赤い部屋殺人事件 ~多重債務女とパチモン巫女の心霊バイト事件簿~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

ここに、真っ赤な部屋があります

 ルームシェア生活三日目。


 真っ赤な部屋の中央に、真っ赤な死体が転がっていた。

 家具も室内灯も真っ赤で、これでは見分けがつかないなと、架城日華わたしはぼんやりと考えた。


「悪しき。これではバイトが成立しません。管理会社に一報をいれるべきでしょう」


 安いサテン地の巫女服を纏った相棒。

 砥上とがみ藍奈あいなが、薄情な声で宣った。

 たしかに、バイト代がもらえないのは痛い。

 しかし逆に考えると、頭数が減ったので取り分が増えるというのはある気がする。


「そ――そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 早く警察とか、それより救急車を呼ばなきゃ……!」


 取り乱しているのは、死人の友人だったという初美はつみさんだった。

 やけに常識的なことを口走る人だなと感心する。

 ふと思いついて聞いてみる。


「そうすると、給料がもらえないのでは?」

「――――」


 ピタリと、彼女の動きが止まった。

 当然だ。

 この場にいる四人が、みな何かしらの訳を抱えている。

 そして、それは金で解決できる。

 だからこそ、法外な給金が出る心霊バイトになど申し込んだのだから。


夕子ゆうこさんも、それは同じでしょ」


 リビングの中央で死んでいる女性へと、わたしは言葉を投げた。

 ……残念ながら、答えは返ってこなかった。

 

