Episode7『眠る街』
―――砂漠でシルバリオが銀装甲の狼に変身し、惨劇じみた戦闘が繰り広げられた次の日の事である。
一行はすっかり使い慣れたホバー・トラックへと乗り込み、再び宇宙港を目指す。
過酷すぎる惑星に居れないと判断した彼らは、再びの宇宙渡航を行おうとしていた。
車内では昨日の出来事を誤魔化すように、4人乗りの席と荷台の合間に通信をしながら、キャラバンの如く砂漠を走る。
「……って訳で、アタシがチャンピオンになったって訳よ」
「ふーん、そうなのね……」
さぞ興味が無さそうに、クレナの地下闘技場英雄譚を聞き流すと、3日前に見かけた宇宙港が再び目の前に見える。
「今回は拝借してきたお金があるけど……これだけじゃどこに行けるかも分からないわね」
ホワイティスの手には、クレジット化されていない時代遅れの通貨が握られていた。
薄汚れながらも金色に光る硬貨と古ぼけた紙幣が何枚かが手中に収められ、今にもチケット費用に消えようとしている。
5人も搭乗する以上チケット代金はかなりのもの、だがそれもジョーカードが貨物として認められればの話であった。
「ケッ、俺ァまた貨物室か」
通信機越しに悪態をつくジョーカードを無視して、シルバリオが話を続ける。
「どうする。最悪の場合誰かが荷物に隠れての密航になるが」
「とりあえず1回窓口に行かないと分からないわね……高くならなきゃ良いけど」
紙幣を手に取り、窓口へと向かい歩く。
窓口にはどこにでも居そうな女性型コズミック・ロボが丁寧に接客しようと待ち構えていた。
「お客様、本日はどの便をご利用でしょうか」
「紙幣と硬貨で10万ダラー、大人4人子供1人でどこか行けるかしら」
「どこでもよろしいのでしょうか?」
「ええ、お願い」
「でしたら9万ダラーで惑星オーティーンまで渡航出来ますが、そちらでも?」
「それでお願いするわ 貨幣支払いはできる?」
「可能でございます 便は30分後に出発しますのでお早めにお願いします」
よほどの田舎惑星でない限り流通していないような貨幣を窓口下に設けられた機械に投入すると、人数分のチケットが音を立てて払い出される。
透明なハードケースのような物に入っている内部に書かれた金色のチケットにはしっかりと惑星オーティーン行きと書かれていた。
Episode7『眠る街』
ホワイティスがホバートラックに戻ると共に、車体が貨物室へと乗り込む。
例によってごたついた貨物室にスリープモードに入ったジョーカードを残し、一行はエレベーターのボタンを押した。
ミケの機転で密航した前回と違い、今回は堂々と座席に座れる事にホワイティス達は安心していた。
「にしても、この惑星は散々だったわね……」
「アタシもまさかこんな事なるなんて思ってないよ」
クレナが行儀悪く壁に寄り添い、無重力下の状態に備えて設置されたサイドバーに腰掛ける。
その端では外の様子が見え始め、幾多もの装甲と特殊ガラス越しに赤砂の大地が広がる。
「にしても……アタシってこんなに何もない所に居たんだなぁ」
「地下闘技場とやらに引きこもっていたのか」
「いいや?居心地が良すぎただけだよ。だってアタシが一番強かったんだからな」
食物連鎖の頂点に立つようなクレナを、ミケは怯えながら見つめる。
自分とは相容れぬ、暴力的で短気な彼女とは未だに距離を置いていた。
「……なぁミケ」
「ひ、ひゃい!」
距離を置いた矢先に話しかけられ、ついつい間抜けな声を上げてしまう。
臆病な性格である彼女は、クレナの事を単なる荒くれ者だと思っていた。
「設備整ったらアタシのグローブ直してくれよな、こんなボロボロじゃやってけねぇよ」
喧嘩の一つでも売られるかと思っていた小心者のミケから深い安堵の溜息が漏れると、首を縦に振った。
どうやら自分の杞憂が過ぎたのかもしれない、そんな事を考えているとエレベーターは客室へと到着した。
