カンのいい姉は、愛しの妹に騙されたい。

いち亀

"Surprise" are you!

 木坂きのさか灯恵ともえ、十四歳

 木坂明音あかね、七歳。


 自他ともに認める、というか周りが思う以上の仲良し姉妹であるのだが。その日の妹は珍しく、何やら姉に隠し事をしているようだった。



 部活がオフの、いつもより早い帰り道。こんな日はいつも留守番ばかりの妹に構ってあげよう、そう思った灯恵が足早に家につくと。


「ただいま!」

 ドアを開けた瞬間、寝室の方で妙な物音。

「 ……あれ、明音?」

 普段ならリビングにいるはずの明音は、日没前だというのに寝室で布団にくるまっているようだった。灯恵の机の上には、明音の字でメモ書きが残っている。


 〉おねえちゃんへ

 かぜをひいたみたいなので、ねています。お母さんも帰りはおそいみたいなので、買いものにいってきてください。


 続けて、お母さんから頼まれたというアイテムが記されている。妹の病気となればちょっとした異常事態だが、灯恵の感覚を刺激していたのは、不安や心配よりも違和感だった。きっと仮病だ――どうして?

 

 どうして灯恵は気づいたのか、といえば。小綺麗な便箋と、字を書くのがまだ苦手な妹しては丁寧な筆跡は、具合が悪いにしては不自然だ。加えて、顔を枕に押しつけ、息を殺しているような寝方は、寝入っているというより寝たふりをしているように見える。寝息というのはもっと規則正しいし、そもそも妹はうつぶせで寝ることが少ない。


 では。どうして妹が、恐らくは母も巻き込んで、こんな嘘をつこうとしているのか、といえば――考えつつ、足音を立てながらリビングへ。まずは騙されたふりをしてあげよう。

 冷蔵庫を空けると、今夜ぶんの食材はそれなりに揃っているようだった。さっきのお買い物リストの傾向からして、すぐは要らないけどいずれ買うもの、というチョイスだろう。つまり本命は灯恵を家から遠ざけておくこと、灯恵が外にいる間に家でのミッションがあること、だとしたら。


「……サプライズ?」


 そういえば、この前にテレビで取り上げられていたサプライズパーティーに、妹は随分と興味を示していたようだった。我が家でもやってみたい、という流れになるのは察しがつく。

 じゃあ何を祝いたいのか、といえば。灯恵の誕生日は遠いし、中二の今は進路選びも遠い。ということは……最近の家族との会話を思い返すとヒットした、吹奏楽部でアンサンブルコンテストのメンバーに選ばれた話だ。吹奏楽の話をせがむ妹にとっては、姉の活躍も大ニュースなのだろう。


 察しをつけたところで、全力で乗っかることに決める。「お姉ちゃん買い物にいってくるからね」と妹に声をかけ、念入りに戸締まりを確認してから商店街へ。普段のお母さんの帰宅時間と、そこからの作業時間も踏まえて、寄り道を挟みつつ帰路につき。


 アパートの前で、少しだけ躊躇う。既に手の内を察している自分に、驚いたふりはできるだろうか。辛くないふりは慣れているし、喜ぶふりも最近は覚えてきたが、驚きについては演じられる気がしない……まあ、バレていても嬉しいのは確かだ。開き直ってドアを開ける。


「ただいま~」

 いつも通りにドアを開け、洗面所で手を洗い、少しためてからリビングのドアを開けると。


「「お姉ちゃん、アンコン出場おめでとう!!」


 飾り付けられたリビングに響く、二人分のクラッカー。自分のおどけに笑ってしまっているお母さんと、満面の笑みの明音。お姉ちゃんに喜んでほしい、きっとこれで喜んでほしい、そんな純真な感情でいっぱいの妹の笑顔に。


 読めていたこととか、付き合ってあげようと思っていたこととか、全部忘れて。


 何か言う前に、何か考える前に、ぎゅっと妹を抱きしめていた。

「ありがとう、明音が考えてくれたの?」

「そうだよ、お姉ちゃんビックリした?」

「感動したよ~、お姉ちゃん明音のこと大好き!」

「えへへ~、あかねもお姉ちゃん大好き!」


 腕の中ではしゃぐ声、頬をくすぐる温もり。生まれたときからずっとそばで、誰より自分を慕ってくれる小さな彼女が。愛おしくて、愛おしくて、それだけだった。全身で愛を伝える、それしかできなかった。


 灯恵がこれから大きくなるうちに。便利なことも、都合の悪いことも、たくさん気づくようになるのだろう。世界は嫌なことだらけ、そう気づくことも増えるのだろう。


 それでも、今の幸せはずっと揺らがない。こんなに大切な人を愛おしむことの、慈しむことの、愛を交わすことの幸せはずっと曇らない。そんな確信が腕の中で芽生えていた。


 いつか、会えなくなってしまう前に。ずっと、大げさなくらい、この愛を届け続けよう。

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