腐った聖女様は今日も尊みが足りない
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
『アナメイ』か『メイアナ』でしたら、『メイアナ』の方が私の推しでございます
【尊い】とうと・い〔たふとい〕
崇高で近寄りがたい様。神聖である様。また、高貴である様を表す言葉。
「……はぁ、今日も尊いですわ……」
そんな『尊い』の字義のごとき存在であられるはずである彼女は、うっとりとした表情で手元の冊子に視線を落としていました。
薄い本。
いわゆる『同人誌』、というやつです。ちなみに中身は結構ドギツイ18禁BLだったりします。聖女が読む内容でもなければ、18歳以下が読んでよろしい内容でもありません。現在御歳15歳であらせられる国内最高峰の聖女・アナスタシア様的には全てにおいてアウトすぎます。
「両片想いのすれ違い、そこから派生する強攻なあれこれ、体が繋がる幸せと、だけど両片想いゆえにこれは体だけの関係なのだと勘違いしてしまう切なさ。……あぁ、尊い。クライマックスで互いの想いが通じ合った瞬間、全てが浄化されていくような心地がいたしましたわ……。あぁ、なんて罪深い尊さなのでしょう……」
言っている意味は露ほど分かりませんが、アナスタシア様御本人が確かに浄化されかけているような安らかな顔で天を仰いでいることは分かります。
……申し遅れました。
わたくしの名はメイ。メイドの『メイ』でございます。以降どうぞお見知りおきを。
「メイ、今回も尊き萌えをありがとうございました」
ちなみに、アナスタシア様の命に従い、今アナスタシア様の手の中にある同人誌を入手してきたのはわたくしでございます。色々アウトなことは分かっておりましたが、一介のメイドが最高峰の聖女であるアナスタシア様の御下命を拒むことなど許されません。お陰様で『同人誌即売会』なるものにはよくお邪魔させていただいております。
「ご満足いただけて何よりでございます」
「先生へのお手紙、渡していただけて?」
「はい。大変お喜びでした」
「先生に喜んでいただけるならば、わたくし、お手紙の100や200、喜んで書かせていただきますわ」
アナスタシア様はそう言って微笑されました。巷で『聖女の微笑み』と呼ばれている笑みです。『その微笑みを見ただけで邪な思いを抱いている者は浄化される』と言われているそうですが、その微笑みが邪な思いの塊とも言える18禁BL本からもたらされているのは大いなる矛盾なのではないでしょうか。
「さぁ、尊みも補給できましたことですし、
「アナスタシア様、ルビと本文が逆なのでは?」
わたくしは思わず声に出してツッコんでしまいましたが、アナスタシア様は微塵も気に留めておられません。こんな状態なのに周囲にこの『秘密のお楽しみ』がバレていないのですから、周囲が節穴と言うべきか、案外アナスタシア様はしっかり猫を被っていらっしゃると言うべきか迷う所です。
颯爽と進むアナスタシア様に付き従ってわたくしも部屋を出ます。神殿での祭祀の際は神官達が付き従いますが、儀式の会場までの付添いはわたくしの役目です。いざという時には武力的にも魔力的にもアナスタシア様を守れるように、わたくしは訓練を積んでおります。いわゆる『武装メイド』というものです。
「アナスタシア様だ……」
「本日も麗しい……」
「メイ様も素敵……」
アナスタシア様の私室を出てしばらく進むと、この神殿に仕える人間達の姿がチラホラと見えてきます。そんな彼らに向かってアナスタシア様は微笑みとともに手を振って応えます。『ほぅ……』という感嘆の吐息が聞こえてきました。
一方のアナスタシア様も、すれ違う人影を時折振り返っては一瞬、あの『尊い……』という表情を垣間見せます。恐らく脳内でカップリングを組んでは自発的に尊みを生んでいるのでしょう。
「やっぱりアナスタシア様は『アナメイ』よね……」
「いや、そこは『メイアナ』でしょ」
「どっちでもいい、今日もお二人がてぇてぇ……」
「それな」
そんな中、どこからともなく囁き声が聞こえてきました。はて、『アナメイ』やら『メイアナ』とは一体何なのでしょうか? 何だか語呂は似ているけれど文字列はまったく違う言葉をアナスタシア様もこの間呟かれていたような気はしますが……
まぁ、細かいことは気にした方が負けということでしょう。今日も世の中には『尊い』があふれている。大変よろしいことでございます。
私は澄まし顔のまま、アナスタシア様の後ろに付き従います。
聖腐女付のメイドは、本日も何も知らないフリをして、『尊い』を求める一人の少女に仕えるのです。
【END】
腐った聖女様は今日も尊みが足りない 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki
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