Episode5『放たれた者』
宇宙船が襲撃されてからおよそ30分が経過した頃であろう、舗装された地面に輸送船が近づき、アンカーが下ろされる。
有象無象の乗客たちに艦を救った英雄として声援を背にしたシルバリオ達は、盗品である事をさほど気にかけぬ素振りでホバー・トラックに乗って艦を降りる。
「ねぇシルバリオ」
「なんだ」
「あのジョーカードって奴、後ろに乗っけて良かったの?」
「別に構わんだろう。それに席は既に埋まっているからな」
眠気混じりで半目を開けながら、ブラクネスはシルバリオに喋りかけていた。
「そぅ……」
小さくあくびをすると、かつて自分の着ていた服を枕にして、そのまま静かに眠りにつく。
一方荷台の中では、ジョーカードが誰も居ないのを良いことに悪態をついていた。
「ケッ、乗れって言ったら小汚え車だしどうなってんだい旦那の衛生管理は……」
ガタガタと揺れる荷物の中で、ただ一人文句を述べるジョーカードは静かに動き続ける一台のマシンを見つける。
「おっ、自動修理機じゃないの。オレこういうの求めてたんだよな」
人間臭く手を擦り合わせ機械を覗くと、そこには修理完了直前の宝刀が鎮座し、本体にはバッテリーが切れかかった非常用電源が刺さっていた。
15%と赤色で表示された赤色の非常用電源は役目を終えつつあり、内部の刀は薄暗い中でも光り輝いていた。
(ちぇっ、使用中か。……にしては中々いい武器だな。それにこのコズミタイドに入り混じったパルゼ鉱石の色味がまた……)
武器マニアとしての側面を持つ彼が鋭い顎パーツを撫でている中、助手席ではブラクネスが眠りこけていた。
その夢の中で、彼女はかの日を思い出していた。
―――ねぇ、起きてよブラクネスちゃん。
「おねえちゃん……?どうしたの……」
「お父様が教えてくれたんだけど、貴女の名前って別の星ではクロって言葉らしいの」
「そうなの?」
「そう、だから今日からクロちゃんって呼んで良い?」
「……うん、いいよ」
セピア色に残された7年前の思い出の一片、古き良き洋館のような屋敷の中で、幼き日の彼女たちは戯れる。
ある時は暖炉に菓子を当てて焼き、ある時は絵画を見て首を傾げ、ある時は父母との食事を思い出す。
「おとうさま、ずっとそばにいてね」
「……ああブラクネス、お父さんはずっと守っててやるからな」
優しげなその言葉、思い出すは亡き父の顔。
眠る顔の頬に一筋の涙が流れ落ち、聞き取れない程に小さく呟く。
抱き枕の代わりに身を守る弾薬の抜かれた銃を持ち、うつらうつらとしている中、ホバー・トラックは赤砂を巻き上げて街を離れる。
盗品である彼女たちの衣服とジョーカードの存在を感づかれる前に離脱する、シルバリオなりの作戦であった。
次なる街を目指し砂漠を走り抜ける彼らを見る、宇宙からの観測者が一人。
▼
「コクヨク君、君は確かSINの力を使わなくとも彼を殺せると通信で言ったはずだね?」
怪しく佇むその男の後方で、鴉は膝をついていた。
「はっ、ノア様……失態をお許し下さり感謝いたします……」
「今の所君にしか彼を殺せないからね、……だが君のパワードスーツの強化はもうじき終わる、それまでの時間稼ぎに実験体の出番さ」
「実験体……まさかアレをお出しになるのですね」
「そうさ、理性も知性も無い絞りカスみたいな"物"だが……彼の仲間を殺すぐらいは出来るだろ」
Episode5『放たれた者』
風と共に赤砂が吹いては角が3本生えた生物の骨を砂中に沈め、遠くに僅かながらの多肉植物を望む光景の中、次の街は徐々に近づいてくる。
距離にしておよそ80キロは走ったであろう、その僅かながらの時間でシルバリオ以外の全員は眠りについていた。
(この義手が関係しているのか……眠気というものが一切無い、一体俺は何の改造をされたんだ……)