前回搭乗した宇宙船とは別型の、客船機と呼ばれる部類の船の内装が彼らを出迎える。
高級感溢れるソファー席にフリードリンクとして置かれたオレンジ色の飲み物。
4人席の卓上にはパンフレットと、フードサービスと書かれたカードが人数分置かれていた。
中にはキッズ向けの何かしらも紛れていたが、ホワイティスは興味が無さそうな対応のフリをしつつゴミ箱へと捨てた。
愛する妹が子供扱いされると怒りだすという事を分かっていての、彼女なりの気遣いであった。
「それにしても随分と豪華だな」
シルバリオが座席に座り、体を包み込むようなソファーを大きくへこませる。
周囲環境を把握する為に首を左右に向けるが、不自然な事に誰一人乗客は居なかった。
ディエゴ・シティ以外にも惑星ゲルニカには街などいくらでもあるというのに、こればかりは不可解であった。
手元の惑星ガイドをめくり、他の街がある事をしっかりと確認した上で、その異様さは増していくばかりであった。
「……まさか、またろくでも無い惑星じゃないでしょうね」
ブラクネスが窓の外を見つつ、オレンジ色の飲み物を飲んで憂う。
ラベルには『エラ・オレンジ』と表記されている辺り流通している商品なのだろうとシルバリオにも理解できた。
「まさかチケット代が安いのも……まさかそんな事無いわよね」
「危ない奴来たらアタシがぶん殴るから大丈夫大丈夫!」
「じゃああの鴉みたいなのが来たら?」
憂う顔のブラクネスが、窓の外を見ながら言う。
「それはっ……シルバリオに任す!」
「……はぁ。行き先不安だわ」
そう呟いた数分後に宇宙船のアナウンスが響き、再びの大気圏突破、後に宇宙旅行が始まった。
だが、特に何の変哲も無ければ異変も無く、他の乗客の声もない退屈極まりない旅であった。
映像作品を見ようにも理屈ったらしい作品が並ぶのみで、彼女たちは到着するまでの数時間を眠る事で潰す事になった。
画面には『雨森家の謎』『エラ・オレンジ誕生秘話』『Don't来い怪奇現象』などの退屈な映像作品サムネイルが並ぶ中、シルバリオは考え事をしていた。
(あの脳裏に浮かんだ狼はなんだったんだ……?それに俺の体はあんな銀色に覆われてもまた戻っている……この体には謎が多い)
鴉との激闘の最中、彼の意識に語りかけた謎の存在は狼の形を型取り、彼の意識と体を奪い取った。
その上で彼の体は銀色の狼に変身してしまったという事実が、この場にいる全員の記憶に刻まれている。
だが、何故この体になったのか。
その真相は、未だに謎のままであった。
『これがエヴァグリオスの力だ……死ぬに死ねず、死ぬには同じ力を用いる他ない……』
鴉の最後の言葉が、呪詛じみて彼の中でリフレインする。
「死ぬに死ねず……か」
激しい揺れと共に大気圏突入を行う宇宙船の中、ただ1人呟く。
「んぁ……」
いびきをかいて眠っていたクレナが寝ぼけ眼を擦りながら起き上がると、窓の外に広がる大都会を目の当たりする。
「おぉっ!すげえ!ここがオーティーンか!」
他の乗客が居なかったから良いものの、居たら相当な迷惑になるであろう声量でクレナが嬉しそうに喋る。
「んん……うっさいわね……もう到着するの?」
ブラクネスを筆頭に次々と起き始める面々が、薄明るい照明に照らされた水を飲みながら窓の外を見る。
そこに広がるのは惑星ポルダにも引けを取らないどころかその先を行く大都会。
そこら中に空中投影モニターで広告が映し出され、つるりとしたフォルムのリニアモノレールが街を行き交う。
絵に書いたような未来都市が、宇宙船の眼下に広がっていた。
「見た感じキャバクラとかそういうのは無さそうだな……」
心底真剣に残念そうな顔を浮かべるクレナを全員がスルーして、下船の準備を始める。
「とりあえずこのガイドでも持っていきましょうか、少しはアテになりそうだし」
