Episode6『怒りの顕現』
―――シルバリオ達が誰も居なくなったホテルで夜を明かして、灼熱の昼が再びやってきた。
どこの誰が計算したかも分からない近すぎる人工太陽がジリジリと地面を焦がすように熱する。
埋もれた何かの動物の頭蓋骨の中から不気味な蠍類が這い出る。
その広大な赤砂の砂漠の中に佇む街の中を、シルバリオ達は歩いていた。
「このっ……開けろォ!!」
クレナの拳がシャッターを大きくへこませるが、多重構造になっているであろうシャッターが動じる事はなかった。
彼女がかつて居た街、地下街への扉としての防衛機能は確かなものであった。
「これじゃオレのブレードでも無理かもな、諦めるしかないぜ」
「参ったな~……アタシそれなりの金とコレしか持ってないんだけどな」
彼女が指差すのは愛用されていたであろう指ぬきグローブと、クレジットが登録されたブレスレット型装置。
「随分と古い型のようですね……」
ミケやシルバリオの付けているそれとは違い、何十年も前の世代の、後継機種が3回程出たであろう古びた機種であった。
「え?そうなの? アタシ最新機種だって聴いたんだけど」
「それはどうでもいい……とりあえず他の捜索班が戻るまで調査した上でこの街を出るぞ、これ以上は時間の無駄だ」
「んだなぁ~……でもとりあえず腹立つからもう1回蹴っておくか!」
過剰なまでに大地を照らす光を避けるために、ミケを連れて住民が居なくなった家のテラス席へと向かう。
白い石造りの高級感溢れる椅子についた砂埃を手で払い、そこへ元の住民のように座る。
クレナがシャッターを蹴破らんとまでに残像の残る蹴りを放ち、凄まじい音が響くが、結局の所へこみが増えただけで防衛機能を破るまでには至らなかった。
大凡の場所を探し尽くし、別働隊として探索に回っているホワイティスとブラクネスの白黒姉妹が何かを見つけてくるかをひたすら待つのみであった。
Episode6『怒りの顕現』
砂を踏みしめて、あいも変わらず誰も居ない街を白と黒の服を着た姉妹はまだ見ぬ住民を探していた。
誰も居ないのを良いことに冷やされた飲み物を数点頂戴し、比較的余裕を持って家々を見回る事3時間、誰とも出会うことはない。
「ねえお姉ちゃん、やっぱ誰も居なくない?」
「もしかしたら事情を知っている人間が一人でも居るかも知れないわ……シルバリオの時だってそうだったじゃない」
「あの頃から思ったけど……なんでそんなの知りたいのよ……っと」
階段を横からひとっ飛びして、一段一段登る姉より先回りする。
「あら、小さい時に言ったはずよ、行ったことのない場所の事も出来る限り知りたいって」
「それにあだ名のクロちゃんだって、他の惑星で言われてる事由来なのよ」
「だからって危ないことに首突っ込まないでよね、昨日のアレなんて死ぬかと思った」
「……そうね、私ちょっとシルバリオに頼りすぎたかもしれない」
「大体なんなのよアイツは!なんかある度に『付いてくるなら勝手にしろ~』とかなんとか言っちゃってさ、いけ好かないのよ」
小憎たらしい悪意まみれの物まねをしつつ、砂まみれの階段を登る。
「ふふっ、でも私、そんなシルバリオ嫌いじゃないわ。どこへでも連れて行ってくれそうだし」
一時の微笑みの中、街を歩いている内にブラクネスの視界の片隅に何かが目に入った。
ゴミ収集用の巨大コンテナの扉が壊れ、中からは警備用コズミック・ロボの腕が飛び出していた。
彼女たちが近寄ってそのコンテナを開くと、中身には動力を破壊されてガラクタと化したコズミック・ロボの山が詰まっていた。
