延長コールは21回鳴った

狩込タゲト

少しヘンなモノとカラオケと私

 私はカラオケ店の深夜バイトを友人に頼まれ、渋々やることにした。

 バイトたちが次々と辞めてしまい困っているらしい。そういえば最近暖かい日が増えてきた、新生活を始める時期だ、人の出入りが激しくなって大変なんだろう。そう私は考え、助けてやることにした。

 その友人が雇われ店長をやっているカラオケ店は、駅前のビルの地下一階にある。繁華街に建っているのが売りだ。でも、田舎の繁華街だからたかが知れていて、22時も過ぎれば人通りは少なくなり、営業中の店も数えるほどしかない。それでも深夜まで遊びたい人たちは一定数いるもので、田舎なのに24時間営業と強気に出ているそのカラオケ店は、そこそこ繁盛していた。


「いらっしゃいませー」

 店の自動ドアを入ってきた5人組のチャラそうな若者たちに、あわてて私はマニュアル通りにあいさつをした。私がシフトに入ったのは0時、そこから1時半の現在にいたるまで、客がひとりも来なかったのでウトウトと居眠りをしてしまっていたのだ。

 5人組はすでにどこかで飲んできたようで、ほろ酔い気分でにぎやかに話している。その中の代表のヒゲの生えた男の人に、朝までフリータイムの深夜料金を払ってもらい、ドリンクバーの場所を教えようとしたら「何度も来たことあるから」といってマイクなどの入ったカゴを私の手から取り上げて、さっさと部屋へ向かっていく。

 他の面々もそのあとについていこうとしたが、そのうちの一人が振り返った。

「ねえ、ここって幽霊が出るんでしょ?」

 大きなイヤリングをしている女性が目を輝かせて聞いてきた。

「はい?」

 内容の不気味さに反して明るいたずね方だったものだから聞き間違いかと思い、私はまぬけな声が出してしまった。

「隠さなくてもいいよー。夜中の3時ごろから部屋の電話が勝手に鳴るってウワサ聞いたよー?」彼女が言うには、そのウワサを確かめに来たらしい。みんなで歌いたい気分だったし、ちょうどいいからやってきたという。

 突然のことにわけがわからず、何と答えたものかと私が思案してると、どう受け取ったのか、カラフルなグラサンをかけた他の仲間が「店員さんを困らせるなよ、オバケがいるなんて認めたら店に客が来なくなっちまうだろ?」と苦笑しつつイヤリングさんをたしなめる。

「ええー、でもでも、動画撮ってSNSにあげていいかって確認とらなきゃじゃん!」

 チャラい人たちだがそういう礼儀はちゃんとしてるらしくて、失礼ながら感心した。

「そのウワサは新人バイトなので私は知りません」だから正直に答えてしまった。

「写真に関しては、他のお客様に迷惑がかからないなら自由に撮っていいはずです」私はマニュアル通りの受け答えをした。オバケを撮ってはいけないとは聞いていないからである。

「やったー」と無邪気に喜ぶイヤリングさん、それに対してグラサンさんは戸惑った顔をして、私とイヤリングさんの両方を見比べる。なぜ私までそんな顔で見るのだろうか。やはり新入りの私の受け答えはどこかおかしかったのかもしれない。

「おーい、もう曲入れちゃったぞー」ヒゲさんが部屋のドアを半開きにしつつ、二人に声をかける。とても大きな声だ、離れた部屋なのにはっきりと聞こえた。

「はーい」と元気よく答え二人。ドアが閉まる前に「オバケが出たら捕まえてやるから安心しろ!」とヒゲさんの声が聞こえた。「オバケじゃなくて幽霊だよ!」「どうちがうんだ?」なんてやりとりがドアの奥に消えていった。

 どうやら本気で幽霊とやらのウワサのために、みんなでここに来たらしい。私は従業員用の部屋にひっこんで出てこない店長に呼びかける。

「あのー、ちょっといいですか店長?おーい、……おいっ!店長!!」

「ひゃっ、ひゃい!?」

 上ずった声をあげて店長が振り返った、メガネがずり落ちそうになっている。事務作業に一心不乱に向き合っていたらしい。そうやって何かに集中していたい理由があるのだ。

「幽霊のウワサなんて聞いていないんだが?」

 意図的に隠し事をしていたらしい友人に敬語を使うのは面倒になり、いつも通りのため口で話しかける。

「あ、あはは、ごめんね……。でもマニュアル通りにやってくれたらいいからさ」

 平静を保とうとしているが、目が泳いでいるうえに、顔が青ざめている。

「幽霊の対処法なんてマニュアルに無かったぞ、ちゃんと教えてくれないと困る」

「う、うん。……そうだよね」はぁー、と大きくため息を吐いてから、これまでの経緯を話しだした。



 一カ月程前から、深夜3時ごろになると、客が予定していた時間よりも早く出てくることが増えたという。そして、時間を確認して気づいた客が文句を言ってきた。何で文句を言われるのかわからない店員が詳しく聞くと、内線電話で「10分前」だと伝えてきたというのだ。身に覚えのない店員は「自分たちはかけていない」と説明した。そのときはうやむやになったが、そういうことが立て続けに起こったので、さすがにいろいろと対策を講じた。誰かがいたずらをしているのかもしれないと店員を見張ったが、それでも無くならないので、深夜の間は内線電話がつながらないように回線の電源を落としてしまった。


