4 杯目 観劇

SIDE 宮武みやたけ 弦一郎げんいちろう


 また始まったよ。この言葉が真っ先に浮かんだ。

 石丸さんが過激な主張をするのは、今に始まったことではない。僕が入部した直後から、似たようなことは何度かあった。


 僕が学部一年の時、我がうどん会は学祭で模擬店を出店した。その目的は「ちゃんとしたうどんがどんなものか知ってもらうこと」だった。コシのないうどんを蛇蝎だかつの如く嫌う彼は、この地にコシのないうどんが普及している現状を憂慮し、撲滅に向けた活動の一つとして市民への啓蒙を企てた。当部長であった彼が企画を主導し、その過激な原案を谷川副部長が公序良俗に反さない内容へと修正を加えつつ、日夜検討会議を行った結果、最終的には、「正統派うどん」である(と彼が考える)讃岐うどんを本場香川の製麺所形式で提供。と同時に、うどんの機械的性質を評価した資料を壁面に掲示し、香川のうどんの素晴らしさを来場者に理解してもらう、とする方向に決まった。

 けれど彼ら二人の目論見は、惨憺さんたんたる結果に終わった。うどんの早期完売という点は非常に良かったものの、回収したアンケートの結果から、来場者の誰一人として二人の主張を理解し得なかったことが明らかになったからである。来場者の意識には福岡のうどんが揺るぎない土台として鎮座しており、その上で「讃岐うどんも良いものだ」とする付加的な評価ばかりが並んでいたことは、その土台そのものをひっくり返せると踏んできた二人の見通し自体の甘さを、真正面から二人にぶつけた。


 この出来事以降、石丸さんが対外的に大きな意思表示をすることはしばらくなかった。他の部員と日々議論はするものの、僕のような穏健派を排除するでもなく、逆に排除されるでもなく、部室に存在しつづけていた。しかし、かと言って自分の主張を変える風でもなく、将来的な変革に向け何か別のやり方を模索している、そういった感じだった。

 

 そこへ来て今日の謎マナーである。あの表情は、今までの付き合いで見たことがなかった。それほどまでに、あのブログは石丸さんに衝撃を与えたのだ。であれば、一時の平穏を破り、彼がまた何か始めるかもしれない。久々に何か面白いものを見ることができるかもしれない。僕は半ば劇場の観客のような心持ちで、その行く末を見ようと思った。

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