本来ならば人間の死体と同じように埋葬されるはずだが、よりにもよってゴミ収集用のコンテナへと詰め込まれているのは異常すぎる光景であった。
▼
「……どうだミケ、ジョーカード、なにか分かったか」
一人で探索を続けていたジョーカードが合流し、ミケと共に回路を解析し続ける。
「いえ、何も……む?これは……」
「どうした、何か不都合なものでもあったか」
「いやその……動画ファイルが1件だけ」
別個体の頭部を開いて解析を続けていたジョーカードが手についたオイルに頭を抱える中、唯一見つかった物はそれだけであった。
「うぇっ、汚いったらありゃしねえ、こりゃ相当こっ酷くやられてんぜ」
手についた赤黒いオイルを民家に擦り付けて落とすと、ジョーカードは動画ファイルを開こうとするミケの元に向かう。
すると、立体映像で青く空中投影されたモニターに短い動画が表示された。
『なんだあの輸送船は!』
『何か落としたぞ!』
住民とコズミック・ロボが騒然とする街の中、黒い影の軍団が街に迫る。
無数の、先日戦ったゾンビ軍団の先頭に立つのは、怪しげな女だった。
黒い球状のモチーフが施された緑と白のロングスカートの女は、無表情で語りかける。
『お喜びください、貴方達を捕縛致します。これはノア様のご命令です』
水色で前髪を揃えた謎の女の首には、銀色の首輪のような物が見える。
目には既に光がなく、また人間らしからぬ、機械的な手足の挙動をしていた。
『ふざけるな!それに誰だよノアってのは!』
『お黙りください、貴方達に質問の権利はありません。これはノア様のご指示です』
録画している機体の背後に立ち並ぶ機兵達は、揃いも揃ってゾンビ軍団へと銃を向ける。
『脅威対象最大レベル、排除開始』
シグナルを共にする1機の視点のまま、映像として前に進み出す。
無数に群がるゾンビ軍団が排除される中で、機兵は次第に女へと迫る。
その手に握ったアサルトライフルが謎の女に被弾するも、その女はまるで意に介さない様子であった。
ドレスは次第に血に染まるが、怯む事も痛がる様子も無かった。
『お退きください、貴方達コズミック・ロボに生存権利はございません』
その直後に謎の一瞬景色が揺らいだと思った瞬間であった。
女の顔を無数に斬り裂かんとする赤い線が走ったと思えば、先程までとは違い鬼のような顔つきに変貌した。
次の瞬間にはとてつもない金切り声と共にソニックブームが周囲の空気を切り裂き、後方に居た先日のゾンビ部隊の一部が吹き飛ばされる。
その直後にノイズの嵐と共に、映像は途絶えた。
▼
途絶えた映像の前に、シルバリオ達は只々立ち尽くすのみであった。
「あの女が何者かはさておき捕縛すると言っていたな」
「ええ……それにあの攻撃、正体もよく分からなかったし……本当に何者なのかしら」
「とりあえず死体が見つからない理由は分かりましたね……ああ、良かった」
3人が立体映像を囲む中、クレナとブラクネスは砂まみれの階段に腰掛けていた。
クレナがどこからか拝借してきたガムを噛んで自分の理解が及ばない映像を遠目に見ていると、突然にブラクネスに喋りかける。
「なぁアンタ、なんであいつらと旅してんの?」
「なんでって……そりゃ前に居た場所が嫌だったからよ」
「ほぉーん……アタシと似たような理由だな、地下街は窮屈で退屈だったしな」
「私だって似たようなもんだったわ」
「小さいのに苦労してんだなぁ」