ホワイティスが量産しやすいという理由だけで設置された紙製のガイド・パンフレットを手に取ると、次第に宇宙船は宇宙港に到着した。
「またのご利用をお待ちしております」
アナウンスが流れ、行きの便と同型のコズミック・ロボが見送る中、ホバー・トラックは再び発車した。
荷台では荷物扱いされていたジョーカードが不貞腐れ、胡座をかきながら不満げな様子だが、同席する意気消沈気味のクレナにとっては何ら問題無かった。
「アジトになる場所を探すか、街外れまで走るが問題無いな?」
「そうね、食料ももうじき尽きるし……ってあれ、なんか表示が出ているけど?」
「む……マズいな、このホバー・トラックもじきにエネルギー不足か」
エネルギージェネレーターを搭載している車体であるが、流石に永久的な稼働はできず、定期的にエネルギーを充填する必要があった。
それどころか表示には要クリーニングを示す警告まで表示され、車体の限界は目前であった。
「そうね、整備工場さえあればいいんだけど……そうだ、ミケちゃんちょっと通信借りるわね」
「え?あ、どうぞ……」
使い物にならないパンフレットを丸め、通信回路を荷台に居るジョーカードに繋ぐと、投影されたモニターに彼の顔が浮かび上がる。
「へいへい、荷物に何の用事だい?」
「まだ拗ねてるのね……で、整備工場があるか検索して欲しいんだけど」
「あーはいはい……どうせ俺ァ便利なマシンですよっと」
卑屈になりながらも惑星に張り巡らされたウェブを検索すると、2秒もしない内に結果が出た。
「良かったな旦那、そこ曲がってあと2キロぐらい走りゃ見えてくるぜ」
「了解した」
「ったく、俺ァ腐ってもハンター型だっての」
ぼやきを聞き流し、ハンドルを切ると共にアクセルを踏み込み、整備工場を目指して走る。
曇天の中を青いライティングに包まれて、コズミック・ロボ向けの新規パーツの宣伝広告が次々と流れていく。
だが、ブラクネスは時折その中に紛れる奇妙な蝙蝠の模様の数々が気になって仕方なかった。
「……どうでもいいけど、さっきから変なマークの広告多くない?」
面倒くさそうに外を眺めているブラクネスだったが、実は誰よりも見たことのない景色に興奮していた。
だがしっかりと見ているからこそ、その違和感に気づいた。
「言われてみれば……なんだか人も少ないような」
「妙ね……」
外を見たミケもその異質な様子に気づいた様子であった。
偶に通り過ぎる人間も所々に機械化された痕跡が見え、コズミック・ロボですらさほど多くない。
発達した街には少なすぎるような、寝静まったような、寂しいような感覚に包まれていた。
▼
「そろそろ見えてくると思うが……まさかここか?」
シルバリオが道なりに走り、やがて見えてきたのは古びた工場であった。
「しょうがねえだろ旦那ァ、ここが一番近いんだから」
ジョーカードの呟きを聞きながら車体を工場に近づけると、大扉が自動的に開く。
「いらっしゃいませ、本日はどんな要件で?」
出てきたのはブラクネスとそう齢が変わらないような一人の少年。
頬に黒いオイル汚れを付けて、腰には工具がこれでもかと詰まったバッグをかけている。
被った帽子からは茶色い髪がはみ出て、その一部もオイルで汚れていた。
「ホバートラックの修理を依頼したいんだが」
「じゃあそこに停めて少し待っててください」
少年が指差す方向に老年の整備士が無言で立ち、床には赤い矢印と共に[PIT INN]と表示されていた。
ゆっくりと車体が停まり、シルバリオは荷台を開ける。
その中からジョーカードとクレナが出た後に、シルバリオは荷物を一つ開封し、少年の元に近づいた。
「これで足りるか」
彼が差し出したのは、マタビ研究所から持ち出したコズミタイド・インゴットであった。
5個程が荷台から取り出され、ずっしりとした重みで冷たい鋼色のそれを少年が手に取る。
「うわっ!?こんなっ……いいんですか!?」