己が内に秘めたる改造の爪痕に薄々勘付きながらも、彼はハンドルを握り続けている。
舗装された道を大きく外れた無限に続く砂漠の中、ホバークラフトは往く。
次第に舗装された道に出ると、行き先表示が備え付けの小型立体モニターに表示される。
『この先10キロ ディエゴ・シティ』
「……お前達起きろ、次の街が近いぞ」
起こす気のない低すぎる声量で語りかけるも、案の定誰も起きる事はない……と思ったが、約一人、タイミングよく目を覚ました者が居た。
「……ん……もう次の街……?」
ブラクネスの眠る間に流れた涙は乾いた空気にかき消えて、抱きかかえていた銃を立て直す。
「あぁ、何が起こるか分からんな。……二人も起こしておいてくれ」
「はぁ……自分で起こしてよ」
小柄なブラクネスが座席から立ち上がり、後部座席で眠る二人の体を揺する。
次第に起き始めた二人は寝ぼけ眼を擦って、ポルダよりも近くなった人工太陽の光で無理矢理に起こされる。
水気のない無限に続くような砂漠の中、ホバー・トラックからの視界に街が見え始めた。
「街……なんだろうけど妙に静かね」
露天商が炎天下の中で店先に機械部品を売り出し、誰しもが口を噤んでいた。
車窓から見える景色だけでも異様な街並みだというのに、奇妙な違和感はまだ続いていた。
どこからともなく突き刺さる視線の数々。
まるで排他的なクローズド・サークルに迷い込んだような気味の悪い雰囲気が、街全体から発せられていた。
「不気味だが情報ぐらいは得られるだろう」
シルバリオがホバー・トラックから出て街へと近づくと、荷台に乗っていたジョーカードの声が小さく聴こえ始める。
「オイ、これどこに付いたんだ?」
「どこって……ディエゴシティって名前らしいわよ」
「……マジかよ。旦那は?」
「今出てったわ。……で、何かマズい事でも?」
「マズいも何もこの街はな……」
―――その時であった。
シルバリオの向かった先に、凄まじい声を出して無数の人間が群がり始めた!
お祭り騒ぎと言うにしてはあまりにも汚く、奇声が混じる。
遠目に見ても200人は居るだろう。彼はその中心に居た。
「この街はな……迷い込んだ旅人から全部剥ぎ取っていく賊の街さ」
どこかバツが悪そうなテンションで、ジョーカードは呟いた。
「くっ……なんだコイツらは!退け!」
シルバリオの左腕が強く掴まれて、大人数で引き剥がされかける。
その左腕で群衆を振り払うと、次は右腕が掴まれる。
異様とも言える腕力で衣服が剥がされ、地面に落ちるとそれに群衆の一部は更に群がっていく。
奇妙なほどに力が強く、また様子がおかしい。
軒並み白目を剥いていて、生きている様子をまるで感じさせない。
(こうなれば仕方ない……!)
「着装!」
ブレスレットが剥がされる事を危惧したシルバリオがアーマーを装着し、波動エンジンによって体が上空に飛び上がる。
飛び上がった反動で周囲の亡者が振り払われるが、逃さないとばかりに再び群がりだす。
逃さないとばかりに足にしがみついた亡者のような男が振り払われると共に通信が入った。
『シルバリオ!ここは賊の街って言うらしいです!』
通信相手は、同様モデルのブレスレットを持っていたミケであった。
「地獄の間違いじゃないか。……む」
『どうしました!?』
「ホバートラック方面に20人程向かっている、応戦か逃げるかしないと奪われるぞ」
『にゃんとぉ!?』
ミケ達が顔を車窓に向けると、ヨロヨロとゾンビのように群がる亡者達が見えた。
「ジョーカード、剣の修理は?」
「……!お姉ちゃんまさか、まさか人を……」
「……クロちゃん、いや、ブラクネスちゃん。……人には守るべき者が居る限りやらなきゃいけない事があるのよ」
「それにお父様も言ってたでしょ、降り掛かった火の粉は全力で払えって」
「良い教えだ、それに剣の修理は終わってるぜレディ。やってやろうじゃないの」