機嫌を損ねる一言に腰にかけた拳銃を抜きかけたが、既の所で首を横に振りつつも堪える。
後ろに立つジョーカードが人間だったらさぞ複雑な表情をしているであろう。
結局の所、シルバリオ達が映像の解析を終えてそのコズミック・ロボの貴重な小型パーツを数点抜き取って合流するまで2人が会話をする事はなかった。
「もう此処に用はない、さっさと宇宙港に戻るぞ」
「そうね、食料も大体積み終えたんでしょ?」
「ああ、3日間は大丈夫だ」
待機させていたホバートラックの荷台に保存食を詰め込み、更に狭くなったが背に腹は代えられぬ。
ただでさえ人数が増えて仕方がない状況の上、行き先を間違えれば1日以上は彷徨う事必死の荒野に出るには準備が必要であった。
最も、道に沿って90キロ程走れば宇宙港にたどり着くのだが、何があるか分からない以上載せざるを得なかった。
彼らが拠点にしていたホテルに戻り、ホバー・トラックに乗り込むと、シルバリオはブレスレットに格納していた小型パーツを取り出した。
「で、結局なんなのよそれ」
多少は気になったのだろう、助手席のブラクネスが喋りかける。
「コズミック・ロボの記憶回路の一部だ、解析すればもっと情報を得られる筈だ」
稼働を終えて物入れと化した自動修復装置の中にそれを入れて、使用時と同じようにロックして動かないようにする。
専用電源がない以上稼働はしないが、ひたすらに強固な物入れとしての役割を果たすのみになっていた。
「用事は済ませたな、行くぞ」
全員が揃っている事を確認した上で、ホバー・トラックが徐々に浮かび上がる。
再びの長い旅になりそうな予感と共に、車体が街を出た。
あいも変わらず誰一人として居ない街の大通りを走り、砂を巻き上げては露天商の居た跡地に飛び散る。
乾いた空気の中、クレナは車窓から身を乗り出して雲ひとつ無い空を見上げた。
「おっ、珍しい、こんな所に鳥なんて居るんだな」
遠くに星が見える以外何もない青空、そこには確かに1羽の鳥が旋回していた。
しかしそれは、何処と無く歪な形を保って、シルバリオ達を見るように悠々と飛んでいた。
「……あン?鳥かアレ?なんか光ってるけど」
人工太陽の光に反射して何かが光ると、やがてそれは地上へと向かって降下を始めた。
「あっ!アレ鳥じゃねえぞ!人だ!」
優れた視力で補足したそれは、他の誰でもない。かつて惑星ポルダで退けたコクヨクであった。
無言のまま降下を続けたその手にはナイフが握られ、今にも斬り裂かんとばかりに無謀なスピードで迫りくる。
「……!!ミケ、運転交代だ!全力で戻れ!」
そう言うとシルバリオは運転席から飛び降り、砂漠にその身を埋める。
ハンドル操作を失ったホバー・トラックが砂漠の地形で大きく揺らいで、一瞬の閃光を既の所で回避した。
「シルバリオォォォ!!!!!!!」
理性を失いかけた声、その声に当の本人は聞き覚えがあった。
マタビ科学研究所で出会った黒い影の主であると見抜くにはそう時間はかからなかった。
「着装!!」
砂漠の上を転がり、パワードスーツを瞬時に装着する頃には再びの斬撃が身を掠める。
そして再び腕が振られようとした時、シルバリオの腕は鴉のナイフを握った腕を掴んだ。
「お前は何者だ!一体何の目的で何故こんな真似をする!」
「決まっている!俺も貴様も同じSINであるからだ!!」
背面に装備された羽根が開き、その内部からパーツが展開する。
ギラリと光るそれは手に握ったナイフと同形状で、何かが弾ける音と共にシルバリオ目掛けて発射された!
