Episode3『会遇』

―――ホバー・トラックに揺られ、どれほどの時が過ぎ去ったであろう。

狭い助手席でホワイティスとブラクネスが一時の安息を得て眠りにつき、暗闇に染まった街は人工太陽の明かりによって徐々に照らされる。

シルバリオは彼女たちが出した僅かな水分で完成する即席麺のゴミをまとめ、走り去りながらも集積場へと投げ捨てる。

彼は自分に睡魔がやってこない事も胃袋が空になる事も無く、自身の変異を悟りつつも、無限に続くような街を駆けていった。


Episode3『会遇』


どれほどの距離を走っただろう、シルバリオ達の乗るホバー・トラックのコンソールパネルから異常を示す音が鳴った。

アラームが小さく音を出す計器が示すには、長時間稼働による発熱量異常らしく、彼らは一時的な休憩を取る事を余儀なくされた。


(これ以上の連続稼働は無理か、今は情報収集に徹するしかないな)


そう判断したシルバリオは、ハイウェイの傍らにて営業している店へと赴いた。

一昔前に流行ったネオンサインが明るく光り、マゼンタカラーで『ボアンズ・バー』と書かれた看板の下をシルバリオが通る。

随分と古典的だがこれがウケているであろう、非常に古臭い見た目のバーである。

不必要なまでに重い金属製の扉を開くと、夜を徹して酒を飲み交わしたであろうギャングじみた者共がたむろしていた。

この手の店には大体付き物であろう彼らは、重苦しい扉が開けられると共に視線を向けた。

コンバットスーツを着こなしたシルバリオに好奇の目が寄せられ、見た目からして筋肉馬鹿と言った所の男がジョッキを片手に横目で眺める。

「此処にニュースペーパーはあるか」

シルバリオが真顔でバーテンダーに尋ねると、バーテンダーは無言で一束の紙を渡した。

前時代的だが、通信状況が安定しない宇宙を跨ぐ仕事をする者達の必要最低限の情報を得るために、未だ根強く存在しているその紙束に目を通す。


【ノア・カンパニー惑星ポルダ工場爆散、テロリストの犯行と見て調査中】

『7日の明け方に起きたノア・カンパニーポルダ工場爆破事件について、ノア・カンパニー社長のノア・ノーイ氏が声明を発表。

テロリストの犠牲者となった社員の方々に深い追悼の意を示すと共に、テロリスト達に対する深い怒りを顕にした。

この事件において関係者は「全くもって正体不明のテロリストに襲われ同胞を失い無念」とコメントした。

工場跡地には近隣のマタビ科学研究所のミケ・タングステン氏が新所長となる施設が――』


(成程、この惑星はポルダという名前か。……それにこのマタビ科学研究所とやらが気にかかるな)