「ミケちゃんは危ないから荷台に残ってて、私とジョーカードで殲滅する」
ホワイティスの目は今まで見せていた物とは違い、鋭く、さながら獲物を見据える野生動物のようであった。
彼女が扉を開けて外に出ると、白目を剥き出して手を突き出す者達が眼前に迫っていた。
「やれやれ、オレぁ人斬るの嫌なんだよな、汚れっからよ……」
彼女の手に剣を手渡すと、その剣を鞘から抜き放つ。
錆まみれだった刀身は光り輝き、パルゼ鉱石とコズミタイド鉱石の色味が混じった白銀の刃が人工太陽の光に輝く。
守るべき者が居る彼女は引くに引けず、守るためならば人を斬る事すら躊躇わない度胸と覚悟を持ち合わせていた。
ジョーカードも横に並び、左腕のブレードを展開する。
「退きなさい!」
抜刀した刃が、白い衣服に掴みかかろうとした腕を切り飛ばす。
その腕は赤砂に突き刺さるように遠くに落ちて、少し遅れて斬られた断面からは血が吹き出す。
鋒が赤砂に触れると、その周囲は血でどす黒く染まった。
あまりの鋭さに斬られた事すら気が付かないであろう者達だったが、無い腕で掴みかかろうとしてくる。
その顔に生気はなく、まるで動く死体のようであった。
「クソッ、なんだこいつら!生命力どうなってんだよ!」
ジョーカードも躊躇う事無くライフルで胴体をぶち抜き、ブレードで首を両断する。
車内からはブラクネスが銃撃で応戦するも、数発程度で弾丸が尽きてしまった。
それでも頭部に風穴が開けられた数人の亡者が砂の上に倒れ込む程に命中率は優れていた。
「……ああもう!なんでこんなに弾少ないのよ!」
癇癪を起こしながらも車に近づく亡者の頭を銃で殴り応戦し、その叩かれた頭がホワイティスの刃で両断される。
白い衣服に血が付く事もなく、可憐かつ過激に20数人の亡者を全滅させるのに5分もかからなかった。
「フゥ……こんな奴らが何人も居るなんてとんでもねえ街だな。しばらく噂を聴かない内に過激になったもんだ」
「過激に? 前はこんなじゃなかったって言うの?」
「あの街に居るのは見た目で分かりそうな輩ばかりだって聞いたぜ。でも見ろよ、まるで死体が動いてるみてェだ」
「まるでゾンビね。一体何が……シルバリオは大丈夫かしら」
「さぁな。でも旦那なら大丈夫だろうよ」
片刃から滴るどす黒い血は、赤砂に吸われて消えていった。
▼
シルバリオが波動エンジンで飛行を行い、街を飛んで様子を見て回ると、そこら中に亡者は闊歩していた。
生者が残っている気配はまるで無い、最初から亡者の為に作られた街のように、それらしか居なかった。
「この街に一体何が起きているんだ……?」
その時であった。
どこからか亡者以外の声が聞こえる、それも女の声だ。
しかし何か様子がおかしいようで、とにかく激怒している様子だった。
エネルギー残量にもまだ余裕があったシルバリオがその方面に飛ぶと、一人の女が屋根の上で亡者を殴り飛ばしていた。
「クソッ!風俗行こうとしたらこうなるなんて!」
碌でもない事を叫びながら顔に返り血が浴びせられるのも気にかけずに、次々と襲いかかる亡者達に拳を浴びせる。
「そこのお前、ここで何があったか分かるか」
上空からシルバリオが拡声機能で喋ると、赤いへそ出し服の女は拳を握り続けて答える。
「知るかよ!アタシだってどうしてこうなったかわかんねーんだって!よぉっ!」
後方から近づいた亡者の顔を回し蹴りで蹴り飛ばすと、再びシルバリオの方を向く。
「気がついたら街がこうなってんだよ!あと、まず助けろよ!っとぉ!」
アクロバティックな動くで掴みかかる腕を回避すると、そのままシルバリオの居る方向に近い屋根へと渡り走ってくる。
体力には自信があるタイプなのだろう、難なく屋根と屋根の隙間を飛び越えて、亡者達のスピードよりも格段に早く走り抜けた。
「男の手に捕まるのは腹立たしいけど!早くしてくれ!」
