの衣服の肩部分が破けて、そこから薄っすらと出血していた。
「お姉ちゃん……そんな庇う事無いじゃない」
「これぐらいいいのよ。でもこれからもっと大変そうね……」
一斉掃射でかなりの数が減ったクローン兵士が、再びこれでもかと湧き出る。
「クソッ、ここはゴキブリ屋敷かってんだ!」
ジョーカードが再びブレードを展開して立ち向かおうとした時であった。
湯水の如く湧き出る影の中、一際大きな影が、彼らの方向へと迫りつつあった。
それは漆黒のパワードスーツ。背部に広がる虫の羽根のような飛行装置が嫌悪感を煽る。
先程の強い衝撃も奴の仕業に違いないとひと目で理解できる程、その姿は異質だった。
黒い右腕に装着されたブレスレットが時折フラッシュしては、影が陣営を組むようにざわざわと蠢く。
「流石のアタシも虫と殴り合うなんて初めてだ」
「クレナ、足引っ張らないでよね」
「ジョーカード、クレナ、クロちゃん。後衛はミケちゃん達に任せて斬り込むわよ」
「旦那抜きで先にパーティーおっ始めるのも気が引けるねェ。……いくぜ!」
4人が横並びになり、それぞれの得物を構えて迎撃態勢を取る。
その後ろではグワンが銃器を再び持ち上げ、エース少年がレーザーカッターを構え、ミケがレーダー機能で周囲環境を調査し続けていた。
「エース!嬢ちゃん達を援護するぞ!今こそ戦って街を変えるぞ!」
「言われなくても分かってますよ!」
「えーっと前方に30体、3時と9時の方向にも50体ずつ後方に20体……150体もいるにゃんて……」
「数えるのは後だ!来てるぞ!」
黒い濁流のごとく、影達は彼女たちを排除しようと大挙して迫る。
余程その廃銀行に近寄られる事に問題があるのだろう。だがほとんど戦うだけしか能がない彼らには誤算があった。
彼女たちが予想以上に強く、壬生狼のように全員が牙を持っていた事だ。
「この野郎!!」
ブラクネスが握るライフルから激しいマズルフラッシュが薄暗い空気を照らし、薬莢が周囲に散らばる。
アドレナリンが満ち溢れ、その小柄な体を活かして爪の攻撃を避けて胸部に銃身をあてがい、風穴を開ける。
カートリッジに装填された銃弾が尽きると、そのカートリッジを投げて怯ませ、再びトリガーを引く。
その周囲を守るように、ホワイティスが刃を握りしめる。
閃光のように煌めく一閃が影を照らすように襲いかかり、腕を斬り飛ばしていく。
「次!」
斬った刃を返して、緑色の血を払う。
守る為に戦う彼女の頬に血飛沫が飛ぶが、そんな事を気にしていられる暇はない。
「他人を洗脳した上でこんな虫頼みなんてな!アタシの相手にもなりゃしないよ!」
クレナのグローブが血に染まり、格闘女王らしい反射神経と動体視力で攻撃を尽く躱す。
地下で名を馳せたグラップラーなだけあって、その一撃はクローン兵のやわな骨を砕くのには十分過ぎた。
そして彼女が口走ったように、かの教団はスート地区の人間の実に90%を洗脳していた。
当然のことながら、彼女たちも惑星に到着してからずっと監視の目に晒されていた訳である。
かの教団は何かしらの教えを説いているのだろうが、一瞬を抗いながら必死に生き続ける彼女らが聴いた所で耳を傾けるはずもない。
欺瞞に満ちた教団にレジスタンスめいて活動していたグワン一行は、今こそ解放の時とばかりに3人をホバー・トラックで拾った後に、この事実を話していた。
義憤など到底湧くことも無かったが、穢れた血で汚れきった手をした彼女たちが引くことは無かった。
最早破れかぶれなのか、それとも自ら望んで手を汚すのか、それとも戦う事を喜んでいるのか。
目的も無いまま彷徨う彼女たちにとっては、戦う事が目標になっていたのかもしれない。
だが必死に戦う彼女たちにとってその端正で可憐な顔に血糊が付着しようが、拳が汚れようが、手に握った得物が血に濡れようが、関係のない事であった。
「ぐあああっ!!」
激しい金属音と共に、ジョーカードの紫色の装甲が斬り裂かれ、機械部品が晒されスパークする。
先程まで輝きを保っていた装甲の一部が飛散して、漆黒のパワードスーツへ当たり跳ね返る。
漆黒のパワードスーツはブレスレットから黒い槍を展開した後に、彼の腹部を切り裂いていた。
エネルギー消耗の激しかったジョーカードにとっては喰らいたくなかった一撃ではあったのだが、致命傷だけは避けた。
(クソッ、こんな時に旦那は何やってんだ!)
