異世界にスマホを持ち込んだら

信仙夜祭

異世界にスマホを持ち込んだら

 これは、良くある話なのかもしれない。

 事故に巻き込まれて意識を失った。そして気が付くと、羽根の生えた人が現れた。

 そしてそして、『異世界への転生者に選ばれました、スキルを選んでください』なのだそうだ。

 でも僕は、『スキルみたいな超能力や魔法は欲しくないです。スマホを持って行きたいです』と答えた。

 そうすると、『では、良き異世界ライフを』と返された。


 でもさ、異世界って言ったら、普通中世ファンタジーの世界観を思い浮かべるじゃないですか。

 中世にスマホを持ち込んで、知識無双をしようと思ったのですけど……。全然違かった。

 科学技術が前世より発達した世界って何? SFの世界じゃないですか。

 あの羽根の生えた人に、『ジャンルが違うんじゃね?』と言いたいわけですよ。


 今の僕の職業は、船員クルーだ。と言っても、惑星間移動の船なんだけどね。

 もうさ、大気圏脱出と突入は勘弁して欲しい。

 軌道エレベーターがある惑星なら良いのだけど、資源惑星にそんなものないし。

 無重力状態は、とても気持ちが悪いし。

 何より、税金が高い……。無職になって毎月の市民税を払えなければ、強制労働所行きだ。

 引き籠りニートという職業は、ない世界だった。


 それと、スマホである。

 使えなかった……。プロトコルが違うとのことで、ネットワークにアクセス出来なかったのですよ!

 もはや、骨董品でしかない。あの女神は、『スキル』と言ったのだけどな。チートとか無双は、夢のまた夢……。

 今の僕は、単純作業を繰り返す労働者でしかない。中世ファンタジーだと農業を選ぶ人に当たるのだろう。


 悔しいので、携帯端末は持たないようにしている。でもそれだけで、奇人変人扱いだ。

 情報が欲しい場合は、船のシステムを利用させて貰っている。

 まあ、通信費もバカ高いので、その分貯金も増え続けている。目標は、十年以内に自分の船を持つことである。


 ここで思う。

 電子機器に振り回されている生活……。

 第三者視点で見ると、とても奇妙だ。前世では、『社会の一部として人』が存在していたが、この世界は、『機械の一部として人』がいる感じだ。

 快適ではあるが、凄く不快感を感じる生活である。

 一番の不快感を感じたのは、エンターテイメント作品である。

 機械が作った映画に音楽。確かに新しいし刺激的ではある。だけど、僕の心に響かない。

 全ての映画が、高い興行収入を上げて、全ての音楽がミリオンセラーとなる世界。始めは面白いと感じたが、今はお金を使う気になれなかった。

 極めつけの絵画は、マジで勘弁。ピカソより分からなかった。


 僕は、スマホに入れていた前世の音楽を聴き続けている。

 周りには、節約して船の資金に充てていると説明しているが、配信される映像すら見ないとなると浮いてしまっている。

 でも、見たくないんだよな……。


 事故もなく、怪我を負うこともない生活が続いた。

 何のトラブルもない生活。どんどん精神が麻痺して行く感じだ。今の僕が、携帯端末を持ったら、本当に何も考えなくなり、何も感じなくなってしまいそうだ。

 他者と比べて、不便かもしれないが、僕は前世のスマホを持ち続けている。少し改造して貰い、ネットワークには繋げられるようにして貰った。

 この世界は、量子コンピューターが完成されている。知性すらもプログラムで再現しているのだそうだ。

 でも、僕は馴染めなかった。いや、この世界に溶け込もうとしなかった。


 あの時、スキルでスマホを選んで良かったとも思える。

 今日も僕は、前世の音楽を聴いている。そして、そろそろ休憩時間が終わる。


「さて、今日も頑張るか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界にスマホを持ち込んだら 信仙夜祭 @tomi1070

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