「掴まれ!」
謎の女は飛行を続けたままのシルバリオの伸ばした手に捕まり、そのまま街を離れる事に成功した。
▼
「ウソだろ!まだ来るのかよ!もう勘弁してくれよ!」
ジョーカードのライフルの弾も尽き、ホワイティスは血塗れの刀を砂に突き刺して息切れを起こす。
砂の上にはボディに内蔵されていたありったけの薬莢が転がり落ちている。
ワラワラと押し寄せる亡者の群れは未だ止むことを知らず、次々と濁流のように押し寄せる。
その数はジョーカードの想像を遥かに上回っていた。
「……ハハ、随分と人口密度の高ェ街だ……」
ブレードを構えながら臨戦態勢に移ると、街の方面から飛来する影が見えた。
『ミケ、救助者を発見した。もう少しで到着する』
立体映像でシルバリオのスーツ越しの姿が映し出されると、その下方にはミケ達の知らない女の姿があった。
「えーっとそっちの人は一体……」
『唯一の生存者だ、今そっちへ運ぶ』
次第に青い光と共にシルバリオが着陸すると、左腕に捕まった女が地面に降りてきた。
九死に一生を得たようなものだが、彼女は不思議とピンピンしていた。
「っはー……助かった、あんがとな」
「もう一度聞くが何が起きたか知っているか」
「だーかーら! 知らねえっての! 地下街から出たらこうだった!」
「地下街……そこにホバートラックで入れるか」
「別に入れっけど……まさかこれから突っ込む気じゃないよな?」
「全滅させた上で突入する。……お前、名前は」
「お前っ……アタシは"クレナ・トライア"って言うんだけど」
何かが癪に障ったのだろう、一瞬喧嘩になる寸前のようなテンションになったが、なんとか堪えた。
「……クレナ、お前はホワイティス、ブラクネス、ミケと一緒にホバー・トラックで遠くに行っててくれ。
「ちょっと待てよ! なんで急に知らない奴らと逃げなきゃ……それにアタシはまだ戦える!」
「その手を見る限りお前は相当数片付けた筈だ。ここからは俺に任せろ」
余程の数を叩きのめしたのだろう。
クレナの手は既にどす黒い血に覆われ、足にも血が滴っていた。
灰色のポニーテールにもそれは付着して、揺れ動くと共に滴り落ちては砂漠に染み込んでいく。
端正な顔立ちにも飛沫が飛んで、その頬を血塗りにしていた。
「……身内話は後だ、ジョーカード。お前は護衛に回れ」
「言われなくても分かってるぜ、旦那」
ジョーカードに命令を出した後、シルバリオが一歩砂漠に足を踏み出すと、そこにホワイティスが駆け寄る。
「シルバリオ、これ使って!」
鞘に入れられた血塗れ刀を投げ渡すと、クレナを連れてホバー・トラックへと乗り込む。
「ちっ……しょうがねえなぁ!後はお前に託すぜシルバレオ!」
しっかりと名前を間違えたクレナが舌打ちをしつつ渋々と車に乗り込み深く座り込む。
運転席には操作に慣れていないミケが不安げな表情でハンドルを握りしめ、心なしか小刻みに震えている。
ホバークラフトから出力過剰気味に低空飛行を行い、砂嵐を巻き上げて車体はあっという間に地平線の彼方へと消えていった。
「……行ったな。ここからは俺の出番だ」
▼
ホワイティスから譲り受けた刀を構え、全方位を囲まれた状態で、シルバリオただ一人の戦いが始まった。
呻きながら近寄る亡者の首が、一閃によって断たれる。
(薄々勘付いてはいたが……こいつら住民ではないな。だとすれば一体誰がこの群れを送り出した……?)
群れている様を遠目に見ると、それらは個体差が大きく、痩せこけた者も居れば醜く太って青銅色の皮膚になっている者も居た。
片腕がない個体も混じり合う中で、シルバリオは一つの疑問を抱く。
(まさか、こいつらは実験体なのか?)
疑問に思っている最中、彼らはシルバリオを取り囲むようにワラワラと群れで遅くとも襲いかかる。
(実験体だとすれば……鴉の存在も含め、誰かが計画している事なのか!?)