「ぐああっ!!」
発射された刃物はパワードスーツの装甲に大きな溝を掘り、シルバリオの右肩へと突き刺さる。
通常兵装であっても多少の破損はあれども、装甲が削り取られるのは中々無いことであった。
鮮血が銀装甲に飛び散って紅く染めると、鴉の握っていたナイフがシルバリオの装甲の隙間に挿し込まれた。
「ぐっ……SINとは何のことだ……!」
鋭利すぎる刃物が突き刺ささり、痛みが走るがこれを堪えて耐えると共に、口を開く。
「ノア様の意思で生み出された化物だ!俺も!お前も!体の中に"エヴァグリオス"が存在し続ける限り化物であり続ける!」
「化物だと……?なら傷がすぐに回復するのもそうだと言うのか!」
ミケが必死の形相でハンドルを握り、凹凸の激しい砂丘を逃げ回る中、ブレスレットから一連の会話が聴こえる。
急な運転と半パニックで操作もおぼつかず、出力不安定のまま砂の上で時折ねずみ花火のように回転する。
「SIN……エヴァグリオス……?前にも聴いたけど一体何を言っているの……?」
「それにアイツ、シルバリオの事も化物であり続けるって……」
ホワイティスとブラクネスの白黒姉妹が内装パーツを掴んでロデオめいて回る車内で耐える。
「私もエヴァグリオスについては調べてっ……確かアレは体組織回復の技術じゃ……」
「……ミケ、確か荷台に研究所のデータベースをコピーした機器、あったわよね。それ後で引っ張り出せる?」
「え、ええ……」
激しく上下左右に揺れる車体の後部、荷台ではジョーカードがブレスレットの通信を傍受していた。
「……へぇ、旦那の強さの理由はそれって訳か」
「なぁ、それって何だよ」
生きてさえいればどうにかなるだろうと呑気に食料を口に含んだクレナには聴こえる事もなく、蚊帳の外であった。
▼
「答えろ……SINやエヴァグリオスを使って何をするつもりだ!」
脇腹にナイフが突き刺さったままのシルバリオが、鴉の顔を殴ろうとして回避される。
殴り抜けた瞬間、以前の物と同形状だが、格段に強化された黄色いバイザーマスクの向こう、鴉の顔が見えた。
鷲鼻で鋭い目を持つ、どこにでも居そうな男。
それが、2回シルバリオを襲った鴉の正体であった。
「これから死んでいく貴様にこれ以上答える必要など無い!」
鴉が足を上げると共に踵に付属していたナイフが展開し、シルバリオの腹部を突き刺した。
あまりにも素早い動作に反応が追いつかず、深々と刺さった刃物には徐々に血が伝わる。
「狼のSIN!貴様はここで死んでいくのだ!貴様が擁護し続けたカスや昨日斬り捨てたゴミ共々な!」
二度目の蹴りで、脇腹に突き刺さったナイフがより深くへと突き刺されていく。
「貴様ッ……今なんて言った……!」
「聴こえなかったか狼!もう一度言ってやる!貴様の連れてきた連中など我々SINに比べれば遥かに劣る存在だ!」
「お前の言い分など知ったことか……!!それにSINとやらは何だか答えろッ……!!」
「SINは我らがノア様と共に歩むべき神の使いとも言うべき存在ッ!……だが貴様のような反逆者は死罪が相応しい!」
鍔競り合いするかのような様子の最中、羽根が開き、そこから飛び出たナイフが更に身を切り刻む。
シルバリオのアーマーの隙間を切り裂くように無数に飛び出たナイフは、射出されたすぐ後にブーメランの如く戻り、再装填される。
再装填の金属音と共に、少し遅れてシルバリオの体からは紅い血が吹き出した。
最早声にもならない激痛、身を斬り裂かれ、意識が徐々に遠のく中、シルバリオの中に声が聴こえ始めた。
―――――『フタタビアイマミエタナ、ワタシヨ』
『マタシテモカラダヲクレナイニソメヨウデハナイカ、ワタシヨ』
『ガンゼンノドウゾクスラニクニスギヌノダ』
(クソッ、なんだこの声は……! こんな時に幻聴とでも言うのか……!)