 しかし、電話は鳴った。


 いよいよ店員たちは不気味がって、内線電話機を部屋からとりはずしてしまった。

 それなのに、電話は鳴った。

 そして、どうやってか客は無いはずの「電話に出た」と話したという。



 そんなことがあったものだから、店員たちは次々と辞めていってしまった。残っているのは、事情を知らないか、昼間だけなら、という人達だけだ。深夜帯は店長が一人でがんばってきたそうだ。

 今はウワサが出回ってしまって客足が遠のいていき、経営が悪化しているらしい。しかし、客に来てほしいが、客が来ても変な電話のせいで悪評が出回ってしまうし、かといって来なかったら来なかったで、深夜一人きりでいるのが怖かった。だから私を呼んだと白状した。

「深夜帯の営業はやめてしまえばいいのに」私の真っ当な意見に「本部が許してくれなくて……」店長は力なく答えた。そこから少し愚痴を聞かされた。中間管理職の悲哀をいうものを目の当たりにしてしまったようだ。

「黙っていたのは謝る!だから、帰ったりしないよね?」

 すがりつき涙ながらに訴えられた。その必死さに少し引きながらも、さすがに同情する。

「電話がかかってくるだけなのか?ほかには?」

「えっと、そのあともだいたい10分おきに電話がかかってくるんだって」

「嘘の時間を教えてくるくせに変に律儀だな。」

 なんか恨みでも買ったのか?と問えば、みんな身に覚えはないらしい、立地に問題があるかどうかも、入れ代わりの多い駅前の土地柄のせいでよくわからない。お祓いは近いうちにやるそうだ。

「それで?電話がかかってきたと言われたらどうしたらいい?」

「え?ああ、」お祓いしても効果が無かったらどうしようと頭を抱えていた店長が答える。「えっと、『当店には関わりの無いことです。カラオケ以外のことでは責任はとれません。』というふうな対処で、とりあえずやり過ごして」

 私は店長の言ったことを何度か復唱する。

「……事情を知っているお客さんで良かったかもしれない。『知ったうえで来たんだから自己責任です』って、最後の切り札で言えるからね」

 胸をなでおろす店長を見ながら私は、気弱そうだがこういうとこは抜け目ないと思った。

「じゃあ、仕事に戻りますね」

「え、もういいの?」

「はい。どう対応すればいいか、とりあえずですけどわかったんで」

「ああ、困るって言ったのはそういうこと……」店長はどこか気の抜けた顔になっていた。

 急な要請ということもあり、バイト代は通常の倍以上もらえるのだ。ちゃんと仕事はする。割のいいバイト代のために。


 私は床掃除用のモップを片手に困惑していた。ちょっと外の空気に当たってくると出たっきり、店長が帰ってこないのだ。あの弱虫、夜明けまで帰ってこない気だ。バイト初日の奴を一人放っていくとは何ごとだと、文句をメールした。既読はつくが返信は無い。

 ため息をつきつつモップを片付けていると、客からの呼び出し音が鳴った。何度目かのお酒とおつまみの注文だった。

「失礼しまーす」部屋の前に居た時点で、大きな歌声が漏れ聞こえていたが、中に入るとより凄い。店員が入ってきたことにも気づかないほど気持ちよく歌っているヒゲさん。邪魔をしては悪いので、素早くテーブルに置いていく。私が部屋を退出しようとしたところで、電話の音が鳴った。

 プルルルルッ、安っぽい音が鳴り続ける。

 入り口付近に座っていたイヤリングさんが、壁に取り付けてある電話に急いで出た。

 なにごとか言っているようだが、よく聞こえない。

 そして、歌っている人の方に勢いよく振り向いて、彼女は叫んだ。

「もーっ!うるさくて電話の声が聞こえないよ!」

 それでも酔っ払いたちの歌声は止まなかった。


 明け方近く、すっかりできあがった酔っ払いたちは店長と入れ替わるように帰っていった。

 あのあとどうなったかと尋ねたら、動画を上げておくから見てと、もう眠気が限界そうなイヤリングさんが教えてくれた。

 動画を確認すると、あのあとも何度か電話の呼び出し音が鳴り、彼女が出るのだがやはりよく聞こえないようすだ。彼女が歌っているときはグラサンさんが代わりに出たが首をかしげている。彼女もまた歌声がでかい。

 そのやりとりも途中から、受話器を上げてすぐ切るという行動に変わった。どうやら歌に集中したくなってしまったらしい。

 そして21回目。みんな慣れてしまったのか、誰も電話に出なかった。

 数分後、ついに電話の音は鳴らなくなった。

 私は、一緒に動画をこわごわ見ていた店長と顔を見合わせた。お互いなんともいえない表情をしていた。


 あれから、深夜の電話は無くなったらしい。

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