背面から手を伸ばした亡者の体が、閃光めいた斬光でいとも容易く両断される。
それだけではなく、その両隣に居た亡者の含め、一瞬の内に袈裟斬りにされていた。
どす黒い血の雨が銀色の装甲を濡らし、また群がる亡者の体をも濡らしていく。
人の身であれば振るう度に体力を削り取られるような重さの片刃の剣だが、パワードスーツを着た彼にとっては小枝に等しかった。
前後左右、様々な方向から押し寄せる亡者の体は電光石火の如く動く体と輝く鋒の前に、温めたバターを斬るよりも容易に残骸と化していく。
遠目に見つめるホワイティス達は高台のようになった場所からその様子を見つめ、黒い群れが蹴散らされるのを目の当たりして絶句する。
今しがた助けられたばかりのクレナは猛者を見つけ高ぶったのだろうか、血に濡れていた拳を握りしめ、不敵にニヤリと笑う。
「なぁ、白いの。一つ聞いていいか?」
「白いのじゃなくてホワイティスね。で、何かしら」
「あのシルバレオだかシルバリオってやつは一人であんだけ戦えるんだから相当強いんだろ?」
「ええ、とってもね」
「……ぃよっしゃ!やり合うには丁度いい相手見つけるなんてツイてる!」
拳を打ち鳴らして嬉々としている車体の傍らに立つ彼女は、とてつもなく格闘馬鹿であった。
次なる波乱の予感に、運転席に座る心配性のミケは深く溜息を付いた。
悪鬼羅刹が荒ぶるように押し寄せる亡者を刃で切り裂き、拳で掴んでは投げ飛ばし、無い命が滅するまで無心で暴れ続ける
周囲に重なるは屍の山、その眼前に押し寄せるはさらなる屍。
銀色の腕のチョップが異様に柔らかい亡者の体を引き裂き、右腕に逆刃で握った刀は亡者の喉元を突き刺す。
意識があるのか定かでないその獲物は愚直にも迫り、刃の嵐の前へと斬り裂かれていく。
絶え間なく煌めき続ける鋒の輝きが人工太陽の光を跳ね返し、光の防御壁のように血を撒き散らす。
次第に亡者の数に終わりが見え始め、最後の一振りを振り落とすと共にその群れは壊滅した。
数にしておよそ200、それが10分もしない内に壊滅した。
『……こちらシルバリオ、敵の殲滅に成功した』
「すごい戦いでした……んに゛ゃっ!?」
ミケが押しのけられる声と共に、画面を埋め尽くす程に間近に寄ったクレナの顔が近づく。
「なぁアンタ凄いな!1回アタシと殴り合ってくれよ!」
『……何を言っている?』
「良いから良いから!久しぶりに腕の立つ男と1回殴り合ってみたかったんだよ!」
この女は想像以上な格闘馬鹿か格闘狂い、あるいはその両方なのだろう。
シルバリオは溜息を付いて、アーマーの装着を解除する。
『仮に殴り合うとしても一度街を探索した後だ』
そう言い残すと、シルバリオは通信を切断して街の探索に乗り出した。
この女とはまるで話にならないと判断したのだろう。
「あっ!てめっ!……クッソー!おいそこの青いの!」
「えっ、あっ、はい」
ミケが怯え、若干引いている所にクレナが顔を近づける。
「シルバリオって奴の所に連れてけ!」
興奮気味にただ一人テンションを上げているクレナにブラクネス達は只々呆れていた。
「なんて言うか……馬鹿みたいね」
ド直球の言葉だったが、幸いにも当の本人の耳には届くことがなかった。
▼
[ディエゴ・シティ跡地]
シルバリオが街を歩き、赤砂が吹き荒ぶ中で生存者を探すも、誰も見つかる事がない。
それどころか死体も亡者の物以外は存在せず、まるで住民が忽然と姿を消していたようであった。
音が全て消え去ったように静寂が包み込む街は、ホワイティス達の住んでいた惑星ポルダのスラム街よりも酷かった。
『シルバリオ、生存者は居た?』
運転中のミケに変わってホワイティスがブレスレット越しに通信回線を開く。
「いいや、だが死者も居ない。街に誰も居ないと言ったほうが正しいな」
『っかしいな、いつもだったら引き込みの奴らが沢山居るんだけどな……』
横の席でクレナが頭を掻きながら、不思議そうな顔をしている。
『死体も残ってないなんて妙ね。……一先ず設備が生き残ってる場所があったら教えて頂戴、そこを拠点にするわ』
「了解した」
回線が閉じられると共にシルバリオは周囲を見渡し、設備が生き残ってるであろう建物を探し出す。
一際大きな建物がその左側に見えると、"ホテル・アルルカン"と書かれた建物があった。