「おい!聴こえてねえのかそこの野郎!」

先程の筋肉馬鹿の怒声が、シルバリオの右鼓膜を揺さぶる。

しかしながらその大声とアルコール混じりの飛沫に構っている時間など無い彼にその言葉はまるで響かず、無言でバーテンダーにニュースペーパーを返す。

「オイオイ、アイツ、イノクマさんの事無視しやがったぜ」

「ああ、イノクマさんは無視が大ッ嫌いだからな、あのツラはもう二度と拝めないだろうな」

「俺の店に挨拶もなしに入ってきていい度胸じゃねえか! そのツラぶん殴ってやるぜ!」

近場からは治安が悪い事でもっぱら有名なこの店で一番の荒くれ者である熊のようなこの男が、拳を握りしめると共に大きく振りかぶった。

一撃を食らって立てる人間が少ないと荒くれ者達に囁かれている豪腕の拳がシルバリオに迫る…が。

「なっ!?」

左腕でガッシリと拳が止められ、銀色の拳がミシミシと万力のように男の拳を握る。

「があああ!!!!」

掴まれた拳から小枝を踏み折ったような音が鳴る中で、シルバリオは問いかける。

「おい、そこのお前。マタビ科学研究所の場所を教えろ」

「俺が知るわけ無いだろ!」

「そうか。ならば黙っていろ」

そう言ったシルバリオは、握っていた拳を引っ張ると、右手で男の顔を掴み、カウンターへと顔を叩きつけた。

「おごおっ!」

男の悲痛なダメージボイスが聴こえ、金属製のカウンターが大きくへこむ。

イノクマと呼ばれた男は無様に脳震盪を起こし、ピクピクと痙攣する姿を見て取り巻きは何歩かたじろいで下がる。

「マタビ科学研究所の場所を知っている奴は居るか」

見えないほど後ろに居る下っ端からは悲惨かつみっともない声が聴こえる一方で、一人の取り巻きが1歩前に出る。

それ以外の全員が、機械生命体であるコズミック・ロボも混じえた全員が恐れ慄いていた。

「こっ……こっから東へ5キロ程……そしたら大きな建築物が見える……」

「……」

「……だ、だからどうか命だけは……」

殺気立てて一睨みした後、シルバリオは興味を失ったように出口へと足を向けた。

「邪魔したな」

その一言を聞き届け、再び重い音と共にドアが閉まると、バーテンダーは大きな安堵のため息を吐いた。

「なんてやつだ……」

心底安心しきった様子で、額にうっすらとにじみ出た冷や汗をハンカチで拭いていた。


シルバリオがスタスタと歩き元のホバートラックへと戻ると、既にホワイティスが目覚め、荷台に置かれた荷物を確認していた。

大小様々な荷物が転がり落ち、いくつかの荷物は既に開封された後だった。

横の装飾され尽くした車の比ではない程にごたつき、周囲に空き箱が散乱している中、彼女はシルバリオに気づいた。

「あぁ、おかえりなさい」

「何をしている?」

「何か役立つ物は無いかと思って。既に犯罪しちゃってるから後は奪おうが燃やそうが何やっても同じでしょうし」

「ああ、それはそうだな。……で、何か役に立つ物は見つかったか?」

「それが……ペット用品と殺虫剤ばかりね」

「……役に立つ時が来るかも知れないな、今は放っておけ」

「ええ。それが一番ね」

「ブラクネスを起こしてくれ、今から"マタビ科学研究所"とやらに向かう」

「方角はわかるの?この車にナビゲートシステムなんて無いけど」

「今、聞いてきた所だ」

二人が再びホバー・トラックに乗り込み、扉を締める。