自分がいつの間にかシルバリオを信頼しきっていた事には気づかず、熱を帯びた駆動部位を庇うようにブレードを地面に突き立てて立ち上がる。
「……」
無言のまま、漆黒のパワードスーツを着た何者かは手に握った槍を振りかざす。
その時であった。
「……!」
パワードスーツの動きが止まると共に、猛烈なソニックブームが空を過ぎった。
「うおっ!?」
あまりにも強烈なその風がコズミタイドの体を揺らがし、後方に広がる漆黒の海をも割っていく。
その音の先には未塗装のままの、銀色のパワードスーツの姿があった。
『ジョーカード、少し遅れたが到着したぞ』
今までと姿形が異なっていたが、銀色のパワードスーツを着ていたのは確かにシルバリオであった。
脚部には整備工場に置かれていた飛行ユニットがほぼ据え置きで装着され、背部飛行ユニットには出来合いで作られたようなウィングが装着されていた。
グライダーのウィングの基盤のような勇ましく、曇天に輝く姿が天高くに浮かび上がっていた。
『ホワイティス、お前たちは下がっていろ。後は俺がやる』
クレナが身につけていたブレスレットから通信回路が開かれると、ブラクネスが真っ先に反応した。
「冗談じゃないわよ!私達だってまだやれる!」
『死にたいならそのまま立っていろ』
その冷淡な一言にたじろぎ、不承不承ながら引くことを決めたブラクネスが、最後のひと押しと言わんばかりに乱れた群れへと銃弾を撃ち込む。
「何かよく分からないけど……一旦引きましょう!」
刀を握ったホワイティスを先導に、3人が死体を踏みつけてグワン達の元へと駆けつける。
散り散りになった影達は彼女たちの背を追うが、その前に降り立ったのはシルバリオであった。
「ふんッ!!」
かなりの重量の脚部ユニットを無理矢理蹴り上げて、影の腹部へと押し当てる。
その後の一瞬、空気が取り込まれる音がした後に焼き尽くさんばかりのアフターバーナーが発せられた。
超加速を得るための燃料式ブースターを活かした戦法だが、その負荷はかなりの物。
背部飛行ユニットのバーニアが展開して逆噴射を行わなければ彼自身の体も大きく後方へと吹き飛ばされていたであろう。
人の身には余り過ぎる力を、脚部の一点から炎の旋風となって群れを焼き尽くしていった。
最早消し炭や塵になる事すら許されない程に燃やし尽くされた獲物の後方には赤熱化したビルの破片や膨大な熱量で火の付いた死体が散乱する。
そのあまりにも膨大過ぎる破壊力を前に、漆黒のパワードスーツがたじろぐ。
「俺の邪魔をするな……!」
纏った雰囲気すら変わったシルバリオの脚部に再び空気が取り込まれ、バーニアが予備動作を開始する。
「行け……」
漆黒のパワードスーツがようやく言葉を発し、影を仕向ける。
「この先に用事がある。消え去れ」
影に囲われる中、背部のバーニアが変形し、脚部のブースターから徐々に激しい音が鳴り渡る。
「行かせる……ものか……」
覇気のない喋りの中、影の統率者は指揮を執って周囲に散らばっていた残り僅かな影を仕向けた。
「俺には滅ぼさねばならない物がある!」
怒号の一言と共に、脚部ブースターが火を放つ。
周囲360度を囲んだ影が炎熱でジリジリと焼かれ煙を放つと共に、彼は空へと飛び立つ。
彼の体は空中で翻り、その熱が半壊したビルを炙る。
遠くのホバートラックの影に隠れていた彼女たちにも僅かながらの熱波が浴びせられ、危機を感じたエース少年の額には冷や汗が流れる。