(ホテルか。生存者が残っている可能性もあるな)
足を運んでいく中で、シルバリオは誰も居なくなった砂漠の町を一人歩く。
露天商が居なくなった場所には乾物が揺れ動き、窓越しに見える家にはランチセットが見える。
酒場は賊達で賑わう事もなく、倒れたジョッキの中に砂が溜まっている。
住民全てが忽然と姿を消してしまったように、街の時間は時計を除いて止まっていた。
[ホテル・アルルカン]
シルバリオがホテルに足を踏み入れると、案の定そこには誰もおらず、ウェルカムスペースを照明が照らすのみであった。
「誰か居ないのか」
声が僅かに反響するだけで、やはり誰も居ない。
無人営業という訳でもなく、受付業務中のコズミック・ロボの1機すらそこには居ない。
『シルバリオ、いい場所は見つかった……って、今居るみたいね』
カメラ越しにホテルの雰囲気が分かったのだろう、再び通信回線を開いたホワイティスの声もホテルに響く。
「ああ。街も見たが誰も居ない。消失現象なんて物があるとは信じがたいのだがな」
『とりあえず私達もそこに行くわ、考えるのは汚れを落とした後でも良いでしょ』
「照明は問題なく付くが水道は……」
ウェルカムスペースから見える庭園に置かれた噴水から、水が出ている事を目視で確認する。
白い彫刻が持つ壺からは絶え間なく綺麗な水が溢れ出ては、その下にある池へと流れ落ちていた。
「十分動いているようだ」
▼
「はぁ~~~……やっと休める……」
ホテル前にホバー・トラックを横付けしてやってきた4人と1機が、ホテルのフロントに集まる。
彼女らもまた、誰とも出会う事無くこのホテルにやってきたのだろう。
「まさか本当に誰も居なくなっちまうなんてな……それに地下街の入り口も閉じてっし」
あまりにも不可思議なことが起きた事で、クレナはすっかり拳を交える事を忘れていたようであった。
拳を交えるよりも優先するべき話である事だというのは流石に理解したのだろう。
「とりあえずお風呂と夕食を頂いて休憩した方が良いわね、流石に疲れたわ……」
「だな。そこの格闘女に付いた血なんてオレ触りたくねぇもんな」
「うっせぇなぁ、アタシだって女抱けなくてムシャクシャしてんだよ」
「……あんたもしかしてそっちのタイプ?」
ブラクネスが一歩引くて、警戒した様子を見せる。
危機察知能力が存分に働いている証拠だろう。
「部屋は別々にしましょうか。ほら、行きましょ行きましょ」
ホワイティスの鶴の一声で、彼らは部屋に向かう事にした。
▼
入浴を済ませた彼らが作戦会議ついでに食堂に集い、卓を囲んで残った食料を貪っていた。
冷凍保存されていた食品は瞬間的に解凍され、作りたて同然の状態となって卓へと運ばれる。
人が居ずとも、完成され尽くしたシステムは十分に動いていた。
「うんめっ!なんだこの肉!」
「なんだかこういうの久しぶりに食べたわね、クロちゃん」
「その愛称やめてって。……美味しいけどさ」
喋りながらも久しぶりのまともな食事を囲む中、シルバリオは食事に手を付けず、無言で立体地図を広げる。
軌道衛星上から映し出された夜の街の地図を見て、交戦した街の外れを見ると、彼は何かを見つけた。
「ここを見ろ、何かが落下した跡がある」
起伏が激しく見えにくい位置に、凄まじく高高度から何かが落ちたか着地したであろうクレーター状の窪みがあった。
「この地点からあの人型の何かが攻め入ったか、あるいは船で輸送されたかのどちらかだ」
「よく分かんねーけどよ、あんたらってそんなヤバい連中に追われてんの?」
先端に鶏肉が突き刺さったままのフォークを向けて、口に野菜を含み食卓に肘を付きながら喋る。
肉によく絡んだフレンチソースが皿に落ちて白い皿を汚すも、無作法含め気にする者は居なかった。
「ああ。原因も因果も知らんがな」
「ほぉーん……じゃあ十分に戦える機会があるって事か」
極上の肉を口に入れると、3回ほど噛んで飲み込む。
「じゃあアタシも入れてくれよ、あんたらの仲間?にさ」
「……はぁ?何言ってんのよ」
ブラクネスがさぞ嫌そうにクレナの方を見るが、当の本人は聞く耳を持っていないようである。
「いやさ、アタシ地下闘技場で戦ってたんだけどさ、周りが弱くて飽き飽きしてた所だったんだよ」
地下闘技場、説明は省かれたが恐らく彼女の言う地下街にあった場所であろう。