放熱は不十分だが、5キロ程の距離であれば問題なく可能だと判断したシルバリオによってその車体は再び低く浮く。

そして、ホバートラックは東に向かい走り始めた。

キィィィィン……と起動音が音立てて、人工太陽の登る方向へと走り去っていく中、とある一人の男の視線がひっそりと送られる。


……その光景を見ていた者はボアンズ・バーの看板の上から眺める男、その男はメタリックブラックの羽を畳んで観察していた。

「クカカ……逃げ続けるつもりだろうがそう上手く行くはずもないだろうな、シルバリオ……」

ワシ鼻の男の背から生えた無数のナイフのような翼が、人工太陽の光で怪しく輝く。

そこにはコクヨクと呼ばれていた男が、気配を消して朝焼けの街を見下ろしていた。

そして彼を追いかけるように、装着されたアーマーのマスクを展開すると共に、その怪しく黒く輝く翼を広げた。



―――先程聞いた警告音よりも強い発熱量異常を示す音が、計器から鳴り響く。

「ちょっと、これ大丈夫なの?」

寝起きでボサついた長い黒髪のブラクネスが、赤く点滅する機器に警戒しつつ拳銃に弾丸を詰める。

小さな手のひらに収まる拳銃はホコリを被ってマットブラックの銃身が白くなりつつあり、弾丸も所々赤錆びていた。

「で、その科学研究所に行って何するわけ?」

「科学研究所なら薬品やパーツを運ぶ特殊車両の一つでも来るはずだ。それを奪う」

「ふぅん……よく思うけどさ、あんた記憶消える前はプロのテロリストだったんじゃない?」

「さあな、お前がそう思うのならそうかもな」

「……ふんっ、何よ、つまんないの」


気難しい年頃のブラクネスが思った通りの反応を返してこずに拗ね、ホバー・トラックが4キロ程走った頃である。

うっすらと見えてきた白く堅牢な壁を持った巨大施設が、眼前の右側に見えてきた。

清潔感溢れる外壁に所々青く光るラインが引かれ、ドーム型で水色の防御フィールドを展開している。

並大抵の重要施設には付き物のそれを見たシルバリオは、そこがマタビ科学研究所であると確信した。


「流石に嘘の情報を言ったわけでは無さそうだな、行くぞお前達」

「行くって……防御フィールドをどう潜るわけ?」

「当然生身だ、あのフィールドは一定加速度の物全てを弾く性質を持っていた筈だからな」

「こんな武器でやれるか分からないけど……はぁ、先が思いやられるわ」

ブラクネスが愚痴をこぼしつつも拳銃の装弾と可動チェックを済ますと、ボロボロの服を動きやすいようにまとめた。

その横では姉のホワイティスが、心配そうに錆びたなまくら刀を見つめている。

「お父様から譲り受けた唯一のお宝、こんな形で使うなんてね・・・」

「お姉ちゃん……」

「今となってはお宝なんて言うのも笑っちゃうわね、こんな錆びて朽ちかけているんじゃ……」

「そんな事無いよ! ……お父様の形見だもん、絶対何かの役に立つはず……」

「……どうした二人共、置いていくぞ」

「シルバリオ!……いえ、なんでもないわ、今行く!」

「お姉ちゃん……どうしてそこまでアイツの背中を……」

ブラクネスの胸中に秘められた辛い思い出が一瞬だけフラッシュバックするが、首を横に振って過去を否定する。

姉妹はすれ違いを感じつつも、片や錆びかけた刀を、片や錆びかけた銃を握りしめて、シルバリオを先頭に施設へと入り込んだ。



[マタビ科学研究所内部]