赤砂の上に膝をついて、銀装甲はメタリック・レッドへと染まる。
ブレスレットからは心配するような声が聴こえるが、最早耳を傾ける余裕すらない。
切り刻まれたアーマーの一部が転がり落ちて、血に染まるインナースーツが炎天下に晒される。
「クカカ……では次は貴様に群がる劣等種共を切り刻んで楽しむか……」
独特の鼻につく笑い声が、シルバリオの消えゆく意識に追撃をかける。
「行かせるものかッ……」
片膝を付け、血を垂れ流しても尚、シルバリオは砂の上に立ち上がった。
「ほう……やはり貴様は我らと同胞ながらあの劣等種を擁護するのか……」
「擁護……?違うな、俺が導くだけだ……!」
「減らず口をーッ!!!!」
再びのナイフ・ブーメランが更に身を裂いて、シルバリオの体から噴水のように血が吹き出るのは一瞬の事であった。
「あ……ぐっ……」
頸動脈からはおびただしい量の血が流れ出し、目の前は徐々に揺らぐ。
意識が途絶え、その体は砂に埋まる。
回復するはずの傷は一向に埋まる気配がなく、赤砂を紅に染め上げていく。
―――『ワタシハ、オマエジシンナノダ』
意識が途絶える寸前に、彼の意識にはその言葉が聴こえた。
「ゥ……ォ……」
死んだように転がる彼から発せられるうめき声、死体を背にした鴉には肺の空気が漏れ出たに過ぎぬと聞き逃す。
「■■■……」
そのうめき声は、次第に人の声では無くなっていく。
「■■■■■……!」
次第にその声は、呪詛のように地を揺らがしていく。
「■■■■■■■……!!!」
パワードスーツの向こう、シルバリオの瞳は、赤一色に染まっていた。
顔には涙とも見える線が浮かび上がり、徐々に発光しだす。
吹き出す血が爛々と煌めきだし、やがて銀色に染まる。
並大抵の科学では証明できぬ、超常的反応が起きていた。
身に纏った血液は最早血液ではなく、身に纏った銀装甲よりも強固な銀装甲へと変質しつつある。
パワードスーツがブレスレットに格納される事無く、ひび割れて砂の上に一片、また一片が落ちていく。
銀装甲へと変質した血液がブレスレットの留め具を破壊して、砂上へと落としていく。
彼の歯が牙のように変質し、手も足も獣のように変質していく。
やがて流れ出た血液が全て銀色になり、彼の体を包み込んでいく。
そして彼は、化物へと変化していく。
「……!貴様、まさか既に覚醒を……!」
異変に気づいて振り返り、シルバリオを見た鴉は困惑する。
「■■■■■■■ーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
周囲を揺らがす咆哮が、砂漠の大地に響き渡る。
異変が起き始めておよそ1分後、彼の体は銀色の狼に変身していた。
体の一片一片全てが銀色に光り輝き、毛並みの全てが刃物のように鋭く、瞳は真紅に灯っていた。
▼
「シルバリオ?シルバリオ!?」
遠くまで暴走するように走り、砂丘の崖下へと避難した一行はブレスレット越しに反応を示さないシルバリオに不安を抱えていた。
「旦那……まさかやられたってんじゃないだろうな」
「あの鴉の戦闘力はかなりのもの……もしかしたら……」
ミケの顔が暗くなる一方で、ホワイティスは刀を握りしめる。
「私達の顔も覚えられているに違いない……次に狙われるとしたら間違いなく私達の番ね」
「クッソー……素手だったらアタシに分があるんだけどな……」
「それにさっきのエヴァグリオス……明かされている情報だとやはり体組織回復技術としか出てきませんし……」
女4人と1機が会議を続けていると、ブレスレットから応答があった。
「シルバリオ!?生きているの!?」
ノイズ混じりの通信回路越しに聴こえるは、謎のうめき声と何かの叫び声のような音。
砂上に打ち捨てられるように転がった装甲とブレスレットを新たな住処に選ぼうとした蠍類が偶然にも通信回路を開いた事で、その悪夢のような出来事は伝わるに至った。
金属が変形し続ける奇妙な音と、狼のようなうめき声だけが聴こえる中、4人と1機は呆然とするしかなかった。