困惑した様子の少年の様子を察してか、老年の整備士が近寄る。
彼の手中には既にシルバリオから渡された大量のコズミタイド・インゴットがあった。
「どうしたエース。……む、これは?」
「生憎旦那はクレジットを持ち合わせて居ないからな、これで足りるかって聴いてたんだぜ」
クリーニング器具をチラ見しながら、ジョーカードは後頭部で腕組をしながら話す。
「足りるどころか工場の借金も補えるぐらいだ」
「あン?借金?」
「……なんでもない。報酬だとしたら頂戴するぞ」
修理に移ろうとする整備士の男の背に、ジョーカードは語りかける。
「おい整備士」
「なんだね」
「クリーニング器具、使わせてもらうぜ。あと銃弾の補給もよろしくな」
「うちには銃弾なぞ無いんだがね」
惑星ゲルニカで付いた汚れを出発前に落としたばかりだというのに、この潔癖症コズミックロボは話を聞かずに再びクリーニングを始めた。
老年の整備士は小さく溜息をついて、ホバー・トラックの整備へと取り掛かった。
▼
[待合室]
シルバリオ達が修理を待つ間、古びた待合室で彼らは小さな机を囲んでいた。
生活臭がする中で、小さな時計と小さなモニターがごちゃつく卓上周辺を彩る。
塗装こそされているが今となっては時代遅れの木製の机の上に敷かれたテーブルクロスは、既にシミにまみれていた。
「なんていうか……すごいな、ここ」
クレナが辺りを見回すも、とても広いとは言えない部屋の中では特に面白味も無かった。
モニターでは政治がらみのお硬い番組しか流れず、さぞ退屈極まる環境であった。
戦争の戦果を淡々とアナウンサーが読み上げる中、ギシギシと木製の階段を下る音が聴こえた。
「すいません、こんな狭い部屋で……」
エースと呼ばれた整備士の少年が、汚れを隠す為なのかオレンジのジャケットを着込んで部屋に上がる。
手には山ほど長期保存用のとにかく硬い容器に詰まったインスタントコーヒーを抱え、それらを卓上に並べる。
「よいしょっと、これぐらいしか無いんですよ、うち」
コーヒーが苦手なブラクネスとクレナが渋い顔をするも、少年には気づかれなかった。
「お前、名前は?」
「名前? 僕はエース・ジャッカールって言います」
シルバリオのあまりにもぶっきらぼうな問に、彼は答えた。
見た所17歳ぐらいであろうそのエース少年は、美人揃いの一向に照れながら目をそらす。
「さっき借金があると言ったな。それに街の人数が少ない理由も説明してもらおうか」
コーヒーに目を向ける事もなく開封しつつ、シルバリオは瞬き一つせずエースの顔を見る。
「借金は単純に客不足で……人が居ないのはスート・クロンダイク戦争が起きたからですね」
「戦争? 何の音も光もしなかったが本当に起きているのか?」
「ええ、ちょうど此処らへんの真裏……2000キロぐらい先ですけど」
「そうか……見えない所でそんな事が起きていたのか」
シルバリオがコーヒーを飲み干すと、エースが話を続ける。
「それに徴兵で僕の同級生とかは軒並み戦場に行きましたし……他の住民は徴兵逃れの為に隠れ住んでるし、次は僕の番ですかね」
冗談を言うように少しだけ笑うが、次の瞬間には顔に陰りが見える。
「……そうか」
左腕で硬い空き容器を握りつぶし、全員が黙り込み、一時の沈黙が部屋を包む。
彼にもまた、辛く厳しい現実が待ち構えていたのだ。
「もし敵が来て対抗しようにもここには兵器作る設備もありませんからね、ハハ……」
「ったく、よく言うぜボーイ」
乾いた笑いが聴こえる中、いつの間にか粗雑な扉が開いて、ジョーカードが腕組をしながら壁に寄りかかっていた。
紫色の装甲は綺麗に磨き上げられ、細かい溝に付いた血もすっかり落ちていた。
「あんなもん隠しといて、兵器作る設備がないなんて嘘も良いところだ」
彼が指差す方向には、渋る顔で怪しげな機械を引っ張り出す整備士の姿があった。