薄暗くモニターだけが輝く一室、とある青い毛をした猫人(キャットシー)と呼ばれた人種の彼女は、一人研究に没頭していた。

「この流出したエヴァグリオスのデータを元にして細胞高速生成をするのにはまだまだ秘密があるはず、それにこの情報だけでは被験者の致死率が……」

誰も居ないはずの一室、モニターを前にぶつくさと呟く彼女の目の下には隈が出来ていた。

遺伝子操作で作られた青い毛の猫耳はピクピクと動き、人の耳は他人の言葉を聞くこともなく、己の雑言に傾くのみ。

足元に置かれたエナジードリンクのボトルが床を埋め尽くすようにびっしりと置かれ、最早私室とそう変わりない環境の中、空中投影された図式と顔を合わせていた。

「細胞中のナノマシン投与による修復能力はかなりのもの、でもそれの証明にこの情報だけでは……」

すると、ぶつくさと呟く彼女の部屋を一人尋ねる者が居た。

「ミケ君、君は相変わらず研究熱心だね」

「んにゃ、シアヴさんか……データ破損した情報から全部を割り出そうなんて大変だよ」

「そうだろうねぇ、発信された段階でそれだから、さぞ過酷な状況下で送信された情報なんだろう。それほどに危険なプロジェクトだってことさ」


栗色の髪をしたシアヴと呼ばれた研究者は、ガラガラと足で床に転がったエナジードリンクのボトルを隅に寄せながらミケに近づく。

温和な性格に優れた生物学の知識を持つ彼は、科学研究所内での評判も高く頼りにされている研究者の一人であった。

少なくとも、先日のアングルボザ研究所の爆発事件さえ無ければ表面上は平穏極まる惑星ポルダの生まれの彼を、ミケは大いに信頼していた。


「それに……研究データでは発信段階で既に被検体が1000人以上居たらしいじゃないか」

「生存率0.001%、あるいはそれ以下……そんな中で完成された被検体が居ると君は思うかい?」

「しかし、このデータがある以上完成体が居てもおかしくは……」

「居たとしてもだ、そんな危険なものを体に宿し続けて生き続けられる物なのか?……全く、謎まみれでしょうがないよ」

解明できぬ事実を笑い飛ばすか諦めるかのように、シアヴは僅かに微笑んだ。



「入り口まで来たは良いものの……案の定ロックがかかってるわね」

明け方の光の中、シルバリオ達は侵入に成功していたものの、認証コードを要求される扉の前で立ち往生を強いられていた。

もっとも、シルバリオはそれを叩き潰してでも入るつもりだったのだろう。しかし……

「……あっ、待って! これ、使えるかな」

ブラクネスが思い出したように懐から取り出したのは、あの瓦礫の山で拾い上げた名も知らぬ研究者の認証カードであった。

裏面は血で汚れていたものの、認証に必要な部位はかろうじて汚れていなかった。

駄目で元々のつもりで独特な魔法陣めいた模様がかかれた円形の模様を装置にかざすと、扉は難なく開かれた。


『アーネスト・ブッキー様、ようこそいらっしゃいました』

抑揚が無く、聞きやすくも平坦なシステムボイスが薄暗い廊下と共に出迎える。

「一先ず俺たちが目指すのは車両格納庫だ、他は軒並み無視しろ」

「分かったわ、一応自衛の用意もしてる」

「はぁ、弾薬使わずに済めば良いんだけどね」

3人が足並みを揃えて施設内へと入り込むと、足音だけが通路に響いた。

不気味なほどに静寂を保っている施設内は清潔に保たれ、壁の所々に見慣れぬコントロールパネルや装置が並んでいた。

透明なケースに飾られているそれらの特徴的なロゴマークから察するに、自社製品なのであろう。

スラム暮らしの2人や戦場に入り浸っていたシルバリオには見慣れないものだが、実際はそこそこのシェアを誇る優秀な製品であった。

オートクッキングメーカーから自動修繕装置まで幅広い機械が展示されている中、シルバリオ達は異変に気がついた。

「……待て、警備システムが切られている」

扉の横に置かれた装置のランプが赤色に点滅し、空中に『警備解除』と警告文じみて投影される。

「これは何かが起きている……いや、起きるな」


シルバリオがそう呟いた瞬間だった。

ドドーン!と外部から爆音が響くと、上部階層から瓦礫と化した建物の欠片が崩れ落ちる音が聴こえた。

「きゃあっ!? 何?!」

「爆発音……? まさかまだ追手が?」

「高速で移動してきたはずだ、追跡もされていないはずだが……」


この爆発音は、研究室に閉じこもっていたミケ達にも聴こえていた。

「にゃあ!? 一体何が……!」

崩れ落ちた瓦礫は研究室に大穴を開けると共に、薄暗い部屋が人工太陽の明かりで照らされる。

「襲撃!?しかし防御フィールドがあるはず……!」

「貴様がシアヴか、ノア様の命令で貴様を回収しに来た。光栄と思え」

メタリックブラックの翼を広げ、重力を感じさせない程にスタッ、と床に降り立ったのは、コクヨクと呼ばれた男であった。

「ノア様……? 誰だか知らないが私達の研究の邪魔をするつもりか!」

「拒否権はない、貴様を連れ去る。……む」

鴉の赤い瞳が、腰を抜かして床に尻もちを付くミケに向く。

「目撃者が居るな。……クカカ!丁度いい、逆らうとどうなるかアイツで教えてやろう」

「……!いかん、逃げろ!ミケ君!」

口をパクパクさせて、目の前に降り立った超常的人間にパニック状態になったミケ・タングステンの体からは力が抜けきっていた。

「そうだな、貴様は三枚下ろしにしてやろう!」

刃物が擦れる音と共にメタリックブラックの翼を広げると、その一片一片が光に照らされて怪しく光る。

鋭利なナイフのようになった羽根の一枚一枚が、鈍りきった体を今にも切り裂こうとしていた。


……その時であった!