立体映像に映し出されたのは、銀色のパワードスーツの上に脚を付けて唸る銀の狼であったからだ。
「何よ……これ……化物みたいじゃない……」
絶句。その言葉しか無い程に、ブラクネスは立ちすくむ事しか出来なかった。
「……なんとなくだけど分かるわ。……彼よ、シルバリオなのよこれは……」
「莫迦言っちゃいけねェ、ならなんで旦那があんな姿に……」
「彼、元から人じゃないって事だけは分かっていたわ。……正直、ここまでとは思わなかったけど」
「じゃあなんだよ!アタシはあの化物に喧嘩売ろうとしてたっていうのかよ……」
同じくして唖然とするクレナとジョーカードも、銀色の狼を彼だと認めようとしなかった。
否、認めたくなかった。
天から力を授かった特別な人間の一人であると信じていたかった気持ちは、けたたましいその咆哮に揺らぐ。
▼
「■■■!!!■■■!!!!!」
身悶えするように、八つ当たりするかのように、爪を振り回す。
今にも逃げようと足元を彷徨いていた人の頭程もある蠍類は瞬く間に八つ裂きにされ、周囲に生えていた多肉植物も同様に裂かれて散る。
爪の風圧でブレスレットが砂漠の上を転がり落ち、彼を呼ぶ声は遠くへと消える。
「クカカ……面白い!生まれながらにして既に覚醒を得ていたか!愉悦!実に愉悦だシルバリオォォォッ!!!」
再びフェザーナイフを握り、翼を広げ、鴉は天高くへと飛び上がる。
その動きに反応し、シルバリオもとい銀狼は空へと目を向ける。
「例え覚醒したとて同胞たるSIN!一方的に勝てるとでも思ったか!」
稲妻のように急降下し、メタリックブラックなナイフの残光が光に反射する。
「■■■……!!!」
声にもならない咆哮を抑えたようなうねる音。
エンジン音にも似たそのうねりは、獲物を捉えんばかりとする狼の闘志の現れであった。
「くたばれ!我が同胞よ!」
鴉が空中で急回転したかと思えば、羽根に装備されたナイフ全てがありとあらゆる方位から襲いかかる。
人間であれば回避する事など不可能であっただろう。
……だが、狼となった彼には通用する事など無かった。
毛並みがざわめき立つように動き出すと、その毛並み一本一本が激しく動き出す。
全身がチェーンソーにでもなったかのようなその毛の動きがナイフの全てを同時に削り、粉微塵にしていく。
削り取る激しい音が砂漠に響き、それは再び急上昇をしていた鴉の耳にも届いた。
「馬鹿なッ、あの量を捌き切るとは……!」
「■■■■ーー!!!!」
邪悪な咆哮と共に、シルバリオの毛並みが再び変化していく。
無数の棘針のような形状になったそれらは、空中に飛んでいる鴉を狙う。
チェーンソーのような毛並みは、フルメタル・ジャケットの如く銃弾のように変化して、獲物を貫かんとばかりに構えられる。
刹那、火薬もなければ銃身もない中で、尖すぎる銃弾は空に飛ぶ鴉を目掛けて発射された。
咆哮と共に響くのは、金属がぶつかり合う音。
次の瞬間にはその銃弾は鴉の体を撃ち抜き、飛ばされたメタリックブラックの羽根が砂漠に突き刺さった。
「ガアアアアッ!!!馬鹿な……馬鹿なァァッ……」
空中から叩き落され、鴉は叫びながらも頭から砂漠に落ちる。
しかし、それでも狼の猛攻は止むことがなかった。
「■■■■ーーー!!!!」
再び毛並みがざわめき立って、牙が異常に伸び始める。
先ほどと同じように毛並みが震え、その牙はチェーンソーのように変質する。
紅い閃光の眼差しが、落ちる鴉を見つめる中で、シルバリオの意思は何かと戦っていた。
「これ以上体を奪う真似はやめろ……俺が俺でなくなる……!」
『オソルルモノナドナイ、ワタシハオマエジシンナノダ』
「お前のような狼に体を奪われてたまるものか!……っっ」
『ナニヲイウ オマエハワタシハオマエジシンナノダ』
「黙れ…!黙れ……!」
狼となったシルバリオは何かに抗う様子を見せたが、再び吠えた後に落ち行く鴉の元へと駆けていく。
そしてそのざわめき動く牙と爪は、鴉を貫き、引き裂いた。
食らいつき、貪り、食い千切り、破壊した。