今やホバー・トラックの荷台に眠るだけの自動修復装置がそのまま巨大化したような厳ついビジュアルに、怪しげな計器が山程付属している。
「A.P.P.S(オート・プリシジョン・プロダクション・システム)なんてモン、こんな所にあるなんてなァ」
「ジョーカード、それはなんだ」
「私から説明させてください」
二人の会話に割り込み、ミケが此処ぞとばかりに胸ポケットから意味もなく指示棒を取り出すと、自信満々に語りだした。
「A.P.P.Sというのはつまるところ自動精密製造装置、シルバリオのアーマーも修理できちゃうぐらい凄い代物なんですとも」
「ほう、だとすると破損したアーマーも修理できるのか」
「うむ!よくぞ聴いてくれました!なんとこの機械にコズミタイドインゴット等を装填する事で出来ちゃいます!……時間はかかりますけど」
「くぅ……見つかった以上仕方ない、勝手に使ってください」
「了解した、だがまずは銃弾から始めてくれ。ブラクネスとジョーカードの分からだ」
マズいものを見つけられた様子のエース少年の後ろ。驚いていたのは誰でもなくブラクネスであった。
自分のことを銃が無ければただの少女なのではないか、と心のどこかで思われていたと考えていた彼女の、数少ない心の支えが手に入る。
しかしそれは妬むべきシルバリオの提案であったが為に、悔しさで唇を噛みしめる。
(何よ……結局アイツが居ないと何も出来ないんじゃない……私……)
顔を下げて、唯一心許せる姉にその顔を見せないようにしていたが、姉には既にバレていた。
無言で横に立つ姉に肩を抱かれ、これでいいのだと諭されるように寄り添われる。
最早ただの少女に戻れなくなった彼女たちは、武器を手にして生きていく道を望んでいた。
▼
空中投影モニターに表された図式に、銃弾のデータがインプットされる。
ゼロからデータ入力する作業がミケによって瞬時に行われ、1回10分の製造で銃弾30発程が製造されるだろうと予測されると、額の汗を拭った。
「うーむ……まさか、あんなデータに強い嬢ちゃんだったなんてな」
老年の整備士が唸り声を上げて腕を組む。
彼がミケを何だと思っていたのか定かではないが、少なくともデータ入力には疎いと思っていたのだろう。
「それにA.P.P.Sを目ざとく見つける辺りお前さん達も只者じゃあないな」
「……そういえばお前の名前をまだ聴いていなかったな」
「お前とはなんだね。……俺の名前はグワン・ボンバだ」
「グワン、お前の工場にあんな物があって何故活用しなかった?あれでパワードスーツでも仕上げれば儲けにもなっただろう」
「材料はあっても設計する奴が居ないもんだからな。……あの嬢ちゃんには助けられたよ」
視線の先には、シルバリオのアーマーデータをインプットする作業に追われるミケの姿があった。
見た目では分からない程に複雑な構造に必要とされる様々なデータを目にも留まらぬ速さで入力する彼女は、今まさに本領発揮していた。
「これでウチに居た設計士の残したユニットの修復を実現できる……」
「ユニット修復……?それはどんなユニットだ」
「高速飛行が可能になると言ってたが……生身じゃ耐えきれんと気づくのにはそいつが居なくなってからだったよ」
「そいつは今どこに?」
「徴兵されて今頃この惑星の真裏で生きてるか死んでるか、どっちかだ」
シルバリオは、整備士の少年エースが言っていた事を思い出す。
『僕の同級生とかは軒並み戦場に行きましたし……』
その瞬間、彼の頭に激しい痛みが走った。
脳髄を駆け巡る衝撃が、脳味噌をかき混ぜるように乱反射する。
戦果を読み上げるラジオの幻聴と、炎の海の幻覚、硝煙と煙草の薫り。
「ぐっ……!?」
急に片膝を付いて、苦しむ彼の肩をグワンが掴む。
「大丈夫かねアンタ!おいエース!手伝ってくれ!」
「違う……これは……この感覚は……」