この赤砂の地表の下のどこかに街が広がっているとは到底信じがたいが、地下鉄駅の入り口のようなものはシルバリオも見つけていた。
「別に何だって良いが……地下街に何か乗り物はあるか」
「乗り物ぉ?……あー……電車しか無ぇなぁ、他所行きたきゃ1回宇宙港に戻ったほうがいいかもな」
「ここからは距離がある、夜間出歩くと襲撃の危険性がある以上休憩を挟んでからだ」
夜間の砂漠は昼間の気温が嘘のように冷え込み、街頭など一つもない地域すらある。
ましてやシルバリオのように道から外れて走行するなど、無謀としか言えない行為であった。
「んー……折角戦えそうな気がしたんだけどな、しょうがねっか……」
クレナが体を伸ばしてシルバリオの方を見ると、自分の本来の目的を思い出す。
「あっ!そうだ!おいシルバ……リオ!アタシと殴り合ってみるか!」
危うく名前を間違えかけたが、既の所で間違いを回避したクレナが席を立つ。
フォークを置いて握り拳を構えるが、シルバリオにはまるで相手にされなかった。
「無駄に争う必要もない、さっさと寝ろ」
「チッ、わーったよ……」
どこか口惜しそうに拳を下げると、意地汚く皿に残った食材を全て口内に掻っ込んで根城にした部屋へと戻っていく。
暴れ足りない様子だったが、シルバリオにとって無駄な争いになる可能性しかない以上、相手にする理由は無かった。
「私達も寝ましょうか」
ホワイティス達が食器を片付け、自動食洗機に後を任せて部屋を出る。
誰も居ない食堂の電源は自動的に落とされ、無人の部屋には音一つ鳴らない。
彼ら以外が誰も居なくなったディエゴの街は静寂に包まれた。
▼
星々が空を輝かせ、空には大小様々な惑星が浮かんでは時折通信衛星が遠くの人工太陽の光を反射する。
かつての故郷の惑星ポルダが、今では宇宙を眺めて手のひらにかざすだけで全てが収まる。
住んでいたスラム街も、シルバリオとミケと共に駆け抜けた街も、全てが小さく見える。
「……私達の住んでた星って、あんなに小さかったのね」
ホテルの窓から夜空を眺めていたホワイティスが、ベッドの上でうたた寝をするブラクネスに語りかける。
「あのスラム抜け出してから初めて見たかもね、こんな夜空」
「ええ、それにこんな夜空、初めて見るもの……」
まだ見ぬ数々の星の瞬きに目を奪われるホワイティスに、ブラクネスは喋りかける。
「ねえお姉ちゃん。……人なんだか分からないけど、斬っちゃって大丈夫だったの?」
日中の亡者の事を指して言っているのだろう、人型の何かと言ったほうが正しいそれだったが、人間だった頃の名残は確かに残っていた。
そして仮にそれが動く死体だったとしても、彼女は人を斬ったという事実に変わりはなかった。
「……大丈夫じゃないわ」
小さなスタンドライトの明かりが枕元に灯る中、夜空の輝きにその切ない顔が照らされる。
「……本当、なんでこんな事になっちゃったのかしらね」
「ブラクネスちゃんが小さいままなのも栄養不足にさせた私の責任だし、あんな所に住まわせたのも私の責任だし、それに……」
「まさかお姉ちゃん、全部一人で背負う気?」
「そのつもりよ、貴女にはせめて真っ当に育ってもらいたくて……」
「ごめん、私は真っ当に育つつもりなんてもう無いわ、良い子で居られるなんて所詮ぬくぬくと育った奴だけよ」
「それにさ、私だってもうアレを撃ってるんだから。……ちょっと隠しちゃったけど、私も同じよ」
「……それは知ってたけど、だからこそ罪を背負わせたくなかったのよ」
「だからそれが気に食わないのよ、バカ」
二人の姉妹が夜空を見上げ、まだ見えぬ未来への道へと放たれた自分達の行く末を星々に見る。
優しく寄り添い合う二人を見守るのは、まだ知らない惑星だけであった。
(次回予告)
赤砂に迷ったシルバリオ達は無人となった街を脱出する。
旅人のように彷徨う彼らの実態は、さながら狼の群れ。
しかしそれを狙う物こそが猟師の罠、張り巡らされた幾つもの罠。
かつての学者が仕掛けたが如き卑劣極まる魔の手に気づいた時、真の姿が闇より出る。
次回 『怒りの顕現』
傷から滴るは、シルバーメタリックの血。
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