影の群れに突撃するシルバリオの背面に装備されたグライダーウィングが展開され、炎の中にギラリと輝く。
そして次の瞬間には焔風と共に影とパワードスーツを両断して、焼却して、辺りには死体だけが散らばった。
切り裂いた断面すらも燃やし尽くされ、周囲は火の海となる。
その向こう、シルバリオは戦闘終了の気配を感じ駆け寄ったホワイティス達へと振り向いた。
「シルバリオ!なんでそんなに好戦的に……!」
「戦う目的を見つけたからだ」
「レジスタンスみたいにこの教団を潰そうとして?それとも戦争の火種を潰そうとして?」
「違う。俺が潰すのは"SIN"だ」
「SINって……あの鴉みたいな奴らの事なの?」
「ああ。どうやら奴らは既に魔の手を広げているようだ」
「それを1体1体潰してどうするのよ」
「奴らの計画は宇宙統一にある」
「そんな事を一体誰が?」
「……フェニックスのSINだ」
「……!」
通信回路越しに、彼らに緊張感が走る。
背後ではミケがエース達にSINの詳細を話して解説している最中、シルバリオは再び語り始めた。
―――――
[30分前_スート地区_戦場跡地]
「ようやく見つけましたよ。狼のSIN」
「……!貴様は何だ!」
荒れ果てて生命の萌芽すら、色すら失われた大地へと緋色の羽根を纏った何者かが飛んでいた。
「私はフェニックスのSIN。名前を"メラ・ベンヌ"と申します」
中性的ながら聖母のように語りかける彼とも彼女ともつかないその体を見上げると、人の形をした中に鳥の特徴が紛れていた。
背には緋色の羽根が生え、髪は燃えるように色が変わり続け、その爪は異様に尖っていた。
「……!貴様も鴉のSINと同類か!」
警戒するシルバリオを諌める事もせねば攻撃する事もないフェニックスのSINが、波動エンジンの動きを止めたシルバリオの前に降り立つ。
「警戒も致し方ありません。しかし私は敵ではありません」
「この緋色の羽根も、燃えるような髪も。全てノアの実験の産物なのです」
「……ノア?それは誰だ」
「私達遺伝子改造個体……SINの生みの親。そしてその支配者とでも言うべき存在です」
「彼らは別の個体を用意して戦闘能力のない私や逃亡した貴方を容赦なく狙いに来るでしょう」
「そして貴方を……いいえ、SINの事をよく知る貴方のお連れの方々の抹消も例外ではないはず」
「……そろそろ貴方の中の狼が闘争本能を刺激してくる事でしょう。滅ぼし合うのもSINの宿命、宇宙統一もSINの宿命なのですから」
「それではまたお会いしましょう、狼のSIN。……この惑星に居るSINをどうか私の代わりに滅してください……」
一頻りの会話の後、フェニックスのSINを名乗る彼とも彼女ともつかないそれは、空気抵抗など無いように飛び上がる。
無重力下のようにふわりと飛び上がり、その姿は次第に曇天に飲まれて見えなくなっていった。
「……遅れが生じたな。例のユニットやらを試すか」
自分の目的が決まった今、シルバリオは一直線に真っ直ぐに突き進むのみであった。
―――――
「そう……そんな事があったのね」
炎の海を挟んで、通信機能越しにシルバリオの話を聴いた彼らはしんみりとしていた。
「そうだ。俺をこの体にした"ノア"を、ついでにSINとやらを根絶する」
「戦争を止める、って願いは嘘だったって事なんですか?」
後ろからエース少年が声をかける。その顔は暗く不安げであった。
「……それが早とちりであったとしても一度は言った事だ。……可能な限り尽力する」