その痛みの中で脳裏に浮かぶ一筋の願い。
封印されていた記憶の一端が無理矢理こじ開けられるような激しい痛み、その痛みはSINの覚醒が起因していた。
自身の肉体が変化して修復されていく中で、かつて封じられた記憶の一片も修復されていたのだ。
そして、その渦中で彼は思い出した。
自分は、誰よりも争いが嫌いであった事を、その争いを無くす為に戦いに身を投じていた事を。
彼は、皮肉にも奪うだけの獣の力で過去を一つ取り戻せていたのだ。
「思い出した……!思い出したぞ……!」
「な、何をだね!ちょっと病院にでも行ったほうが……」
「争いを無くすための戦い……それが俺の願いだった……!」
駆けつけた一行の全員が、その言葉を聴いた。
最前列でその言葉を受け、唖然とする事も躊躇する事も無く、ホワイティスが立ち上がる彼の背中を撫でる。
「良かった。貴方にも人間らしい所があったのね」
「ああ、そうらしいな。……おいエース」
「……はっ、はい!なんでしょう!」
何を聞かされていたのか分からず、ただ立ち尽くす事しか出来なかったエースがたじろぐ。
「戦争の起きている場所はどこだ」
「大体2000キロ先のスペー地区です!」
シルバリオの圧に押されて、エースがつい強めの口調で口を開く。
「……アーマーの修理が完成次第、俺はそこに向かう。お前たちは待っていろ」
その言葉を聴いたグワンが、しばらく考え込んでからシルバリオの肩に手を置く。
「シルバリオ。1人で戦地に行くんならお前さんにあのユニットを任せてもいいぞ」
「……!?待ってくださいよグワンさん!あのユニットは人には到底使えないし、それに1人で戦場に行って一体何を……」
「エース、俺には分かる。シルバリオが普通の人間とは違うって事がな」
「だって、ただの半機械人間(アーマロイド)じゃ……」
グワンのその言葉を聴いて、屈んだままのシルバリオは何を思い立ったか、床に散らばる金属片を拾い上げる。
再利用すら出来ない不純物まみれのくず鉄の小さな板だが、人の皮膚を傷つける程の鋭さはあった。
それを躊躇う事もなく、シルバリオは自分の右手に突き立てた。
痛みを痛みで誤魔化そうとしたのか、理屈は誰にも分からない。
杭打ちのように、床に深々と突き刺さる勢いで刺された場所からは血がにじみ出る。
「!?!?急にどうしたんですか!?」
「……見ろ、俺が普通の人間になれない理由を」
手を使う事もなく深く突き刺ささり一定の角度を保った金属片が、次第に動き出す。
体に別の意思があるようにそれは勝手に抜かれていき、再び床に落ちた。
傷口は大きかったが、それも徐々に塞がれ、遂には何も無かったように元通りになっていた。
「そんなバカな……何かのトリックじゃないんですか……?」
目の前で起きたことが現実だと信じきれないエースが、目を擦りながらキョトンとしている。
「こうする事でしか説明出来ないが紛れもない事実だ。……俺も信じるまでに時間がかかった」
「驚いたもんだな……まさかここまで普通の人間とは違うとは」
グワンが驚きながらも、1人納得したように首を頷かせた後に配電盤を弄りだした。
一般家庭にはどこにでもあるような、何の変哲もない配電盤。
そのパーツを唐突に弄りだして、[トイレ照明]と書かれた場所から1本のコードを取り出し、隣接する黄色いマークの箇所へつなげる。
すると、一瞬のブザー音の後に狭苦しい部屋の一角が動き出し、下部から銃器の詰まったケースがせり出した。
「これは……」
新品同様の銃器の数々を前にブラクネス達が驚いていると、グワンは自慢げに言った。
「俺たち特製の銃器だ、好きなのを使え」
「お前さんの戦争を止めようとする気概と……それに嬢ちゃん達へのプレゼントだ、ちょいと物々しいがな」
「確かにな。だが助かる」
シルバリオが一言伝えて、ガン・スミスであったグワンが製造し、ケースに飾られていた銃器を手に取る。