誰も居なかったはずの入り口から、ドウッ!と銃声が響く。

命中するはずだった銃弾が鴉の足元に転がると、ゆっくりと視線を向けた。

そこに立っていたのは、同じく赤い瞳をしたシルバリオであった。

「……ほう、その赤い瞳。貴様がシルバリオだな」

「……何故俺の名前を知っている」

「ノア様の報告だ。……丁度いい。貴様が出てきたならそこの猫人に興味など無い。さあ、存分に殺し合おうじゃないか!」

空圧で立ち込める煙が晴れる程に高速で距離を詰めたコクヨクの手には翼の一片が握られていた。

「くっ!」

金属の激しくぶつかる音が、壊れつつある研究室に響く。

手にしたアサルトライフルでなんとか防ぐものの、耐久性に優れた銃身には徐々に刃が突き刺さっていく。

片手に収まるサイズのフェザーナイフだが、その切れ味は異常と言える程に鋭かった。

「ブラクネス、ホワイティス! そこの二人を連れて逃げろ!」

「分かってる!」

鍔競り合う二人の後ろから姉妹が飛び出すと共に、二人を救助しにかかった。

「余所見するとはいい度胸じゃないかシルバリオ! ……いや!狼のSIN(シン)!」

「SIN……? 貴様何を言っている」

「貴様と俺は同類だと言っているんだ!」

刃を食い止めていた銃身が耐えきれなくなり、次第にひび割れていく。

「このッ……!」

真っ二つになりかける銃を敢えて押し出すと共にキックを繰り出すが、高速で後方へと移動した鴉の体に当然ながら当たることは無かった。

「遅い!あまりにも遅すぎる!」

床には砕け散ったライフルが、ガシャンと音を立てて落とされた。


その戦いの傍らで、姉妹は二人の猫人を助けようとしていた。

「大丈夫? 早くこっちへ避難を……」

ホワイティスがミケ・タングステンの手を掴んだ時だった。

「小賢しい!」

突如として、シアヴを助けようとしていたブラクネスに向かってナイフが投げられた。

「……!! 危ない!」

掴んだ手を離すと共に、腰に括り付けていた刀を手にし、朽ちた鞘から錆びた刀を居合抜いた。

白い床には錆がこぼれ落ち、抜刀した数秒後には刀自体が砕け、こぼれ落ちていた。

「……お、お姉ちゃん……」

「流石に耐えきれなかったか……クロちゃん、早く逃げなさい!」

宝と呼ばれていたその刀は、無残にも穴が開くように切り傷で刀身の面積を削られていた。

「分かった!……でもやられっぱなしは性に合わないのよねッ!」

足元に転がっていたエナジードリンクの缶を投げると、鴉の直前で四等分に切り分けられる。

「小娘……!」

挑発と受け入れられたのだろう、鴉の赤い瞳が敵意を持って向けられる。

「……!今だ!」

シルバリオがコンバットスーツの裏側に隠していた殺虫剤を鴉に向けて投げる

「ブラクネス! 撃て!」

殺虫剤に向けられた拳銃から錆びた銃弾が飛び出し、命中するまで0.5秒もかからなかった。

撃て、という言葉に反応する何かがあったのだろう、正確ながらも中心を狙う早打ちで、殺虫剤に穴が空いた。

缶と銃弾の隙間に錆が入り込み、高速回転しつつヤスリがけするように火花が散る。

すると次の瞬間、辺りを明るく照らす爆発が起きた!


