世界は俺を求めすぎている

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

拝啓、神様。俺は平和に生きたいです。

『転生』


 今ラノベ界隈で流行りのワード。前世の記憶を生かした主人公達がチートしたりしなかったりするあれ。


 あれが人気になるのもよく分かる。だってしんどいもん、現実。楽に無双したり、「お前なんかプークスクスww」とかされてた人間が実は隠れたチートでザマァwwしたり、すごくこの生きづらい世相を反映してると思う。


「でも21回も転生させられるとどーかと思うわけよ……!!」


 というわけで、元いた世界からこの異世界『ミルダワールド』に転生し、転生先でも転生を繰り返し、ただ今転生21回目、22度目の人生を生きている俺、今生を『ジャン』という平々凡々な名前で生きているとある村人Aは、今日の売り物である野菜達を籠に詰め込みながらぼやいた。


「これがソシャゲならぜってぇバグってるわ。21回って。もう達成クエスト数もレベルも経験値もカンストしまくって、2、3回は記憶メモリが消去されてるっつの」


 そりゃあ1、2回目くらいまでの転生は楽しいかもしれない。俺も実際、1回目の転生を経て二度目の人生を歩んだ時にはこの世界にはない知識を生かして賢者として無双したし、三度目の人生はその知識に魔法力までくっついてハイパーチートとして生きたし。どちらの人生も国の歴史に刻まれたくらいだ。この世界にいる人間だったら誰でも知ってるレベルの偉人が俺の前世……えっと、前々々々(中略)々々々世ってこと。


 だけど転生も3回目くらいからは飽きてくるし、何より俺は気付いてしまった。


 華々しく生きる人生は、危険も多い。華やかな分、短命に終わることも多いってことに。


 おれが21回も転生している原因がそこにある。


 俺がある程度育った人間の意識の中に転生するという事実を差し引いても、俺のひとつの人生のスパンはあまりにも短すぎる。


 俺はどの人生でも天寿を全うすることができていない。なぜなら主人公特有のイベント頻発体質のせいで、色んなアクシデントに巻き込まれたあげく『Gameover』よろしく死んでしまうからだ。初回の転生で『転生者』と呼ばれた時も、賢者と呼ばれた時も、ドラゴンスレイヤーと呼ばれた時も、魔王と呼ばれた時も、全部ミッションに巻き込まれたあげく死んだ。……まぁ、魔王になった時は、勇者に討たれて死んだわけなんだけども。


 というわけで、俺は21回目の転生にして初めて人生の目標を定めた。


『ただの平々凡々なモブキャラとして生き、今度こそ天寿を全うして死ぬのだ』と。


 今の所、俺の人生は順調だった。


 ただの村人として転生した俺は、畑を耕し、家畜を養い、日々取れた恵みを隣町の市場で売ることで生活している。国王からの密使が俺の所にやってくることもなければ、国を滅ぼされた王女が転がり込んでくることも、魔物が現れることもない。


 平和、サイコーッ!!


 その喜びをかみしめて、俺は今日も野菜が入った駕籠を背負って市場が立つ隣町に向かう。


 向かった、わけだが。


 ……何だか、ザワついてる……?


 町の様子が何だかいつもと違った。何というか、みんな浮ついている感じだ。


 こういう時は必ず何かが起きると、俺は過去21回の人生でイヤになるほど知っている。だけどこういう時に回れ右をして家に閉じこもっても、逆に『この騒ぎでも出てこないとは何やつ』と目をつけられるものだ。8回目の人生がそうだった。お告げに従って辺境の村まで来た国王の密使から全力で逃げたら、逆に捕まって勇者にさせられてしまった。


 俺は首にかけたペンダントを握りしめてから、いつもと変わらない様子を装って町の中を進んでいく。


 ……大丈夫。封じのペンダントは完璧なはずだ。このペンダントを付けていれば、転生を重ねることでバカみたいに強くなってしまった魔法力も、バカみたいに高くなってしまった経験値も、転生者の気配やらオーラやら前世の魂の気配やら何やらかんやら諸々全部ひっくるめて封印してくれるはず。そういう風に俺がこのペンダントを作った。数ある前世の中で賢者やら大魔導士やらをやってきた俺の力作がそんじょそこらの人間に見破られるはずがない。


