ばあちゃんとスマホ

砂田計々

ばあちゃんとスマホとテレビ

 ばあちゃんは耳が遠い。スマホの方がまだいい。

 たとえば、音声入力機能を起動したわたしのスマホとばあちゃんに同時に話しかけると、スマホの方が正しく聞き取ってくれる。

 ばあちゃんは遠くにしたり、近づけたりしながら、スマホに表示された文字を見づらそうに確認すると、わたしの言ったことをようやく理解する。ばあちゃんは目もちょっと悪い。


 テレビが好きなばあちゃんは、一日中テレビを見ている。

 わたしが学校から帰ってきても、塾から帰ってきても、いつもの座椅子でゆったりと眺めている。

 ちょっと前までは、ボリュームがばあちゃん用の大音量で外まで漏れていたけど、字幕の付け方を習得してからは適正音量になったので良かった。


 ばあちゃんはドラマが好きで、中でも刑事ものには目がない。

 物語をどこまで理解しているのかわからないけど、ばあちゃんはいつもテレビにくぎ付けだった。番組とCMの区別がついていないのか、CMに入ってもしばらく食い入るように見ていることがあるので「これCMだよ」と、わたしは教えてあげる。


「これCMか。トイレいこ」

 ばあちゃんはCMの間にのっそりと座椅子から腰を上げてトイレに立つ。

 トイレに向かうだけでも一仕事なので、だいたいCM開けには間に合わない。

 けどそこはあまり気にしていないようだった。

 ばあちゃんはトイレ中に犯人が捕まっていようが、話がどんでん返ししていようが、特に驚かずに続きを見ていた。

 

「この人、なんて人だったかな」

 ばあちゃんがわたしに聞くと、調べるのがわたしの仕事だった。


「どの人、どの人」

「この刑事役の」


 わたしはスマホで番組公式ページの人物相関図を出して、ばあちゃんに見せる。ばあちゃんにも見えるように、目いっぱい拡大してから見せてあげる。


「ああ、そうか。そうか」


 ばあちゃんは納得して、

「それ、なんていうのだったかな」

「スマホ?」

「すまほ。便利だねぇ。なんでもわかるのねぇ」

 とスマホにいつも感心する。


「ばあちゃんもスマホ買えばいいのに」と言うと、ばあちゃんはものすごく嫌そうな顔をして拒否した。ややこしいものは持ちたくないらしい。

 今はシニア用のやさしいスマホもあるらしいから、ばあちゃんにも買ってあげたい。最初は嫌がるだろうけど、すぐに気に入るはずだ。

 わたしはばあちゃんがその気になるように言った。


「スマホがあれば、友達とも連絡取れるよ」

「ばあちゃんの友達はスマホもってないもん」

「じゃあどうしてるの」

「電話、年賀状」

「そんなの日が暮れるでしょ」

「暮れません」

「スマホは写真も撮れるよ」

「なにを撮るの」

「なんでも撮るんだよ」

「必要ないね」

「買い物もできるし」

「買ってきてもらうから大丈夫」

「がんこだね」


 わたしはスマホでできることを思いつく限り挙げていったけど、なかなか興味を持ってくれなかった。

 ばあちゃんやこの世代の人は、特に頑固にできていて困る。


「ゲームもできるよ」

「ばあちゃんがゲームしてるとこ見たことあるかい」


「地図があるから迷わないよ」

「ばあちゃんどこも行かないから」

「ドコモ行こうよ」

「?? どこも行かないよ」


「ラジオも聞けるよ」

「ばあちゃんはテレビ派だから」


「テレビも見れるよ」

「テレビはテレビがある」


「昔のドラマも見れるよ」

「ばあちゃんにはテレビがある。大丈夫」


「芸能人の名前も調べ放題だよ」

「それはちょっと惹かれる」

「ほら。スマホがあれば何でもできるんだよ」

「でも高いでしょ?」

「値段? スマホ代だけであとは無料だよ」

 と言いつつ、わたしは自分で払ってないけど。

 ばあちゃんにしてみれば安いものだ。


 よし。ばあちゃんにスマホを買ってあげよう。

 わたしは話を強引に進めて台所の母に向かって言った。


「ばあちゃんスマホほしいんだって」「大丈夫いらないよ」


 母はわたしたちに無関心で用事をしていた。

 ばあちゃんとドラマを見ていると、結局、真犯人が誰だったのかわからないままのことがよくある。




おわり

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