ケースの中にはあらゆる口径の銃器が一通り揃う武器屋のような品揃えの中、目を引く特異的な銃が置かれていた。
ガトリング砲のような銃身に取って付けたような厳つい弾倉が目を引く大型拳銃を見つけ、トリガーに指をかける事無く構えた。
「これを頂こう」
「良いのかい、残骸の組み合わせみたいな武器だが」
相当な重量であるはずの奇っ怪な銃を、シルバリオは軽々と持ち上げる。
片手で持つ事を想定されていないサイズの一品だが、彼は片手で壁に向かって試しに銃を向けた。
「じゃあ私はこれね」
ブラクネスが手にとったのは、ペイントもされていなければマーキングもろくにされていないアサルトライフルであった。
それでもつい先日まで奪い取って使っていた物とは遥かに違う完成度を誇っているのは、目にも明らかであった。
ただ、小さくやや華奢な体には少し大きすぎた。
「全く、武器が無ェって言った所でな……これじゃ嘘つきってより大嘘つきってレベルだぜボーイ。狼少年にでもなるか?」
ジョーカードがさぞ呆れた様子で、エースの肩に手を置く。
気まずく浮かばない評定をした彼が振り返ると、ため息交じりに喋る。
「僕らが武器を持ってる理由もあんまし大っぴらに言えないんですよ、近頃諜報員も多くて……」
「諜報員だァ?んじゃあの見物客もそうって訳か」
ジョーカードが指をさすと、窓の外に張り付くように見ていたあからさまに怪しい男が気づいて、窓からその体を離す。
それなりの高さがあったものの、男は多少着地でふらつきながら走り出す。
「……!グワンさん!誰かが居ました!捕まえでもしないと武器があるのバレます!」
「なんだと!この忙しい時に来るなんざ……」
逃げる諜報員を目で追いながら、クレナは立ち上がる。
「よく分からんけど、捕まえりゃいいんだろ?」
「え、ええ……でも早くしないと!」
「大丈夫だって!アタシ結構走るの得意だからさ! っと!!」
ズタボロのシューズでクラウチングスタートを決めると、その姿はたちまち見えなくなった。
シルバリオが銃弾を装填した銃を向けた頃には諜報員は姿が見えなくなっていたが、クレナの眼前には走力で追いつける程度に背中は見えていた。
▼
[路地裏]
人気がまるでない路地裏、逃げ足だけは速い諜報員の男は肩を上下させ、息切れ混じりに通信回路を開く。
「こちら……区域監視Cチーム……武器庫とイレギュラーを発見……どうぞ」
『こちら司令本部、ただちにそちらの区域に支援部隊を送る どうぞ』
「了解……引き続き諜報活動を行っ……!?」
顔を上げると、そこに立っていたのはクレナであった。
「見つけたぜ……コソコソしやがって!」
「!! 司令本部!こちらチームC-2、敵に発見されました!」
『迎撃せよ、オーバー』
その言葉を最後に通信回路が遮断されると共に、覚悟を決めたであろう諜報員の男は腰からナイフを取り出すと、臨戦態勢の構えを取る。
額には汗がにじみ出て、赤いアイマスクに隠された顔は強張っていた。
「うおおおっ!」
あまりにも無鉄砲すぎる構えで、男はナイフを持ってクレナに迫る。
「っと、あぶね」
ナイフが無造作に振り回され、目と鼻の先の空気を掠めるが、彼女は呑気なものであった。
「くたばれ!」
首を狙うのは無理だと判断した男が胸を刺突しようとした時だった。
「遅い!」
突こうとしたその刃物を躱した時、男の体感時間は一瞬止まった。
カウンターパンチがスローモーションじみて徐々に迫り、やがてその拳は彼の顎を的確に打ち砕いた。
銃弾ばりに鋭い一撃で男の骨が砕ける音と共に、その体が半回転して地面に強く叩きつけられる。
一時的に強く痙攣すると、意識を失ったのかその躯体から力が抜ける。
「んだよ、全ッ然強くねえじゃねえか」
拳を鳴らして、ため息交じりで気絶した男を見下ろすと、その足元に転がる通信機を見つける。
