『お祖母さまはいったいどうして行方不明となられたのか』(KAC20214:ミステリーorホラー)

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『お祖母さまはいったいどうして行方不明となられたのか』

 わたしにはどうしても確かめたいことがあります。


 それはお祖母ばあさまが行方不明になられた真相です。


 先週のことです。わたしがいつものようにお祖母ばあさまをお部屋まで迎えにいくと、お祖母ばあさまはそこにいらっしゃいませんでした。


 どうやら夜おそく家を抜け出され、そのままお帰りにならなかったようなのです。


 わたしの知らせを聞いたお祖父じいさまはすぐに警察へと電話し、捜索願いを出されました。


 しかし、懸命な捜索にもかかわらず、三日経ってもお祖母ばあさまを見つけることはできませんでした。


 お祖母ばあさまのような方が行方不明となるのはよくあることだそうで、警察の方々も探索を切り上げてしまわれました。


 ですが、わたしにはどうも納得がいきません。


 確かにお祖母ばあさまは認知症にんちしょうわずらっておられました。それは事実です。昼のあいだお外を徘徊はいかいなさったことも一度や二度ではありません。


 しかし今回、お祖母ばあさまが家を抜け出されたのは夜のことなんです。それがわたしにはどうも信じられません。


 それというのも、お祖母ばあさまが御就寝ごしゅうしんなされるとき、二階にあるお祖母ばあさまのお部屋にはいつも外から鍵が掛けられるのです。もちろんこれはお祖母ばあさまが夜中に出歩かれるのを防ぐためです。


 中から開けることはできず、わたしかお祖父じいさまかのどちらかが鍵をはずす以外に部屋から出る方法はありません。


 わたしがその点を警察の方々に指摘すると、彼らはおおかた鍵を掛け忘れたのだろうとおっしゃいました。しかし、わたしは確かに鍵を掛けたと記憶しているのです。まだ子どもであるわたしの言い分など彼らには取り合ってもらえませんでしたが、絶対に間違いありません。


 いったいお祖母ばあさまはどこからお部屋を抜け出されたのでしょうか。


 もうひとつ気になることがあります。


 お祖父じいさまのことです。


 わたしの両親はわたしが小学校三年生のときに事故で亡くなってしまいました。ですから、わたしは現在、唯一の身寄みよりである父方の祖父母と一緒に暮らしています。


 幸いにして両親がのこしてくれたお金が多分たぶんにありましたから、年金暮らしをなさっている祖父母のもとであっても、なんとかやっていくことができました。


 お祖父じいさまもお祖母ばあさまも、わたしにはとても優しく接してくださいましたし、お祖父じいさまはひょうきんなお方でいらっしゃいましたから、笑顔の絶えない家庭であったと自信を持っていうことができます。


 去年の暮れにお祖母ばあさまが認知症になられてからは、確かにお祖父じいさまの表情から笑顔が減ったかもしれませんが、それでも家の中が暗くならないようにと懸命につとめていらっしゃいました。


 畑仕事にいそしんでおられましたが、わたしは学校に行かなければなりませんでしたので、お祖母ばあさまの介護をなさるのは基本的にお祖父じいさまのお役目でした。


 介護をなさる上で、理不尽な目にも多々お遭いになったことでしょう。ですが、わたしには決して弱音を吐くことはありませんでした。まことに尊敬すべきお祖父じいさまなのです。


 しかしそんなお祖父じいさまはこのところ……いえ、お祖母ばあさまがいなくなってからというものどうも様子がおかしいのです。


 はじめは当たり前のことだと思いました。なにしろ長い間連れ添われたお祖母ばあさまの行方が分からなくなってしまったのですから。


 違和感を覚えたのは、警察による捜索の中止をあっさりと受け入れてしまわれたときからです。お祖父じいさまの性格を考えると、警察の方々に対してもっと食い下がっていたはずでした。


 しかしお祖父じいさまはそうなさらなかった。それどころか、近所の方々の有志により続けられている捜索にも参加されることはなく、畑に行かれる以外はまるで何かに怯えるかのようにお部屋に引きこもってしまわれているのです。


 近所の方々は相当ショックだったんだろうとおっしゃいましたが、わたしにはどうもそれだけのように思えません。


 お祖母ばあさまのお部屋の鍵を持っているのはわたしとお祖父じいさまだけであること、それから最近のお祖父じいさまのご様子。


 その二つの点をかんがみると、たとえわたしがまだ中学生だったとしても、容易にひとつの推定を立てることができます。


 ですが、それは到底信じられないことです。あのお優しいお祖父じいさまがそんなことをなさるはずがありません。


 しかし、その可能性が高いというのもまた事実です。


 では、もし仮にお祖父じいさまの仕業であるのなら、お祖母ばあさまをいったいどこに連れて行ったのでしょうか。


 むろん、あそこしかないとわたしは思いました。


 わたしの家には今は使われていない地下室があるのです。居間のすみにあるたたみの下にその入り口があり、この家に連れてこられたばかりの頃は、よくこっそりとしのび込んでお祖父じいさまに怒られたものでした。