「だがアンタ、もう一度聞くがどうやって……」
「……まずはこの教団を潰してからだ」
彼は、先程のフェニックスに出会った時と同じように戦闘意欲が高揚していた。
起伏のない感情に出来たこの意欲こそ、間違いなくSINが近くにいると確信できる唯一の情報源。
そして目の前にあるのは謎の教団が巣食うアジト。
彼はどうしてでも、目の前に巣食う何者かを潰さねば気が済まない程に気が立っていた。
―――――
[蝙蝠教団_内部]
怪しげで薄暗い建物の奥深く、彼らは依然として姿を隠していた。
その最奥。黒く大きな三角帽子を被って何かしらの呪文のような言葉を詠唱し続ける男が居た。
顔に黒い隈取のような模様を付けたその男の元へ、とある一人の部下が報告の為に足早に駆けつける。
「ヒュブリス様、報告します」
「なんだね。今は我が崇拝物への祈りを捧げている最中ぞ」
「地上の影防衛部隊が何者かの手によって壊滅致しました」
「……!なんと……まさかあのイレギュラー共だと言わんだろうね」
「残念ですが……例のイレギュラー達に先手を打たれました」
「……迎撃準備をしておけ」
静かに返した彼の額には怒りの余り青筋が浮かび上がり、手元に握られた装置で何かを操作する。
小言を繰り返しながら祈りを中断し、再び座に戻ろうとした男の手に収まる装置のモニターには『諜報員用発破装置 ON』と表示されていた。
まるで常に夜が来ているように薄暗く、常に桃色の煙を放つ香が辺りを包む。
如何にも怪しげな雰囲気の中、ヒュブリスと呼ばれた男が通ると通路に待っていた者達が土下座のように地に膝を付けて深々と頭を下げる。
食料すら安定供給されていないのか、頬がこけた洗脳した信者たちであろう者達がひたすらに頭を下げて、彼の存在をありがたがっていた。
「諜報部隊の役立たず共め……!始末したとて怒りが収まらんわ!」
教祖らしからぬ様子で怒りに満ちた顔のまま、頭を下げる信者の頭を蹴る。
「ありがとう……ございます……」
光が失われた目で、鼻から赤い血を垂れ流しながら再び頭を下げる。
「クソめ……もしやあの中にSINでも紛れていれば我が命にも関わる重大問題だぞ……クソックソックソッ!!!」
八つ当たりをするように、頭を下げ続けた信者を踏み続け、やがてその信者は動かなくなった。
「……死体を片付けておけ」
気が済んだのか再び冷静になると、装飾の施された座に腰掛ける。
目の前を信者の死体を運ぶ信者が通り過ぎると、空間に僅かながらの振動と警報音が伝わる。
「まさかもう到着したと言うわけではないだろうな!」
モニターを前に、一際優秀な信者がカメラを操作する。
「いえ……ですが入り口の金庫扉を破壊されました!」
「バカな!並大抵の兵器では動じないはずだぞ!」
―――――
「全く便利な物だな。……燃料式という事さえ除けばな」
すっかり燃料を使い果たし、金属が融解した金庫扉を前に脚部ユニットからは緊急冷却の煙が上がる。
パワードスーツの眼前に迫る燃料ゲージから底をついた事を示すアラームが小さく鳴ると、シルバリオは腰に装着されたパーツを弄りだした。
より硬く、より堅牢に作られた装甲に付けられたトリガーを左右同時に引くと、地上移動にはまるで適さないユニットがパージされる。
廃銀行の床に転がったパーツがタイル地にヒビを入れると、自動的に通常アーマーへの換装が行われた。
「で、ここまで来てどうするのさ この先に何か居るんだろ?」