『チームC-2応答せよ、応答せよ』
折角相見えた相手のあまりの手応えの無さに苛立ち、その通信機を拾う。
「オイ!折角寄越すんならもっと強い奴にしとけよ!じゃあな!」
街中で喋るのにはとても適さない声量で通信機に叫ぶと、強く壁にぶつけて装置を破壊する。
周囲に隠れ住む人間達が冷徹な目で窓から彼女を眺めていた事には、全く気づく事がなかった。
[司令本部]
「……通信回路切断されました」
数多くの非空中投影型モニターが存在し、様々な計器が動く薄暗い部屋の中、オペレーターは耳を抑えながら誰かに語りかける。
近距離で。なおかつかなりの声量で喋られた事ですっかり聴覚が麻痺していた様子だった。
「我が教団に楯突くとはいい度胸をしている……通信機が破壊された位置を中心に虱潰しに探せ」
黒く巨大な三角のシルエットを作る帽子を被り、顔に黒い隈取のようなペイントをした男が、巨大かつ装飾が施されている椅子に座っていた。
「我が神話を邪魔する輩など放っておくでないぞ」
如何にも怪しい風貌のその男は、釘を刺すようにオペレーター達へと声をかけた。
▼
クレナが修理工場に戻ってくる頃には、既に日が暮れていた。
データ修正に没頭し、疲れ果てたミケが薄手の毛布に包まって眠る横を、ホワイティスとブラクネスが見守っていた。
「戻ったか」
A.P.P.Sの中を見つめていたシルバリオが振り返り、クレナを迎える。
装置の中では、アーマーの修理が着実に進んでいた。
アーマーは抜け殻のように横たわり、プラズマレーザーで修理が進む中、以前とは一部パーツが異なっていた。
「全然手応えのない奴だったよ全く……そういやなんか司令本部とか言ってたな」
「司令本部?……戦争を起こしている連中の手先だったのか?」
「いーや、全ッ然分からない!」
クレナがこれ以上無いほどにキッパリと言い切ると、殴り倒した相手の妙な格好を思い出す。
「そういや……変なマーク付けてたな、なんかこう……コウモリみたいなマーク?」
その言葉に反応したのは、グワンとエース、そしてブラクネスであった。
ブラクネスは喋りはしないものの、街中で見つけた蝙蝠のシンボルの意図は彼女なりに理解したようである。
「やっぱり蝙蝠教団か……マズいぞ……」
「蝙蝠教団?それはなんだ」
「この辺りでは有名なカルト教団ですよ。それにスート・クロンダイク戦争の双方を操っていると噂されてて……中々尻尾を出さなくて怪しいんですよね」
「ならば争いを止める前に直接聞きに行くまでだ」
A.P.P.Sの表示には修理時間が近い事を知らせるゲージ、装置の傍らには謎の塊。
ジェットエンジンにも似た仕組みが垣間見えるそれは、グワンの話していた物であろう。
それらの修理を待ち、シルバリオ達は蝙蝠教の居場所を探る為の作戦を練りだすのであった。
怪しげな団体を探す為のローラー作戦ではあったが、それが効き目をもたらすとは到底思っても居なかった。
そして、シルバリオの胸中には一つの疑問が浮かんでいた。
自分の本当の願いは争いを止める事なのだろうか、この少年の願いじみた考えは本心なのだろうか。
本当は、自分が戦いたい事に対しての適当な理由付けではないのか。
答える者は当然誰もおらず、その疑問を心に残したまま、シルバリオは広げられた立体地図を見つめた。
(次回予告)
次第に戦火が迫りくるオーティーンの一角で、彼らは己等が武器を交える。
方や狼の群れ、方や蝙蝠の名を冠する教団。
かの決戦の跡地、スート・クロンダイク戦争に燃えた大地は思い出すらも灰燼に還していた。
化学繊維やビルを燃やし尽くした戦火と万年の曇天に消えゆく煙が招く闇を打ち破るのは、緋色の風と空を飛ぶ銀色の閃光。
次回「天翔」
銀色の流星は、夜空を駆けていく。
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