「お。ジャンじゃねぇか!」


 そんなことを思いながら進んでいると、そのうち町の広場に出た。ここに露店を構えている八百屋のおっちゃんに俺は自分が育てた野菜を卸しているわけだが。


「……おっちゃん、この人だかり、何?」


 町の広場は祭でもないのに人でごった返していた。どうやらみんな、広場の中心に掲げられた立て札に注目してるみたいだけど……


「なんでも、勇者が募集されてるんだとよ」


 その言葉に、俺は唇の端をわずかに引きつらせただけで耐えた。偉い、俺。


「『我こそはと思う者は名乗り出るように、下記日程で近隣の村々を使者が回る』……で、この町に使者がやってくるのが明日の予定なんだとよ」

「へー? こんな辺境まで、わざわざご苦労様なことだね」

「ほんとな。ジャン、気になるならおまえも立て札見てきたらどうだ?」

「俺、字読めねぇから、言ってもムダだよ」


 あーはいはいはいはい、今生も来ちゃいましたよ主人公フラグ! 明日はぜってぇ家から出ねぇっ!!


「店主! どうやら賢者も同時募集してるみてぇだぞ!!」


 何とか笑顔を貼り付けたまま八百屋の店主と会話を続けていると、今まさに人並みの中から吐き出されてきたお客さんが勢いっ込んで口を開いた。どうやら立て札を自分の目で見てきた物好きらしい。いや、俺もこの世界のあらゆる言語を習得済みだし、何なら千里眼も使えちゃうからここにいながら立札を読むこともできるんだけどね、ほんとはね。


「勇者と賢者と大魔導士とドラゴンスレイヤーも同時募集してるらしい」

「はぁ? パーティーひとつ、丸々募集してるってことか?」

「国はどんな危難に立たされてんだろうな? 逆に気になってきたよ」

「たとえそれだけの人間が都合よく見つかったとしても、全員に報奨出したら国庫が干上がっちまうんじゃねぇか?」

「一人で全部兼任できるようなヤツが現れたら国も助かるんだろうけどな」

「んな人間いるわけねぇだろ!」


 客と店主は自分達の軽口を豪快に笑い飛ばした。俺も何とかお追従の乾いた笑みを残して、ソロリソロリとその場から退場する。


 いや、いやいやいやいや。できちゃう人間いるんですけど、ここに。何なの今回の前提条件。まるで俺をピンポイントで探してるかのような……


「……本当に、この町の周辺で間違いないんだろうな?」

「はっ、先見の予言は絶対です」


 今日はもう帰ろう。帰って来るべき明日に対して対策を立てよう。


 人がごった返す広場を迂回しようと細道に入り込んだ瞬間、今度は密やかな囁き声が俺の耳を叩いた。凄腕暗殺者をやっていた数代前の前世の名残で、俺の耳はその囁き声を無意識の内に拾ってしまう。


「必ず見つけ出さなければ。我が一族の命運がかかっている」


 どうやら声の主は少し先に立っている美女と少女であるらしい。その二人の間に暗殺者特有の気配があることに気付いてしまった俺はとっさに物陰に隠れて気配を消す。


「我らが始祖オミロン様の魂を宿しし転生者を……!!」


 ああああああっ!? それも俺のことじゃねっ!?


 内心で絶叫しながらも気配を微塵も揺らさなかった俺はさすが伝説のアサシンの転生者といったところか。


 そんな風に自画自賛を繰り出す俺の頭上に今度は巨大な影が差す。そっと顔を上げると、空を覆い尽くすほどの巨大生物が町の上を飛んでいるようっだった。


「黒龍だっ!! 」

「どうして黒龍がこんな所にっ!?」

「まさか魔王がよみがえったのかっ!?」

「じゃああの立て札は魔王討伐のための……っ!!」


 町の人達の悲鳴が俺の耳にまで響いてくる。


 ……うん。間違いなくあれ、魔王の騎馬……というか騎龍だが。俺、前々々(中略)々々世で乗ってたもん、あいつに。


 懐かしい。封印されたとか聞いたような気がしてたんだけど、元気に生きててくれて何よりだ。……えっと、もしかしてお前も元ご主人様を探してたりするのか?


 というか、どうしたらいいんだこれ。各所がどうやら俺を求めすぎているみたいなんだが。各所が求めてる転生者、全部俺なんだけどどうしたらいいの?


 ……いや! てか俺、どの要請にも応える気ないからっ!! 俺は今生を平平凡凡に生きて平和にベッドの中で終えるって決めてるからっ!!


「あばばばばばばばば」


 俺はソロリとその場を離れると、とにかく家路を急いだ。


 どの運命からも逃れるためにありとあらゆるスキルを使い倒して生きることを決めた俺が、世界のあらゆる勢力から逃げ続ける『逃亡者』と言われる宿命を背負って今生に転生したのだと知るのは、しばらく先の出来事である。





【END】


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