クレナが手負いのジョーカードに肩を貸して、未だ融解した熱を帯びた金庫扉を見つめる。
「……この先からは嫌な臭いがする、生身のお前たちを行かせる訳にはいかない。だがその代わりに任務がある。……この入口を守っていてくれ」
「旦那、俺も行くぜ……俺の体なら臭いもクソも無ェだろ」
「ダメだ。銃弾も無ければ手負いのお前を行かせる訳にはいけない」
「……ケッ、ワンマンアーミーのシルバリオ様の邪魔をするなってか」
彼が人間であれば唾の一つは吐いていたであろう。ひねくれ者らしいひねくれ方をした彼が壁へと寄りかかる。
「ジョーカードお前っ……弾も無ければ中身も見えてるってのに戦えるわけないだろ!」
すっかり戦闘狂として覚醒したクレナがジョーカードの腕を引っ張り、力づくで体を寄せようとする。
「弾ならあるぜ、とっておきの一発がな。……ま、それを使いたかないだけさ」
「……ほら旦那、行くんなら行っちまいなよ。硬くて冷たいお荷物ならここで待ってるぜ」
静寂の時間が一瞬だけ過ぎると、シルバリオが彼の元に近づき、左腕の拳を振り上げた。
次の瞬間には、彼の顔の真横。硬い廃銀行の壁に大穴が開けられていた。
「自惚れるな。……俺に付いてきたお前たちを失う訳にはいかないだけだ」
その一言と共に振り返り、熱が収まりつつある金庫扉に侵入しようとする。
「旦那……アンタ、本当に忘れてた事思い出したんだな。顔つきが凛々しくなった気がするぜ」
「……そんな事、放っておけ」
シルバリオはそう言い残すと、単身金庫扉の向こうへと歩き始めた。
「……ま、アタシも薄々嫌な臭いは感じてたんだけどさ。危険だって言うならシルバリオに任しとこうぜ」
クレナが気楽そうに後頭部で腕組をしつつ、ストレッチをする。
「ふんっ、あんな奴一人で行っちゃえばいいのよ」
未だ彼に気を許さないブラクネスが拗ねつつも、ライフルのカートリッジを入れ替えて迎撃態勢を継続していた。
「私も彼の事を全て肯定するわけじゃないわ。……でも、今は彼に任すしか無さそうね」
「そんだけ言うなら旦那を待っててやるか」
口だけでは格好をつけるも、ジョーカードもジョーカードなりに彼の存在を考えて改めていた。
冗談半分で旦那と呼んでいた彼をいつの間にか本当に追いかけている自分が居た事を赦せなかったのだ。
「でもよ。なんだろうなこの甘ったるい臭い……」
「あの教団の使う思考を削ぐ香の臭いですね」
「あー。嫌な臭いってそれか! ……って、早く言えよこのアン"パン"タンが!」
「それを言うならアンポンタンですよね!?……いたたたた!!!」
エースとクレナのまるで姉弟のような賑やかなやり取りに、ホワイティスは僅かに微笑む。
顔では笑い一時の平穏を感じながらも、本心では一人戦いに挑みに暗闇へと潜ったシルバリオを心配していた。
(シルバリオ……私貴方の事を何も知らないけど、頼っているのよ……)
その僅かな祈りが彼に届く事も暗闇を照らす事もないが、目に見えない結束を強める事はできた。
(次回予告)
傲慢は、時として全てに牙をむく。
信じもしない神、信じもしない人々、信じもしない力。
暗く、狭く、怪しげな煙が漂い続ける地下で、限界を失った野心が疼く。
しかし彼はそれを滅さねばならぬ。罪の名を借る者として、罪を背負し者として。
次回「反逆」
彼らが背くものは、何か。
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