「グアアッ……!」

拡散した殺虫剤の破片が、鴉の黄色いバイザーを破壊して視界を奪う。

その破片は破壊したバイザーごと、鴉の目を直撃した。

「さあ! 今のうちに……」

しかし、ブラクネスが再び掴んだ手が、自らの意思で離された。

「ダメだ……あいつの狙いは私だ……」

そう言った彼の足には、同じように殺虫剤の破片が突き刺さっていた。

「このカードを使ってくれ……2階層下に鍵のかかった研究室があるはずだ、そこにある物全てを持って行ってくれても構わない……っっ」

「シアヴ!」

ミケが不安そうに身を乗り出すが、ホワイティスの手によって引き離される。

「私の傑作、君等なら上手く扱えそうだからな。……頼んだ」

そう言うと、彼は眠るようにして意識を失った。

体がバラバラになりそうな爆発の衝撃と破片の傷が、元々少ない体力を極限まで削りきったのだろう。

「構っている暇など無い、行くぞ」

彼女一人を置いていくように3人が出ていくと、見捨てて置いていくような口惜しい気持ちを抑え、ブラクネスも部屋を出ていく。

「グゥ……シルバリオめ……やってくれたな……」

割れた黄色いバイザーの隙間から、左目から血を流しているのが見えたが数秒後には真紅の瞳をかっと開く。

一瞬で傷が回復した鴉は、意識を失ったシアヴの足を掴む。

「だが目標は達成した……次こそは殺し合おうじゃないか……狼ィ!!」



シルバリオ達が鴉から逃れ、おぼつかない足取りの猫人の研究者、ミケ・タングステンを連れた一行は厳重警備されるように強固な扉の前に立っていた。

ショックで視線をキョロキョロとさせて、体も小刻みに震えている彼女の顔に、シルバリオは顔を近づけた。

「早く鍵を使ってくれ、いつアイツが来るかも分からん」

「それは……無いかと……」

「何故だ?」

「あの鴉みたいなのはシアヴを連れ去ると言ってましたし……それに……」

「成程、目標を達成した以上俺たちに興味はないと来たか」

「だが俺達を他にも狙っている連中がいる。シアヴという奴が扱ってくれと言ったのならば俺はそれを扱うだけだ」

カードをかざして、認証機能によりシアヴの名前が表示され、ロックが解除される。

普段ならばDNA認証が必要とされる厳重警備だが、開発担当者である彼だけは例外であった。

スライド式の3重ドアが開くと真空状態にされた室内に空気が入る静かな音と共に左右に開き、立体投影されたモニターは内部の警備システムが解除された事を知らせる。

ミケを除く全員が警戒しながら内部に入ると、そこに鎮座していたのは一着のパワードスーツであった。


「これは……パワードスーツか、科学研究所の地下にあるとはな」

「隠蔽でもありまして。でも、お恥ずかしい話ながら…………作った私達の筋力だとどうしても動かせなくて……」

「でも貴方のその……体なら動かせるはずです」

一瞬何かを言うのを躊躇った様子だが、シルバリオは特に気にする様子は無かった。

無言のままアーマーの手を取ると、ガチャと大小様々なアーマーが連動して動く。

「成程。……で、どう装着するんだ」

「あ、それなら私が担当するのでそっちの機械の方に立ってもらって……」

ミケが指差した先にあったのは、上下に赤いパネルが配置された謎のスペースであった。

「そこに立ってもらって、私がフィッティングプログラムと初期起動を行うので……」

「ここか」

シルバリオが指定された位置に立ち、両腕を広げる。

「フィッティングプログラム起動、システムスタートアップ、起動コード『W.O.L.F』」

音声認識システムのコンソールに喋りかけ、カタカタと幅広く様々なショートカットキーが点在するキーボードを叩く。

すると数秒もしない内にシルバリオの目の前に存在していたパワードスーツは転送され、シルバリオの体を包み込むように配備される。

体を挟み、激しいロック機構の音と共に腕を、足を、胴を包み込み、一瞬にして銀色のアーマーが装着された。

次第に、パーツの数々を繋いでいた研究用部品や梱包用に使うであろう細かな部品が次々とパージされていく。

本来ならば他の色が塗られるであろうそのアーマーは、未塗装のままであった。

装着者であるシルバリオの眼前には『Start up W.O.L.F_System』と青い画面が表示され、同時にパージされたシャッターで隠されていたツインアイが外の景色を映し出す。

