21回目に描くもの

高野ザンク

20回のダメ出し

 20回目の持ち込みも酷評された。


 新人賞の佳作なんかをとってしまったせいで、俺は漫画を書き続けている。

 賞をとった時は、これで漫画家になれるんだ!と明るい未来が見えたのに、その後は何度持ち込みをしてもダメ出しで、俺の漫画が雑誌に掲載されることはなかった。

 一度、作者の急病でページを埋めるために、俺の作品が載ると聞いたときは飛び上がって喜んで発売を心待ちにしたものだが、発売日に買ってみると別の新人の作品が掲載されていた。

 そのことがあってからぐんと持ち込むペースが落ちて、最初は立て続けに持ち込んでいたのが、3か月で1本になり、半年で1本となった。


 俺が賞をとってからもう6年が経つ。その間に担当者は次々と代わり、今回は若い20歳そこそこに見える女性編集者が俺の対応をした。

「絵柄がちょっと古いですかね。あと、もっと萌え要素があったほうが少年誌に向いてますよ」

 こちらもまだ30歳のくせに(若造が知った口を利くな)と思ってしまう自分がいる。6年の間に担当者は次々と代わる。こいつは何人目だっけ?最初に俺を担当してくれた編集者は、別の漫画誌の編集長だという。


 俺だけが取り残されている気がする。



 まだ午後の4時なのに看板がでていたのでドアの隙間から中を覗いてみると、瑠璃子さんと目があった。彼女が頷いたので、もう開いているというサインなんだなと思って店に入る。

 駅前通りを裏に入ったところにある小さなスナックは俺の行きつけだった。


「今日、店開き早いですね」

 6脚しかないカウンターの一番手前に腰掛けながら訊ねる。

「花が熱出して保育園休んだのよ。で、お迎えがないぶん早く開けちゃった」

 そう言って瑠璃子さんはいつものハイボールを作ってくれた。

「花ちゃんの具合、大丈夫なの?」

「うん、ただの風邪だって。熱も下がって寝てるから心配しないでね」

 そういって天井を見上げる表情を見ると、母親の顔だなと俺は思う。

「それより、今日持ち込みだったんでしょ?」

 カウンターに俺が置いた封筒を見て、彼女は言った。

「うん、またダメだった。20回目の敗北。しかも惨敗」

 そっか、と瑠璃子さんは特に感情を出すこともなく呟いた。

「20回ダメでも、21回目には成功するかもしれないじゃない?」

 自己啓発本で読んだようなセリフを言いますね、と返すと、私だって本ぐらい読むのよ、と瑠璃子さんは笑った。

「それに20回も同じことに挑戦するなんて、それだけですごいなと思うよ。だって私、好きな映画だって20回は観てないもん」

 10回は観てるけどね、と付け加えて、瑠璃子さんが柿ピーを出してくれる。

 そう言われると我ながらよく続いてるな、と思う。漫画家を諦めようと思ったことはあっても、漫画を描くことをやめようと思ったことはない。それは俺がやっぱり漫画を描くという行為自体が好きということだろう。


「ねえ、ちょっとこの漫画見せてもらってもいい?」

 封筒を指差して瑠璃子さんが訊ねた。これまで彼女が俺の漫画を見たことはない。というか興味を示したことすらなかった。意外な申し出に、俺は迷ったあげく結局見せることにした。


 瑠璃子さんが俺の原稿を読む。その表情を俺は緊張しながらチラチラと盗み見た。時々、彼女が笑うのを見ると、あのシーンだなとかこのシーンかなと想像して、嬉しいやら恥ずかしいやらで飲むペースが進んだ。俺が2杯目のハイボールを空ける頃、彼女は最後のページを読み終えた。


「どうでした?」

 感想を聞くのが怖くて小声になってしまった。

「素直に面白かったよ。さすが描き続けてるだけのことはある、これ雑誌に載ってても良いと思った」

 素朴だが、嬉しい感想で俺はホッとした。

「でも」

 と彼女は続けた。

「これ、さとるくんが描きたいものなのかな?いつもの悟くんらしさが感じられなかった」

「俺らしさ、ですか」

「そうね。悟くんのなんというか純情さ?うん、もっというと子供っぽさ?それが出てたほうが良い気がする」

 瑠璃子さんが俺を子供っぽいと言うと少し傷つくけれど、その漫画評は俺にとって一番真っ当なようにも感じた。描けば描くほど何を描けばいいのか、何を描きたいのか迷ってしまうのは事実で、今回も迷ったまま、どこか持ち込むというノルマをこなす思いがあった。今なら、もっと思い切った、俺らしい漫画が描ける、そんな気がした。

「あ、ゴメンね。素人の意見だから気にしないで」

 俺が黙り込んだのを気にしたのか、瑠璃子さんが慌ててフォローをする。

「いや、すごく参考になった。もっと早く読んでもらってたら良かったのに」

「悟くんの漫画を軽々しく読めないよ、なんか触れちゃいけないとこに触れちゃいそうだしさ」

 瑠璃子さんは自分もハイボールを飲みながら、照れくさそうに言った。

「でも今回は読みたくなったの。興味が出たというか……勇気が出たのかな」

 そう言って、「原稿料」と俺の前に3杯目のハイボールを置いてくれた。


「21回目の持ち込みも頑張って。それが上手く行ったら、花の父親になることを認めてあげる」


 瑠璃子さんがそう言って恋人の顔を見せたのに、常連客がやってきたので、会話はそれでおしまいになる。


 ダメ出しをくらってばかりだとしても、これまで漫画を描き続けてきたことは、きっと意味があることなんだろう。そして俺は21回目の漫画をもっと素直に、もっと好きなように描こうと思った。


 ただただ大切な人を喜ばせるものを描こうと。

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21回目に描くもの 高野ザンク @zanqtakano

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