 わたしは、部屋の隅に突っ立っているメンバーの横へ行って壁にもたれ、ずるずると座り込んだ。



§§



 心霊バイト。

 わたしのような、眼球やら内臓やらを売り払うしかないところまで食い詰めた人間が、最後に行き着くのが、この悪質極まりないアルバイトだ。

 内容は多種多様で、神社に箱を納めに行ったりとか、心霊スポットと化した廃墟を取り壊すとか、いろいろである。


 今回は、事故物件の隠蔽が仕事だった。

 人死にが出た物件は、次の住人へ死人が出ましたよと通知する義務がある、らしい。

 しかし、それはあくまで次の住人だけであって、その次ともなれば話は変わってくる。


 瑕疵物件の悪評を、そこにひと月ほども入居することで合法的に消し去ってしまえと言うのが、私たちに斡旋された仕事の内容だった。


 バイトをするに当たって、いくつか条件が出された。


 一つ、部屋は数名でシェアすること。

 二つ、模様替えなどをしないこと。

 三つ、命の保証はしない。


 三番目はいつものことだが、上の二つが気になった。

 実際、現地に行ってみると、初美さんと夕子さんらが玄関の前で待っていた。シェアする相手と言うことらしい。


「あたし、これで陰鬱な人生からおさらばしてやるんです!」


 部屋に入る前、夕子さんはそんなことを口にしていた。


 模様替えをするなという条件は、室内に入ればすぐ理解できた。


「うわぁ」


 うめき声を上げたのは誰だったか。しかし、声の一つも出したくなる有様だった。


 真っ赤だったのだ。


 想像の余地などない。

 家具のひとつひとつ、床、天上、壁、室内灯に至るまで。

 あらゆるものが、赤色で統一されていた。


「悪しき。これでは私の格好が、目立たないではないですか」


 藍奈はそんなことを言っていたけれど、事実として、この部屋では赤色というものが識別できないでいた。

 あっけにとられながら入室して、簡単な自己紹介をする。


 夕子さんが何を言っていたのか、よくは思い出せない。興味がなかったからだ。

 けれど、初美さんの言葉は覚えている。


「なんだかここ、視線を感じない?」


 それは、きっと誰しもが思っていたこと。

 けれど私も藍奈も、首肯することはない。心霊バイトでは、情報の秘匿が命綱となることもあるからだ。


「おっかしいなぁ」


 と、初美さんはしきりに首をかしげ。

 夕子さんが気のせいだよと笑っていた。


 簡単な食事をして、風呂に入って眠った。


「うげぇ。ちょっとー、テレビの画面まで真っ赤じゃない!?」


 初美さんの心底げんなりした様子を覚えている。


 そして、何日目かの朝が来て。

 夕子さんが、死んでいた。


 真っ赤な部屋の中では、床の上に広がっている血の湖も、日頃見かけるよりも異常なものとは映らない。

 ただ、ああ赤いなと思うだけだ。


「どーなってんのよ! 電波が通じない!」

「悪しき。出入り口が開きません。閉じ込められました」


 初美さんは慌ただしく。

 藍奈は淡々と状況を確認していく。


 ぺたぺたと部屋の中を歩き回っているのはわたしぐらいで、でなければ邪魔にならないよう突っ立っているほうがいいのだろう。

 と、壁際を見ながら思う。


「端的な話、わたしたちは閉じ込められたってことでしょ?」


 たったそれだけの事実を口にすると、初美さんは絶句し。

 やがて、その場に崩れ落ちてしまった。


「なんで……なんでこんなことになったのよ……」

「運が悪かったんじゃないですか」

「運なんてずっと悪いわよ! だから、だからせめて一発逆転して、夕子と一緒に、楽しく暮らしたかっただけなのに……!」


 ヒステリックに叫ぶ彼女を見て、わたしはいたたまれなくなった。


「おまえ、そんな良心があったのですか」

「藍奈、これでもわたしは人間だよ」


 少なくとも、この部屋にいる朱に交わっていない正常な人間のひとりだ。


§§


 それから、わたしたちは休むことにした。

 閉じ込められていて連絡も出来ないのなら、むやみに体力を使うわけにもいかなかったからだ。

 翌朝になって、リビングに行くと、藍奈が険しい目つきで中央を睨んでいた。


「どうしたの」

「気がつきませんか、ノウタリン」

「……ああ、そうか」


 私が頷いたとき、後ろから入ってきた初美さんが悲鳴を上げた。


 リビングにはもう、死体は横たわっていなかった。


「どっちよ、どっちがあいつを外に出したの!?」


 すごい剣幕でつかみかかってくる彼女に、わたしたちは辟易とした。

 わたしか藍奈のどちらかが、死体を外に運び出したと考えているのだ。


「どっちに頼めば、この部屋から出してもらえるのよ……!」


 藍奈に目配せをして、わたしたちは首を横に振る。

 誰も脱出の手段など持ち合わせていないからだ。


「嘘よ……うそだわ……」


 疲れ切った表情で、その場に崩れ落ちる初美さん。

 藍奈が、仕方がないものを見るような目つきで、口を開いた。


「赤い部屋。珍しくもないネットロアです。赤く染まった部屋に長期間滞在すると、精神が狂う。対義的な話に、白い部屋というのもありますが、内容は同じです」

「狂っているのは、あんたらのほうよ……なんでそんな、落ち着いていられるのよ……」


 別段、落ち着いているわけではない。

 ただ、無駄にカロリーを消費したくないだけだ。

 これでわたし、日頃の朝食は残飯である。


「元気がないだけなんだよ、わたしはね」

「これはそうです。私は面倒なだけで」

「――――」


 言葉を失った初美さんは、その場に蹲って、ひとりにしてくれと、わたしたちに告げた。



§§



 その日の夜のことだった。

 寝室で眠っていたわたしと藍奈は、ほとんど同時に目を覚ました。

 リビングから、奇妙な音が聞こえてきたからだ。


 そっと、寝室を出て様子をうかがうと、リビングで初美さんがブツブツとつぶやいていた。


「胸郭を割ればいいのね?」


 不穏な言葉に、一歩踏み出そうとすると、藍奈がそれを阻んだ。

 見やれば、彼女はゆっくりと首を振る。


「それから心臓を取り出すことが出来れば、夕子を返してくれるのね?」


 初美さんは青ざめた顔で、虚空を見詰めながらブツブツとつぶやきを続ける。

 しかし。


 


「わかった。やるわ。だれにも、あいつらにも気がつかれないようにやるから……」


 ギラリと、なにかが光った。

 初美さんの手の中に、一本の包丁が握られていた。

 飛び出そうとする私を、藍奈が渾身の力で押しとどめる。

 彼女は私の耳元で、


「手出しは悪しき。生きて帰りたいのなら」


 と、素早く囁いた。


「――――」


 迷った。

 大きく迷った。

 けれど結局、私は何もしなかった。


 白刃が振り上げられ、


「夕子! すぐにそこへ行くから……!」


 血しぶきが、中に舞った。

 部屋が。

 何より初美さんが、真っ赤に塗りつぶされて――



§§



「お疲れ様でした。いやぁ、まさか生還してくる方がいるとは! 有り難い限りです」


 管理会社の担当さんは、ニコニコと笑顔でわたしたちにそう言った。

 あれから数日経って、部屋の鍵は自然と開いた。

 その足でここを訪ね、わたしたちは報酬を受け取っていた。


「おひとりあたり、このぐらいということで」


 彼は手のひらを開いてみせる。

 分厚い封筒を受け取って、中身を確認して。


「あの」

「……そもそも、今回のバイトには、何人が参加していましたか?」


 驚いた。

 わたしが問い掛けるよりも早く、藍奈がそう訊ねていた。

 担当さんは、


「守秘義務がありますので!」


 ニコニコと笑顔で、何も答えてはくれなかった。


日華にっか、正直に言いなさい。あの部屋で、何を見ましたか」


 帰り道、藍奈が私に詰問した。

 私は、まっすぐに答えた。


「たくさんの赤だよ。それは、藍奈もでしょ」

「…………」

「いっぱい、居たからね。ああやって、多分増えていくんだ。他の誰にも、気がつかれないように」

「……おまえは、佳きとも悪しきとも、言えないやつですね」


 彼女の諧謔かいぎゃくが滲む言葉に。

 わたしはただ苦笑を返すのだった。


「とりあえず、まともなご飯を食べに行こうよ。赤くないやつね」



§§



バイト内容:赤い部屋への滞在


給金:生存者には一律五十万。


参加者:

    架城日華

    砥上藍奈

    時任初美

    夢野夕子





















    六畳すみれ

    鈴木清孝

    轟慎二

    田中義男

    神足真次

    安藤有香

    臣苗花

    吉敷雄三

    寺島卓治

    相坂照枝

    工藤次見

    工藤朱乃

    益子蓬生

    犬童水貴

    寺田陸

    間桐雪影

    三代穰二

    相沢薫

    半田四方子

    斎藤司

    角川読子



    (以下略) 



 備考:日華は言い渋ったが、部屋の中には何人もの〝赤い〟人間が壁へ張り付くようにして存在していた。

   :赤い部屋の中で、赤い人間は見分けられない。


   :私たち以外にも、参加者がいたという記憶はない。

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