▼
シルバリオが意識を取り戻す頃には、既に日が暮れかけていた。
何時間経ったのだろう、彼は知る由もなかった。
人工太陽が赤砂の大地を橙色に染め上げて、気温が少しずつ下がっていく。
血反吐を吐いて、ふらつきながらもようやく砂漠に足をつけると、彼の目の前には頭部が抉れ、上半身と下半身が分断した鴉の姿があった。
「ク……カカ……狼のSIN……お前も命を奪うのに慣れたものだな……」
「貴様……まだ生きるか……」
「仕方あるまい……これがエヴァグリオスの力だ……死ぬに死ねず、死ぬには同じ力を用いる他ない、故に俺は今に死ぬだろう……」
「冥土の土産に教えてやろう……狼のSIN……SINとはエヴァグリオスに汚染されたモノの名前だ」
「圧倒的な回復力、人知を超えた力、それがエヴァグリオスの力であり呪いでもある……」
次第に力が失われているのであろう、鴉の体からは力が抜けていく。
「精々その力に抗い続けるがいい、シルバ……リ……オ……」
黄色いバイザーマスク越しに、その瞳は硬く閉じられた。
日が暮れると共にその顔が光の反射で見えなくなり、シルバリオは一人その場を立ち去ろうとする。
自分が化物そのものであった事に赦せなくなったのだろう。
口に垂れた血を拭い、暗く寒い砂漠へとその脚を向けて、歩み始めたその時であった。
「……シルバリオ!どこ行くのよ!」
ホバー・トラックの駆動音と共に、最早聞き慣れた声が聴こえた。
「お前たちは俺と一緒に居るべきではない、俺は……」
突っぱねるシルバリオの言葉を遮るように、ホワイティスが言葉を紡ぐ。
「化物、とでも言うんでしょ?例えそうだとしても私達は付いて行くって。そう話し合って決めたのよ」
「そうね……私はどこへでも連れて行ってくれる貴方に付いて行く、とでも言っとくわ」
「その方が刺激的だし、アタシはそっちがいいな」
「俺ァ前っから旦那が化物じみた強さだってのは分かってたぜ。……ま、付き合いだして日は浅いんだけどな」
荷台からクレナとジョーカードが顔を覗かせ、信頼の目を寄せる。
「ほら、クロちゃんもなんか言ったら良いじゃない」
「……私だってアンタが居なければあんな場所で死んでたかもだし、感謝はしてるわ。……だからさ、置いてけぼりにして今更消えるなんて冗談やめてよ」
歩みを止めて、シルバリオは振り向く。
「……お前たちが望むのであれば、俺は共に行こう」
その言葉を聴いたミケが、砂にまみれたホバー・トラックを彼の横につける。
彼女は何も言わなかったが、その顔は涙でしわくちゃになっていた。
▼
―――――
――――
―――
狼が吠えた日の夜、あらゆる生命が活動を停止する時間、一人の男が赤砂の上に立つ。
巨大過ぎる星々が月の代わりに空に漂い、月のように満ちては欠けている。
「やれやれ、君も無様なものだねコクヨク君」
残骸のようになった鴉の下半身を蹴って転がし、暇つぶしのように踏みにじる。
「君にはまだ活躍してもらわなきゃ困るんだ、よろしく頼むよ」
ロングコートの片側を開くと、その内側には様々な器具が見える。
その中から銀色の液体が入った注射器を取り出すと、彼の首筋へと突き刺す。
「グ……ガア……」
細胞が急激な勢いで蘇り、再び鴉の体は動き出す。
体から溢れ出た銀色の物質が、石ころのように蹴って転がされた下半身を探すように蠢き、結合する。
「君達には僕の傀儡であってほしいんだ」
そう彼の耳元で囁き、星空の下に立ち去る謎の男の足元に、星光に輝く謎の金属部品が転がっていた。
(次回予告)
奇妙な絆は、時が過ぎると共に強固な物へとなっていく。
追われるだけの旅は一先ずの終わりを告げて、彼らは砂漠を脱して次なる惑星へと向かう。
足枷から逃れた彼らではあるが、待ち受けていたのは自由という名の檻。
差し向けられるは、現実という名の槍。
次回 「眠る街」
切り裂くべきは何か、それは誰にも分からない。
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