 わたしはお祖父じいさまが畑に行かれる日中を見計らってそこに忍び込むことにしました。


 学校から急いで帰ったわたしは、迷わず居間へと足を進めました。


 畳をのけて、地下室への扉を開けたと同時にわたしをおそったのは強烈な異臭いしゅうでした。お祖父じいさまに連れて行ってもらった植物園で偶然にもいだことのある、ショクダイオオコンニャクのような匂いだとわたしは思いました。


 冷たい汗が身体をしたたり落ちていきます。


 ショクダイオオコンニャクの匂いは、屍肉しにくの匂いに似ているということをわたしは知っていたのです。


 わたしの理性が、この先へ足を進めることを拒否するかのように、静かに痙攣けいれんをはじめました。


 逃げ出したいと思いました。このまま扉を閉じて畳でおおい、何も見なかったことにしてしまいたいと本気で思いました。


 しかし、そういうわけにもいきません。


 ここで文字どおりくさいものにふたをしたとしても、疑心暗鬼ぎしんあんきとらわれた日々を過ごしていかなければならないに違いないのですから。


 覚悟を決めたわたしは、懐中電灯のはかない光を頼りに、そっと階段を降りていきました。


 地下特有のじめじめとした湿気しっけと、次第に強くなる異臭に辟易へきえきとしながらも、わたしは地下室へとたどり着きました。


 そして見つけたのです。


 変わり果てたお祖母ばあさまの姿を。


 心臓が止まるかと思いました。なかば予期していたことだとしても、叫ばなかった自分のことを褒めてやりたいくらいです。


 昼食を抜いていたことも助かりました。そうでなければ、きっとその全てをぶちまけていたことでしょう。


 お祖母ばあさまの身体は無造作にうつ伏せにされて石床いしとこの上に転がされていました。


 目をそむけたい光景であるはずなのに、見えない悪魔の手に突き動かされるように、わたしの手は、お祖母ばあさまの体の隅々まで光を当てていきました。


 右足が曲がってはいけない方向に曲がっていました。


 頭部から背中にかけて赤黒いシミで染まっていました。


 虫がたかっているのか、無数の羽音がうるさく響いていました。


 階段をあやまって滑り落ちたということはありえません。


 明らかに、お祖母ばあさまは誰かに殺されたのです。


 もちろん犯人はひとりしかいません。


 暗い影が、蛇のように背筋を這い上がっていくような錯覚さっかくおちいりました。わたしが今いるのは現実であるのか分からなくなってしまいそうでした。


 ですが、いつまでもここで放心しているわけにもいきません。


 とにかくお祖父じいさまに見つからないうちにここから出なければいけませんでした。


 しかし、それも遅かったようです。


 とつぜん視界が真っ白になりました。地下室の電気がつけられたのだと気づいたのは、間も無くのことでした。


 わたしは、恐る恐る背後を振り返りました。


 階段の前にたたずんでいたお祖父じいさまは、見たことのない表情をなさっていました。狂気きょうきの宿った目というのは、今のお祖父じいさまの目のようなことをいうのでしょうか。


 手には農作業で使うなたを持っておられます。白熱灯はくねつとうからの光を受けた鉈は、まるで酸化した銅のようなにぶい輝きを放っていました。


 蛇ににらまれたカエルがごとく、わたしの身体はぴくりとも動きませんでした。そのくせ、頭だけはしっかりと働いているのです。


 ああ、わたしはこれから殺されてしまうのでしょうか。


 そう思うと、お祖母ばあさまとお祖父じいさまと暮らしてきた日々の思い出が、走馬灯そうまとうのように脳裏のうりを駆け巡っていきました。


 編み物をなさっているお祖母さまの姿、そのかたわらでお祖父じいさまのおっしゃった冗談にけらけらと無邪気に笑っているわたし……。


 もう決して戻れない穏やかな日常が次々と浮かんでは消えていきました……。


 わたしを現実へと引き戻したのは鉄を打つような甲高い音でした。


 それは鉈が床に落下した音でした。


 お祖父じいさまはただ黙ってわたしを抱きしめました。


 何も見なかったことにしてくれとお祖父じいさまはおっしゃいました。ここには何もなかったし、私たちは地下室の存在は知らなかった、いいねとわたしの耳元でささやかれるお祖父じいさまの声は、ひどく弱々しいモノでした。


 むろん、わたしには首を縦に振る以外の選択肢など残っておりません。


 先に部屋に戻っていなさいというお祖父さまの言葉に従い、わたしは重い足を引きずるようにして地下室を後にしました。


 部屋に戻ったわたしはそのままベッドに横になりました。いちどお祖父じいさまが夕飯に呼びに来られましたが、わたしは食欲がないと言って追い返してしまいました。今はお会いしたくなかったのです。昼から何も食べていないとはいえ、まだ一晩は大丈夫でしょう。


 しかし、それは一晩だけなのです。


 明日からはまたいつも通りの生活に戻らなければいけません。


 お祖父じいさまと朝の挨拶を交わし、朝食を食べ、学校へ行く……。


 果たして、わたしは正気でいられるでしょうか。今までのような普通の家族として過ごしていけるのでしょうか。


 わかりません。


 ですが、ひとつだけ確かなことがあります。


 お祖母ばあさまがになられた今、わたしの身寄りはもうお祖父じいさましかいないということです。


 それだけが確かな事実であり、それゆえに、わたしの取れる選択肢は初めからたった一つしか残されていなかったのです。




(了)

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