不安そうに見つめるホワイティスに退屈そうな顔を浮かべるブラクネス、コンソールを必死で操作するミケの姿が見える。

装着されたアーマーの瞳の部分が赤く光るとともに、ミケのコンソールには装着完了を示すメッセージが表示された。

「……はぁ、よかった~……にゃんとかできた……」

猫人特有の"な行"の滑舌の悪さが見える程に疲れた彼女は、椅子にぐでっと体重を預けた。

「……動作良好、今の所問題は無い」

四肢の快適な動作を確認していると、さぞ退屈そうなブラクネスは口を開いた。


「ねぇあんた。……なんでそこまでして私達に協力しようとするの?」

「……協力? 何のことだ」

「さっきの殺虫剤の事よ、余程信頼してなければあんな事しようと思わないじゃない」

「あれは偶然だ。……それに信頼した覚えなど無いんだがな」

「……少なくとも、私は信頼してるつもりなんだけどね」


横から声が聞こえる。姉のホワイティスだ。


「お姉ちゃん? 急に何を……」

「ほら、まだ私達の身の内話ってしてなかったし、今話すべきだなって思ったのよ」

「昨日からの追手も来てないでしょ? だから今、シルバリオ……貴方が聞いて無くても勝手に話すとするわ」

「……勝手に話せばいいじゃない」


ブラクネスが神妙な面持ちになり、顔を背ける。

その一方でシルバリオはアーマーを装着したまま、装置の中で立ち尽くす。

重苦しい扉が閉ざされ、機械の動作音のみが静かに鳴る部屋で、彼女は自身の事を語り始めた。


「……そうね、あれは7年前……私達はそれは裕福な暮らしだったわ」

「お父様とお母様、私とクロちゃんの4人で幸せだったわ、あの日までは……」

「あの日……?」

ほとんど部外者のミケが不思議そうな面持ちで首をかしげる。


「ある日、ゴルダニスという名前の男がやってきてお父様と揉めてたの、そしてその後ね。家に火の手が回ったのは」

「……あの男はお父様と共に消えて、お母様は目の前で炎の中に消えて、私達は少ない武器を持って逃げたわ」

「色んな場所を転々として、最終的にあのスラムにたどり着いて……シルバリオ、貴方に出会ったの」

「貴方と出会えて、貴方の力を借りて、私達はやっと地獄みたいな日々から逃れられたわ。本当にありがとう……それに……」

「それに……?」

「それに、お父様に少し似ているって言いたいんでしょ? ……だから運命だとでも思ったんでしょ」


自らの弱みを出す事に不満な様子のブラクネスが、頬杖をついていた。

「……ええ、その通りね」

姉妹が故に何でも通じてしまう事に苦笑しつつもホワイティスは胸のつかえが下りた様子で、顔の陰りはどこかへと消えていた。

「……ごめんなさい。昨日出会ったばかりの貴方には関係のない話だったわね」

「……そういう事だったか」

アーマー越しに、シルバリオのややくぐもった声が聴こえる。

「…………ならば気の済むまで付いてこい、責任は取らんがな。……そこの猫人」

「うぅ……み゛ゃっ!?」

突然の指摘に、事情をさほど知らずとも涙もろさで鼻を赤くするミケは大きくたじろぐ。

「俺たちは先に行く、お前はどうする」

「わ……私も連れて行ってください!」

涙を拭いながらも、彼女はとっくに覚悟を決めていた。

「分かった、ならば再び奔走するだけだ」

「あ、あの……」

「なんだ」

「私達のメーカーの製品が明日宇宙港を出るので、そこに密航するというのは……」

「……それで行こう、だがまずはここの物資を貰ってからだな」

「そうね、手当り次第貰っていきましょう」

3人が手分けして荷物を持ち出していく中、シルバリオは一人佇み考える。

(あの鴉が言った狼のSINとは何だ? 俺は一体何者なんだ……?)

自身の謎が深まり、己の過去に潜む何かに彼は目を向ける。

罪の名を表すSINが何か。それは一向に分からず、時だけが過ぎていった。


(次回予告)

忌々しい記憶を胸中から解き放った姉妹を連れて、輸送船は惑星ポルダから遠く離れていく。

波動エンジンの光は、あの日放たれた炎とは真逆の暖かさを放ちながら、あの日の思い出を突き放す。

新たな希望を見つけ出し、正体不明の怪物から逃れる為の旅路の途中に見つけた、生命の残骸が乗った船の中。

寂れ、塵に埋もれた中に眠るは、1体のコズミック・ロボ。

次回 「紫電」

笑う雷は切り札か、道化か。

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